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夜想曲『花の国』  作者: ことは
Secondo movimento『月の詩』
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第二楽章4節

路地裏に広がる赤い海。

それを奏でたのは、崩れ落ちた二つの石。

その旋律の始まりを見たのは、私。


間に合わないかもしれない。

そんな事を想うより先に、私は少年を覆っていた。

だが、彼を突き飛ばすほどの力は、私には無い。

一つの石は、私の背に鈍い音色を奏でた。

そして、もう一つの音色は、その少年の頭へと響く。


ルナは、目があまり見えない。

故に、一人で歩くことを控える様に、私は乞い続けた。

何処にでも付き従う、絶対に傍から離れない。

その約束の元、私たちはそれを守り続けた。

支える手を失ったルナは、揺れる足跡を彩り、二つの音色の元へと歩む。


此処には、来ないでほしい。

この齎された色彩を、ルナには見せたくない。

瞼を閉じて願うが、少しずつ足跡は、その温もりを奏でる。


私は、瞼を開いた。

その先に広がっていたのは、少年の頭を沈める赤い海。

「そんな…。ごめんなさい…。間に合わなくて。」

それよりも多く流れる私の背の赤いせせらぎが、少年へと届かぬ様に、抱きしめる。

守れなかった。

その真実だけが、私に雫を齎す。


零れ落ちるそれが、少年の頬に弾む。

そこにあるのは、宝珠だった。


ルナの紡ぐそれよりも、僅かに金色を奏でる。

それは、静かに煌めきを放ち始めた。



それは、祈り。

ルナは、自らに秘められた魔力が、ほんの僅か、吸い取られるのを感じる。

だが、それが何なのかは、此処にいる誰にもわからない。


だが、宝珠が齎した旋律は、全ての音色を止めた。

その意味を理解できずとも、安堵に揺れる。



少年の赤いせせらぎが止まり、ゆっくりと微睡みを手放す。

「ありがとう、お姉ちゃん。」

柔らかな微笑みが、私の心を優しく撫でてくれた。

「どこも痛くない。平気。」

私は、漸く、背中の痛みに気づき、それが少年にも奏でられていないかと、不安に落ちる。

故に問うた音色に、少年は静かに首を振った。

「平気だよ。お姉ちゃんは、大丈夫。」

これくらいの痛みなら、慣れていた。

でも、今は、ほんの少し、それを忘れてしまっているみたいだ。

「うん。」

そう微笑みながらも、私は、動けずにいる。

ルナが、私を抱き寄せ、雫を零した。

「誰か…。ステラちゃんが…。」

煌めくルナの笑顔が、悲哀に崩れ落ちる。

私は、それだけが、悲しかった。

「少し休めば、平気だから…。ルナちゃんは、何も心配要らないよ。」

私は、柔らかく微笑み、ルナの温もりに身を委ねた。

「それに、これくらいでも痛いって思えるくらい、女の子に戻れたの、少し嬉しい…。」

痛いって、思ってもいい。

痛いって、言ってもいい。

それが、何だか、嬉しかった。

「ステラちゃんは、ずっと、可愛い女の子だよ。」

ルナの微笑みに、痛みが和らいだ。


散らばるルナの零した宝珠に、少年の頬を弾んだ幾つかの宝珠が寄り添う。

それは、柔らかな光を奏で、母娘の様に温かい音色を奏でた。


ルナは、僅かな金色を纏う宝珠を手に取り、不思議そうに見つめる。

「これ…、なあに。」

私は、ゆっくりと、その宝珠を見上げた。

「ルナちゃんの宝珠じゃないの…。」

私もまた、不思議な思いのままに問う。

「私の魔力が詩っているけど…、ステラちゃんの香りがするの。」

ルナは、その宝珠を静かに見つめる。

「いい香り…。食べてもいいかな。」

ルナの思わぬ提案に、私は、飛び起きた。

「どうして。」

痺れる背の痛みに、顔を少し歪ませながら、私は、ルナを見つめる。

「この宝珠、ステラちゃんのみたい。」

ルナの柔らかな微笑みが、私を纏った。

「ステラちゃんの中に、私の宝珠があるから、私も食べるの。」

「ちょっと待って、汚いよ。せめて、洗ってから…。」

「ふーふーすれば、平気なの。」

慌てる私の手は間に合わず、ルナは宝珠を食べた。


ルナの心の在処に、私が溶け込むのを感じた。


「ルナちゃんも、私が宝珠を食べちゃった時、こんな気持ちだったのかな。」

私は、胸を押さえて微笑んだ。

「あの時、私、寝てたから…ごめんね…。でも、ステラちゃんの中に、私が居るって、とても感じるよ。」

ルナもまた、胸を押さえて微笑み返してくれた。



「あの、本当にありがとうございました。僕、ナファルと言います。また、ちゃんとお礼します。」

去り際の少年を見て気付いた。

その礼儀の正しさ、身なり、どの彩りを見ても、貴族の子である事を奏でている。

何故、こんなところに。

少し不思議に感じたが、私たちが考えても仕方ない。

「私は、ルナっていうの。ちゃんと挨拶できて、偉いね。」

ルナが、少年の頭を撫でる。

「私は、ステラっていうの。それに、痛いのも我慢してて偉かったわ。」

私は、ルナと顔を合わせ、微笑みを彩る。

「はい、偉い子にご褒美だよ。」

ナファルの手に、私とルナの宝珠を優しく添えた。

「食べちゃだめだからね…。」

私は、少しだけ心配が拭えず、そっと囁いた。


ナファルの影が見えなくなり、私たちは、指を絡めて歩き出す。

優しい風が、芳醇な香りを運んできた。

「お腹すいたね。」

ルナの煌めく瞳が、私の心を彩った。



私たちは、手を繋いで、市場へと出た。

そこに彩られる華やかな旋律。

あの日、私が夢見た色彩。

ルナと共に、此処を歩く。

私は、たくさんの夢を叶える事ができた。

テラからもらった袋には、金貨がたくさん残っている。

きっと、路地裏でお腹を空かせた子達が、食べ物を待っている。

私たちは、芳醇な香りに誘われて、ゆっくりと足跡を奏でた。


背に刺さる視線に、先ほどの落石で、服が破れた事を思い出す。

「傷が見えちゃってるね。みんなを、不快にさせてしまう。今日は、市場はやめておこう。」

私は、ルナの手を引き、路地裏へと戻ろうとした。


私たちを呼び止める声。

路地裏の人たちは、市場へは出てこない。

此処に、私たちの名前を知る者が居るとするならば、それはリュパンの館の人間。

私たちは、迫り来る足音に、振り向くことさえできず、固まる。

恐怖だけに塗りつぶされた色彩に、ルナの手が震えている。

安心させようと、私はそれを包み込むが、私もまた震えていることに気づく。


私たちの夢は、此処で終わる。

それだけが、寄り添う影に降り掛かった。



逃げなければ。

足が竦む。

せめて、ルナだけでも。


だめだ。

逃げられるはずがない。

このまま、大人しく従う方が、傷は浅く済むはず。


どこかで、隙を見つけて、ルナを逃す。

私は決意を固め、差し出された手に掴まれた。

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