なんかオレの体が正しく二次性徴しないんだが?
ピンセットでつまんだ小さなコーヒーカップを、焚き火の横にそっと置く。
わずかにズレる。息を止めて位置を直す。
……よし。
ようやく「人がいる感じ」が出た。
兵士たちが火を囲んで笑っている。そんな光景が浮かぶ。
がっしりした腕。無骨な体。
――オレとは、真逆だ。
ふっと息を吐いて、手の甲の汗を拭う。
窓の外は、もう暗くなりかけていた。
ふーっ、と一息つき、手の甲で汗を拭う。
兵士の服も、新聞も、灰皿も――全部オレの手作りだ。
細かい作業は嫌いじゃない。
むしろ、作り込もうとすると止まらなくなる。
この歳でこんなことやってるの、オレくらいかもしれないけど。
少し伸びをして、窓の外に目をやる。
黄昏時。
帰りが遅くなったせいで、もうこんな時間だ。
……今日のことが、ふと頭に浮かぶ。
文化祭前で、教室はどこか落ち着かなくて。
「あの、和泉くん、ちょっといい?」
オレはクラスの女子、松田アヤに呼び止められた。
「ごめんね。いまちょっと手が足りなくてさ。和泉くんって器用そうだし、なんか他の男子より頼みやすいっていうか。あはは」
連れてこられたのは、被服室だった。
あちこちでミシンの音が鳴っていて、布や型紙が散乱している。
「ここ座って。これ、こうやって縫っていくの」
軽く説明を受けて、作業を始める。
(なんで男のオレがこんなこと……)
最初は気が乗らなかったが、
気づけば手が止まらなくなっていた。
――集中していると、時間が飛ぶ。
「え?和泉くん、もうできたの?ちょっと見せて」
「すごっ、裏地めちゃくちゃ綺麗じゃん。これ売れるよ?」
「やば、あたしのより上手いじゃん。いいお嫁さんになれるわよ」
「あはは!いいねそれ!今日からアキラちゃんね!」
笑い声が広がる。
……正直、疲れたし。めちゃくちゃ恥ずかしい。
(中二にもなって何やってんだか、オレ……)
家に戻って、机に残していたジオラマに手を伸ばしかけた、そのとき――
「アーちゃん。ごはんよー、降りてきなさい」
「……はーい」
ちっ。今日はもう無理か。
まだやり足りないまま、階段を降りる。
「ごちそうさま」
歯を磨いて、部屋に戻る。
シャツを脱いで、タンクトップ一枚になる。
何気なく、鏡を見る。
……細い。
腕も、肩も。
そのくせ――
視線が、胸のあたりで止まる。
タンクトップ越しに、わずかな膨らみが分かる。
指先で、そっと触れる。
少しだけ、硬い。
「……なんだこれ」
ジオラマの兵士みたいな体には、ほど遠い。
思わず、ため息が漏れる。
タンクトップを脱ぎ捨てて、風呂場へ向かう。
シャワーをかけた瞬間、
「っ……」
わずかに、しみた。
胸の先が赤くなっている。
触れると、じんと痒い。
「かぶれた……?」
首をかしげる。
――けど、そのまま流した。
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「ようアキラ、おはよう」
「おう、ノブ。おはよ」
登校中、ノブが合流する。
いつもの調子で、ぐいっと肩に腕を回してくる。
そのまま、くん、とつむじに顔を寄せた。
「アキラお前なんか……いい匂いすんな」
「はあ? シャンプーだろ。最近変えたんだよ」
「いや、そういうんじゃなくて……体臭っつーか」
「は?」
ふと、自分の腕の匂いを嗅ぐ。
……よく分からない。
ただ、一瞬だけ――
(なんか、甘い……?)
気のせいか。
「おまえ犬かよ。ちょっとキモいぞ」
「キモいって、おい……普通に傷つくんだけど」
ノブは苦笑いしながら、ぐしゃっと頭を撫でてくる。
「だから撫でんな!」
軽く払いのける。
見上げる形になるのが、なんか癪だ。
ノブはそのまま、何でもない顔で歩いていた。
(……ほんとか?)
------------------------
「アキラ、今日の二時限目、保健で視聴覚室だってよ。移動しようぜ」
視聴覚室?
初めてだ。
何やるんだ?
「今日は体の勉強だ。騒がず観ろよー」
カーテンが閉まり、教室が暗くなる。
スクリーンに映像が流れ始めた。
赤ん坊。
子ども。
成長していく身体。
『私たちはどうやって生まれるのか――』
ナレーションが淡々と続く。
教室のあちこちでざわめきが起きる。
前の方では男子が前かがみになり、
女子が小さく悲鳴を上げている。
「こら静かにしろー」
先生の声も、どこか緩い。
映像が切り替わる。
男の体が、少しずつ大きくなる。
女の体が、ゆっくり丸みを帯びていく。
『思春期になると――』
ドクン、と心臓が鳴る。
(……これ)
無意識に、自分の胸に触れていた。
じん、とした違和感。
『男子は男性らしく、女子は女性らしく――』
(オレは……どっちだ?)
そのとき。
「……」
前の席のノブが振り返っていた。
慌てて手を離す。
「……なんだよ」
「いや……」
ノブは言いかけて、やめる。
そのまま前を向いた。
(……見られたか?)
妙に、落ち着かない。
『なお、男子でも一時的に胸が膨らむことがあります』
――その一言で、空気が変わる。
(……なんだ)
力が抜ける。
(そういうことか)
ただの、一時的なもの。
バグみたいなもんだ。
なら――
(放っとけばいい)
誰にも言わずに。
そのまま、なかったことにすればいい。
「……」
また、ノブが振り返る。
今度は、はっきりと眉を寄せている。
「だからなんだよ」
「……いや」
ノブは何も言わない。
ただ、納得していない顔のまま前を向く。
首を、ひねる。
(……なんなんだよ)
オレは男だ。
男になるに決まってる。
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夜。
食卓に料理が並ぶ。
湯気がゆらゆらと揺れている。
箸を動かしていると、
「……ねえ、アーちゃん」
顔を上げる。
母が、じっとこちらを見ていた。
「あなた、その体つき……」
ギクリとする。
視線が、胸のあたりに落ちている。
「な、なんだよ」
とっさに言葉を探す。
「保健でやったけどさ、成長期って男でも一時的にこうなることあるって――」
早口になる。
自分でも分かる。
言い訳みたいだ。
母は、すぐには頷かない。
「……そう」
そのまま、視線を外さない。
少し遅れて、
「思春期って、そういうものなのかしらねえ」
誰に言うでもなく、呟く。
父が箸を止める。
一度だけ、こちらを見る。
それから、母を見る。
「……ユキ」
低い声。
それだけで、母は小さく頷いた。
何かを、確かめたみたいに。
――なんだよ、それ。
オレだけ置いていかれてる感じがして、
急に、息苦しくなる。
「……ごちそうさま」
椅子を引く。
「アーちゃん、待ちなさい」
背中に声が飛ぶ。
無視した。
そのまま風呂場へ向かう。
服を脱いで、湯船に沈む。
熱が、じわっと広がる。
「……くそ」
胸に触れる。
昨日より、はっきり分かる。
皿のように芯のある、硬い膨らみ。
「なんなんだよ……これ」
目を閉じる。
水音だけが、やけに大きく響いた。
-----------------------------------------
登校中。
ノブがやけに機嫌いい。
「どうしたんだよ」
そう聞くと、待ってましたとばかりに胸を張る。
「よくぞ聞いてくれたアキラ! 俺、レギュラーになったんだぜ。どうだ、褒めろ!」
ぐっと腕を曲げる。
浮き出た血管。太い筋肉。
いかにも“男”って感じの腕。
思わず、自分の腕を見下ろす。
細い。
軽く力を入れてみても、小さく膨らむだけだ。
(……なんだよこれ)
ノブの腕と見比べて肩を落とす。
そしてつい、目を逸らす。
「……そっか。すげーじゃん」
「だろ?」
「昔からやってたもんな」
「もっと褒めてもいいんだぞ?」
調子に乗ったノブが、そのまま抱きついてくる。
「おら、必殺――って、お前」
ぴたりと止まる。
「……柔らかくね?」
「はあ!?」
反射的に突き飛ばす。
「何抱きついてんだよ!」
「いや、それよりさ……」
また顔を寄せてくる。
「やっぱなんか、甘い匂いするんだよな」
「だからやめろって! 頭嗅ぐな!」
慌てて離れる。
そのとき。
「え、ちょ、なにあれ……」
「やば……」
通りがかった女子たちが、口元を押さえてこっちを見ている。
「あれ、田中くんじゃない? あの子……誰?」
――最悪だ。
視線が、一斉に刺さる。
(見んなよ……!)
顔が一気に熱くなる。
その中に、スマホを構えてるやつがいた。
「……アヤ」
にやにやしてやがる。
(後で絶対消させる)
--------------------------------------
今から体育だ。柔道。
更衣室はもう、むわっとした熱気と汗の匂いで満ちていた。
あちこちで制服が脱がれる音。
笑い声。
視線を落とす。
タンクトップ越しでも分かる膨らみ。
(……見られるな)
壁に向かって、手早く着替える。
「和泉~、お前なんか後ろ姿がセクシーだな」
止まる。
振り向かない。
(……来た)
「おっと、どこ行くんだ? 無視すんなよ」
出口に回り込まれる。
塞がれる。
逃げ場がない。
「なんだよ桜庭。じゃまだろ?どけよ!」
思ったより強い声が出た。
自分でも少し驚く。
「やだー、アキラちゃんこわーい」
笑い声が広がる。
背中に刺さる。
(クソ……)
「和泉、お前最近なんか女みてーじゃね? 性転換でもしたのか?」
――音が、遠くなる。
心臓だけが、やけにうるさい。
(……なんで)
(なんで分かる)
「俺は……男だー!!」
反射だった。
足を払う。
でも、
空を切る。
「おおおっと、あぶねーあぶねー」
軽くいなされる。
「和泉の足がもうちょっと長ければ危なかったな」
おどける声。
周りも、つられて笑う。
(……クソ)
「んじゃ、次は俺の番だな」
桜庭の腰が落ちる。
重心が、低い。
(まずい)
「本当の男ってのを教えてやるよ。ア キ ラ ちゃん」
襟を掴まれる。
強い。
一気に、体勢を崩される。
ズリッ。
嫌な感触。
帯が、緩む。
(やばい)
桜庭の動きが止まる。
一瞬。
視線が落ちる。
「あァ?」
間。
「和泉ィ、このシミなんだ?」
タンクトップ。
そこに、集中する視線。
「おっぱい出ちゃった?それになんかいい匂いしねーか?乳臭いっていうか」
ちらっと顔を見られる。
思わず背ける。
ざわつき。
空気が、変わる。
視線が集まる。
一斉に。
刺さる。
逃げ場が、ない。
「離せよ!!」
振りほどけない。
力が、足りない。
ズリズリッ。
ばさっ。
空気が変わる。
(見られた)
理解した瞬間、
胃の奥がひっくり返る。
(ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ)
匂い。
汗。
布。
全部が混ざる。
急に、気持ち悪い。
吐きそうだ。
背を向ける。
胸を押さえる。
手が震える。
(どうすればいい)
(どうすれば――)
「おいアキラ、どうした?」
その声で、
ほんの一瞬だけ、
息が戻る。
(……来た)
安心と、
同時に、
最悪のタイミングだと思った。
現れたのは、ノブだった。
-----------------------------
オレは一瞬、嬉しくて笑いそうになった。
——来た。
助かった。
そう思ったのに。
すぐに気づく。
(……何も、終わってない)
胸は見られたまま。
視線も、消えてない。
むしろ——
増えた。
気持ち悪い。
吐き気が、上がってくる。
この先もずっと、
こうやって見られるのか。
笑われるのか。
胸のことは、墓まで持っていくつもりだったのに。
ノブは、オレの道着を一瞬だけ見る。
ほんの一瞬。
それだけで、全部理解したみたいに。
そのまま、顔を上げる。
更衣室を、ゆっくり見渡す。
空気が、凍る。
桜庭は笑っている。
取り巻きは目を逸らす。
誰も、何も言わない。
ノブが、歩く。
ゆっくり。
まっすぐ。
「おい、ノブ…」
つい声が出た。
止めなきゃいけない気がした。
でも——
足が動かない。
「おい桜庭、てめえアキラになにしやがった?」
低い声。
感情が、ほとんど乗っていない。
「はー?別に。ちょっと入口塞いでただけだったのに、アイツが暴れてさー。だよなー?」
取り巻きが、曖昧に頷く。
ノブが、ゆっくりと視線を動かす。
一人、止まる。
「なあ坂下、お前も見てたんだろ?詳しく教えろ」
桜庭が、わずかに口を挟む。
「坂下も見てたよな?和泉が暴れてオレを転ばせたところ――」
「お前は黙ってろ桜庭!おれは坂下に聞いてんだよ」
空気が、凍る。
桜庭は肩をすくめる。
「おう怖い怖い」
「坂下」
名前だけ。
逃げ場を塞ぐみたいに。
坂下の肩が跳ねる。
視線が泳ぐ。
誰とも目が合わない。
それでも、
口を開く。
「さ、桜庭くんが、入口を塞いで……和泉くんが、投げようとして……でも」
「でも?」
間。
「……道着、引っ張って、その……胸が……見えて」
その一言で、
空気が、確定する。
「もういい。わかった。ありがとう坂下。もう行っていいぞ」
優しい声だった。
いつも通りの。
なのに坂下は、
ノブの顔を見た瞬間、
「ヒッ」と息を呑んで、
逃げるように更衣室を出ていった。
(……なんだよ、それ)
「桜庭」
名前を呼ぶだけ。
それだけで、
空気が張り詰める。
「てめーは許さね―」
一歩。
踏み出す。
「は?田中お前柔道部だろ?柔道部員が手を出すのか?お前退部だぞ?いいのか?」
(やめろ)
思った。
遅れて。
「ノブ!やめとけ!オレはもういいから!」
なんでだ。
なんでオレ、こんなに焦ってる。
「アキラはそこで見てろ」
振り向きもしない。
「俺はこいつにケジメつけさせる」
次の瞬間。
視界が追いつかない。
桜庭の体が浮く。
叩きつけられる音。
関節が極まる。
「痛い痛い痛い!悪かった!悪かったって!和泉くんごめんなさい!ごめんなさい!」
ノブは、やめない。
「こら!何やってる!田中!おいやめろ!」
遅れて、先生の声。
引き剥がされる。
連れていかれる。
残された空気。
視線。
ざわめき。
ぐらっ、と視界が揺れる。
(……あ)
胃の奥が、
ひっくり返る。
-------------------------
――知らない天井。
「アキラちゃん、大丈夫? まだ吐き気する?」
「うう……きもちわるい……」
消毒液の匂い。
強い。
刺さる。
眩しい。
耳鳴りが、うるさい。
なんでだよ。
さっきまで普通だっただろ。
風邪でもない。
腹も減ってない。
なのに——
体が、いうことをきかない。
オレは保健室のベッドに寝かされていた。
道着のまま。
横に、アヤ。
何か言ってる。
でも、
半分も入ってこない。
寒い。
手が、しびれる。
視界が、揺れる。
その奥で、
ふっと、匂い。
——甘い。
(……あ)
朝。
ノブの声。
『お前なんか柔らかいな。それに相変わらずいい匂いするし』
思い出した瞬間、
胃の奥が、ひっくり返る。
「ねえ、ちょっと、だいじょうぶ?」
肩に、触れられる。
「アキラちゃん、聞いてる? 微熱あるし、そのままじゃまずいの。教室からアンタのジャージ持ってきてるけど、自分で着替えれる?」
視界の端。
臙脂色。
「はあ……はあ……無理……ちょっと……無理……」
起き上がれない。
動けない。
というか——
動けない。
「ダメだよ! そのまま寝ちゃったら良くないの! しかたないわね!」
毛布がめくられる。
空気が触れる。
(やばい)
帯がほどかれる。
道着が、ずれる。
(やめろ)
「ま、まって……アヤ……!!」
ぴたり、と手が止まる。
静かになる。
「アキラちゃん……あんた……その胸…」
終わった。
頭の中で、
なにかが切れる。
(バレた)
もう無理だ。
もう逃げたい。
おうち帰りたい。
消えたい。
枕に顔を埋める。
「……たのむよ。誰にも言わないでくれ……」
声が、情けない。
「…………」
間。
「……つけなさい」
何か言ってる。
聞こえない。
鼓動が、うるさい。
「え? なに……?」
アヤが、ため息をつく。
「あんたねえ!」
現実が、
ぶっ壊れる。
「ブラ付けなさいよ!!!!」
「はあああああああ???」
----------------------------
自分の部屋。
朝。
目が覚める。
少しだけ、楽だ。
あれだけ酷かった耳鳴りも、吐き気も、
だいぶ引いていた。
代わりに、
体の奥に、鈍いだるさが残っている。
マシにはなった。
でも——
戻ってはいない。
「……」
アヤに「騙されたと思って飲みなさい」と無理やり飲まされたヘム鉄サプリ。
効いてる気がする。
それが、少し癪だ。
ゆっくり、体を起こす。
頭が重い。
視界が、少し遅れてついてくる。
机の上。
ジオラマ。
昨日まであったはずの感覚。
あの、“思い通りに世界を作れる”感じ。
……ない。
触れれば戻ると思った。
でも、違う。
指が、止まる。
代わりに浮かぶのは、
あの声。
『あんたねえ! ブラ付けなさいよ!!!!』
「……忘れてた、ってことにはできねえよな」
小さく、呟く。
視線が、鏡に向く。
タンクトップ越しでも、
わかる。
膨らみ。
少し動くだけで、
内側が、じんとする。
立つ。
一歩。
わずかに、揺れる。
(……)
意識が、そこに戻される。
「……慣れる気がしない」
息を吐く。
そのとき。
「アキラちゃーん! 迎えに来たわよー!」
玄関から、声。
やけに明るい。
昨日より、
明らかに。
(……来た)
------------------------------------------------------------
人のざわめき。
色とりどりの布。
天井から流れる、軽いBGM。
(……場違いだ)
「……なんでオレ、こんなことに」
「いいから黙ってついてきなさい。これは『偽装工作』の一環なんだから」
ショッピングモールの下着売り場。
アキラの両脇を、
アヤと、その親友二人——ミカとナオが固めている。
逃げ道はない。
「和泉くん、実はホルモンのバグで胸が痛いらしくて、固定しなきゃいけないんだって!」
アヤの雑な説明に、
二人は「なるほど」と軽く頷いた。
(なんだよその設定……)
「へぇー、大変だね和泉くん。でも確かに……結構あるよね」
「うわ、本当だ。ちょっと触ってもいい?」
「よくねえよ!」
「……あ、ヤバ。ふわっふわ」
「触んな!! 警察呼ぶぞ!!」
顔が、一気に熱くなる。
逃げようとしても、
左右から腕を押さえられる。
(こいつら……連携してやがる……)
「はい、計測終了」
「……アンタ、いつの間にBの後半まで育ててんのよ」
「育ててねーよ! 勝手に育つんだよ!!」
「ナオ、これどう? コットンで優しいやつ」
「こっちのスポーツタイプの方が良くない? 制服に響かないし」
次々に、
布が当てられる。
フリル。
レース。
よくわからない構造のやつ。
(なんなんだこれ……)
女子たちは、
まるで新作のガンプラでも選ぶみたいなテンションで、
アキラをパーツ扱いしていた。
(……もういい)
視線を逸らす。
目に入ったのは、
地味なグレー。
スポーツタイプ。
有名メーカーのロゴ。
余計な装飾が、ない。
「……これでいい」
投げるように、指差す。
アヤたちが、ぴたりと動きを止める。
一瞬だけ、視線が集まる。
「……あ、いいんじゃない?」
「うん、無難でしょ」
軽く顔を見合わせて、
すぐに頷く。
「はい決定!」
間髪入れず、
「じゃあ試着室へGO!」
アヤが、楽しそうにカーテンを指す。
「し、試着までしなきゃダメなのかよ!?」
「当たり前でしょ。サイズ合わなかったら意味ないじゃん」
一拍。
「形くずれたらどうすんの」
口元が、
わずかにニヤけている。
(楽しんでやがる……)
「男に形もクソもあるか!!」
カーテンを閉める。
外の音が、遠くなる。
その絶叫は、
やけに明るいBGMにかき消された。
------------------
その日の午後。
部活のレギュラーのミーティングを終えたノブは、
帰り道の途中で、
買い物帰りのアキラを待っていた。
「よおアキラ。体調はもういいのか?」
「……ああ。なんとか。昨日は、ありがとな」
アキラは、
制服のシャツの下に「あれ」を装着しているという事実だけで、
ノブを直視できない。
締め付けられる感覚。
でも、走っても響かない安定感。
その両方が、
自分の“変化”を否定できなくさせてくる。
(……最悪だ)
「……? なんだよ、顔赤いぞ。まだ熱あるんじゃねーか?」
ノブが、いつもの調子で手を伸ばす。
額に触れられる、その直前。
「ひあっ」
小さく肩が跳ねる。
視線が、上がる。
無防備に、
見上げる形になる。
——その一瞬。
ノブの脳髄に激震が走った。
(……なんだ? 今の)
(小動物みたいな反応)
言葉にできない違和感。
でも、
目を逸らせなかった。
「……アキラ。今日はもう帰るぞ。荷物、よこせ」
「はあ? カバンくらい自分で持てるって」
「いいから。病み上がりなんだから、無理すんな」
半ば強引に、カバンを奪う。
そのまま、
自然に車道側へ回る。
無意識に、
周囲との距離を取る。
近づこうとする男子がいれば、
さりげなく、立ち位置をずらして遮る。
「……ノブ。お前、なんか今日過保護すぎないか?」
「そうか? 普通だろ」
一歩先を見て、
「……あ、おい。そこ段差あるから気をつけろよ」
「子供扱いすんな!」
ぷりぷり、と頬を膨らませる。
その背中を、
ノブは少しだけ後ろから見る。
(……なんだろうな)
(守らなきゃいけない)
……幼馴染として。親友として。
(そうだよな)
理由は、わからない。
ただ、
目を離すのが少し怖かった。
「……ったく。……でも、サンキュ」
振り返る。
ほんの少しだけ、
素直な顔。
「お、おう!」
ノブは一瞬顔を赤くして、
視線を逸らす。
歩幅を、
ほんの少しだけ合わせる。
少し離れた場所。
スマホを構える影。
「……尊死」
「ミカ、ナオ、見て。あの距離感。最高じゃない?」
「アヤ、あんたそれ、いつか和泉くんに殺されるよ……?」
短編版を大幅に書き直した物になります。
プロットもだいぶ変更されているので、二人の道のりが異なります。




