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【カナリア姫の物語】

 昔々、あるところにたいそう美しい……ですが、とてもとても傲慢なお姫様がいました。

 そのお姫様は似たもの同士である王子様の婚約者で、二人は他人にわがままを言って迷惑をかけながら、とても仲良く暮らしていたそうです。


 ですが、そんなある日のことでした。

 二人の前に一人の美しい少女が現れたのです。

 貴族としては身分の低い彼女でしたが、その姿は可憐であり、明るく雑草のような逞しさを持つ彼女に、不実な王子はいつしか心惹かれていってしまいました。

 そして少女もまた、自分にだけは優しく振舞う王子様に心引かれてゆきます。


 ですが、それを見ているお姫様が愉快なはずがありません。

 彼女は他の女に心変わりした王子の不実をなじり、少女に対して怒りをあらわにして嫌がらせを始めます。

 するとどうでしょう。

 不実な王子はそんな彼女のことを、とても人間とは思えない大悪人と大勢の人の前で告げ、もう愛していないからとの理由で捨ててしまいました。


 可愛そうなお姫様は、家の恥をさらしたという理由でカンカンになった親から、尼寺に送るといわれてしまいます。

 そして尼寺に入った彼女を待っていたのは、とても辛い日々。

 王妃になるための勉強しかしてこなかった彼女には、料理を作ったことも掃除をしたこともありません。

 料理をすれば目玉焼きを焦がして叱られ、掃除をすれば神様の像の指を折って叱られてしまいます。


 毎日、毎日、叱られ続けた彼女は、いつしか自分のことを何も出来ない空っぽな姫だと思うようになりました。

 そして、かつての傲慢な姿からは程遠い、とても自信なさげでおどおどとした少女となってしまったのです。


 ですが、そんなある日のこと。

 尼寺のある街に、恐ろしい魔物が押し寄せてくるという事件が起きました。


 すると、尼寺の人間たちは神に祈ることもせずに、お金や宝石を持って我先にと逃げ出してしまいます。

 お姫様も死にたくは無かったので、僅かな荷物を持って尼寺から逃げ出しました。


 幸い、襲ってきた魔物は流れる大きな川を渡ることが出来ないため、人々は魔物から逃れるために川向こうの町を目指します。

 ですが、尼寺のあった街と仲の悪かった川向こうの領主は、人々が自分の街に逃げ込むのを嫌がって、なんと橋を落としてしまったのです。


 あぁ、なんてこと! これでは、尼寺のあった街の人間はみんな死んでしまいます!

 悲しくて、悔しくて、お姫様は空を見上げて神様に問いかけました。


「神よ! なぜこのような試練を我々に与えるのですか?

 こんなの、あまりにも酷すぎます!! もしもあなたが存在しているというのならば、なぜ我々をお救いにならないのですか!?

 それとも、我々など気にするまでも無い存在だというのでしょうか!

 聖典の中で、あなたが私たちを愛していると何度も告げた言葉は全て嘘なのですか!?」

 その時です。

 川の水がみるみる消え、気がつくと青い光に覆われた牛頭の精霊が立っていました。

 そして、手に持っていた冬を呼ぶ杖をお姫様に差し出したのです。


 おお、これぞ神の救済!

 お姫様は、精霊から差し出された杖を手にすると、街を襲う魔物に向かって一振りしました。

 すると、真っ青だった空は一瞬で白く煙り、びゅうびゅうと音を立てて冷たい雪が吹き荒れ始めます。

 冬の寒さに弱かったその魔物は、ひとたまりもありません。

 かくして街は救われ、お姫様は英雄になりました。


 するとどうでしょう?

 お姫様を捨てた家族は、口々に彼女を褒め称え、まるで自分たちの手柄のように言いふらし始めました。

 そして、お姫様を捨てた王子様までもが、彼女の元にやってきて、二番目のお后にならないかと言い出したのです。

 その誠意の無い言葉に、かつてお姫様を追い出す原因となった女もあきれ果て、王子の元から逃げ出してしまいます。


 この有様を見て、お姫様はこう思いました。

 人の心とはなんと変わりやすく浅ましいのでしょう。

 私のことをあれだけ悪く言っていた人も、私が英雄と呼ばれるようになったら、まるで別人のような扱い。


 どうして?

 私は何も出来ない、今も変わらずただの空っぽの姫なのに。


 今の私はあなたのものじゃないわ。

 私に何の断りも無く、なぜ私を自分たちの所有物のように扱うの?

 私の名誉を、なぜ自分のもののように吹聴するの?

 彼らは昔、私をゴミのように投げ捨てたくせに。

 ただ肩書きがついたとたんに、この振る舞い……


 あぁ、彼らを信じてはいけない。

 もう彼らを信じることは出来ない。


 彼らがお姫様を褒め称えるほどに、お姫様は彼らのことが嫌いになってゆきました。


 すると、そんな彼女の元へと王様の弟である宰相が訪れ、こう告げたのです。

「本当の居場所が欲しいというのなら、北の僻地に住んでいる若き魔法使いを訪ねるがいい」

 北の僻地とは、作物も育たず、産業も娯楽も無く、人もその心も貧しい……盗賊の蔓延る恐ろしい場所でした。

 ですが、お姫様はその言葉に従い、この国の北のはずれにある恐ろしい辺境の地へと旅立ったのです。


 するとどうでしょう……そこには、恐ろしい山賊も、悪鬼のように心貧しい民もおりませんでした。

 ただ、一人の若い青年と妖精たちが手を取り合い、天の国のように光り輝く立派な街に住んでいるだけだったのです。


 驚きに目を丸くするお姫様を、その街を治めている青年は淑女に対する礼で迎えました。

 その時の彼女の姿は貧しい修道女でしかなかったのに、彼は彼女をお姫様だと知っていたのです。


「ようこそ、お姫様。 貴女は何を求めてこの街へ?」

「こんにちは、この街の方。

 何を求めてきたのかをお尋ねになるというのなら、恥を忍んでお答えしましょう。

 私は、自分が何もできないことが辛いのです。

 とある方に、ここに来れば空っぽで何の価値も無い私にも生きる意味と居場所が見つかると聞いてやってまいりました」

 すると、青年はこう答えたのです。


「空っぽで何が悪いというのです?

 生きる事に、もともと価値なんて必要ありません。

 ただ、その人がどのように生きたいのか……大事なのはそれだけなのです」

 その言葉は、まるで魔法のようにお姫様の心の中を満たしてゆきました。


「それでも自分を無価値だと思いながら生きるのが辛いというのなら、どうぞこの街にゆっくりと滞在なさるといい。

 そして誰かに求められた姿に自分を押し込めたりせずに……王妃でも無く、修道女でも英雄でも無く、ありのままのご自身に何が出来るかを探ってみてはいかがですか?」


 そしてお姫様は街にとどまり、自分の生き方を探し始めました。

 何度も失敗し、そのたびに多くの人に迷惑をかけるお姫様でしたが、魔法使いは優しく、そして辛抱強く励ましてくれたのです。


 やがて、お姫様は苦労の果てにようやく自分に出来ることを見つけました。

 それは、歌を作ることだったのです。

 彼女の作った歌は、多くの人に癒しと安らぎを与え、ようやく彼女は自分の居場所を見つけることが出来たのでした。


 しかし、そんなある日のこと。

 彼女のうわさを聞きつけた王子様が、彼女を自分のものにしようと魔法使いの街にやってきたのです。


「姫よ、そもそも貴女は私のものだ。 私のために人生をささげるべき存在だ。

 なのになぜ貴女はこんな所でくだらないことに熱中している?

 音楽を作る? 実にくだらない。

 今すぐ城に戻り、貴女は私の妻として一生を私に捧げなければならない。 これは命令だ」

 怒りもあらわにそう告げる王子へ、お姫様は言いました。


「触れないでください、鳥籠のような人。

 私はもはや籠の中で歌うだけの人生など嫌なのです」

 すると、王子はその顔を恐ろしげにゆがめ、こう告げたのです。


「私を鳥籠だというのなら、鳥であるお前を力ずくで閉じ込め、永遠に虜としてくれる」

 そして兵士がお姫様を捕らえようとした、その時でした。


「鳥の声は人に聞かせるためにあるのではない。

 鳥たちの愛の歌は、伴侶の住む森で囀ってこそ意味がある」

 魔法使いの声が響くと同時に、お姫様の姿は美しいカナリアとなり、兵士の手の届かぬ空の高みへとあっという間に舞い上がってしまいます。


 そしてカナリアになったお姫様は、自由を称える歌を歌いながら森の奥へと消えさりました。

 その後を、同じくカナリアに姿を変えた魔法使いが追いかけ、二人はやがて高らかに愛の歌を歌い始めます。

 そのあとを追いかけようとした兵士たちでしたが、森は兵士と王子を拒み、決して中に踏み込ませようとはしませんでした。


「なぜだ、なぜ彼女は王子である私を受け入れないのだ?

 私は王子なのだぞ? この世のすべては私のものなのに、なぜお前は従わない!!

 それに……かつて、お前は私を何度も愛しているといったではないか!」

 その歌声を聞きながら、王子はなんども森に向かってそう叫びます。

 ですが、お姫様から返事が帰ってくるはずもありません。


 お姫様を永遠に失ってしまった王子は、ただ一人悔やみ続けました。

 そして手に入らぬがゆえに強くお姫様に執着することとなり、やがて自らが作り出した心の檻の中へと永遠に囚われてしまったのです。

 自らが招いたこととはいえ、なんと惨めな結末。


 さぁ、ここまで話を聞いたあなたならば、なぜ王子が不幸になったのか、その理由がわかりますね?

 そう、それは彼が愛に対して不実であったからです。


 だから忘れてはなりません。

 誠実さを伴わぬ愛など、不幸を呼ぶ呪いでしかないことを。

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