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魔境のお代官様――この里に人間は俺しかいません  作者: 卯堂 成隆
第三章 盤上遊戯へのお誘い
22/117

5

「食らえ! 超カリオコスキ式サイクロンパァァァァァンチ!!

 ……あひゃ? 目が回ってきたでしゅ?」

「なんのぉ! スペシャルプリティでんぐりがえし!!」

 その場で回転を始めた伯爵は数秒で目を回してひっくり返り、んしょんしょと掛け声を上げながらでんぐりかえしを繰り返していたエディスはそのまま前方不注意でリングから転げ落ちた。


「いったん試合中止! 両選手、有効打以外によって戦闘不能のため、回復するまで休憩とする!!」

 いったい、何度同じ台詞を繰り返しただろうか?

 試合は十ラウンドを向かえ、恐ろしいことにいまだに双方共に有効打なし。

 見事なまでに地を這うなレベルで互角な試合が続いている。


 少なくともこいつらにボクシングをする気が無いのはよくわかった。

 なお、観客席はすでに笑い疲れたのかネタに飽きたのかのどちらかで、全員が試合を見ていない。


 俺はもう、限界だった。


「おまえらなぁ……いい加減にまともに試合しやがれ! つき合わされている俺はいい迷惑だ!!」

「な、何を無礼な! 我輩は真剣に……」

「黙れ、ブタ!!」

「ぱぎゃぁぁぁぁん!?」

 俺の拳が、再び珍妙な構えを取ろうとした伯爵の顔面を一撃で粉砕する。


「ねー クラエスぅ。 そろそろ私飽きちゃった? そろそろ帰ってお昼寝していい?」

「ふざけんなこの駄精霊! それは俺の台詞だ!!」

「あひゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 反射的に伸びた手が、エディスの顔面を握りつぶした。


「……両選手、試合続行不可能につき、この試合は引き分けを宣言する!」

 かくして、この語るもおぞましいほどに凄惨な戦いは、俺の拳によって幕を閉じたのである。


「あー 予想以上にすさまじい試合だったな」

「言わないでくれ、アンナ。 俺は早くあのくだらない演芸会の事を忘れたい」

 くそっ、後でアーロンさんか誰かに相手してもらおう。

 勝てる気はまったくしないが、この鬱屈した想いを消し去るには正しく殴りあいをするほかに方法が思いつかない。


「それでは、お前が早く嫌な記憶を忘れることが出来るように、ここにきた本来の目的を果たすとしようか。

 ……チョコレートの開発はどうなっている?」

 そういえば、アンナはチョコレートの開発の進捗を調べにきたんだったな。

 あまりにも阿呆らしいことに付き合わされたせいで、すっかり忘れていたぞ。


「あぁ、9割がた完成している。 だが、残り1割が問題でな」

「ほう、詳しく聞かせてもらおうか」

 俺たちはそんな話をしながら、研究を行っている地下室を目指す。

 そして俺がチョコレート工房のドアを開けると、その中で作業をしている巨大な生き物の姿を見てアンナが叫んだ。


「ミノタウロス!?」

「心配ない。 中身は精霊だ。

 ……研究は順調ですか、マルックさん?」

 慌てて剣を抜こうとするアンナの手を押さえ、俺は青い毛並みのミノタウロスに声をかける。


 マルックさんは、俺が雇用契約を結んでいる水の精霊だ。

 レッドオーガの体を借りて動き回るアローンさんが羨ましかったのか、つい最近になってどこからとも無くブルー・ミノタウロスの死体を持ち込んできてこのように使いこなしている。


 薬学と治癒術に関して恐ろしく造詣が深く、最初は俺の主治医として契約を結んだのだが……今はもっぱらこの領内で採取した魔法植物の利用方法の研究を担当してもらっている感じだ。

 なお、この領地にいる水の精霊の中ではもっとも格が高く、精霊全体を見てもアーロンさんと同格という存在らしい。


 そしてマルックさんは大きくうなずくと、作業の手を止めて茶色の固形物を俺に向かって差し出した。


「では、確認させていただきます」

 俺はその茶色の塊を一口かじり、その味を確かめてからアンナに手渡した。


「甘いな。 そして美味い。

 そのまま口にするのとも、コ・コオゥアにしたときとも微妙に味が違うな。

 なんというか、よりどっしりとした風味というか……ちゃんと注文どおり固形になつているし、どこが完成していないんだ? コストか?」

「いや、そのあたりはすでにクリアしている。 残っている問題については、実際に見てもらったほうがいいだろう」

 俺がマルックさんに視線を送ると、彼はかごの中から一匹のネズミを取り出して俺に差し出す。


「では、ごらん頂こう。 これが俺たちが頭を悩ませいてる現象だ」

 俺はナイフを取り出すと、そのままネズミの首を跳ねた。

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