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魔境のお代官様――この里に人間は俺しかいません  作者: 卯堂 成隆
第三章 盤上遊戯へのお誘い
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4

「なにやら、ずいぶんと面白そうなことになっているではないか」

 翌日、王都からやってきたハンネーレ王女は裏庭に設置されたリングを見て楽しそうに微笑んだ。


「まあな。 格闘技として面白くなる可能性は0だが、喜劇としてならばこれほど興味深いものはない」

 しかも、伯爵が勝利すれば、俺は晴れて一流の魔術師の仲間入りである。


 あれから聞いた話だと、アーロンさんは元々とんでもなく位の高い精霊だったらしい。

 しかも、その同格の精霊たちが何柱か俺の守護精霊の座を狙っているらしいのだから、こっちとしてはうれしい悲鳴だ。

 惜しむらくは、その全員が男性の人格というところだろうか。

 まぁ、贅沢は言うまい。


「まぁ、せいぜい笑わせてもらおう。 がんばってくれ」

「俺に言うなよ。 今回はただの審判だからな」

 おっと、こんなことをしている間にそろそろ時間だ。

 見れば、すでに両選手ともにリングの上である。


 俺はリングの中央に進み出ると、まずはブタ伯爵をコールした。


「赤コーナー。

 身長5.2フィート。 体重246パウンド。

 ハンヌ・イッロ・カリオコスキィィィィィ!!」

 なお、選手の名前を巻き舌で読み上げるのはボクシングの試合のお約束である。

 やはりこの手の様式美は大切にしないとな。


「ぶひょひょ! か細い小娘め。

 昨夜夢の中で考えた、超ウルトラダイナマイトスクリューキックの威力、思い知るがいいでしゅ!!」

 虎の毛皮に金糸で刺繍を施した成金趣味丸出しのボクサートランクス一枚という見苦しい姿をさらしながら、ハンヌ伯爵が不敵に笑う。


 おい、ボクシングにキックは無いからな!

 それをやったら一発で退場だから、誰か注意してやってくれ!


 見れば、観客席の兵士たちとアンナが腹を抱えて笑っている。

 えぇい、頼りにならんやつらめ。


「続きまして、青コーナー。

 身長3.5フィート。 体重30パウンド。

 エディス・ソイルゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」

 俺がエディスをコールすると、彼女は体を覆っていたシルクのマントを投げ捨てて、若草色のショートパンツと、同じ色のスポーツブラという姿を衆目にさらす。


 伯爵と比べれば目の保養といってもよい愛らしい姿だが、なんと言うか見てはいけないものを見ている気がしてしょうがない。

 特にその平坦な胸を覆うブラジャーがいつずり落ちるかと思うと、別な意味でダイナマイトだ。


「ふぅん。 あたしだってねぇ、ちゃんと必殺技を考えてきたのよぉ?

 昨日、三十秒かけて思いついたデンジャラスハイパーミラクルプリティー土下座の威力、その身に刻むがいいわぁ!!」


 貴様もか、エディス!! お前はどうやって土下座をボクシングの試合に取り入れる気だ!?

 すでに観客席は試合を待たずして笑いすぎによる呼吸困難により死屍累々である。

 くそっ、なんて試合の審判を引き受けちまったんだ!!


「闘神カストゥールとフォルークスの名において、互いに敬意をもって闘うように。

 双方、いったん自分のコーナーへ」

「ぶひゅっ。 愛人になる心の準備は出来ているでしゅか?」

「せいぜい負けたときのぉ、言い訳でも考えてなさいよぉーだ!」

 双方ともになかなか知性に乏しいあおり文句を口にすると、自信たっぷりにコーナーへと戻ってゆく。


 はたしてこれはまともな試合になるのだろうか?

 とてつもない不安とともに、今、運命のゴングが鳴り響いた。


「デンジャラスハイパーミラクルプリティー土下座ぁぁぁ!!」

「超ウルトラダイナマイトスクリューキィィィィィィック!!」

 試合が始まるなり、双方がいきなり必殺技を叫ぶ。


 伯爵は意外な機敏さで前に突進し、エディスはロープを足がかりにして空高く……飛び上がった!?

 おい、これボクシングなんだけど!? ボクシングの試合なんだよな!?


「きえぇぇぇぇぇぇぇぇぇでしゅ!!」

 そして次の瞬間、伯爵は何も考えずにその短い足を懸命に動かして蹴りを放とうとするが……バランスを崩して仰向けにひっくり返った。


「あいたぷしゅ!?」

 ゴスッという痛そうな音とともに、そのまま頭を床に打ち付けて白目をむく。

 こいつ……いきなり自爆で失神しやがった!?


「もらったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 すると、今度はその伯爵の腹にエディスが頭から土下座の体勢で突っ込む。

 だが、伯爵のボリュームたっぷりな腹は彼女の頭突きをあっけなく弾き飛ばし、ボイィィィンとコミカルな音とともにエディスの姿はリングの外へと消えていった。


「あひゃあぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 ……あ、トンビがエサと間違えて持っていった!?

 違う! それ、食べてもおいしくないから!!


「いったん試合中止! 両選手、有効打以外によって戦闘不能のため、回復するまで休憩とする!!」

 くそっ、誰も動かないから、俺がエディスを回収してこないと!!


 開始10秒。 早くも試合の流れは混沌としはじめ、この恐ろしい死闘に何が待っているのか、誰も予測がつかなくなっていた。


 はたして、こいつらはちゃんとボクシングをするのだろうか?

 ひとつ言えることは……俺は今、猛烈に部屋に戻って居眠りをしたい。

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