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十一節:失われたもの


 見慣れた天井が目に映った。エルガー老師の研究所だ。

体にかけられたブランケットと、いつの間にか着ていた白いローブが衣擦れを起こすと部屋の奥から物音が聞こえた。

「ここで目が覚めたのはいつ振りだったかな、若いの」

この世界で初めて目覚めたときのように、暗がりからエルガー老師が現れた。

「エルガー老師。――俺はどうなった。総統閣下は?」


 老師は少し唸って後ろを振り返った。

「……そなたのもとから離れたものが二つある。一つは青い賢者の石。そなたに刺さっていたナイフに貫かれ、砕け散っておった。破片はここにかき集めておる」

エルガー老師の傍らにあった台に無数の小粒となった青い石と、そして例のナイフが置かれていた。

「この破片を元の形に復元したくての。そなたが起きるまで一つ一つ観察していたのじゃよ。勿論、そなたの蘇生処置は済ませるのが先決だったーーいや、『済ませる必要は無かった』と言った方が正確じゃろう」


 エルガー老師の発言が何を示しているのか一瞬分からなかったが、自分の胸に生じた違和感がそれと示していた。

何か硬いものが刺さっている、というよりも埋め込まれているようだ。

「これは……」

「そう、赤い賢者の石じゃ。そなたの生命活動を維持するかのように深々と突き刺さっておる」

「俺は……死んでるのか……?」

突拍子もない事実を眼前に突きつけられ、つい間抜けな物言いになってしまった。

「案ずるな、まだ生きておる。もっとも、その賢者の石が砕ければそなたは死ぬやもしれん。心臓のあった部分がポッカリと空洞になっているのじゃ。これがそなたが失ったものの二つ目よ」


 エルガー老師が言うには、刃物で切り取られたように無くなった心臓の代わりに赤い賢者の石が血管と繋がっているらしい。

青い賢者の石をエルガー老師が観察した結果、その一つ一つが何かしらの有機物で構成されていることが分かった。

要するに赤い賢者の石も有機物の集合体であり、体の一部になることで心臓の代用をしているという結論に至ったそうだ。


「それと総統閣下のことじゃがな。ほれ、そこの窓から覗くと良い」

老師の指差した先にあった小窓は、ちょうど王城正門の真上に近い位置だった。

そこから見えた光景は、これほどまでにルベンカに国民が居を構えていたのかと感嘆するほどの長蛇の列が続いていた。

「閣下の国葬がつい先週終わってもなお、献花に訪れる者が後を絶たない状況じゃ」

「待ってくれ、そうすると俺は一週間近く意識が無かったというのか?」

「そなた達の変わり果てた姿が見つかってから九日目になる。その時には既に総統閣下は事切れ、そなたの心臓には賢者の石が突き刺さっておった」

「ピ、ピョートルはどうなった?」

「なんと。あの冷血宰相もその場におったのか」

虚をつかれたように老師の目が見開いた。

「あの男が閣下と俺をあそこのナイフで刺したんだ。元の持ち主が誰だったのか調べた方がいい」

「じゃがのう、今日に至るまでピョートルは行方知らずのままなのじゃ。王城の者達は閣下を守り切れなかった責任で行方をくらましたと思っておる」


 総統閣下と俺が刺されたあの夜の顛末を、俺は老師に話した。

「――よもや、あの男が裏でバスティンの人間を拉致しておったのか」

「まだ拐われた人達は戻っていないのか?」

「戻るどころか、未だに失踪者が後を絶たない状況じゃ。詳しくはミハイルが知っておる。今陣頭指揮を取って捜索の真っ只中じゃ」

ミハイルは信仰に篤い聖職者だが、同時に軍を率いる指揮官でもある。

彼が指揮を取るとはつまり、ギルド単位でしか動いていなかったこの事件が、今では国家機関が必要な規模の騒乱に発展したことを意味する。


 すぐにでもミハイルに合流し、人形遣いの討伐に向かうべきだ。

「今、ミハイルがどこにいるか分かるか?」

「謁見の間で指示を出しておる。あやつが次期総統として指名されておったからな。じきに即位の儀も執り行われるというのに慌ただしいものじゃ」

聞くなり、踵を返しつつパラメータを表示した。

全数値9999、賢者の石一つ分の数値は失われたがそれでも如何なる戦いでも生き残れる自信はあった。


「錬金術師ユーマよ。頼みがある」

エルガー老師が改まった口調で話しかけた。

「何だ?」

「賢者の石は魔力に反応して装備した人間の能力を増幅させる装置じゃが、そなたが眠りこけている間にそれ以上のことが分かった。実はもっと知りたいことがあるのでな、しばらくこの老害に預けてはくれんか?当然、その見返りとしてこの石は復元すると約束しよう」

「老師、俺は最初からそのつもりだよ。あんたには何度も世話になっているからな」


 それよりも気がかりなのは、俺の心臓がどこに行ったかということだった。

どうにも妙なことだが、一歩踏み外せば死にかねないのに、何故かこの状況を達観していた。

脳が処理できる緊張状態のキャパシティを振り切ったからだろうか。


 あの現場で見つかったのはイヴァン二世総統閣下の死体と死にかけの俺、そして砕けた賢者の石。

人形遣いと心臓だけがあの場から忽然と消えていたからには、その二つの事実は繋がっているはずだと思った。

そんなことを考えながら、ベッドに置かれた服に着替えて研究所を後にした。

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