九節:このままながめてるのもいいか
エリスの姉、マリスは他人の秘密には口が固い。
なぜか妹の秘密についてはその限りではない。
油を含んだ水面に洗剤を垂らすように、すぐ耳元に入る。一日あれば、城内の全員に知れ渡ってしまう。
今にも姉を取り殺しかねない憤怒の妹。なんとかなだめる方法は無いか。
あった。俺は錬金術師じゃないか。無から有を生み出すことができれば、逆もまた然り。
エリス、と俺は呼びかけた。
とっさに顔をこちらに向けたエリスの顔に向けて手をかざす。
青白い光とともに、エリスの素顔が外気に曝された。
「……へっ?」
急に視界が良くなったエリスは一瞬何が起きたのか把握できなかった。
「すまない、エリス。後でその兜は錬成して……へっ?」
光りに包まれて、その中で何が起きたのか、把握しきれていなかった。
無くなったのは、重苦しいフルフェイスヘルムだけではなかった。
要するに、彼女の体は生まれたままの姿になっていた。
意外と着痩せするタイプなんだな、うん。
やれやれ、僕は以下略。
「あっ……あぁ……」
あまりの羞恥とか、非現実性とか、諸々の感情と状況でエリスは大声すら上げられずにいた。
そして目をぐるぐるさせて、その場で卒倒した。
(意外と赤い賢者の石って使い勝手悪いな……)
レベルが二倍近く跳ね上がるってことだから、魔力もかなり上がっていてもおかしな話ではない。
謁見の間から少し離れた回廊で良かった。
あそこに向かう人間は一日に二回あれば多い方だ。
少し派手な事が起きても、人に見られることは殆ど無い。
素っ裸の女の子を独り放ったらかしにするのは趣味ではない。
ここで起こしても、裸の自分に再度ぶっ倒れるのがオチだろう。
約束通り、彼女に着せる形で鎧を錬成してやった。
敢えて兜は作らないでおこう。起き上がったら、マリスをぶん殴りに行くかもしれないし。
そんな老婆心に自ら感心しながら、僕はエリスを尻目に城下町へと赴いた。
城下町には俺の家がある。町中から一際目立つ豪邸だ。
現実世界ではウサギ小屋でポツンとしている俺も、この世界ではサーバルキャットの一匹や二匹ぐらい放し飼いにしても問題ないだろう。飼ってないけど。
城門を出ると、一気に多くの観衆に迎えられた。
誰も彼もが新聞記者、情報屋の類。それほどまでに降りかかった災難は凄惨を極めるのだろう。
俺の身が無事かどうか、他の兵士たちはどうなったか、目ざとい連中は赤い賢者の石を問い詰めてきた。
ゲームをやっていたときとは違う、肉体的な疲労からか、早く帰りたい。
おもむろに手を前方に伸ばして何かを錬成するフリをすると、蜘蛛の子を散らすように走り去っていった。誰でも、我が身がもっとも可愛いものだ。
城下町を歩いていると、時々物陰から誰かが様子を見ているのが分かる。
脱兎のごとく逃げ出した野次馬の誰かしらだろう。
特に実害が無いのなら、意地になってちょっかいを出す道理は無い。
そのまま、俺は「帰路」に向かった。




