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【完結】あくおに はべり うつくしき  作者: 零 珊瑚屋


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第一話 異名 悪玄太

 


――最高の男には、最高の女が必要だ。



その至高の思想のもと、俺――この国、中天州が誇る大都市『八雲』の腕利き祓い屋、玄蔵(げんぞう)は、目の前の絶世の美女に極上の笑みを向けていた。


「おい緋乃。今日の月はえらく綺麗だな。どうだ? 俺がこの街で一番デカい城を建てたら、その天守閣で一緒に月見酒でも飲まないか? ついでに夫婦(めおと)の杯ってことにしてもいいぞ」


「鬱陶しい。殺すぞ」


即答。しかも視線すら向けずに、彼女――緋乃(ひの)は拳についた禍つの黒い返り血を懐紙で優雅に拭っている。

黒髪を後ろで束ね、透き通るような白肌と鋭い切れ長の瞳を持つ美女。だがその実態は、並の男など一撃で肉塊に変える恐ろしい体術使いだ。あまりの苛烈な戦いぶりから、八雲衆の間では『鬼緋乃』の異名で恐れられている。


「ははは! 今日もいい拒絶っぷりだ! だが『殺すぞ』は挨拶みたいなもんだ。俺の耳には『城が完成したら考えてあげてもよくてよ』って聴こえたぜ!」


「耳の穴に野禍(やか)の骨でも詰まっているのか? 今すぐ八つ裂きにして穿ち出してやろうか」


「遠慮しておく! まだ死ぬには早すぎる、俺は天下に名を轟かせて城持ちになる男だからな!」


俺が胸を張って言い放つと、少し離れたところで巨大な大鉈を研いでいた男が、呆れたように盛大なため息を吐いた。


「……玄蔵。お前、その図太さだけは本物の大禍(だいか)級だな。鬼緋乃にそこまで言われて一歩も引かねぇ度胸、感心するより先に頭の心配になるわ」


声をかけてきたのは、悪友の鉄(てつ)。

ゴツい体躯に身の丈ほどもある大鉈を背負い、怪異の頭蓋ごと兜を叩き割る戦いぶりから『兜割り』の異名を持つ男だ。俺と鉄はよく組み、八雲の街を脅かす『禍つ』を狩っている。


「なんだ鉄、妬みか? いいか、最高の男には最高の女。これ世の理なりだ」


「へいへい、好きに言ってろ。……それより見ろよ、今日の稼ぎだ」


鉄が足元を顎でしゃくった。 そこには、俺たちがたった今片付けたばかりの『異禍』(いか)――特殊な異能を持ち、武芸者程度では束になっても敵わない中位の禍つの残骸が転がっていた。

そいつから取った牙や爪が、月光を受けて怪しく光っている。


「へっ、異禍一体じゃそんなもんか。悪くねぇが、城を建てるにはまだまだ遠いな」


「ハッ、城持ちなんて幾らかかるのかもわからねえぞ。

八雲の祓い屋(八雲衆)でそんな野望抱いてんの、お前くらいなもんだよ、『悪玄太』さんよぉ」


鉄がニヤリと笑い、俺の異名を呼んだ。


『悪玄太(あくげんた)』。


悪党の悪じゃない。荒々しく、手を付けられないほど強い男――天下無双の暴れ馬につけられる誉れ高き称号だ。そしてこの異名を支えているのが、俺の腰にある“業物”である。


俺は腰の鞘から、ゆっくりと刀を抜き放った。


月光を反射して怪しく煌めくのは、優美にして鋭利な弧を描く『湾刀(わんとう)』。


この時代、世の中の武芸者が振り回しているのは、専ら真っ直ぐな「直刀」だ。


反りのある刀など、誰も見たことがない。 まっすぐ叩き切ることしか頭にない直刀と違い、この湾刀の反りは、引き斬ることで威力を何倍にも跳ね上げる。


異国の製法か、はたまた鍛冶師の狂気か――誰も見たことのない奇妙な刀を自在に操り、数多の禍つを斬り伏せてきたからこその『悪玄太』だ。


「……相変わらず妙な刀だな」


鉄が湾刀の刃文を覗き込みながら呟く。


「直刀じゃ刃が通りにくい異禍の硬い皮も、お前のその曲がった刀にかかりゃ一刀両断だからな。八雲でそんな刀使ってんの、お前だけだぜ」


「ふふん、時代が俺に追いついてないだけだ。この刀と俺の腕があれば、どんな大禍だって恐るるに足りん!」

自慢気に刀を鞘に納めると、緋乃が冷ややかな視線をこちらに向けた。



「……調子に乗るな。下位の『野禍』ならともかく、今夜のように異能を持つ『異禍』が、都(中天京)からもそう遠くないこの八雲にまで流れてきている。嫌な風が吹いているわ」


「ふん、風が吹こうが嵐が来ようが関係ねぇよ」


俺は腰の湾刀の柄に手を置き、口端を上げた。


「禍つが出りゃ斬る。名を上げて、金を稼いで、城を建てる。そして――」

「そして?」

緋乃が嫌そうに眉をひそめる。


「緋乃、お前をその城の正妻にしてやる!」


「……本気で一度、死んでみるか?」


殺気を込めた緋乃の鋭い足払いが放たれ、俺は間一髪でバックステップを踏んでかわした。

空を切った脚風だけで、近くの竹林がガサガサと激しく揺れる。直刀の振り下ろしよりも疾く、重い蹴りだ。相変わらず一撃が死に直結している。


「おいおい勘弁してくれ! 俺の嫁になる女が、旦那を未亡人……じゃなくて後家さんにしてどうする!」


「支離滅裂だ、死ね」

間髪入れずに放たれる正拳突き。それを湾刀の鞘で受け止めると、ズドンと重い衝撃が腕を駆け抜けた。


「ハハッ! 相変わらずいい拳だ! 惚れ直したぜ!」


「……本当に、どこまでも図々しい男」


呆れ果てたように拳を収めた緋乃だったが、その口元がほんのわずかにほころんだのを俺は見逃さなかった。よし、これで脈あり判定大幅に上昇だな!


「やれやれ、夫婦漫才はそこらにしとけ。街に戻って酒にしようぜ。今日の稼ぎで美味ぇもん奢れよ、悪玄太」


「おうよ! 八雲一番の酒場へ行くぞ! 緋乃、お前の分も一番高い酒を注文してやるからな!」


「……勝手にしなさい。奢られる分には拒まないわ」


中天州、八雲。 直刀全盛のこの時代に、反り立つ湾刀一つで天下に名を響かせるその日まで――俺と鉄、そして鬼姫様の賑やかな祓い屋稼業は、まだまだ始まったばかりだ。

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