7.電話
警察庁の人間が、開発中の民間遺伝子検査会社のデータベースのアクセス権限を得ている。
これがどういうことか、まだ俺には分からない。だが、楽観視しないほうがいい。虎の尾を踏んだかもしれない。それも世界最強の遺伝子検査コングロマリットと日本の国家権力だ。特大の獣の可能性だってある。
端末の画面が光った。マキタからのコールが何度も来ているようだ。
「いや……」
俺は混乱していた。動悸が激しかった。
何なんだ?いったい何に……巻き込まれようとしている?冷静にならなければ……。
携帯端末の画面に表示されているコール回数が十を超えた。すべてマキタからの電話。さっきからなんの……。
混乱しつつ俺は電話を折り返した。呼び出し音が鳴っている。
電子音が呼吸の音に切り替わる。
「ユキ……」
電話の向こう側でマキタが息を切らしている。今にも泣き出しそうな声だ。
「ユキ、助けて」
窓から上野の街並みを見る。真夜中の街は赤い光を放っていた。その街はどこまでも他人行儀だった。
〇
真夜中のビル街を俺は走り抜けた。息は絶え絶えだ。電話はつなぎっぱなし。その電話からはマキタの声が聞こえてきた。
「僕、気づいてもらいたかったんだ。馬鹿だよな、言えばよかったのに。助けてほしいって」
「いま、どこだ」
「今までのこと、僕が悪いんだ」
弱々しいマキタの声は、今までの付き合いの中では表に出てこなかったものだが、確かに奴の中にあったものだ。俺はそんなことを考えた。
「D-genes社の依頼、受けるべきじゃなかったんだ」
俺はハッとした。マキタは何か知っている。
「D-genes社の開発中のシステムに警察がアクセス権限を持つデータベースがあった。何か知っているか?」
俺の質問に答えずに、代わりに呼吸音だけが聞こえてきた。
自宅は秋葉原方面だ、という程度の情報だけで走り出した。だが、あいつが家の近くにいる確証はまったくない。
それでも俺は走らざるを得なかった。マキタは死のうとしている。詳細はわからなかった。電話の向こうの言葉の端々に彼の死期が迫っていることだけが感じられた。
「もう時間がないから……」
「うるせえ、今どこだ!」
「ユキに話しておきたいんだ」
大きく息を吸い込んで、俺は呼吸を整えようとした。しばらく上手くリズムをつかめなかった。
自分が相当動揺していることを今更ながらに自覚する。走るのをやめて、マキタに言った。
「会って話そうぜ」
冷静になるよう努めて、端的に要求を言った。
マキタもまた声を落ち着かせて言った。
「時間、ないから、ここで」
「わかったよ。それで、何の話をするんだ?」
「僕が、死ぬべき人間だって話をするよ」
耳に入ってきた音をただの情報として処理するように意識する。話を聞き出してなんとか説得する必要がある。
「どんな理由で自分が死ぬべき人間だと考えてるんだ」
自分の声音に気をつける。問い詰めるような真似をせず、しかし冷たくなりすぎないようにする。
マキタが放った一言は、調整した俺の声音よりもずっと落ち着いていて、適切なものだった。
「人を殺した」




