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冤罪遺伝学  作者: 早雲
第四幕
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3.覆面

 日が落ちてきた。薄暗い道を照らすためにヘッドランプを点灯させる。


 進行方向の左側には山々が連なっているのが見える。道路は整備されており、比較的走りやすい。走っている道路自体も高所にあり、左側はガードレールをはさんで断崖絶壁になっているようだ。


 ここニ、三十分は私たちの他には車両を見ていない。カメラらしきものもない。確かにこの交通量であれば監視カメラ設置や整備コストの方が高くつくと判断するだろう。


 しばらく単調な道が続いた。分岐もない。山道だがカーブはゆるやかなものが多い。ツーリングするにもいいルートだ。


 前の道が明かりで照らされた。


 すぐにその正体が知れる。対向車線を走っている黒いバンのヘッドランプだ。相対速度が高いので、ものの数秒ですれ違い、黒いバンはすぐにはるか後方に離れた。


 異変があったのはその後だ。


 ん、という声が後ろから聞こえた。サイドミラーを確認すると、ユキが後ろを見ているのが分かる。


「どうした?」


 私は声を張り上げた。ユキから返答がある。


「あの黒いバン、さっきすれ違った車と同じ車じゃないか?」


 サイドミラーを覗き込む。確かにすれ違った黒いバンと似た車がおよそ五〇m後方に迫っている。


 Uターンした?なぜ?道を間違えたのか?いや、分岐がそもそも無いのだから間違えようがないはず。もしかしたらこの先すぐのところに分かれ道でもあるのか?地図上でもそんな道はない……


 もはや黒いバンは10mくらいの位置に迫っていた。サイドミラーを再び覗く。どうやらフロントガラスにもスモークが張ってある車だ。まともじゃない。


「スピードを上げろ!」

「分かってるよ!」


 黒いバンはスピードを上げて迫っている。私もバイクのスロットルを絞った。だが、バイクでスピードを出しすぎるのは限界がある。


「くそ」

「どうして居場所が」


 私の疑問にユキが答えた。


「あいつらも逆算したんだろ、Nシステムにかからないルートを」


 黒いバンは大きく膨らむように対向車線を越えて私たちのバイクの横につけてきた。


 ドン、と鈍い音が聞こえ、一瞬思考が停止する。


 バンに体当たりされたのだ。あたったのはステップの部分でわずかな衝撃だったが、転倒したら命取りになるスピードだ。


「当ててきやがった」


 ユキが叫ぶ。


 警告のつもりか、黒いバンは再び威嚇するようにこちらに車体を寄せてくる。


「狂ってる……」


 これ以上スピードを上げるのは無理だ。緩やかとはいえ、カーブを曲がり損ねれば断崖絶壁にダイブすることになる。


 ユキが言った。


「ドリフトターンとかできないのかよ」

「そんな曲芸できるか!」

「このままだと崖に落とされるぞ」


 一か八か、と思い私はフロントとリアブレーキを同時にかける。ほぼ同時に叫んだ。


「つかまれ!」


 わああ、と後ろから情けない声が聞こえる。バイクは二人分の重量を抱えて止まる。スプリングの感覚を感じた。


 黒いバンはバイクの急停車に対応しようとして、できなかったようだ。キキッ、ガン、という音とともにスピンした結果リアタイヤが道路側溝にはまったようだ。ガードレールに当たったものの、突き破るまではいかなかったらしい。


 ユキの不平が聞こえてきた。


「言うのがおせえよ……」

「いいから、今のうちに抜けるぞ」


 私はクラッチをつなぐのに合わせてスロットルをまわす。10m先の車のそばをすり抜けようとした。


 運転席の窓が下がった。そこから見慣れない黒い筒のようなものがこちらを向いている。


「銃だ!」


 パン、パン、パン。


 発砲音が響く。勢いに任せてアクセルをフルスロットルに絞る。


 車の横をすり抜けるまでに弾が当たる。そう覚悟したが、銃声は最初の三発だけであとは続かなかった。


 一瞬見えた光景だったが、運転席の男が向けていた銃を助手席の男が抑えたのだ。


 すぐに私は前方を見て、再びスロットルを絞った。エンジンの燃焼室にがんがんガソリンが入れられて推進力に変わる。


 全速力でバイクを走らせること数分、後続車がないことを確認する。ユキが言った。


「ここ、日本だぞ……」


 私は先ほどの光景が頭に浮かんだ。助手席の男は、どこかで見たことがある男だった。


「とにかく先を急ごう」


 ひとまず命の危険を脱した。先ほど撃たれた現場から距離が離れてそんな安堵に似た気持ちが満ちてきた。だが、同時に自分の心臓がはねるように鼓動を打っているのに気がついた。


 命の危機に、ひと時の安堵、アドレナリンの放出による非日常の高揚感。嫌な味の感覚だった。


 できるだけ冷静になれるよう、バイクの運転に集中する。

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