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その二十

7023

 『虞美人草』の中で、既に明治の世に漱石は英国、否、この後の二十世紀の世界全体を指して、

「此処(ここ)では喜劇ばかり流行(はや)る」

と嘆いています。『生か死か、それだけが悲劇である』、それ以外のものは所詮何(いず)れでも大した問題ではない、どちらでも何とかなる話だ、本当に人が真剣にならなければならない問題は生か死かこの悲劇あるのみだというのに、世は挙げてどちらでも大して違わない、少し不便を忍べば何とかなる話に血道をあげている、そういう趣旨です。

 何があなたの『悲劇』でしょうか。その前で真剣にならざるを得ない問題でしょうか。それはあなたの生と死に直接に関わっていますか。よもやあの会社に就職出来なかったら、あの地位になる事が実現しなければ、私の人生はこの先真っ暗だなどと、しかもその事が生活の中で一番の問題になっていたりはしませんか。生か死か、それでこそ夜も眠れずに悩んだら可(い)いでしょう。


7024

 他人を或る点において激烈に批判する事には、責める側にとって思わぬ副次的な効果があるものです。即ち、その批判を受ける者にもそれを傍聴する者にも、無言のうちに斯く思わせる事が出来るからです。

「この責めている人には、そういう悪い点は無いのだ」

 からくりです。一言も嘘を口から発する事なく、人に対して嘘を吐(つ)く方法がこれです。人間は斯(こ)んな真似さえもやります。消音ピストルがあれば私なら背後から撃ちたいと思う程です。消音ピストルが無く普通のピストルしか無ければ、手拭を銃口にぐるぐる巻きに巻いて撃ちたいです。なおこの手拭式の方法だと一、二発しか、銃弾の発射音を消す事は出来ませんが。

 人間は卑怯です。しかし卑怯な人間がこの世に多く居るという動かし難い事実を視るならば、もう一つの動かし難い真実をもあなたは視なければなりません。ここが重要なのです。私は私の若き日に永くその事に気付かなかったので、必ずしも必要ではなかったのに多くを激しく苦しみました。世に実に正当にそれに相応している、助けるべき不幸な人が多く居るという厳然と動かし難い事実をも忘れないで下さい。そして必ずその上で自分の生き方そして生死を考えて下さい。


7025

 自分の事を他人よりも不運不幸だと思うなら、もっと他の人の暮らしを知って下さい。知った後の自分から見ると知る前の自分を『ふざけんな』と怒りたくなると思います。

 自分の事を他人よりも幸運幸福だと思うなら、これももっと他の人の暮らしを知って下さい。自分のその感覚が事実に拠って裏付けられるのを実際に見る事になるでしょう。

 何にせよ他の人間の暮らしを実際に見なければならない、それに接する事をしないといけません。自分の誤解や思い込みを衷心から納得して自ら訂正する為にも、自分の感覚は矢張正しかったとの実感を得る為にも。最も恐いのは、ろくろく他の人間の生活を知らないままに『人間とは斯くの如きものだ』と自らの心の裡(うち)にその基準を設定してしまう事だと私は思います。万人の目で見て何が『正しい』のかと自分が知る為ではありません。そんなものは如何(どう)でも可(い)いのです。自分が心から納得出来る思考の基盤感覚の土台を見出す事が大事なのです。それが無ければ人は自信をもって行動する事が出来ません。そしてその基盤土台を見出し確信する為に、他の人間の暮らし生き様願いに触れる事が必要なのです。私の経験では如何に孤高を自任しても、これに就いての自信は体験無しには得られませんでしたから。


7026

 生きているのが詰まらないと感じるならば、そう感じる事の原因の主たる根拠は自分に人並に幸運がやって来ない事ではなく自分が生きる理由を見出せていない事であると私は思います。実際に他人に比べて自分には何故か苦労が連続してやってくるという場合だってあるのはあるでしょう。しかしその事以上に自分が具体的な望みを抱く事が出来ていない、それが理由で生きるのが詰まらないと感じるのです。恐らくそうです。連続の不運、試練に堪える一番の方法は、大波の如くに打ち寄せるそれらを防ぐ防波堤を築く事ではなく、それとは全く関係無く自分が生きる具体的な理由を知る事です。

 人間は内に抱くものによってそれから生きる力を得る事が出来る生き物です。それ如何に拠って変わる事の出来る生物です。試練困難はつらいでしょうが、そういうものが全く影響を及ぼす事の出来ないあなたの生きる理由を見付け出して下さい。多分、その為の試練困難です。

 ブログは毎日更新しています。

https://gaho.hatenadiary.com/

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