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その十三

6995

 少しニュアンスの難しい事を言いますね。私も伝えられるかどうか、自信が無いのですが。

 働き詰めに働いていると人は気が変になりますね。しかし同様に、働く必要も無く実際全然何もしていないと廃人になります。詰まりこれも人の安穏平和という生き方ではない訳です。すると両者が程良く混淆された状態、そのベストミックス、割合を見出して生活を設計する、生きる方針にするというのが良いのでしょうか。私は違うと思います。何か話の根本がおかしい、狂っている気がするのです。

 思うのですが、生活の中で働く事と自分の自由に時間を用いる事との割合でその人の生活の良し悪しが決まる訳ではありません。そんな基準を自分が生きて暮らす毎日の設計の為に用いる事をしている事自体、既に奇異です。人が生活するのは人生の目的を達せんが為、これに尽きます。その為に『仕事』をしまた心身を回復する為に休暇、自由な時間を必要とするのです。働く時間と自由の時間、その具体的配分はこの各自の人生の目的を果たす為という目標から決定されるべきもので、その目標から離れて単に働くのと自由な時間との理想的配分などという抽象的な指針をもとうとしているから奇異に見えるのです。違いますか。

 結果として、一日の仕事の時間とそうでない時間の配分率は自分が生きる目的に即して決定した場合とそれ無しに抽象的に考えて決められた配分である場合とでよく似たものになるかも知れませんが、そんな結果の相似には何の重要な意味もありません。そんな何らの切実な欲求にも裏付けられていない根拠に拠って決定された規律は、条件前提の変化一つあった次の瞬間それに対応出来なくなります。大元の根幹が無いからです。原初の理念がありもせず何をもって諸情勢の変化に『対応』出来るでしょうか。自分が何の為に生きるのか、それをしっかりもって下さい。それが必要ではありませんか。


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 これも普通は遠慮しながら口にする事なのでしょうが、今日は率直に私の思うまま書かせて頂きます。

 結婚しない事がどうして人生の破滅になるのか、私にはとんと解らないのです。無論結婚して平和な家庭を築きたいというのは健康な願望でありまして、何ら奇異で奇形なものではありません。だからそういう希望を抱く事は良い事だと思います。しかしそれが実現しなかったからとて、まるでこの世の終わりなどという顔をしなくても可(い)い筈のものではありませんか。願った学校に入学出来ず、会社に入る事が出来ず、職種を替えざるを得ず、友を求めて得られざる、皆希望の叶わなかった悲しみですが、それらは皆それで人生を閉じよう云々という話ではありません。これらの希望の叶わなかった人も雄々しく別の道を行き別の人生を展開しています。意中の人と結婚出来なかった事は無論つらい事ですが、それで人生に行き詰まるという事はありません。人が生きて行けなくなるのはもっと全然別のものに拠るのです。

 私も永く結婚する心算(つもり)はありませんでした。そんな、私みたいな人間がそれだけはないだろうと全く承知していたのですが、それでも縁あって現在妻子持ちです。けれども若しも一人身であれば、それはそれでその自由な条件を利活用して、何か多分小さな事ではあると思いますがそれをしたと思います。そしてその小さな事に結構満足していたと想像します。

 結婚を含め、決定権を自分単独ではもつ事が出来ず自分以外の誰かの意向によってそれが完成するかしないかが岐(わか)れるものに自分生涯の夢を預けてはなりません。それはどこまでも、仮令(たとい)結婚したとしても、自分一個だけが抱き続けなければならぬものです。それがその人の夢であるべきでしょう。その夢が破れる時というのは自分が怠け不誠実であったが故でなければなりません。それだけが根拠でなければならないのです。結婚出来なくてもそれで壊れない夢をもって下さい。少し厳しく言いますが、それが無い人間ならば無事意中の人と結婚出来たにしても本当にしっかりした人間の営みは続けていけないものだと思います。


6997

 私が苦境に居る時には、軈(やが)て楽な日も来るだろうとは思いません。そうではなく今この苦しい中で拾うべきものを拾うのだと思います。それが苦しい中で私が思う事であり、する事であり、支えにすべき事であり、指針たるべきものだと思っています。

 暫くしたら楽な時が来る。そんなもの、如何程信用出来る言説でしょうか。私はほぼその一生涯が苦しい中に生きた昔の人の人生を知っています。実際に私が接した人です。希望なんか一切無かったと思います。それが生涯続くのです。しかしその人はそれを自分の宿命だと思って生きていました。だからその人が不平らしい事を口にするのを私は聞いた事がありません。私はその人に比ぶべくもない『楽』な生活を、既にこの年齢までしてきています。その事を思えばこの後私の生涯がずっと苦しいものであっても、それでも私の人生の帳尻は『総じて楽だった』になるでしょう。だから文句など言えません。今でもう十分に私の人生は『楽』である事に分類されてしまっているのです。そしてその事に私は納得するの外はありません。その人の事を思えば私は実際そう思うのですから。

 あなたも自分がこの世ですべき事、自分の使命を知って下さい。生きる姿勢が変わりますから。


6998

 難しい事だと思いますが、腹が立っている時に旅行の好きな人であれば今度何処(どこ)に行ってみようかと考えてみて下さい。好きなアーティストが複数居る人は次は誰のイベントに参加しようかと考えてみて下さい。その他、趣味なり生き甲斐なり自分の好きな事に就いてあれこれ思いを巡らせてみて下さい。暫くすると先程まで腹を立てていた事を忘れていませんか。忘れていないまでもその苛(いら)立ちが少しく減じていませんか。若しもそうならその怒りは『本物ではない』のだと理解して下さい。本物ではない、詰まり今あなたがそれを想い考えるべきものではない代物であるという事です。

 本当にあなたがその時それを心に浮かべるべきものなら、その怒りはそれこそ日本刀を振り回し猟銃をぶっ放しまくって八つ墓村みたいな真似をしなけれ収まらない筈です。しかし現実にはほんの少し自分の好きな事を心に思い浮かべる事をしただけで早速その怒りは楽しい想像に席を譲ってしまう。そんなものが本当に今あなたが想うべきものである筈がありません。楽しい想像によって立腹が収まるという事実は間違いなくその事を示していると私は思います。

 自己催眠自己暗示ではありません。本当に今自分が深く想うべき事は何かを知るという重要な営みです。私はこの段階で、この次元でこそ言いたい。『時間を無駄にすべきではない』と。

 ブログは毎日更新しています。

https://gaho.hatenadiary.com/

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