1、奇跡のイケボ君が誕生なのです
楽しくお読みいただけましたら幸いです。
私は推し活に夢中。
彼の顔も本名も知らないけれど彼の声だけは知っている。
中学生だった私は彼の声を初めて聴いたとき電気が走った。
身体が痺れて動けなくなった。
そんな感覚だった。
彼の声は感情表現が豊かで彼の言いたいことは私に、すぐに伝わった。
彼は顔で表現できないからこそ言葉と声で私に伝えてくれた。
「ツバサく~ん。今日も最高だよ」
私は自分の部屋でイヤホンを付けて叫ぶ。
隣の部屋の弟が、うるさいと言いたいのか壁を殴ってきた。
そんなの私には聞こえない。
私の耳に届くのはツバサ君の低くて痺れるような大人の色気がある声だけ。
このイヤホンから伝わるツバサ君の台詞だけよ。
私の名前はカレン。
高校一年生。
長い髪が邪魔でショートカットにしてから、お気に入りになった。
そして私の推しはツバサ君で性別は男性。
低音イケメンボイスの声優さん。
彼のプロフィールはそれだけ。
そんな彼は新人声優さん。
人気アニメの声優をしてから好きになった。
そのアニメのキャラが人気だから好きというのもあったけれど、それだけではない。
感情表現も、言葉の使い方も、声も全てがそのキャラにぴったりだったから彼を好きになった。
すぐに名前を検索して彼の情報を手に入れたかったけれど、どこにも載っていなかった。
どの記事にも全てが謎の新人声優と書いてあった。
仕方がないので私は彼の声だけを何度も聴いた。
声しか彼の情報はないのだから、その声で彼のことを知ろうとした。
ラジオ番組の毎週水曜日に出てくるツバサ君の声を欠かさず聴いた。
何度聴いても低音イケメンボイスで私は毎回ドキドキした。
本当に恋をしているのかもしれない。
「ねぇ、昨日のツバサ君のラジオは聴いたよね?」
私は友達のリノちゃんに言った。
今日は部活がお休みだから二人でファミレスで女子会中。
「朝から言ってるけど私はツバサ君よりも、顔を出しててイケメンな声優さんがいいわ」
「私は声だけで充分よ。だって顔が見えてたらアニメとかのキャラよりも、その声優さんの顔が浮かんじゃうんだもん」
「そんなことはないわよ。私はキャラはキャラとして、ちゃんと区別はできるわ」
リノちゃんは、長いカールのかかった髪の先をくるくると人差し指に巻き付けながら言う。
「リノちゃんはできても私はできないの」
「そう?」
リノちゃんは人差し指で巻き取った髪をほどいた後、髪を耳にかける。
その所作は綺麗に整った顔のリノちゃんの美しさを倍増させた。
周りの他校の男子達がリノちゃんに釘付けだ。
リノちゃんは本当に美しい。
隣にいていいのかなって思うくらいに、リノちゃんと私は月とスッポンくらい違う。
「カレン、これ食べて。美味しいから」
私は口を開けリノちゃんがケーキを口に入れてくれる。
甘酸っぱいチーズケーキだった。
「美味しい」
「よしよし、イイコだねカレンは」
リノちゃんは私の頭を撫でる。
リノちゃんに撫でられるのは好きだから、私は黙って撫でられる。
リノちゃんを見ている他校の男子達は、顔を赤くしてリノちゃんを見るのをやめる。
どうしてなんだろう?
私はリノちゃんに“もう一口だけ欲しい”とケーキをおねだりすると、リノちゃんは“仕方ないな”と言いながら、また私の口に入れてくれる。
優しいリノちゃんが大好き。
美しいリノちゃんが大好き。
リノちゃんが大・大・大好き。
「あっ、明日は席替えだね」
「そうなの? リノちゃんの隣が良いよぉ」
「女子の隣は男子だから無理よ」
「なんで男女を分けるのよ。イマドキありえないよ」
「それが良いって言う人もいるんだから、カレンもそう思えばいいじゃない?」
「リノちゃんは、その方がいいよね? トモ君がいるからね」
「そうね」
リノちゃんは、ふふっと笑った。
リノちゃんの笑い方は絵になるよ。
トモ君とは、リノちゃんの恋人。
リノちゃんとトモ君は幼馴染で、ずっと片想いをしていたリノちゃんが、トモ君に告白をして恋人になったんだよ。
二人はいつも仲良しでケンカもするけど、なんだか楽しそうで羨ましい。
次の日、席替えが行われ私とリノちゃんは端っこと端っこで、遠すぎる距離になった。
机を移動し、窓側だったことだけは良かったと思いながら、窓の外を見ていた。
隣が誰なのか興味はなく私は空を見ていた。
隣の席の男子が机を運び座った気配がした。
「窓側が良かったな」
声が聞こえて私の身体は固まった。
身体が痺れた感覚になった。
動けるようになり、隣の席の男子を見た。
彼は前髪が長く、目があまり見えない。
どんな顔をしているのかよく分からない。
こんな男子いたかな?
入学して半年は経つが、この男子の顔は見覚えがない気がする。
「リノちゃん。私の隣の席の男子って誰なの?」
休み時間になると、すぐにリノちゃんの元へ行き訊いた。
「あ~アンドウ君ね」
「アンドウ君?」
「アンドウ君は目立たないから、クラスの皆からも忘れられているかもね」
「私も、その中の一人なんだね」
「カレンは、ちょっと違うかな?」
「違うの?」
「うん。カレンは入学式後、一週間学校を休んでいたでしょう?」
私は入学式後の出来事を思い出す。
あれは本当に災難だった。
入学式後に感染症にかかり、学校を一週間も休んだ。
一週間後、体調も良くなり教室へ入ると仲良しグループができていて、私は一人ぼっちになっていた。
そんな私に話し掛けてくれたのがリノちゃんだった。
私は、その日のリノちゃんの、自分の気持ちを躊躇いもなく格好良く言う姿を見て、リノちゃんが大好きになった。
「アンドウ君は最初の自己紹介の時だけ喋ったかな? それからは声を聞いた記憶はないかな?」
「えっ、そんなに喋らない人なんているの?」
「いるじゃん。カレンの隣に」
「もう! アンドウ君以外よ。それで、その自己紹介の時のアンドウ君の声を覚えてる?」
「覚えてないわよ。何を言ったのかも覚えてないし」
「私が自己紹介の時にアンドウ君の声を聴いていたら、すぐにツバサ君の声だって気付いたのに」
「えっ、アンドウ君がツバサ君なの?」
あの声は絶対にツバサ君の声だった。
私の耳は間違えない、、、はず。
でもツバサ君が、こんな近くに居る訳がないし。
「リノちゃん」
「何?」
「私、アンドウ君を奇跡のイケボ君って呼ぶよ」
「えっ、何で? アンドウ君でいいでしょう?」
「ダメよ。アンドウ君って呼ぶのは、ツバサ君じゃないって分かった時に呼ぶわ」
「どうしてよ?」
「推しをアンドウ君なんて呼びたくないの。ツバサ君って呼びたいの。それが私の推し活のルールなの」
「それならツバサ君って呼べばいいんじゃないの?」
「それは無理よ。間違っていたら恥ずかしいでしょう? 推しの声を他人の声と間違えるなんて、ファンとして恥ずかしいのよ」
「でも、こんな身近に声優さんがいる訳がないわよ。それに高校生があんな色っぽい声を出せるだけの経験をしているとは思えないわ」
リノちゃんはそう言うとトモ君を見る。
トモ君は友達と教室でボールを蹴って遊んでいる。
そうだよね。
高校生なんて、まだまだ子供だよね。
私の勘違いなのかな?
お読みいただき、誠にありがとうございます。
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~次話予告~
奇跡のイケボ君は、全然喋らない。
カレンがきっかけで一言だけ聴けたけど、推しなのか判断できない。
だから、もっと話をしたいと思うカレン。




