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9(視点変更 入江咲也)

 会場に押し寄せた、若く勢い余る観客の声援はなかなか、鳴り止まない。

 四角いリング内に2人の競技者が揃った瞬間、歓声はピークを迎える。

 Tシャツに短パンとラフな格好で薄ら笑いを浮かべる入江咲也とは対照的に肌面積の多いコスチュームを身に纏い固い表情を見せる雅姫香。


 2人の選手の導火線に火を灯すレフリー役を担うのは、上米良の代理である生徒会副会長、栗山沙和(くりやまさわ)だ。

 グラマラスな彼女が腰に付いたホルスターを一瞬触り自身の唇を舐め楽しそうに口を開く。


「時間無制限、修復士無しのどちらか死ぬまでのデスマッチルール。2人とも思う存分に殺り合ってください。敗者は生徒会が責任を持って、素早く異世界に転生させます」

 栗山がリングアナ席に向け手を掲げるとゴングが打ち鳴らされた。

 会場から野次や声援が飛ぶ。圧倒的に雅を後押しする声援が多い中、入江は手始めに左ボディを雅に見舞う。


 ーーダンッ!


 気持ちの良い反発感と重みと深さのある感覚に入江の口が思わず緩む。

「へー、腐っても格闘部。なかなか、やるねー」

 拳を受け睨みつける雅の顔面に入江は容赦なく右ストレートを見舞う。

「ーーッ!!」


 当たった瞬間、右手に痺れを感じた入江は雅と素早く距離を取った。


 ーーなんだ今の跳ね返りのある感触は? 顔ではなく額に当たったか?


「それにしても、武器も持たずに僕とヤルなんてちょっと無謀すぎやしないか? デスマッチ部だろ。刃物の一本でも持ってきたらよかったに」


  ーーやろう、人を舐め腐った目でみやがって!


 無言を貫き拳を構えもしない雅に怒りのこもるコンビネーションを見舞う。


 ーー左ジャブ、ジャブで牽制しつつ雅の顔面を打ち!

 ーー体を前方に大きく入れ、打ち出した右ストレートの腕を突然ん曲げると肘で相手の顔面を殴打!

 ーー仕上げに体勢が崩れた相手に回転蹴りを浴びせーー。


「ノックダウンと、」

 リング内に倒れ伏す雅を右手で銃口を形作った入江が「バーン」とおちょくった。

 体の興奮を抑える為、ゆっくりと口笛を吹きながら雅に近寄る入江だがーー。

「へーこれは驚いたな」


 雅がネックスプリング(跳ね起き)で何事もなかったかのように起き上がり、口を拭う。

 雅が跳ね起きた際、会場から歓声が沸き上がる。

「まだまだ、遊べそうだね、それじゃあ本気でやらせてもらいますか」

 動揺を抑え飛び出した入江は雅の軌道を削ぎ嬲り殺しする為、彼女の左、前足にカーフキックを見舞う!!


 蹴り上げた雅のふくらはぎはまるで多量の砂が入ったサンドバッグのような反発感で入江の顔が歪む。

 助走を付けて勢いよく蹴ったにも関わらず、女は膝をつくことはなかった。


 ーーふざけんなよ、このアマ!!

 ーーこんな、デタラメなことがあるわけねぇ! だろうが!!!


 怒りから余裕をなくし隙の多いカーフを何度も打ち込むが、雅は避けたり、反撃することなく、その場に根を生やしたかのように、ただ立つ。

 打つ度に、肉が鳴らす打音は聞こえるが、肝心の女は顔色を少し歪める程度で、望み待っていた叫びが聞こえてこない。


「ーークソガァ!!」

 肩で息を吐き、高温のサウナにぶち込まれたごとく体から汗に吹き出て疲労から膝をつく。

 対照的に落ち着き払う雅の憎たらしい目に向けて、入江はTシャツを脱ぐと女に投げつけた。

「なんで、攻撃しない。余裕かましてんじゃねぇ、ぞ!!」


「余裕ねー、アンタが今まで散々楽しんでやってきたことじゃない」

「…なんだと」

「木之原由衣。アンタに殺されて異世界送りにされた学園生徒」

「木之原…」

「思い出せなんて言わない。思い出してほしいとも思わない。しょうもない言い訳や謝罪もいらない。ただ、アンタは全身で感じていればいい、彼女や彼女達が受けた死ぬ間際の恐怖を」


 雅は言い終わると手に持っていたTシャツを入江に投げつける。

 入江が受け止めTシャツを払った時ーー。

 揃えられた二の足が視界に入りーー。

 雅から顔面にドロップキックを喰らい。無様に吹っ飛ぶ!!


 ーークソ!


 体制を立て直した入江は向かいから走りくる雅を視認して、彼女の動きに合わせて、右ストレートを打ち込むーー。


 雅の顎に拳が刺さり彼女の頭が一瞬、大きく揺れる。

 確かな手ごたえに口の端を持ち上げた入江だったが、放った腕と頭を掴まれーー。

 雅の体勢が後方に大きく倒れーー。


 頭と手を引っ張らたまま入江は受け身も取れず脳天からDDT(頭部を打ち)を喰らう!!


 入江の視界が揺れる中、腕を持ったまま体勢を変えた雅から腕ひしぎ十字固めを喰らう!!


「ッツァアアアアアア!!!」

 腕の痛みから声を漏らした入江に構わず、雅が更に力を込めーー。


 ボギャ!!


 加圧に耐えきれなくなった入江の肘が逆にへし折れた。

 痛みでのたうち回る入江を見た、ファンやセコンドに付く修復士の奏が駆け寄ろうとするが、レフリーを勤める栗山が腰に付けたホルスターを開け、黒光りするリボルバー銃を出し、真上に向け威嚇射撃をした。


 バッン!


 破裂音の後、一瞬で静寂が訪れた。

「今からが楽しい所なのに邪魔するなんて、節操ないし、全く空気が読めないですね〜入江咲也のファンは」

 銃声に怯み動きが止まった取り巻きの中で唯一怯まずに動いたのは修復士の奏で彼女がリングに入り込もうと右手を伸ばすーー。


 バッン!!


 打ち鳴らされた銃声は奏の指を容赦なく吹き飛ばした。

「あら、あら、あら、目も耳も頭も悪いのかしら? わたくしこの試合、修復士は無しとちゃんと説明したはずですが?」

 銃口が真っ赤な手を抑える奏に向くーー。


 ダッン! 


 と重い音を立て雅に蹴られた銃がリング内に転がる。

「副会長さん。悪いけど今は私の試合なんで、余計なことをしないでもらいたいです」

「あら、そうですか? でも、あの修復士は生徒会のメンツを潰しました。ーーそれに、また、また、勝手なことをするかもしれないので見逃せませんねぇ」

「なら、これで安心だろ」


 奏に手刀を浴びせ意識のない彼女を肩で担いだ上米良。上米良の横に付いて奏の指を治すのはドーナツを咥えたミナホで、彼女の指が治ると同時に咥えていたドーナツが半分消えた。

「なんのおつもりですか? 上米良さん?」

「別に争う気はないよ。ただ、大切な部員の初試合だ。つまらない思い出だけにはしたくない」


 上米良と栗山の視線がしばしぶつかる。

 ーー先に目を逸らしたのは栗山で彼女は笑った。

「いいでしょう。試合再開としましょう」

 彼女が両者に合図を送るように手刀を切るがその手が途中で止まる。


「それはおもちゃじゃないんですよ。入江くん?」

「うるせぇ! 動くんじゃねぇよ! この野郎!」

 痛む右手に顔をしかめ、震える左手で入江は銃を構えて照準を栗山と雅、両方共に行ったり来たりさせる。


 ーーふざけるな、こんな茶番が許されていいわけない…。


「…そうですか分かりました。ですが、わたくしはレフリー。狙うのなら雅さんを狙ってくださいな」

 栗山は芝居がかったように両手を上げると肩をすくませた。

「うるさい! 僕に指図するな! 生徒会の雌犬が!」

「…そうですか。ではどうぞどうぞ、遠慮なく、その銃でわたくしを撃ってくださいな」


 栗山が場違いな笑みを浮かべ入江に近付きーー。

 自身の額を銃口にぴたりと当てた。

「ダメですねー入江くん。銃のハンマーを起こさないと」

 栗山が入江の震える手を両手で包むと銃の撃鉄をガチャリと起こす。


「副会長だからって調子に乗るなよ。ボクが引けないとでも思っているのか?」

 栗山の理解不能な言動にリング内の雅を含む場内の生徒が息をするのも忘れるぐらいに静まる。

 栗山の瞳の中に恐怖心を探していた入江だったが、その空気を肌で感じ、観察など馬鹿馬鹿しい事は辞め、痛みを忘れるぐらいに素直に目と口を横に広げた。


「いやぁ、上に立つ人間も大変だなぁ。下の者に威厳を見せる為に、体を張らなければいけない。その結果、命を落とす事になってもね」

「入江! アンタの相手は私でしょ! くだらない遊びをいつまで続けるつもりよ!」

 ようやく空気を破り雅が入江に脚を向けるがーー。

 それを入江は銃を僅かにずらしただけで止めた。


 ーーなんだ、大したことないじゃないか。何をビビっていたんだ僕は。

「この後に及んでまた、くだらないモノに頼るつもり? いい加減、正々堂々と闘いなさいよ!」

 先程まで、大型犬のように威圧感があった女が小型犬のように強さをなくし目障りにも吠えた。

「何を言っているんだい? これがデスマッチだろ? キミが僕と望んでいた試合だ」


「…まぁ、卑怯にも他人に頼る、アンナにはお似合いかもね」

「いちいち減らず口を叩く女だな。状況を理解しているのか? この雌女の次はお前だ」

「早くしてくれませんか? わたくし待たされるのは好きではありませんの」

 入江は銃を払い雌犬を黙らす。


 頬を抑えた女の口に銃口を突っ込み入れ笑うーー。

「まぁ、そう死に急ぐなレフリーさんよ。せっかくの旅立つ記念日だ。時間をかけてもバチは当たらない」

 栗山の瞳の中に隠れていた小さな怯えてを見つけ、入江は興奮する。


 栗山に入れた銃口を引き抜きながら、雌犬の腹を蹴り、雅の元に転がす。

「副会長さん!」

 雅が腹を抑えた副会長を助け起こす。

「お気遣いなさらず、雅さん…」

 苦痛に顔を歪め腹を抑えた栗山に肩を貸しながら雅が怒りで吠えた。


「入江! お前はどれだけ、無関係な生徒を傷付ければ気が済む!」

「突然どうした? このリングでくだらない説教をしに来たのかい?」

「私に恨みがあるのなら私だけを痛めつければいい! 心底反吐が出るんだよお前のやり方は!!」


 ーーようやくまともな顔になったじゃないか雅姫香!! もっと、もっと、もっと、もっと! 死ぬ間際の無様な正義感を見せてくれよ! 僕をもっと心から興奮させてくれ!


「……ああ、思い出した。木之原由衣。僕の気持ち悪い信者でキミの馬鹿なお友達だったけ」

「オマエーー」

 副会長を下ろした雅が入江を睨みながら無謀にも向かって来た。


 ーーいいぞ、雅。もっと虚しい怒りで僕を睨め、ああ! 手? 脚? いやいや、狙うならムカつくほど綺麗な顔だよなぁーー。


 ーーき。

 ーーえ。

 ーーな。


 口を小さく動かしていた入江が引き金を引くと油に水をぶち込んだごとく銃から火花が上がるーー。

 その爆発力は当然、雅に向かうーーーー事はなく。


 銃そのモノが爆ぜながら入江の左指を吹き飛ばした!!


 衝撃に倒れ伏した入江は耳鳴りが響き渡る中、自身のモヤがかった叫び声に溺れる。

「確かに、上に立つ者は大変ですねぇ。レフリーと言えど試合展開を修正しなければいけない」倒れていた栗山は身を起こすと入江に近付き続ける。「一応、感謝しますよ入江くん。アナタの勇気ある行動により今後、銃を奪うなどして、生徒会に楯突く無謀な無反物を少しは減らせたでしょう」

「何が起きたのよ…」

「簡単ですよ、雅さん。お金と一緒で銃も力ある者にしか扱えないーーおと、動かないでくださいね入江ファンの皆様。銃はまだーー」栗山が体の中に両手を入れーー「この様に隠していますので」


 栗山は二つの凸凸を揺らしハンドガンを二丁取り出した。


 ーーいてぇ!! いてぇ!! この野郎!! ぶっ殺してやる!! クソアマが!!

 

 痛みで入江は顔から塩気のある液体を流しながら、栗山を睨み付けた。

「入江くん。どうしたのですか? 早く立ってください」

 栗山がリングアナ席に合図を送るとカウントが数えられる。


 ーー1.2.3.4…。


「20カウントの間に立ち上がらなければ引き金を引かせて頂きます。ほら、早く立ってください。死んじゃいますよぉ〜」

 栗山の顔に笑みが広がり歪む。


 ーー13.14.15…。


 入江は歯を食いしばり覚悟を決めると、立ちあがろうとして肘を付くが、バランスを崩しーー左手をついた際、場内に絶叫がこだました。

「20ーー」

栗山が引き金を引くーー弾は入江の脚を食い破りリング底に着弾した。


「あらあらあら、外してしまいましたー」

涼しい顔をしてわざとらしく舌を出した栗山は今一度、手を上げリングアナ席に合図を送るとカウントを数えだす。

 ーー歓声や熱狂の最中、10カウント経過し入江は恐怖の渦に呑まれ、考えることを放棄して体を震えさせうずくまらせる。

「ふざけるな…」

 止まらないカウントを背に雅が呟き早足で歩くと、痛みもがく入江の首根っこを両手で掴み上げた。

「そのまま楽に異世界に行けると思うな、入江!!」

 雅が入江の頬を張り、視点の定まらない入江の顔をグッと片手で掴んだ。


「………」

「人間一度こうなると物事を諦め、全ての状況を他人に委ねてしまいます。つまり、考えることを放棄した家畜です。ーー後はわたくしが片付けますよ雅さん」

 栗山に肩を叩かれた雅は首を振る。

「お気遣いありがとうございます。ですが、私が止めを刺さないと意味がありません」

「そうですか、では、どうぞフィニッシュを決めてください」


 栗山に手を向けられた雅は怒りから真面目な顔に変わり、拳を握り振りかざすーー。

「待ってください!!」

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