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幸達の行動に怪しげな視線を送った久原だったが、雅と幸の懸命なジェスチャーが彼女に伝わったのか、さりげなく、親指を掲げグッドサインを作る。
「久原霊、何をしている?」
店内中央カウンター付近にいたミナホが後方を振り返ろうとしたーー。
「後ろやない、上やでミーちゃん」
ミナホの顔は天井を向きーー所々にある銃痕見る。
「これがどうした? 穴が前よりも少し増えたぐらいで特に変化はないが?」
「いや、よーく見てみ? 天井にある穴の中で一つだけ丸いネズミ模様の穴があんねん。名付けて隠れ、ごくどされドブネズミ。ウチの店も差別化を図るためにエンタメ性を取り入れないといかないかんと思ってな、四国にいる飲んだくれドラ息子ネズミをイメージして、作ってみたんやけどーー」
「久原霊。悪いが今日は冗談に付き合っている時間はない。商品ができてるなら早く渡せ」
「つれないなぁー」久原はテーブルの下から四角い箱を取り出して蓋を外し中身を開けた「要望通り、できてます」
「感謝する」
ミナホが箱から物を取り出そうとするが、久原は箱に蓋を被せてしまう。
「何?」
「何やあらへんて、みーちゃん。なんで、こないなもん、欲しがるのか理由聞かせてや」
幸達に聞かせる為なのか、久原の声のボリュームが少し上がる。
「理由? 前に来た時は、言いたくなければいらないと言っていたはず。ーー何故今更そんなことを聞く?」
「堪忍な。日本に来て四季に当てられたんかなウチの気分変わってもうて、どーしても聞きたくなってしもうたんや、トンガリ帽子の魔法服にこだわるミーちゃんが、レスラーコスチュームを注文したのか」
「雅さん、楓ちゃんが試合に出るとか、そんな話してましたっけ?」
「そんな話し、本人からはもちろん上米良先輩からも聞いてないわよ」
小声で応じた雅の訝しむ顔から、回答をもらうべくミナホの背中に幸は視線を移す。
「言いたくない…」
「そうか、ならこのコスチュームは渡されへんな」
「お金は払った、そんな意地悪は通用しない」
「ゼニなら迷惑料に上乗せで今すぐに返したる。ミーちゃんはそのゼニ持ってとっとと出てけばよろし」
久原が札を数十枚掴むと、テーブルの上に置く。
ミナホがしばらく久原を見て箱から手を離す。
「今から話すことは絶対に誰にも言うな」
真剣な目付きでミナホが久原を見た。
「分かってる。ここだけの話や」と久原は頷き、テーブルをゆっくりと2回叩いた。
その音に返答を返すように幸と雅はゆっくりと深く頷いた。
「今度、デスマッチ部、部員である雅姫香が学園でデスマッチをする。その試合で万が一雅姫香が敗れ死の危険に晒された時、私はこのコスチューム着てリングに乱入し、彼女を助ける」
「…なるほどな、それで覆面のコスチュームを注文しとったわけか」
ミナホが頷く。
「でもな、ミーちゃん。冷たい言い方かも知れんけど、その部員の子が負けても異世界に行くだけや、何も今後一切会えんようになるわけやないんやから、無理してミーちゃんが危険を犯さんでもーー」
「久原霊。お前も異世界人なら知っているはずだ、日本人が異世界転生時に記憶も含めて全てリセットされる事を」
ーー今、楓ちゃん転生時に記憶も消えるって言った?
動揺した幸が雅を見るが、彼女の目線は正面をとらえたまま、その瞳からは感情をうかがい知ることができない。
「そう言えばそんな、話しあったな。ーーでも、珍しいなミーちゃんがそんなに肩入れするなんて、日本人あまり好きやなかったやろ?」
「確かに、日本人は嫌いだ。異世界人に対して無知や非力からくる偏見や、恐れからくる差別は私も今だにされる。街中に出れば私の外見を見ただけで指を差し、店に入れば門前払いされたことだって何度もある。ネットでは、私達に対してありもしない噂を広める奴、街や店だけでなく、学園内でも表面上は何事もなく接してくれるが、深い所では異世界人は避けられる。こんな、取り繕うだけの陰湿な日本人なんて全員異世界に旅立って仕舞えばいいと何度も思ったこともある。でもーー」
ミナホは口を紡ぐと手を強く握りーー。
「でも、私を救ってくれたのも日本人で、私の大切な友達だ。友達を失いたくない。それ以上の理由が必要か?」
「…ミーちゃんの言う通りや、ありがとうな話してくれて」久原が箱の蓋を開けてテーブルに置いていたお金を入れ、「ほら、持って行き」と渡した。
「現金は払った。余分にいらない」
「ええから、黙って貰っとき。ウチの顔に泥を塗りたくないなら、ありがたく受け取り」
ミナホは頷き「恩にきる」と言い箱を受け取り店から出ていく。
「2人共もー出てきてええで」
久原に呼び掛けられ幸と雅は本棚の隅から体を出す。
「なんや、自分ら顔も心もぐちゃぐちゃの状態やな」
「…ごめんなさい、いろいろ、びっくりして」
幸は過去、異世界に旅立った友人、これからデスマッチをする雅、そして、あんなにも友達思いなミナホの言動に感情が追いつかなくなり抑えていた涙が出る。
「これから言うことは単なるひとり言やーー頭ん中、ぐちゃぐちゃでよー分からんくなった時は、一番強く頭の中に出てきた事を実行し、成功するかどうかは分からへんが、後悔だけは絶対にしーひん」
「幸」
雅の顔を見た幸は、そこに雨上がりの空を割る鮮やかな大空を見た。
「雅さん。楓ちゃん、捕まえてドーナツ屋さんでも行きましょう!」
「全く、世話が焼けるわねあの子は」
久原に頭を下げた2人は店を出る。
店を出た2人に向かい「若いってええなぁ」と久原は1人呟くのだった。




