Origin Fearer ν
輝龍の左腹部に深々と大剣が突き刺さっていた。
「ごはッ……力を使わずして、これだけの力を出すか……。先程とは大違い……よな?」
「し、しかし、これでもまだ足りぬ。これしきの力では「アレ」には敵う……まい。拠って、これをキサマに託すコトにする」
「これは……光龍のお守り?」
「あれは、余が末裔達にこの宝玉を模して下賜したモノだ。だが、これ……は違う」
「違う?」
「これは余が星から託されたモノ。そして、余の力も……中に封じてある。余は力を持つモノに……これを授ける義務がある。受け取るが……良い」
「ねぇ、これはどうやって使うモノなの?」
「この世界に……この星に……再び齎される虚無の禍殃から……必ず護るのだぞ。「惑星の御子」……よ」
「さらば……だ」
「あのー、もしもーし、輝龍さーん。これって、どうやっ……て、ああぁ、はぁ。あぁもうッ!なんで大事なコトを教えてくれずに行っちゃうのッ!?使い方の分からない力なんて、どうしたらいいのよーーーッ!!」
「ってか、輝龍は結構ダメージ負ってたのかしら?結構、血を垂れ流してたけど、大丈夫かしら?龍種達から一斉に報復とかされないわよね?」
「……あ、なんか想像したら怖くなってきた。がくがく」
輝龍は苦しそうな表情で言の葉を紡ぎ、少女に1つの小さな「玉」を渡した。それはかつて龍人族の村でダフドから見せられた、光龍のお守りによく似ていた。
だがこれは、光龍のお守りとは違うと輝龍は言っていた。そして使い方も教えないまま、苦しそうな輝龍は去っていったのだった。
少女はアクスターリ市の沖合で1人、遣る瀬無い表情で佇んでいた。
「あ、そういえば、この姿って、どうやったら戻るんだろ?流石にこんなカッコじゃ、クリスのコトを悪しざまに言えないわね。そのうち、元に戻るかしら?ちゃんと戻ってくれるのよね?」
少女は闇を纏った光が形造ったそのままの姿だった。その姿は魔犬種の王の時や炎龍ディオルギアの時ほどに禍々しくも神々しくもない。
然しながら少女が気にしているのはそんなコトではないし、過去の姿は見ていないのでそれは知る由もない。
要するに、身に着けていたハズ装備は見えなくなってるし、身に着けているのかも分からないコトを気にしていた。そればかりか、身体のラインが見えるそのままの姿に、光と闇が纏わりついていると言っても過言ではないこの状態は、素に戻ると凄く恥ずかしいというのが大問題だった。
それは裸の少女のボディラインがそのまま丸分かりのカッコとも言えた。自分のスタイルに自信がなくコンプレックスを抱えている少女にとっては、他人事では決してない。
それこそ自分の生命にも関わると言っても過言ではないのだ。
「やっぱり、戻るまでこのままここにいよう。こんなカッコで帰ったら、サラとレミの教育に悪いものね……。それに、クリスもまだ目覚めてないし、クリスに心配かけちゃったから少しは面倒を見てあげないと」
「それにしても綺麗な石だなぁ。いや、綺麗な石にしか見えないなぁ。一応、ドクに見せて、それからどうしよう?」
独り言を呟きながら佇むその姿は、アクスターリ沖合で光と闇が同居した幻想的な姿を醸し出していた。
そして、オレンジ色の光がその情景をより一層幻想的に映えさせていた。
「ただいまぁ。あれ?誰も出て来ない。いつもなら誰かしらが迎えに来てくれるのに、何かあったのかしら?」
「こんな日もたまには……うん、今まで1回も無かったわね。本当にどうしたのかしら?勝手に出ていったアタシに愛想尽かして出ていったとかじゃないわよね?もしそうだったらどうしよう?がくがく」
「おかえりなさいませ、お嬢様。お出迎えが遅くなり申し訳御座いません」 / 「申し訳御座いません、マスター」 / 「あるじさま、おかえり」
「あぁ、良かったぁ。みんなアタシに愛想尽かしたワケじゃなかったのね。ほっ」
「はて?お嬢様、どうかなさったのですか?」 / 「マスター、大丈夫ですか?」 / 「あはは。変な、あるじさま」
「それよりも、何かしてたの?3人が3人ともいなかったから驚いたのよ」
「この2人に地下室整理の仕事を教えておりまして、お出迎えが遅くなりました。驚かせてしまって申し訳御座いません」
「地下室?ふぅん、そうなんだ」
少女は元気そうな3人の顔に表情が一気に和んでいった。更には先行きが見えない状況で、不安定だった心が和らいだ気がした。
さて、少女の屋敷の地下は、ある種の迷路のような廊下が入り組んだ作りになっている。それは迷宮と呼ばれるモノに似ている。
また、その入り組んだ迷路の出入り口は屋敷の中だけでは収まらず、敷地内のあちらこちらに配置されていた。なんでこんな作りになっているのか少女は知らないが、なんでこんな作りにしたのかを知る人は既に存在していない。
ちなみに、屋敷の地下1階にある数10にも及ぶ部屋には、少女と少女の父親が獲得した素材から作り上げられた装備品や、弾薬並びに、購入した武器なんかが所狭しと詰め込まれている。それらの中にはレア度が高く非常に希少なモノもある。
拠ってそれら全てを合わせると、1つの国の国家予算を大幅に超える程の金額になるのだ。
まぁ、詳細まで計算したワケではないので、少女としては幾らになるかは分からないのが本当のところなのだが。
しかしその為に、地下1階エリアにはトラップがあったり、廊下に幾重にも及ぶ頑丈な扉があったり、各部屋にもそれぞれそれと同じ扉があったりする。
それらのセキュリティ面は全て人工精霊が行っており、承認された者以外には開けられない仕組みとなっている。
その昔、この屋敷の地下に眠る装備品の話しがどこかから漏れ、盗難目的で侵入した者達もいた。だが侵入した者達は誰一人として装備品に触れる事も出来ず、更には諦めて逃げるコトも出来ずに捕まると言う程に、難攻不落で広大な地下迷宮なのである。
まぁ、少女が普段から使ってる地下室は、地下2階に広がるトレーニングルームがメインであり、装備品の保管室のある地下1階に立ち入る事は滅多に無い。その為、地下に広がる迷宮がどのようになっているのかは、少女でもまったく見当が付いていない。
もし仮に立ち入れば即時迷子になる可能性すらある。
とは言っても正確には少女はマスターとして認識されている。
拠って行きたい場所へと人工精霊が案内してくれるコトから、決してそうはならない。
まあ、これはモノの喩えだが、少女は好んで地下1階に立ち入ろうとは思っていなかった。
要するに全て爺任せにしているからだ。
ちなみに、この迷宮を作り上げたのは少女の父親であり、それも1人で最初から最後まで作り上げたので工法以前に材料や機巧など何から何まで全てが不明なのである。
「あれ?でも、爺が仕事を教える為とは言え、地下に連れていくなんて珍しいわね。人工精霊の承認手続きかしら?」
既にご存知だと思うが、少女が行った風龍イルヴェントゲート討伐戦から龍種の群れの殲滅及び、輝龍アールジュナーガ・ウィステリアルの撃退に至る全ての戦闘は通常の依頼とは異なるものである。
故に討伐に成功した魔獣の素材は、サポーター利用などの必要経費を除くと、そのほぼ全てを少女が手中に収める事になる。
拠って、風龍の素材と新生龍種及び、亜龍種の素材の全てを、少女が手中にする事になった。
ただし、新生龍種と亜龍種はその大半が海中に没した事から、頭数的にはそれほど多くない。
それに対して、風龍イルヴェントゲートは海中に沈む事なく少女が自力で持って来たので、その素材は破損している頭部とほぼ欠損した羽衣以外はまるまる1匹分で間違いない。
少女がワダツミの中で群れと対峙する前にマムに対して緊急要請かどうかを聞いていたのは、この報酬があったればこそだが、風龍に関しては半分くらいは密猟である。
だが、実害を被った海を渡った反対側の国からは抗議は来なかったのでお咎めは無い。
少女は今回獲得した風龍イルヴェントゲートの素材を使い、大剣の強化を真っ先にオーダーした。
それに拠って大剣ディオルギアは「大剣ディオルゲート」として改造され装いも新たに生まれ変わった。
更に強化する工程の中で少女は色々な注文を付けた。その中でも大きかったのがスロットを3つに拡張させた事だった。
スロットは装備品に精霊石や飾りを付ける為に必要なモノだ。そしてそれが3つと言う事は、精霊石も3つまで同時に宿せると言う事になる。
これは非常に冒険と言える。
精霊石は非常に強力な力を宿しているので、通常の武器ではスロットを解放できてもせいぜい1つが限界とされる。金属製の武器なら最低でも魔銀鋼以上の魔力親和性か、黒鋼以上の硬度がないとスロットを2個以上解放するのは危険だ。
魔獣由来の武器であればAランク魔獣の素材がスロット2個解放の目安になる。
だが、今回、3つ目のスロットを解放した事は、やはり異常なオーダーだったとしか言えなかった。
精霊石も属性を持っており、その属性には相性がある。五大属性は正五角形の頂点であり、隣り合う属性とは相性が悪い。
拠って、その2つは親和せず強大な斥力が生まれる。要するにここで生まれた斥力が武器破壊に繋がる要因となるのだ。
だから、親和性を考えれば2つが限界になる。
だがスロットが3つになると隣り合わない組み合わせは存在しない。必ず斥力を持つ何かしらの属性が隣り合うのだ。
それに加えて、上位精霊石は更に複雑だ。
上位精霊石は単一の属性とは限らず、複数の属性の統合によって成立しているモノもある。だからこそ、3つのスロットは武器の耐久力が非常に求められる事になるのだ。
しかし、同種の属性の精霊石や、飾りをスロットに入れるのであればほぼほぼ問題はない。
更に少女はデバイスも強化オーダーを出した。それは風龍の素材でデバイス本体の耐久性を上昇させた上で、精霊石を同時に2個まで扱えるようにするチューンナップオーダーだった。
これも上記の観点からすると異常としか言えない。しかも、デバイスはバックアップ機能がある為、チューンナップしても故障時にはデチューンされたモノが届く事になる。
そこら辺はASPも同じだが、レアな素材でチューンナップする手前、金銭だけで解決するASPとは比ぶべくもないだろう。
拠って、最初はドクもそれらの強化チューンには当然の事ながら反対した。ドクは少女の性格を理解していたし、そんなチューンナップをすれば無茶な使い方をする事が容易に想像出来たからだ。
戦闘中に武器破壊が起こればそれは最悪死ぬ事に直結する。ドクは自分が造った武器のせいで、少女を殺す事など容認出来るハズがなかった。
然しながら少女は諦めなかった。何故ならば、上位古龍種の討伐例は未だになく、その素材も未知のモノだったからだ。
要は中位古龍種の素材ではそれほどまでの強化チューンは無理でも、上位なら分からないと言う持論を展開したのだ。
拠って、ドクは折れた。だが、ドクも造るなら中途半端なモノでは納得しない事から本腰を入れて製作に取り組むのだった。
だがそれらのチューンナップだけでも、風龍1匹分の素材は余りに余った。そこで、風龍に因って斬られたハーフメイルの修理と強化もオーダーし、更にこちらにも追加スロットをオーダーした。
付け加えるとブーツの強化やらハーフメイルのインナー作成やら、お守りやら飾りの作成なんかもオーダーした。そんなこんなで少女は自分の装備一式フルセットのオーダーをした事になる。
それでも素材は余った。
フルセット以上に欲しいモノが考え付かなかった少女は、色々と無理なオーダーを受けてくれたドクに余った素材をプレゼントする事にした。
一方で新生龍種と亜龍種の素材は、少女の使う愛銃用の、9mm龍製徹甲弾の材料になった。
SMGであるウージーは連射性能はいいが、ARのブラックライフルと比べると、威力がだいぶ落ちる。
それは通常使用しているのがフルメタルジャケット弾だからと言うワケではない。元々の爆発力が火力の差として出ているだけだ。
徹甲弾と呼ばれる種類の弾丸でも、金属製のモノでは火力が落ちるのは実証済みだった。
一方でARのブラックライフルは大きい為に持ち運びが不便であり、その点SMGのウージーは持ち運びも便利で咄嗟に使う事が出来る。
要するに、そんなSMGのデメリットとも言える火力不足を補う為の、9mm龍製徹甲弾だったワケだ。
龍製徹甲弾の材料として使えるのは主に骨や牙、角や爪であり、それ以外の部分で風龍装備を超えるモノは造れなかった事から残りはやはりそのままドクにプレゼントする事になった。
ドクとしては貴重な素材が手に入り、大喜びだったというのは言うまでも無いだろう。
そして、日々は流れていく。
少女はその日、昼から公安に向かう予定でセブンティーンを走らせていた。
だがその途中でデバイスが着信を鳴らした。
それは病院からの着信でキリクが目覚めた事の知らせだった。少女は急遽公安に向かうのを勝手にキャンセルし、セブンティーンを急転回させるとキリクのいる病院へと向かう事にした。
ちなみに急いではいたが、途中でお見舞いを買うのは忘れなかった。
「無事に目覚めたようで何よりね、キリク!はい、お見舞い」
「あ、あぁ」
「リュウカ、行ってくる」
「ありがと、リュウカ。花瓶ありそう?」
「うん、大丈夫」
「可愛らしい女の子に付きっきりで看病されて、良いご身分ね」
「なんだ、憎まれ口を言いにワザワザ来たのか?」
「そんなワケないでしょッ!病院から「キリクが目覚めた」って連絡が来たからセブンティーン飛ばして急いで来たのに、失礼しちゃうわッ。ぷんぷんッ」
「そ、そうか。その、なんだ、ありがとうな。助けられた」
「うん……」
病室のベッドの上にはキリクが寝かされている。
その両腕と左脚にはギプスが取り付けられており、ベッド脇に置いてある点滴からはその雫がゆっくりと滴っていた。
「あの……さ」
少女は意を決して何かを話そうとしたが思うように口が回らず、考えていた言葉は空回りをした挙句、どこかへと旅立ってしまった。
こうして2人だけの静謐な空間に、無為な時間が流れていった。
「俺さ、起きてから医者に言われたよ。「生きてるのが不思議なくらいだ」って。それと腕も脚もちゃんとくっつか分からないって。だけど、ちゃんとくっついたとしても2度と刀は振るえないってさ……」
「——それだけは断言された」
「キリク……」
「笑っちまうだろ?俺はハンターだぜ?ハンターなんだぜ?だけど、ハンターなのに刀が振るえなくなるってコトは、そんなんじゃ、俺、俺、俺……。もう……」
「キリク……」
キリクは辛い胸の内を吐露していく。確かにハンターは生命を掛けて依頼に臨まなければならないコトもある。
時には生命を捨てなければならないコトもある。
でも、所詮は人間。
生命は、たった1つという限りがある。
だがキリクは助かった喜びを噛み締めるどころか、自分の生命より、ハンターとしての生命を奪われたコトの方が辛い様子だった。
少女はキリクの口から紡がれていくその内容に、名前しか言えずにただただ黙って聞いている事しか出来無かった。
そしてそんな中で、キリクの師匠である少女の父親が死んだ時、一切の涙も見せなかったキリクの瞳から涙が溢れ落ちていったのを見てしまったのだった。
「えッ?!キリク……アタシは……」
少女はキリクのその姿にいたたまれなくなっていた。
少女の胸はとても苦しくて今にも張り裂けそうだった。でも、掛ける言葉が見付からない。
なんて言っていいか分からない。
励ましの言葉なんて何を言えばいいのか見当も付かない。
「ッ!?」
ちゅぱっ
「んっ」
どんな言葉を紡いでも慰めるコトは疎か、救う事も出来ないと悟った少女は、気付けば寝かされているキリクの唇に自分の唇を重ねていた。
——どれだけの時間、唇を重ね合わせていた事だろう。
それは数秒かもしれない。
もしかしたら数分だったかもしれない。
はたまた数時間に及んでいたかもしれない。
それは少女にとって……その時間は無限にも等しい程に感じられていた。
そして「このままずっと時が止まってくれたらいいのに」と、考えてしまう程に幸福な時間だった。
そんな幸福な時間を感じている自分。一方でその状況に対して急激に冷静になっていく自分。
2つの矛盾する自分は、少女の中で葛藤として急成長を遂げていく。
要するに一言で言ってしまえば、急激に「恥ずかしくなった」のだ。
それの勝負は「冷静になった自分」に軍配が上がった。拠って敗者の願いも思いも、そこで全て失われた。
少女はキリクから慌てて距離を取った。少女は無言のまま顔を耳まで真っ赤にして、両手でパタパタと顔を扇ぎ、俯いていた。
当のキリクはキリクで、目を見開き驚いた顔をしたまま顔を若干赤く色付かせていた。しかし両腕が動かない事もあって、それを隠す事は叶わず少女から頭ごと目を背けた。
「そ、そうだッ///」
「ちゃ、ちゃんとリュウカにお礼を言っておきなさいよ?あの子がいなかったらアンタは今頃、死んでたんだからねッ!」
「あ、あぁ///」
「うわぁ///」
「何でアタシ、あんな事しちゃったんだろう?もう、キリクと顔を合わせられないよぅ」
「何かあった?」
「うひゃあ///」 / 「うわぁッ」
「2人とも変な声どうした?顔赤い。熱あるのか?」
「う、ううん、大丈夫、大丈夫だからリュウカ、気にしないでッ!」
「でも、キリク大切な……」
「ああぁ、リュウカ、花を活けてきてくれてありがとう。うん、ありがとう。ホントにありがとう」
「どした?大丈夫、本当?熱ある?キリクの横座って休む?」
「ええぁ/// @#$%&*☆¥※〒ッ!?」
「あ、あぁ、そうねぇ。今日はあっちっちねぇ。うん、暑いアツい。だから、アタシはこのまま立っていようかなぁ、あははははは」
「変なの」
2人はドギマギして言葉が出せなくなっていた時に、唐突に話し掛けられ心臓が口から飛び出しそうな勢いで驚いていた。まぁ、正確には少女の奇声にキリクはつられて驚いたワケだが。
リュウカには何があったのかを悟られまいと必死に誤魔化そうとする少女だったが、その挙動不審っぷりはクリス以上だった。
何も知らないリュウカは普通に心配していたが、最終的に少女は乾いた笑いで誤魔化す事しか思い付かなかった。
要するに少女の経験の無さが災いした、喜劇のようだった。
「もきゅもきゅもきゅもきゅ、これ美味しい。もきゅもきゅもきゅ」
リュウカは少女がお見舞いに持って来たお菓子を食べている。それはリュウカにとって初めて食べる味であり、とても美味だった。
だから、手が止まらない止められない。
気付けば箱に入ったお菓子の半分は、既にリュウカの腹の中に収まっていた。
そしてこれは、少女が病室から出て行った後の余談だ。
-・-・-・-・-・-・-
「あーあ、結局、キリクとあんまり話せなかったなぁ……。でも、アタシ/// にへっ。遂に大人の階段を……むふふ」
「うふふふむふふふふ。でぇへへへへへへ」
これは少女の病室からの帰り道のコト。少女は自分がしたコトに対して、今となってはあまり後悔はしていなかった。
だが、あまり話せなかった事に関しては後悔していた。しかし一方で、キリクとのキスは顔を綻ばせるどころか蕩けさせており、あまりにも糖度が高そうなその表情は、擦れ違う病院のスタッフや患者達にある意味で恐怖心を植え付けていった。
-・-・-・-・-・-・-
「さてと、アタシはもう帰るわね。最後にキリク!貴方の刀はアタシが回収してちゃんと保管しているから、安心して。流石にハイパーバズーカは見付けられなかったけれど……」
「……」
「それと、キリクはアタシに「自分は負けず嫌いだ」って言ってたわよね?それだったら、その「負けず嫌い」で、そんな怪我なんて早く克服しなさいよねッ!……そんな落ち込んでるキリクなんて、アタシは見たくもないし、アタシが好きなキリクじゃないんだからッ!」
「……ッ!?」
「刀が振るえなくたって、父様から教わった「型」は全ての武器に精通してるいるわ。武器は刀だけじゃないでしょ?それに父様からキリクもハンターの心得を教わったでしょ?それだけは絶対に忘れないで」
「——だから、自暴自棄になったり生命を粗末には絶対にしないで。アタシはキリクが生きていてくれたコトが、ホントにホントにホントーーーにッ嬉しいんだからッ!」
少女はキリクを励ますつもりで次々に言の葉を紡いでいった。それはさっきまで言いたくても言えず、旅立っていった内容だった。
でも、恥ずかしさのせいか、今日はどこかちょっとツンツンだったと言えるかもしれない。
ちなみに去り際に言の葉を紡いだ時の少女の表情はとても悲しそうだったが、その表情をキリクには見せずに少女は立ち去っていった。
一方のキリクは、遣る瀬無い気持ちで一杯だった。そして姿を見る事が叶わない少女の、遠ざかっていく足音だけを聞いていた。
「なぁ、リュウカだっけ?助けてくれて、ありがとうな」
「うん。リュウカはリュウカ。ところで、それ、食べていいか?」
「あぁ。俺は見ての通り食べれないからな」
「腕、痛い?」
「そうだな。でも今は心が痛い」
「心痛い?医者呼ぶ?」
「あはは。そうじゃないよ。ほら、食べるなら食べな」
「もらう。ありがと」
ぴりっ
「んッ!?んんッ!!んんんーーーッ!!」
「ん?どうした?ノドにでも詰まらせたか?」
「う、旨し」
キリクは窓から見える空を見ていた。少女が病室に来た時からもう既に2時間近く経っていた。
淡く青い色の空に浮かぶ白色は、オレンジ色と混ざり合って灰色の影をその身に落としている。陽はだいぶ傾いて来ているようだ。
あと1時間もしないうちにマジックアワーが訪れるだろう。
「ところで、リュウカは帰らないのか?もう夕方になるぞ?」
「リュウカ、キリクの面倒見る。それに、リュウカ、帰る家もう無い。だから、ここにいる」
「そっか……」
セブンティーンは低いエグゾーストを奏でながら道路との境界にある門を潜り抜け、敷地の中へと入っていく。そして、少女は玄関先でセブンティーンを降りると、扉を開け屋敷の中に入っていった。
がちゃり
「あれ?今日も?」
てってってってっ
「あるじさま、おかえりー」
「今日はレミがお出迎え?爺とサラは?」
「お帰りなさいませ、マスター。遅くなりました」
「あぁ良かった。サラ、レミ、ただいま。ところで爺は?出掛けてるの?」
「執事長は、昼過ぎ以降、部屋から出て来られてません」 / 「お爺の部屋をノックしても返事がないよ?」
「えっ?!……分かったわ、ありがとう2人とも」
「それでは、これからお食事のご用意をして参りますので、何かありましたらお申し付け下さい」 / 「レミもお手伝いするー」
てってってってっ
「爺、どうしたのかしら?こんな事って今まで無かったわよね……ちょっと様子を見にいった方が良さそうね」
少女は爺の事が急に心配になっていた。そしてその足は気付くと爺の部屋へと向かって駆け出していた。
どうにも背中がヒリつくような、ジンジンするような感じがする。
そんな悪い予感がしていた。
こんこんこんッ
「爺、入るわよ!」
がちゃ
「ッ!?うそ……でしょ?爺、爺ッ!しっかりしてッ!えっ?血?」
「うっ」
「爺ッ、しっかりして爺ッ!大丈夫、爺ッ!!」
てってってってっ
「あるじさま?どうしたの?大きな声したけど?」
「レミ!来ちゃダメッ!」
びくぅっ
「レミ、そこから入ってこないで。そして、救急しッ?!」
「なりません、お嬢様」
「爺!意識が戻ったのね?直ぐに救急車を呼ぶから、待ってて」
「なりません、お嬢様ッ!」
「でも、そのケガ!血も出てるじゃない!」
「当方は大丈夫です。ご心配かけて申し訳御座いません」
「わ、分かったわ。救急車は呼ばない。レミ、お湯を沸かして持ってきてもらえるかしら?あと、救急箱もお願い」
「分かった、あるじさま」
てってってってっ
「爺、本当に大丈夫?レミが持ってきてくれるまでじっとしてて。でも良かった。本当に良かった。うっうっ……」
「お嬢様……」
少女は意識を失い腹から血を流して倒れていた爺の姿に取り乱さずにはいられなかった。だが生きている事が分かると大粒の涙が盛大に頬を濡らしていく。
その涙は頬を伝わり爺の顔へと滴り落ちていった。
爺は少し微笑んだ表情で、止まる事のない少女の涙を拭っていた。
「みっともない姿を見せてしまい、申し訳御座いません、お嬢様」
ちゃきッ
しゅっしゅっしゅっ
ちゃきッ
きゅッ
「爺、大丈夫?簡単にだけど処置は終わったから、あとはベッドでゆっくり休んで」
「ですが、うっ」
「ダメよ、爺。ちゃんと身体を休めて」
レミは言われた通りタライに入ったお湯と救急箱を持って来てくれた。ちょっと足元がモタついていて危なっかしかったが、それでも頑張って持って来た。
少女はレミが持って来てくれたモノを使って、爺の傷口の処置を慣れた手付きで行っていった。だが、処置を進める内に少女は爺の腹の傷口を見て驚きを隠し切れなかった。
そして、爺は少女の様子から観念したような表情になっていた。
「爺、何があったのか、教えてもらえるわよね?」
「当方にはお答えする事は出来ません」
「そう、何も教えてくれないのね……。じゃあ、アタシが話しをするわ」
ごくんっ
「爺、アナタが「輝龍」だったのね?」
「はぁ……。いつから、気付いておられたのです?」
「確信したのは、さっきの爺の手当てをした時よ。爺のお腹の左側から背中に至る傷。あの時、アタシが刺し貫いた「輝龍」と同じ位置にある傷だったんだもの」
「成長されましたな、お嬢様」
「やっぱり爺が?」
「当方は友と約束致しました。お嬢様の「面倒を見る」と。だからこれまでこのお屋敷にいさせて頂きましたをそして、お嬢様は当方が探していたお方で間違い御座いませんでした。だから、結果としてお嬢様の一撃をこの身に受けた事を後悔は致しておりません」
「約束?」
「左様で御座います。旦那様と奥様とのお約束で御座います」
「父様と母様との……約束」
「お嬢様、近い内に必ずこの星に再び「虚無の禍殃」がやって参ります。当方は……、輝龍としての当方のお役目は、その「虚無の禍殃」を止める事にあります。——止めなければならないのです」
「虚無の禍殃……」
「ですが当方はそのお役目を負っておきながら、以前起きた「虚無の禍殃」を止めるコトが叶いませんでした。……そればかりか、力ある者を終に発見する事も出来ず、それは地球とテルースに住まう大勢の生命を徒らに蝕まれる結果を齎す事に……」
「爺……」
「だから、今度こそ、今度こそは必ずあの「虚無の禍殃」を止めなければなりません」
少女は黙って見て見ぬフリをする事も出来たが、そうしないコトにした。白黒ハッキリさせたかったのもあるが、その「輝龍」が爺であれば尚更、今まで培ってきた関係が壊れるのを防ぎたかったからだ。
だから見て見ぬフリが出来るワケもなく、少女は問い詰めるようなコトをするしか選択肢を選べなかった。
そんな少女の思いを知ってか知らずか分からないが、爺はその身に宿る後悔を少女に対して話し始めていった。
それは、名も無き1つの生命体として生を受けた。最初のそれは決して生命体とは言えない、たった1人の男が生み出した1つの想像や妄想、妄念とも言えるナニカだった。
だが、そんな1人の男が生み出した「ソレ」は、地球上で起きた大戦期の混乱を経るコトで明確な存在となる。人々の負の感情の影響を一身に受け、急速に且つ密かに実体化して凶悪なまでに貪欲に具現化していった。
「ソレ」は人々の恐怖を糧とした。絶望を栄養にした。
涙や怨嗟を一心不乱に食べた。怒りや悲しみを食料として肥えた。
ありとあらゆる負の感情を吸収し、本来ならば数十年から数百年の年月を掛けてゆっくりとその身を成長させるハズが、僅か数年で肥大化させてしまったのだ。
当時の地球はそれ程までに負の感情が溢れ返っており、それが原因だったと言える。
そうやって成長した「ソレ」は、並行世界にあった惑星「テルース」にアタリを付けたのだ。
「ソレ」は貪欲にエサとして吸収出来るモノを探した。肥大化させ過ぎた身体は地球上の負の感情だけでは足りず、その身を満たしてくれる新たなエサを求めていたからだ。
そして、新たなエサである「マナ」を見付けた。
だが地球にはマナは存在していない。拠って「ソレ」は更なる力を求める為に並行世界という「境界」を越え、テルースというマナが溢れる惑星を捕食しようと考えたのだった。
だが、その試みは失敗に終わった。テルースが虚無の禍殃から護る為に産み出した、抑止力である「惑星の御子」の力に拠って。しかし「ソレ」は諦めが悪かった。
言い換えるならば諦めるコトを知らなかった。
地球という惑星に住まう1人の人間が産み出した妄念を事の発端にして、恐怖や絶望といった負の感情に拠って力を蓄えた「ソレ」は、「惑星の御子」の力を以ってしても完全に消滅させるコトは出来なかった。
拠ってまんまと逃げ果せた「ソレ」はテルースに深く根を下ろし、マナを吸い上げて急速に力を取り戻し、以前よりも強大になっていった。
マナという新しいエサを得てから、早い段階で「ソレ」の力は臨界に達した。よって「ソレ」は再び新たなエサを欲した結果、自身の事を産み出した地球と、現状に於ける棲家であるテルースを結ぶ「パス」を、マナ由来の力で繋いく事にしたのだ。
マナ由来の力であるから本来であればそれは魔術に該当するだろうが、それはもう既に「魔術」と呼べるモノですらない。その魔術は「魔法」と呼べる域にまでに達していた。
それは、凝縮され景色を歪ませる程にまで濃密に肥大化した、魔力の塊だった。
一方でその事に気付いた「惑星の御子」は、「ソレ」に対して再び抑止力になるべく闘いを挑んだ。だが、「ソレ」が作り上げた「魔法」に対し、「惑星の御子」は抑止力となれずに、朽ち果てるしか出来なかった。
闘いに破れたとは言っても、「惑星の御子」もタダではやられなかった。拠ってその身が朽ち果てていく最中に、「ソレ」に対して楔を放っていた。
そしてその楔は「ソレ」の成長を止める抑止力として働き、再び「魔法」が発動するまでの時間を稼ぐ事には成功していた。
だが、それが精一杯の出来る事であり、地球とテルースを結ぶパスを外すコトは不可能だった。
こうして地球側は知らない内に……、テルース側は一部の者のみが知るという状況で、「ソレ」に因る準備はもう既に整っていた。
だからこそ、来るべくして来る事はもう確定事項だった。
だが「来るべくして来る事」が確定事項だとしても、「惑星の御子」の力があれば防ぐ事は出来るかもしれない。
だがその生命はもう既にない為に、輝龍は新たな「惑星の御子」を探さなければならなくなっていた。
楔が刺さっていると言っても、それがいつまで保つかは分からない。だから時間に猶予はなかった。
輝龍は刻一刻と迫って来ているその時に向けて、焦りながら捜索したがなかなか見付ける事は出来ずに難航していた。
然しながら、時間のない中で探した結果、見付かったとしても力を使えなければ意味は無い。
例え行使出来たとしても弱ければ意味を為さない。それは躯が1つ増える事と何1つ変わらない。
それでも輝龍は必死に探し回った。そして見付からないまま時は無情にも流れ、遂に楔は強大な力を留めておくコトが無理な状態になった。こうして楔は弾けて砕け散った。
僅かに残っていた残滓でさえも、引き抜かれてしまった
こうして、来るべくして虚無の禍殃は来た。起きるべくして起きてしまったのだった。
結果として輝龍アールジュナーガ・ウィステリアルは、2つの惑星が融合するという悲劇を、惨劇を止める事が出来無かった。
そしてその惨劇の後に、「ソレ」は眠りに付いた。だが、虚無の禍殃から始まるその後の戦乱も含めて、犠牲者は数十億にも上る。
その犠牲になった者達は既に、「ソレ」のエサとなってしまっている。
更には今もテルースに根を下ろし続けている「ソレ」は眠りに付きながらも強欲にマナを吸い上げ、貪欲に惑星上の人々の負の感情を吸い上げて力を蓄えている。
「再び「ソレ」が目を醒ますまでの猶予は、残念ながら残されておりません」
「事情は理解したわ。この星がこうなった理由はそれだったのね」
「——でも、そうしたらアタシは、「ソレ」を倒せばいいのよね?もしも「ソレ」を倒したら、世界は元に戻るの?融合した2つの世界は元に戻るのかしら?」
「それは、当方にも分かりません。当方が分かる事はただ1つだけで御座います」
「——虚無の禍殃の「先触れ」だけで御座います」
「そう、分かったわ。まあでも、そうなったらそうなったで、後は各自、この星に住まう人々に判断は任せる事にするわ!「惑星の御子」は飽くまでも抑止力なんでしょ?だったら2つの惑星が戻ろうとしてバラバラになろうと知ったこっちゃないわ。面倒見切れないモノね」
「ま、実際にそうなったら「魔法」なんだから、誰にも止められないと思うけど」
「ははは、まったくもってその通りで御座いますな」
「まぁそれに、惑星そのものを捕食しようとしてるんでしょ?そんなスケールがデカい話しなんだから、それを止めるのだって一苦労じゃないッ!その上で星に住まう全ての人の面倒まで見てられますかっての!」
「だから、アタシは「ソレ」を倒すコトに専念するわ!ううん、絶対に倒さなきゃいけない。その後に何が起きようとも……ね」
少女の瞳に宿る意志を、爺はとても強く感じ取っていた。
更に付け加えるならば、その意志の強さはかつて、泥に塗れながらも闘い抜いた、少女の父親の面影を密かに落としていた。
「友よ、当方は幸せ者だ。今度こそは、当方の使命を全う出来るかも知れないのだから」




