World Barretter ν 挿絵付
少女は唐突に鳴った着信音で、夢の世界から強制的に現実世界に戻されつつあった。そして、相変わらずの生憎ながら、どんな夢だったかは覚えていない。
「ふぁい、まだおねむでふ。あと5分寝かせてくらはい……おやふみなさい……Zzz」
「寝ボケてるんでないよッ!緊急事態だッ!とっとと起きな!」
がばっ
「緊急事態!?一体何事?」
「ちゃあんと目覚めたかい?」
「あ、うん。それで緊急事態って?」
「龍種の群れが神奈川国に向かって来ている。そっちからは確認出来ないかい?」
「っ!?龍種の群れ?とか言っちゃって、二足翼竜種じゃないんだから。けらけら。龍種の群れだなんてあんまり聞かないわよ?どうせ数匹くらいでしょ?」
「そんなんで緊急事態だなんて言うかーーーーーッ!ふしゅう」
「えっ?いつもの冗談じゃないの?ホント?マジなの?」
「あぁ、マジもマジ、大マジだよ、まったくッ!それで今、ワダツミはどこを飛んでる?」
「今は房総沖よ。その群れはどこから来てるの?」
「群れはアクスターリ市の沖合で発見された。数は200を超えている。向かっている方向は間違いなくアニべ市だ」
「う、嘘……。龍種の群れが200ぅ?!」
それは寝ボケていた少女への会心の一撃だった。ただでさえ強敵と言われ、1匹でもAランクハンターが苦戦する龍種が、200匹を超える数で首都アニべ市に向かっていると言われたら会心の一撃と言わずして何と言えるのだろう。
しかも、その群れはよりにもよって神奈川国の南から来ているという。せめて南以外であれば近隣諸国のハンターが数を少しでも減らしてくれたハズだが、神奈川国に対して南からその数で向かってくるとか、もはや鬼畜の所業と言わざるを得なかった。
「マム、このままワダツミを三国湾経由でアニベ市に向かわせるから、許可取りをお願い!許可が降りたらアタシがアクスターリ市に向かうわッ!」
「三国湾の件は了解した。スグに許可を取り付けるから、そのまま房総沖から三国湾に向かわせて構わない。アンタはワダツミの進路を変更したら、そのままアクスターリ市に行っておくれ」
「分かったわ、マム。ところで、これは緊急要請なの?」
「そうしたかないが、仕方ない。群れの規模がデカ過ぎる。アンタの活躍次第じゃ全戦力を投じないと、水龍アクアリンクルの時の二の舞になる」
「分かったわ。それならアタシ1人で殲滅すれば、素材ウハウハねッ!」
「あぁ、報告書を楽しみにしとくよッ!だから、絶対におっ死ぬんでないよ!」
「りょーかいッ!」
つーつーつー
「さてと、降りる前に色々としておかなきゃね」
少女はアクスターリ港上空から神奈川国入りする予定だったワダツミに対して、ルートの変更を指示していった。
ワダツミはすんなりとその指示を受け入れ、三国湾手前で旋回するようにルートを書き換えていく。
その後で、ワダツミの中で今現在起きている人員に、ルートの変更をした旨を伝えた上で、自分だけはそろそろ降りる事を伝えた。
そしてキリクのコトや、リュウカのコトなど諸々のコトを頼んでいった。少女としては人に全て任せるのが心苦しかったが、緊急要請と言われてしまえば、それらは二の次になるのが、ハンターとしての運命なので諦めるしかなかったのである。
ぺしっぺしっ
「クリス、起きて、クリス!」
「ん?アルレ殿?朝か?朝ご飯はパンがいいな?Zzz……」
ぷちッ
「このド天然めッ!」
げしげしッ
「はぁ、はぁ。これでも起きないなんて……。仕方ないわね。みんな、コレも宜しくお願いします」
「あ、あぁ、任された」
ぷるるるっ
「三国湾の通行許可は降りた。向かわせて構わないよッ」
「ありがと、マム!」
「じゃあ、そっちは頼んだよ!」
がちゃ
つーつーつー
「どこか行く?」
「大丈夫よ。ルートが少し変更になっただけだから……もう少しで着くから、それまでは寝てて平気よ。アタシは一足先にワダツミを降りるけど、リュウカはキリクと一緒に付いていって」
「うん。ふわぁ……Zzz……」
少女は優しい口調でリュウカに対して言の葉を紡いでいたが、クリスとリュウカの対応がモチのロンで違うのは当たり前のコトだ。
然しながら一方でその光景は、一部始終を見ていた医師や看護師並びにサポーター達に恐怖を与えていたのだった。
ワダツミはルート変更に伴い三国湾に入って行こうとしていた。
そして、それと同時に縮尺を変えた少女のバイザーには多数の光点が映り込んで来ていた。
三国湾とは世界の変革後に付けられた名前であり、地球の地図上にまだ「日本」と言う国があった時の名称は、「東京湾」と呼ばれていた港湾地帯である。
今では神奈川国・東京国・千葉国の3つの国に囲まれた「湾」である事から「三国湾」と呼ばれている。
しかし神奈川国と千葉国はそれぞれ他に港を有しているので、東京国は2つの国に対し「使用料」を支払う事で、ほぼ独占して「三国湾」を使っているのだった。
「この数、本当にヤバいわね。急がないと……。それじゃ、アタシは一足先にワダツミを降りるけど、キリクの事を本当に宜しくお願いします!」
「あ、あぁ、任された」
「あっ!?そうだったそうだった。アタシが降りた後で、誰かここを閉めてね」
がしゅんッ
ひゅごおぉぉぉぉぉぉぉぉ
少女がワダツミの扉を開けた事で気圧が変化し、機体は揺れて機内に突風が巻き起こっていった。多少風に慌てたサポーターが、言われた通りに扉を閉めた事で気圧変化は収まり、ワダツミの揺れは収まって航行は無事に続けられていくのだった。
だが、その揺れでもクリスだけは目覚めなかった。
少女は飛び降りた後でブーツに火を点し、アクスターリ沖の光点に向けて速度を上げて駆けていく。
「何なの?あの群れ。本当にあんな数で群れてるなんて、デバイスの故障じゃなかったみたいね……。あ、あれはまさかッ!?」
少女はアクスターリに向かう先にいる、1匹の龍の姿に言葉を失いながらも真っ先に向かっていったのである。
「ふむ、まだヒト種達は打って出て来ぬか。ならば、もう少し近付いてみるとしよう」
「先の「不敬」は返上したと思ってたけど、これは一体どう言うつもりなのかしら?ちゃんと教えて貰えるのよね?輝龍アールジュナーガ・ウィステリアル!」
「うむ、やっと来たか。待ちくたびれたぞ。では先ずは教えてやろう。これは先の「不敬」に対する報復では無い。ヒト種の娘よ」
「なんですって!?それじゃあ、これがアナタの言う「不敬」に対するモノで無いのならば、これは一体どういうつもり?侵略戦争を仕掛けるとでも言うの?「最上位」のアナタが、人間界の領域を……人が住まう大地を侵すなんて、アタシには考えられないんだけど?」
「なぁに、興が乗ったモノでな。それに、勘違いするなよ、ヒト種の娘よ。我々は「龍種」だ。拠ってヒト種の法には縛られず、ヒト種の観念に従う道理も無い」
「そんな……そんなの、屁理屈よッ!」
「然しだな、興が乗ったのは事実。故に我等の歩みを止めたいと願うのであれば、その力を証明してみせよ!余と、余が従える軍になッ!」
「一体、それはどんな理屈よッ?!」
少女の前には輝龍とその後ろに200匹を超える龍種達がいる。対話でなんとかしようと考えた少女だったが、今回はそれが叶わなかった様子で両者は対峙する事になったのである。
輝龍アールジュナーガ・ウィステリアルから放たれている威圧感は、風龍の時に感じたモノと同等であり、少女の四肢はそれに対して必死に抵抗している。だが、その威圧感に屈するワケにはいかなかった。
何故ならば、少女の後ろには「ハンターが守るべき者」がいるのだから。
然しながら唐突に輝龍の身体は光を帯び始めていった。輝龍の身体を包む光は収束し、その光はやがて黄金の瞳に集まり力を帯びていく。
「アタシの後ろにはアクスターリの街がある。ここで息吹を吐かれでもしたら、それこそ一大事になる!こっちよ!輝龍アールジュナーガ・ウィステリアル!アタシが狙いならこっちに来なさい!」
「ほう?自分の身より街を気にするか?ヒト種の娘よ。ならばその気概だけは免じよう……。余が軍に命じる。人間達の街に一切の被害を齎す事は罷りならん。余等の倒すべき者はそこのヒト種の娘だと知れッ!」
「アタシってば、どんだけ魔獣に好かれてんのよッ。だけどこんなにモテモテでも全ッ然嬉しくないんだけどッ!でもこれで、街を気にせず思いっきし出来るわねッ!」
輝龍の放った言葉により、龍種達の群れは行動を起こしていった。輝龍が従える群れのそれぞれが、雄叫びを上げ少女を目掛けて一心不乱に動き出したのである。
生態系に於いて「古龍種」は「龍種」の1種であるとされる。だがこれは間違いである。
正確には「古龍種」が成体で、「龍種」は幼体なのだ。
要は「龍種」自体が幼体の時から既に、強力な力を有している為に起こった勘違いと言えるだろう。
「古龍種」と呼ばれる個体は、その個体が持つその力の強さのみで下位から最上位までに分かれる。
しかし、「龍種」は成長の度合いで呼び方が変わる。これが、「龍種」が幼体であるとされる根拠となる。
拠って「龍種」は細かく分類すると4種類いる事になるのだ。それら全てがひと括りに「龍種」と呼ばれているに過ぎない。
産まれてから力を蓄えている段階を、正式には「新生龍種」と呼ぶ。
力を蓄え終わり、身体が大きくなって属性に目覚めるまでを、正式には「亜龍種」と呼ぶ。
拠ってここまでの龍種が放つ息吹は、単純なマナの塊を撃ち出しているに過ぎない。
然しながら、起動に準備が掛かり前兆も長い事から滅多には使ってこない。だがこれは即ち、威力、出力、魔力量が段違いな汎用魔力銃の完全上位互換版とも言い換えられるモノであり、その火力は計り知れないのが明白だ。
更に「亜龍種」の中で属性に目覚めた個体は「属性龍種」と呼ばれ、目覚めなかった個体が「無属性龍種」と呼ばれるようになる。
「属性龍種」にせよ、「無属性龍種」にせよ、そこから個体の力を更に磨き上げ、成長すると晴れて「古龍種」の仲間入りとなるのだ。
これらの事から偏に「龍種」と言っても、討伐難易度はBランクからSランクまで幅がある事になる。
神奈川国を目指していた群れの殆どは「新生龍種」であり、その中に数体の「亜龍種」が混じっている混成群だった。
少女は龍種の大群を前にして怯む事無く、魔道具に呼び水を流していく。少女の身体を急激に疲労感が襲うが、そんな事は知ったこっちゃない。
何故ならば少女は、今回の魔術連撃で群れそのものを解体する予定でいたからだ。
群れさえどうにか出来れば輝龍アールジュナーガ・ウィステリアルのみが残り、それだけならばなんとかなると安直に考えた結果だった。
「散弾放つ雷撃の砲兵・8柱×3」
「装填矢弾、征雷滅散!!」
「追尾し穿つ光の狂兵・28柱」
「征聖狂武!」
「追尾する氷撃の騎乗兵・21柱」
「征凍槍駆!」
「追尾する雷撃の斧兵・21柱」
「征雷斬斧!」
こうして群れを解体するべく、少女の魔術六連撃が放たれていった。ただし徐々に使っていればデバフとは言え多少は慣れるが、ほぼ同時に6回も使えば慣れる以前にデバフに拠って身体の状態は激悪になる。
そして役目を終えた魔道具達はさらさらと音を立てて消滅していく。
少女の状況は最悪だが、周りには代わりに闘ってくれる総勢94柱の兵士達が降臨していた。
斯くして兵士達は各々が与えられた役割を実行していく。
先ず、砲兵24柱が凄まじい轟音と共に一斉射に拠り砲弾を放った。放たれた砲弾は少女が指定した「フレシェット弾」だ。
更にそれらの砲弾には砲兵に付与された「雷撃」の力も加わっている。
砲兵から放たれた砲弾は空中で炸裂すると、「雷撃の子弾」を散弾のように撒き散らし群れに襲い掛かっていった。そして、1つの砲弾の中には「雷撃の子弾」が、およそ8000本入っている。
24柱の砲兵が放った砲弾から炸裂した「雷撃の子弾」の数は、優に19万本を超えていた。拠って「雷撃の子弾」1つ1つの威力は弱くても、数の暴力と言う名のダメージ蓄積量は絶大だった。
これらの砲撃で群れの約半数近くが為す術無く屠られ、眼下の海に墜ちて行く事になる。比較的威力の弱い息吹は使えるが、主に自身の爪や牙といったモノを主力武器として、近距離戦闘でしか戦う術を持たない「新生龍種」達の、末路とも言える光景だった。
そして一度の砲撃で魔力を使い果たした砲兵達は役割を終え、「ばちッばちばちッ」と雷の余韻を残して消えていく。
余韻に浸る事の無い残りの70柱は各々、群れに対して特攻していく。
先行したのは28柱の「光の狂兵」達だ。
「光」を付与された狂兵達は先陣を切り、次々に群れを襲っていった。
群れの先頭集団から半ばまでは、残虐な砲撃の影響下に置かれていた為に既に墜ちている。更に残った群れもある程度のダメージは負っていた。
そこを目掛けて狂兵達が斬り掛かったのだ。速さに長けた光の狂兵達は群れの中腹から最後尾までの距離を、斬るだけ斬ってダメージを負わせながら疾走り抜けて行ったのである。
次に「氷」を付与された騎乗兵が追撃を行う。騎乗兵達は群れの各個撃破を行い、それに拠って中腹一帯に至る群れの龍達は墜ちて行く事になる。騎乗兵達は輝く氷の結晶を空気中に残し、狂兵達の残した光はそれに拠って反射し、キラキラと煌めく余韻を残していった。
残りの21柱の斧兵はその一撃の威力が大きく、付与された「雷撃」の効果も相俟って確実に龍種達を仕留める後詰めの兵だ。
その甲斐もあって少女が喚び出した兵達が全て消え去る頃には、群れは壊滅状態になっていた。要は200匹以上いた龍種の大群は、残り10匹足らずまで数を減らしていたのである。
群れの残りは、身体が大きめの「亜龍種」が2匹と、残りは「新生龍種」と見受けられた。
だが、それら残りの龍種達も翼や胴体に傷を負っているのが殆どで無傷な個体はゼロだった。
「体調はサイアク。でも、これで9割以上討伐出来たなら恩の字ね……暫く経てばデバフも消えるから、それまでにザコ龍達を倒せればなんとかなる……と思いたいわッ!」
グルルルァ
「行くわッよおぉぉぉぉぉッ!」
「豪炎の型あぁぁぁぁッ!うりゃりゃりゃりゃりゃりゃあぁぁあぁぁぁぁッ!!」
どごどこどごどごどごぉぉぉぉん
「まだまだぁッ!破竜の型ぁッ!」
しゅしゅばッ
少女は残りの群れに対して特攻を仕掛けていった。少女は大剣ディオルギアを構えると群れの残りが集まっている所に向けて加速し、次々に「型」を放っていく。
それはもう、完全な精神論であって、なりふり構っていられないのは明白だった。
斯くして、最後の新生龍種が墜ちていく。残すところは「亜龍種」2匹だけになっていた。
「出来れば、亜龍種は最初の内に沈めておきたかったけど、まぁ、仕方ないよね。運だもの……それじゃ、群れの解体最後の大詰めといきますかッ!」
グルルル グルオォ
少女の目論見では、最初に放った魔術の連撃で「亜龍種」だけは仕留めておきたかった。「新生龍種」と比べて「亜龍種」は体格も大きいし力もある。討伐難易度はAランクだ。
とは言っても、少女であれば苦戦する程の相手ではない。ただ、近距離戦闘なら新生龍種の方が倒すのがラクだからと言う理由だけで、先の魔術で仕留めておきたかっただけだ。
少女は機動力を活かしたヒットアンドアウェイ方式の攻撃で「亜龍」を翻弄していく。大剣の一太刀を入れるとそのまま戦線離脱して、相手の攻撃範囲から退き再び急接近して一太刀。
それを幾度となく繰り返し1匹は海の藻屑となっていった。
最後まで残った亜龍種には「流水の型」を見舞った。その華麗な一撃に拠って、最後の亜龍種は短く吼え、盛大な水しぶきを上げて海中に没したのである。
こうして、押し寄せて来た全ての群れを殲滅した少女は、輝龍アールジュナーガ・ウィステリアルと向かい合ったのである。
「アナタが連れて来た群れは殲滅したわ。残す所はアナタだけだけど、どうするの?最上位で、龍種達の王ならば、無駄な争いは好まないと思うんだけど?」
「あれだけの群れをこのような短時間で殲滅するとはな。ヒト種の娘よ、面白い。キサマの力、測ってやる。掛かって来い!」
「はあぁぁぁ。闘る気になってるからには、闘らざるを得ないんでしょうけど、闘るからには手は抜けないわよ?」
「ヒト種如きが……手を抜いて勝てるとは思わないコトだ」
ごおぉぉぉぉぉ
「なんて威圧感、ホントにやんなっちゃう。えぇい、もう、なるようになれッ!女は度胸よ、闘るなら闘る時闘れば闘らいでかッ!でえぇぇぇぇやあああぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
少女は正直なところ、帰って欲しかった。だが、そうは問屋が卸してくれないらしい。
輝龍相手に正攻法で闘ったとしても、決して倒せる相手では無い事を少女はまったくもって理解している。かと言って邪道でも奇策でも結果は同じだろう。
今にも逃げ出したい気持ちを抑えて大剣を固く握り締めた少女は、空を駆けて輝龍アールジュナーガ・ウィステリアルに対して正面から挑んで行ったのである。
ガラガラガラガラッ
車輪が勢い良く回り、廊下を走っていく。ここはアニベ市内の総合病院だ。
ワダツミは総合病院の屋上のヘリポートへと無事に着陸し、そこで待っていた医師や看護師達に拠ってキリクは引き取られた。
ワダツミから細心の注意を払って降ろされた担架は、勢い良く廊下を走り抜けて手術室へと入っていく。
ワダツミから降りキリクの後を追い掛けたリュウカは、キリクが入った後で点灯した「手術中」の文字を見ると椅子に座った。
そしてそこで1人、キリクの無事を祈っていた。
クリスは1人、怒鳴られていた。
クリスが起きた時にはアニベ市の総合病院の屋上にワダツミが着陸した後であり、ワダツミの中にはもう既に誰も乗っていなかった。
そして、何故か身体があちこち痛かった。
ワダツミはクリス待ちをしており、クリスに対して降りるように再三話し掛けていたが起きなかったので、打つ手がなくなった矢先にクリスは飛び起きたのだ。
拠って、ワダツミからしたら無事に起きてくれたコトは僥倖だった。
クリスが降りた事を感知したワダツミは、何も言わずにそのままプロペラを高速で回転させると轟音を立てて飛び去っていった。
ワダツミに人間並みの心があったなら、毒づいていたに違いないだろう。
結果としてクリスは1人、ワケも分からないまま屋上に取り残されたコトになる。
「ここは、一体どこだ?此の身はどこに連れて来られたのだ?それにしても、うわぁ。なんだこの絶景はっ!——こんなにもこの国は綺麗だったのだな」
クリスはこの場所がどこだか分かっていなかった。だが病院の屋上から眺めた風景が絶景である事に驚き、身体の痛みも忘れて感嘆の声を上げていた。
そこから見える景色は遠く地平線の彼方に広がる海が、陽光を受けてキラキラと煌めいている。季節柄緑色は影を潜めているが、眼下に広がる街並みは整っており、色とりどりの屋根と空の淡い青とそこに浮かぶ白が対象的に映えていた。
それはアニベ市内に高い建造物がない事から見渡せる絶景だった。
そしてその頃、クリスのデバイスは着信音を必死に鳴らしていた。だがワダツミの放つ轟音に因って着信音は掻き消されていたのである。
拠ってワダツミが遠ざかった事で、クリスの耳に漸く届かせる事が出来た。
「はい。こちらクリスだ」
「アンタはどこをほっつき歩いているんだいッ!!」
「えっ?あっ?マム殿か?えっと、此の身はさっきまで寝てて、今さっき起きたのだ。その後、ワダツミから降りたら、ワダツミはどこかに行ってしまって、ここがどこだか此の身には分からない」
どんがらがっしゃーん
「マム殿?マム殿ッ!いかが致した、マム殿!大丈夫か?大丈夫なのか、マム殿ッ!」
「あぁ、だ、大丈夫だ。い、今の状況を教えてやる。今は「緊急要請」が発令されてる。急いでそこから南に向かって、アンタの師匠を援護するんだ!」
「アルレ殿を?分かった!ところで、マム殿、南とはどっちだ?」
どんがらがっしゃーん
「アンタはホントにそれでもハンターかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!ふしゅるるるふぅ」
マムはその怒鳴り声と共に通話を切った。仕方ないのでクリスは慣れないデバイス操作を行い、地平線の先に今も煌めいてる海が方角的に南と知り、そっちに向かって羽ばたいていったのだった。
攻撃は全て躱された。少女の放つ剣撃と魔術のその全てが……だ。
「豪炎の型」のその無数の斬撃ですら捉える事は出来ず、切り札とも言える「不可避の斬撃」であっても躱された。それは少女からすれば「不可避」のハズが回避されると言う悪夢だった……。
「追尾」を付与した魔術であってもそれは同じで、それを幾重に放っても結果は変わらず、戦果でも相手へのダメージでもなく、デバフだけが少女の元に取り残されていた。
そして更に付け足せば、魔道具の数もその数を次々と減らしていった。
きッ
「ちょっと、一体どういう事?何をしても当たらないなんて。そんなデカい図体なのに、そんなチート認められないわッ!」
「そんなモノかキサマの力は?そんなモノであれば話しにならぬ。それではこれからこの惑星全土を再び覆い尽くすであろう虚無の禍殃には抗えぬ!」
「虚無の禍殃?それって、どういう事?再び、惑星融合が巻き起こるとでも言うの?何か知っているなら教えなさいッ!」
「弱きモノは知る必要すら無い……。それにキサマの力がこれしきであれば、余の見込み違いであった。よって余が自ら引導を渡してくれる」
——虚無の禍殃——
それは、60年以上前に地球とテルースを結び付けた災厄。それと同じような事が再び起こると言い放った輝龍アールジュナーガ・ウィステリアルの瞳に力が宿っていく。
そして、それは一瞬の出来事だった。
-・-・-・-・-・-・-
クリスが南に向かって飛び立ち、少しすると戦火が沖合の海上で見えた。屋上から見えていた煌めきはどうやらコレだったらしい。
だが、クリスはその闘いを視認すると身体が震え出していったのだった。
「あ、あれは、光龍様?ま、まさか、そんな……村に伝わる言い伝えであれば、光龍様が現れる時には……い、いけない。今はアルレ殿の援護に回らねばッ!」
「ッ!?——なんだ、コレは、この先は死地か?」
クリスは震える口で呟いていた。だがクリスは、遠く離れた場所から2人の交戦を見ているのが精一杯だった。
龍人族であるクリスには輝龍の放つ異様な威圧感が、ひしひしと伝わって来ていた。
それは目の前にいなくても炎龍ディオルギアですら足元に及ばないのが容易に分かる上に、視認出来る程にまで濃縮された威圧感だった。
その威圧感はクリスの目の前に「見えない壁」として立ちはだかり、それを突破するのは躊躇わざるを得なかったのである。
「?!ッ!?——アルレ殿!あぶな……くッ。アルレ殿……」
クリスは見ていた。——輝龍の姿が一瞬消えたのを。
クリスは見ていた。——輝龍の姿が再び現れたのを。
クリスは見ていた。——少女が力無く吹き飛ばされていく姿を。
「アルレ殿おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」




