Humble Battler ν
「ひゅッ」と風を切る音がして、少女の目の前を矢が通り過ぎていく。当然の事ながら空気に刺さる事の出来ない矢は、少女に躱されると地面へと突き刺さっていった。
この状況が既にかれこれ10分以上続いている。従って一方的な防戦に嫌気が指しているのは言うまでもない。
既に少女に向けて撃ち込まれた矢は200本は下らないだろう。地面に突き刺さる矢の本数から察するに、常に3~4人程度に狙われているみたいだった。
ただし今までに飛んで来ている矢の多さから、敵の人数は変更されている可能性がある。
少女は体術で飛んでくる矢を躱していく。矢は当たりこそしないが、狙われ続けるのは嫌気を通り越して流石に遣る瀬無い気持ちにさせていた。
しかし気持ちを萎えさせるといった意味であれば、矢は次々と刺さっていたのかもしれない。
ちなみに想い人との関係を執り成してくれるキューピッドの矢なら、少女は喜んで刺さりにいっただろうが、それは余談だ。
「反撃がしたい。もしくは、せめて無力化さえ出来れば」
「でもッ!」
そんな事を考えていた。少女の実力ならばそれは可能な限り不可能ではないが、躊躇っていたと言える。
-・-・-・-・-・-・-
『なんだそれは?さっき執事殿が渡してくれていた物か?』
屋敷を出てから暫く走った後の事。車が停められて尚且つ見晴らしのいい場所を見付けた少女はそこにセブンティーンを停めていた。
『これは「ご飯」って言うのよ?知らないの?』
『そんなコトは分かっているし知っている』
『それよりもここで昼食にするのか?』
『えぇ、そうよ。お昼にしましょう。お腹も空いたでしょう?』
『それにしても山道ねぇ。シソーラスの方が良かったかしら?』
『オフロードはセブンティーンには向いていないのよねぇ』
『あの街に行った時の此の身は、途中から徒歩で山道を進む事を諦め、街が見えるまで背中の翼で空を飛んでいったからな』
『だがそもそもそのなんだ、車というものに乗ったのも此の身は貴殿のが初めての体験だったのだが、なかなか悪くはないと思うぞ?』
『しかしまぁ、空を行くのもなかなかにいいものだ!どうだ?空を飛んで此の身の村に行っては?』
『アタシとしてもそれが出来れば苦労はしないのよねぇ。はぁ』
クリスの提案は少女にとって確かに魅力的だったが、それが出来ない事を少女は重々承知していた。
何故ならば少女が自分で持っている装備は最小限度でしかない。身に着けられるモノとデバイスに収納出来るだけのモノだ。
要はLAMを始めとする残りの大多数の武装はセブンティーンの中に入っている。
だからこそ空を行く事は憚られるとしか言いようがない。
然しながらシソーラスではセブンティーンみたいに虚理で編んだ収納スペースがないので、走破性は良くても武装という大荷物を抱えている現状ではやはり逆立ちしても採用出来ない提案なのだが。
『おッ!意外と美味いな。あの執事殿は中々に見事だ』
クリスは舌鼓を打ちながら言の葉を紡いでいた。
「まったく、人の気も知らないで」
『ん?何か言ったか?』
『いいえ、なぁんにも。まぁ、爺の手料理が美味しいのはその通りだけどねッ!』
お弁当を見事にたいらげた2人は、再びセブンティーンに乗り込んでいく。少女は大体の行き先は掴めていたが正確な場所までは分かっておらず、頼りのクリスは陸路ではどうやって行けばいいか分からないと話していた。
そこで「近くなったと思ったらクリスは空から入り口を探す」という事にしてセブンティーンを走らせていたのだった。
「目的地まではもう少しのハズだ」という安直な願いの元に。
『おっ?あの山の形は見覚えがある気がするな』
「山なんて全部同じような気がするけどなぁ…」
『まぁ、クリスがそう言うなら空から探してもらえるかしら?』
『うむ、承知した!探してこよう!』
唐突にクリスから紡がれた言の葉に反応した少女は、山道の途中でセブンティーンを停めた。
国境が近いからだろうか?それとも道幅が狭いからだろうか?はたまた夕方に近付いているからだろうか?
少女は暫く対向車と擦れ違った記憶が無い事を思い出していた。
クリスはセブンティーンから降りると翼を羽ばたかせ大空へと舞い上がっていく。
少女はその光景を少しの間見ていたが「このままここに停まっているワケにもいかないわよね」と心の中で呟くと、クリスが戻ってくるまでセブンティーンを停めておいても大丈夫そうな場所を探す為に再び山道を走っていった。
少女が暫くセブンティーンを走らせると少し開けた場所が見えてきた。そこにセブンティーンを停め、クリスが戻って来るのを少女はポツンと待っていたが、クリスの戻ってくる気配が一向に無い事からちょっとだけウロウロしてみる事にしたのだ。
「あれ?何だろ、ここ?」
「なんか、雰囲気が他と違うような…?」
少女は道路際にちょっとした違和感を感じ取った。それはとても些細な事ではあったが、気になってしまった以上は仕方がない。
少女の持つ大いなる好奇心の前に、少女が勝てるハズもなくその違和感に触れてみる事にしたのだった。
「ッ?!これは?」
「これが、認識阻害の結界かしら?」
「何が「村の者以外は気付く事が出来ないようになっている」よッ!アタシも気付けたわよ!全く、龍人族はホントに大丈夫なの?」
少女は違和感に触れた。然しながら正確には触れられなかった。
何故ならば少女が触れようと手を伸ばすと、そこにあった樹木は一斉に視界から消え木々に挟まれた小路が現れていったからだ。
少女は悪態を付きながらも、そこに足を踏み入れるか逡巡していた。
「やっぱり、これが龍人族の村への入り口かしら?」
「でも、多分侵入ったら怒られそうよね?」
「ま、いっか!怒られたら「ごめんなさい」すればいいよね?うんうん、クリスみたいなのがたくさんいるなら、許してくれるハズよッ!!」
「それにアタシは依頼で来たんだから侵入る権利くらいあるわよッ!うんッ!」
少女は独自理論を展開した。それでも少しばかりの警戒感を交え、目の前に現れた小路に足を踏み入れキョロキョロと辺りを見回しながら進んでいったのだった。
それはまるで閑静な住宅街を徘徊する泥棒の様な挙動不審者、と言うよりは前人未踏の大地に初めて足を踏み入れ好奇心から探索をしている、冒険者のようだった。
パパパシゅッ
しゅたたたッ
「はぁ、やっぱりこうなるのね」
少女の足元に3本の矢が刺さっていった。少女はご多分に漏れず警戒をしていたのだが、少しばかりの警戒感では仕事をしなかったようだ。
拠って飛んで来た矢に反応出来ておらず、その結果として少女の目の前に矢が刺さっていた。
矢が飛んで来た方向…それは当然の事ながら少女の正面からだ。そして矢の突き刺さった角度は、前方の木の上から少女の足元を狙ったと告げていた。
然しながら矢を放った者達の姿は確認する事が出来ない。いやまぁ、だがそれは当然のコトだ。
更にはバイザーのアラームが鳴らなかった事から殺意はないのだろう。恐らく初手は警告の代わりなのかもしれない。
『立ち去れ!ここは何人たりとも立ち入る事は罷りならんッ』
『それ以上こちらに来れば次は足元ではなくオマエの身体に突き刺さると知れッ!』
「この声って、バイザー持たずに迷って侵入った人はちゃんと理解出来るのかな?」
「まぁ、そんなコトはどうでもいっか。それにしても正面以外にも周囲からも狙っているのかしら?」
「まぁ、でもそれが戦術の定石よね。と、言っても、このまま戻ってクリスを待つのも癪なのよ。だから、ふふッ」
「説得してダメなら強行突破ねッ!」
『アタシはハンターよ。炎龍ディオルギア討伐の為にここに来たの。話しを聞いてもらえる?』
『『『『『ッ!?』』』』』
「ひぃ、ふぅ、みぃ…うん、軽く反応したのは5人くらい…ね」
『炎龍の件は、とある者に託している。その者がいないのであれば、引き取り願おう』
『そう…それは残念ね。でもそれじゃあ、まかり通らせてもらう事にするわッ!』
『それならば、ここで躯を晒す事になる』
『皆の者!射よッ!!』
声と共に一斉に矢が少女に向かって来ていた。その数ざっと数えて10本と言ったところだ。
やはり気配だけで数えるのは誤差があり過ぎるらしい。
ちなみに少女に向かってくる矢は、動きこそ直線的だがそれぞれ微妙に角度がつけてあり前後左右の逃げ道を断つような「矢の結界」を作り飛来して来ていた。
然しながら少女は「たッたたッたッたたたんッ」と華麗な体術で、それらをさも当然のように躱していく。
更には躱しながらも正面に向けて全力ダッシュしたのであった。
『こっこまでおいで~。あははッ』
と相手を挑発しながら。
『逃がすなッ!追えッ!』
『村にも連絡し応援を来させろッ!』
『我らをバカにしたコトを後悔させてやるのだッ!!!』
-・-・-・-・-・-・-
少女と別れ上空から村への入り口を探していたクリスの明るい翠色の瞳は、懐かしくも切ない物を発見しその場所へと降り立っていた。
それは、炎龍に因って焼かれたかつての住居跡だった。
『やはり、ここら辺で間違いは無さそうだ』
『ならばここから先は飛ぶよりは歩いた方が見付けやすいかもしれん』
『同朋達よどうか無事でいてくれ!』
クリスは独り言の中に切なる願いを込めて付近の捜索にあたる。
『クリスか?クリスなのか?』
『ん?ライルガル?ライルガルなのか?』
『戻ったのか、クリス!』
『あぁ、戻ったぞ!無事だったのだな!だがもう安心だッ、此の身はちゃんと、きゅ…』
『クリス悪いが今は一大事だ!村に侵入者が入って来たらしくてな、同朋達が侵入者の元に向かっている。密猟者かもしれん!』
『侵入者はサルの様にえらくすばしっこいヤツらしい。クリスは旅の疲れもあるだろうが、急いで、旅の報告の前に侵入者の件を長老達に報告してくれッ!』
『なっ!?密猟者だと?密猟者めッ!許せん!!此の身の村を襲うとは!!』
『一刻も早く長老達に報告しなければ!!』
ライルガルはクリスに長老達への報告を頼むと足早に応援に向かった。一方で同朋との再会を無事に果たしたクリスは目頭が熱くなっていたが、同朋から齎された内容は怒りで頭を沸騰させる程に熱していた。
『密猟者め!こんな時に限ってやって来るとは』
ぎりッ
『何故、こうも此の身らばかりが苦境に立たされるのだ』
クリスは怒りで熱くなっていたものの何故か冷や汗が止まらなかった。そしてその冷たい汗は火照ったクリスの背中を流れていくが、クリスはその前に疑問が残っていたのである。
『いやしかしだな、報告も何もその前に長老達はどこなんだ?』
『ただでさえ広い、この森のどこにいるんだーーーーッ!!』
クリスは長老達を探していた。そして同時刻の少女は逃げ続けていた。
『そっちだー、そっちに行ったぞッ!』
『早く捕まえろー』 / 『ええい、何をやっている!』
『例の密猟者か?ならば長老達へ報告する前に此の身が討ち取って手土産にしてくれる!』
クリスは放浪の結果、長老達を見付ける前にその声を聞いてしまった。だからこそ腰の長剣を抜き構えを取るのだった。
当然の事ながら少女は突如として正面に現れた人影をクリスだとは思っていなかった。が、突然現れた為に多少は混乱していた。
更にはアラームが鳴り響いておりそれが一層混乱を助長させていった。
少女の事を密猟者だと思い込んでいるクリスが剣閃を放つ。少女は混乱しながらもアラームのおかげで既の所で剣閃を躱し、2人は顔を突き付けたのだった。
『えッ?!』 / 『あっ!?』
『何で貴殿がここに?貴殿は密猟者だったのか?』
『ちょっ、クリス?アタシが密猟者?何を言ってるの?冗談やめてよねッ!』
2人はなんでお互いがそこにいるのか全く分からない為に、なんやかんやと言い争いをしていた。
少女を追い掛けていた者達はその2人の姿に、あっけらかんとなっていた。
『クリス!これは一体どうなっているのか、聞かせて貰えるか?』
『親父殿……』
威圧感のある1人の男が追い掛けて来た者達の間から「ぬっ」と現れ、クリスに向けて言の葉を投げていた。
辺りは先程までの喧騒がまるで嘘のように静まり返っていくのだった。
山中の鬱蒼と茂る森の中。切り拓かれた一角で「ぱちぱち」と弾ける音が響き渡っている。
盛大な焚き火の光は周囲を明るく照らしていた。その光を囲み愉快に笑う声や楽しそうな話し声が聞こえて来ている。
美味しそうなご馳走が周りに並べられており、辺りには食欲を掻き立てられる香ばしい匂いが充満していた。
魔獣がいればその話し声と匂いに釣られて寄ってき来そうなものだが、今のところ魔獣の姿は微塵も感じられない。
そうこれは、言わずもがなだが「宴」である。
-・-・-・-・-・-・-
炎龍を逃れた者達は焼け焦げた村を捨て、新たにその山中の奥にある鬱蒼とした森林地帯に住まいを移していた。
少女とクリスはクリスの父親の案内の元に、無事に新たな龍人族の村に来る事が出来ていたのだった。
村に辿り着くと1つの洞穴へと2人は案内された。そこには龍人族の長老達が5人座っており、その威厳ある佇まいにクリスは緊張していた様子だ。
一方で少女は緊張すらしておらず逆にガチガチになっているクリスの姿が滑稽で仕方がなかった。
『そなたが、クリスが連れ帰った者か?クリスには、以前我らが村を救ってくれた恩人である救世主殿を連れ帰る様に厳命しておいた筈じゃが?』
『クリスの代わりにちょっとアタシから良いかしら?』
『よかろう。話すが良い』
『貴方達が言っているその「恩人」は既に4年も前に亡くなりました。これが、貴方達の恩人の遺品「剛龍の剣」です』
『なんだと、そんなッ』 / 『おぉ、確かにアレからは剛龍の力が』 / 『なんと救世主殿は天に召されていたのか』
『鎮まれ。まだ話しの続きがありそうじゃ』
『貴方達の村を救ったのはアタシの父様で、父様はハンターをしていました』
『父様の死後、アタシは父様と同じくハンターになって、今回、クリスに会った事で、炎龍ディオルギア討伐の依頼を請負い今ここにいます』
『そうか…我々は貴殿の父君に救援を求めたかったのじゃが、既に亡くなられておるとは…。残念な限りじゃ』
『じゃが、貴殿にあの憎っくき炎龍ディオルギアが討伐できるのか?残念じゃがまだ幼い貴殿に倒せるとは到底思えぬが…」 / ぴきッ
『うむ、そうだな。幼過ぎる』 / ぴききッ
『チビっ子が死に急ぐのは見てられん』 / ぴきぴき
『死に急ぐならせめてもっと成長して色々な経験を積んでからでも遅くまい』 / ぶちッ
『あわわわわ。こ、此の身がなんとかせねば』
『ちょ、長老殿ッ!聞いて下さい。この者は此の身を凌駕する程の力を持っています。「固有能力」を使った此の身ですら足元にも及ばなかったのです!』
『なん…じゃと?』
『お前如きが未熟な「固有能力」を使ったところでそれを倒しても強者とは言えまい!』 / ざくッ
『そもそも、「固有能力」は秘するものだ。軽々しく使うとは何事かッ!』 / ざくざく
『炎龍は我らが同朋の猛者達が束になって掛かっても傷1つ付けられなかった相手ぞ?それをヒト種の小娘如きが倒せるとは到底思わぬ!』 / ざっくし / ぶちぶち
『だあぁぁぁア!もうッ、いい加減にしてくれないかしらッ!』
『さっきから言わせておけば言いたい放題言ってくれちゃって!!』
『確かにアンタ達は狙われているし被害にも遭ってるかもしれない!だけど、こっから先、炎龍ディオルギアを倒す為に生命を掛けるのはアンタ達じゃないわッ』
『それに、本来ならばアンタ達は見放されていたのよ?それをクリスがどんな気持ちでいたかを知らないでッ!』
『あぁ、もうッ!本当にイライラするわね!兎に角、これ以上、文句を言うなら、炎龍の腹に収まる前に、アタシがアンタ達に引導を渡してあげるッ』
『そ』
『そ?』
『れ』
『れ?』
『と』
『と?』
『アタシは幼くないし、チビっ子でもないし、ペチャパイでもないし、カレシだっていないッ!!』
『そんな事は関係ないッ!関係ないんだからッ!!関係ないんだからーーーーッ!!!』
少女の怒りは臨界に達していた。ハンターとして冷静沈着且つ穏便に、事を済ませなければならないのは分かっていた。だが我慢がならなかった。
クリスが神奈川国まで腹を減らしながら必死に辿り着き、トラブルを起こした上に生命がけで決闘したりもした。同朋達の事を本気で心配して涙も流していた。
だから尚更それが許せなかった。
拠って少女の言い分は途中までは怒りに任せていたものの、良い話の部類に入る(かもしれない)だろう。でもそれから先はただの暴走だった。
いや、少女にとってはコンプレックスに対する正当防衛だったのかもしれない……が。
盛大な自爆が紛れ込んでいたのもまた、事実と言えよう。
『はーはっはっはっ!まったく威勢がいい嬢ちゃんだッ!ヒト種にしておくのはもったいねぇくらいだな!』
『どうだ?オレの嫁になんねぇか?カレシいねぇんだろ?』
『オレは胸の大きさや背の大きさで人を判断しねぇ!嫁になるならちゃんと愛してやんし可愛がってやんぜ?』
『はぁっ?ちょ///アンタ初対面の女性に何言ってんの?』 / 『何を言っているか親父殿!?』
『キサマ、誰がここに入ってきていいと?』
『あ?何言ってんだ?』
『あんだけ大声張り上げてたら中で何かあったと思うのは当然じゃねぇか!だからもしも何かあったならこの村にとって大切な長老様達の身の安全を第一に考えるのは当然じゃねぇか?』
『だがな、今話していた内容ん中に気になる事がちらほらあったな。そこんとこ、ちぃっと詳しく聞かせて貰えねぇか?』
少女はクリスの父親に対して神奈川国で起きた事や近隣諸国の判断などここに至るまでの全ての経緯を話した。
長老達は事あるごとに何かを言い掛けていたが、全てクリスの父親のひと睨みで何も言えず遮られ大人しくさせられていた。
『そうか、そんな事が。それはそちらの事情も知らずに大変迷惑を掛けてしまった様だな』
『それに先程の長老達の物言いも癇に障る所があったと思う。申し訳無い事をした』
『だが改めて言わせて欲しい。貴殿の協力に感謝する!オレはこの龍人族の族長をしているダフドだ。ダフドラージ・フォン・ハルムデンだ。長ったらしいから、ダフドでいい』
『ちなみに、こいつはオレの娘のクリスリーデ・ハイン・ハルムビンだ』
『おおお、親父殿親父殿!!こここ、此の身の真名を明かさないでもらいたいッ!』
『なんだ、クリスリーデ!可愛くも愛らしく気品のある良い名前じゃねぇか』
『改めて宜しく!ダフド族長。あと、クリスリーデも宜しくねッ!』
『それにしても意外と可愛らしい名前だったのね。ふふふ』
『き、ききき貴殿まで……。くっころぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!』
ダフドから紡がれたのはある意味で衝撃の事実だった。それに拠って少女の中に燻っていた先程までの怒りは、どこかへと微塵も残さず旅立っていた。
然しながら少女はクリスを見て『クリスがねぇ』と、色々な意味にワザと聞こえる様に呟いていた。
『くっころ……』
『さぁさ、今日はもう日が暮れるからな、どちらにせよ動けないだろう?ささやかながら宴の準備をしている。こっちへ来てくれるか?』
『あぁ、長老様達は来なくてもいいぜ!皆が恐縮しちまうと悪ぃだろ?料理は運ばせっから有り難く賞味してくれッ!』
ダフドはクリスと少女を連れて長老達の洞穴を出ていった。洞穴の中に残された長老達の表情は、怒りに燃えているようにも映っていた。
ダフド達は和やかに会話をしながら宴会場へと向かっていたが、そんな矢先の事。
「そう言えば、あれ?なんかアタシ、忘れている気がする」
「ああぁぁぁぁぁぁ!!!!」
『どうした貴殿よ?親父殿にどこか触られたか?』
『おい、クリスリーデ!オレは紳士だ。相手が望んでないならお尻を触ったりはしない!!』
『ところでどうした、嬢ちゃん!!何かあったのか?』
『親父殿、お尻を触ったのか?貴殿よ、親父殿にお尻を触られたのか?』
『親父殿、そこに直れ!親父殿の介錯は此の身が行う!!』
『大丈夫よクリス』
『大丈夫ない!!そんな女性にだらしがない親父殿では、お袋様が草葉の陰から泣いてしまう』 / ぐさっ
『いや、触られたワケじゃなくて、ちょっと手が触れただけだから』 / ぐさぐさ
『それにそれは蚊に刺されたと思って忘れるから大丈夫よ』 / ぐささ
『えっ?ちょっとあの、さっきのはいきなり上げられました大声に驚いて当たってしまっただけであって…。あせあせ』
『本当に大丈夫よクリス。男の人に触られたのが初めてだっただけだから驚いちゃって///』 / かちゃ
『それにさっきの声はちょっと忘れ物を思い出しただけだから』
『ってクリス!!どうしたの?長剣に手をかけて!!』
『ここで親父殿を斬って此の身も腹を掻っ捌いて草葉の陰で泣いているお袋様に申し開きを!!』
それから暫くの間、少女は暴走気味のクリスを宥めるのに時間が取られた。その事から少女は真面目過ぎるクリスを、揶揄い過ぎるのは控えようと心に誓ったのであった。
少女は急いでセブンティーンを迎えにいった。デバイスでセブンティーンと連絡を取り、認識阻害を抜けて入って来るように指示を出していく。
セブンティーンは少女の持つデバイスの位置情報を頼りに道無き道を進み、村近くまで進んだところで少女と無事に合流出来たのだった。然しながらオフロードで険しい森の中を進むのは限界があった事から、少女は森を少しばかり切り拓きそこにセブンティーンを待機させる事にした。
その後、少女が持てるだけ荷物を取り出し龍人族の村へと向かったのである。
残りの荷物は後で取りに来るとセブンティーンに伝えて。
少女が到着した事で宴は漸く始まった。
『クリスから聞いたが、不思議な魔術を使うそうだな?一体どんな魔術なんだ?』
『別に不思議でも何でも無いわよ?ただマナを編んで放つだけの普通の魔術よ。何か特殊な力を使っているワケじゃないもの』
『だけど逆にアタシからすれば、アナタ達の「固有能力」の方がよっぽど不思議よ?』
『わっはっは。確かにその通りだ。自分で使えない力の事は不思議な力に見えるモンだな』
『そう言えば獣人種は魔術特性が無い種族が多いって聞いてるけど龍人族もやっぱり魔術を使えないの?』
『オレ達は他の獣人種達と比べると魔術特性が全く無いワケじゃない。だが、マナを練るのがどうも苦手だ。だから、今までに龍人族の中で魔術を使えたって話しは殆ど聞いた事がない』
『だから魔術よりは能力頼みの闘い方に片寄っちまう』
少女達は宴の席の上座に座りその前にはたくさんのご馳走と酒が並んでいた。少女は流石に酒は遠慮して果実水を飲みながら食事をした。並べられているご馳走は野性味のある味でなかなかオツだった。
一方でダフドとクリスの2人は酒をぐびぐびと飲んでいるが、酔っている素振りなどは見えなかった。
こうして宴はその後も続いていく。少女は終始酒こそ飲まなかったが、この場の雰囲気に少し酔った気がしていた。
だから夜風に当たる為に少し場所を変える事にしたのだった。
空には星が煌めいている。白い星、赤い星、黄色い星、青い星、それら全てが輝く事を競い合っている様だった。
街中と違って人工的な灯りは何1つ見えず、今日は月も出ていない。新月なのだろう。
だからこそより一層、星明りがその儚さを強調しているように思えるのだった。
夜の帳が降りてからは大分時間が経っているが、そこまで冷えては来ていない。これならば寒さでかじかんで闘い難いなんて事は無いだろう。
少女は夜風に当たりながら色々な事を考えていた。色々な事を考えていく内に夜は更に更けていくのだった。
翌日、龍人族達は会議から朝が始まった。
『さて、皆、よく集まってくれた。これからあの憎っくき炎龍ディオルギアの討伐作戦会議を開始する』
『『『『『おぅッ!!』』』』』
ダフドが残された数少ない龍人族の、戦士階級達を集めて会議をする様子だった。
ちなみにダフドは重戦士階級であり、クリスは軽戦士階級に該当する。
ちなみに少女は、その光景を尻目に黙々と出掛ける準備をしていく。
クリスは別々の行動を取っている父親と少女の間でオロオロとしていた。
『では、改めて皆に紹介しよう!』
『『『『『おうッ!!』』』』』
ダフドは皆に改めて少女の事を紹介する予定だった。しかし、そこには既に少女の姿は無かった。
拠ってクリスが「もう、どこかに行きました」とだけ申し訳無さそうに言の葉を紡いでいた。
それから約1時間が経った。
『ダフド、話しをしましょう!』
『お、おう?』
『ってか嬢ちゃん今までどこに行ってた?』
『取り敢えず付いてきて』
ダフドは自由気ままな少女の行動に対して呆気に取られていた。そして少女はダフドを連れてどこかへ行こうとしている。
クリスは声を掛けられなかったが、非常に気になっていた為に後からこっそりと付いていく事にしたのだった。
少女とダフドの2人と(後から付いて来た)クリスは見晴らしのいい小高い山の上に来ていた。
『で、話しとは何だ?』
『単刀直入に言わせてもらうわね。龍人族の皆が炎龍ディオルギアに対して恨みを持っているのは分かっているわ』
『でも、この討伐戦には参加しないで欲しいの』
『なん……だと?』
『何故だ!何故参加するなと言うッ!』
『実際に対峙したアナタ達なら炎龍ディオルギアの恐ろしさが分かるでしょう?だからよ。生命を無駄にして欲しくないの』
『もしも共に来たとしたら、アタシはアナタ達の事が見捨てられないと思う。でも、そうなると判断を見誤るかもしれない。だから、共には闘えない』
『これはお互いの為の提案よ』
少女は「邪魔だから」と率直に言えなかった。だから敢えてオブラートに包んだ表現をしていたが、ダフドは到底納得出来てなどいない。
『オレ達だって、死ぬ覚悟はある。同朋の敵が討てるなら喜んで死ねる!だから共に行かせてくれ!もし、オレ達が邪魔ならば見捨てても構わない。見殺しにしてくれて構わない』
『それで死んでも恨みはしない』
『そう』
『それじゃ、一緒に?』
『今の段階ではやっぱりダメよ。だけどそれじゃ折れてくれないんでしょ?』
『だったら条件があるわッ』
『条件?』
ダフドは必死だった。その「必死さ」が目に宿っていた。
何故ならばダフドは「族長なのだから」と闘わせてもらえなかったのだ。拠って同朋達が喰い殺されていくのを、指を咥えてむざむざ見ているだけだった。
それは偏に炎龍ディオルギアに立ち向かう事が出来無かった自分に対する負い目になっていた。そして「今度こそは同朋達の為に一矢報いる」という己に対しての決意に切り替わっていた。
『条件を飲めれば討伐戦に参加させてもらえるのか?』
『えぇ、そうね。ちゃんと飲めればね』
少女は口角を上げて不敵に微笑んでいた。
少女が出した条件は3つ。
・1つ、臨戦するにあたり、少女が用いる戦術及び戦略上にある行動をする事
・1つ、自身の生命の危険が迫った際には、生命を無駄にせず速やかに撤退する事
・1つ、「固有能力」は、知らせるまで使わない事
少女が提示した3つの条件を言い渡されたダフドは悩んでいた。炎龍討伐戦の臨戦を希望する戦士達は、ダフドとクリスを含めて全部で11人いる。
だがその全員が条件の2つ目を拒むと考えたからだ。全員の総意は「刺し違えてでも一矢報いる」事にあったのだ。
ダフドは正直にその旨を少女に伝えた。その言の葉を受けた少女は深い溜め息を付き少し悩んだ結果、ダフドに対して提案する事にした。
『それならば、テストをしましょう』
『もしテストをしてアタシが実力があると思えれば連れていくわ』
『だからアタシに実力を示してねッ』
少女はダフドにウインクをしながら紡ぎ、臨戦希望者を集めるように指示したのである。
『これで全員みたいね』
少女の前に11人の龍人族がいる。決死の覚悟を持った戦士達だ。
だが逆を言えば龍人族の中で闘える者達は、「これしかいない」という事にもなる。それ程までに龍人族が負った傷は大きい。
今回の炎龍ディオルギア討伐戦の転び方次第では、周辺各国が龍人族の存在自体に勘付くかもしれない。(少女の直感的にマムは恐らくその部分には触れずに静岡国と交渉してると感じていた)
だからこそそうなった時に、危険に晒されるのは言わずもがな龍人族なのだ。
それに付け加え、情報はどっかからか必ずと言っていい程に漏れる。そうなれば密猟者が戦力の乏しくなった龍人族に、手を出さない保証はどこにもない。
だから少女の中にある考えでは、みすみす闘える者を炎龍ディオルギアに殺させるワケにはいかなかったのだ。
その為に体良く闘わせない方法を少女は選んだのだった。
『じゃあ、これからテストをするわね』
『テストの内容は「鬼ごっこ」よ!』
『『『『『鬼ごっこ?!』』』』』
『詳細を説明するわねッ。まぁこれと言って、詳細も何もないんだけど。取り敢えずアタシから一定時間…そうね10分間逃げて頂戴!そうすれば、合格よ』
『だから逃げ切る事が出来ればその人は炎龍討伐戦に連れていくわ。でも逃げ切れなかったり、意識を失えばその人はそこで終わり。その場合はゆっくりと休んでね』
『でもそれじゃ詰まらないかもだから、もしもアタシに手傷を負わせられれば、その人も合格にしてあげるわ!』
『万が一にでもアタシを倒せれば全員晴れて合格でもいいわよ?』
『どう?ルールは分かったかしら?』
少女のルール説明は、その場に集まった龍人族達をザワ付かせていた。少女が紡いだルールは前半部分と後半部分では、矛盾している様にも思える。
だからそれは完全に後付けのルールだった。何故ならば少女は、あからさまな挑発を文言の中に入れておきたかったからだ。
少女は龍人族の性質を、「武闘派」という言葉が1番しっくりとくると感じていた。
だからこそ挑発を含ませた。
もし仮に全員が全員揃って、龍征波動のバフ盛り盛りで別々の方向に逃げれば、10分間のタイムリミットでは少女の手に捕まらない者が出て来る可能性が非常に高い。
だからこそルールの中に挑発を織り混ぜて、それを鵜呑みにさせ、少女の元に向かって来るなら返り討ちにすれば済むだけの話しになる。
それは「鬼役」の元にわざわざ捕まりに来るようなモノで、その方が取りこぼす可能性は絶対的に少ない。
更にはその場合は少女が問答無用で意識を飛ばす予定なので、不満が挙がる事なく炎龍討伐戦に来られなくするコトが可能だ。
要するに「一石二鳥作戦」だった。
その場で少女の真意を見抜いていたのはクリス1人だけだった。
ダフドはクリスから少女の人となりをさらっと聞いていた事から、警戒をするに留めていた。
『それじゃあ、このコインをトスして下に落ちたら開始するわね。アタシを倒すつもりで向かってくる人は今から準備をしておいても構わないわよ?』
『やはり!そうなれば、此の身がやるべき行動は1つ』
その言葉はクリスが見抜いた真意を確信に変わらせた。少女が紡いだ明らかに怪しい挑発。
そして周りにいる龍人族達は挑発に乗って、一斉に龍征波動を展開していった。クリスは龍征波動を展開する事を選ばなかった。
しかし警戒していたハズのダフドは安い挑発に乗ってしまった様子だった。
少女は現在の状況を見極めるとデバイスのタイマーをセットし、コイントスをした。
コインはゆっくり回転しながら少女の直上3mくらいの位置まで上昇し、そのまま回転速度を落とす事無く地面へと垂直落下していく。
「ちゃりーん」という音が息を飲む音すら聞こえる静寂の中に響き渡る。それと同時に龍人族達総勢11名は、一斉に行動を開始したのだった。
真っ先に少女に向かって走った者達は計7名。残りの4名の中で距離を取り様子を窺っている者がダフドを含めて3名。そして残りの1名は一目散に、全力で離脱していった。
そう、それはクリスだ。
少女は先ず向かって来た7名に対して問答無用で型を放った。
「豪炎の型ぁ!」
「うりゃりゃりゃりゃりゃおりゃあッ!!」
少女は武器を取らず拳だけで周囲に向けて実の拳の散弾をばら撒いた。
開始早々に少女に向かって走り、その身に施したバフに拠って既に少女の目の前まで迫っていた7名は、真っ先にその実の拳の散弾と言う名の連打を全身に浴びた。
拠って、その多過ぎる削りダメージから抜け出す事が出来ずに轟沈し、皆一様に意識を失って吹き飛ばされていった。
これが開始から5秒後の事だった。
更に少女はそのまま様子を窺っていた3名に向かって強襲した。
「流水の型ぁ、駆ける事の散ッ!!!」
しゅぱぱぱんッ
今度は少女から生まれた虚の拳が、様子を窺っていた3名に襲い掛かっていく。
ダフドは間一髪の所で躱す事が出来たが、残りの2名は強烈な虚の拳の一撃で吹き飛ばされていった。
これが開始から7秒後の事だ。
最終的にこの場に残ったダフドと少女は対峙する事になった。その間にクリスは走るのをやめて、翼を広げると空を飛んで必死に逃げていた。
『流石は族長ね?あれで倒れてくれていれば、直ぐにクリスを捕まえられたんだけど、まぁ、アタシも慢心は駄目って事ね』
『ふふふふふふふふッ』
ぶるるッ
少女は口角を上げて楽しそうにダフドに近寄っていく。ダフドはその微笑みに妙な寒気を感じていた。
それは偏に獅子が全力で野ウサギに飛び掛かる寸前の様子にも見えたし、無防備なカエルを狙っているヘビのようでもあった。
ダフドは少女の力量に驚愕していた。そして自分達の非力さを恥じていた。
少しでも「勝てる」なんて奢りがあった事を、更には少女がその口から紡いだ「慢心」が最初から自分達の中にあった事を恥じたのだった。
ダフドは龍征波動を展開して全ての能力を爆発的に最大限まで引き上げていた。
それでも少女が放った「流水の型」は紙一重で躱すのが精一杯だった。
少女はダフドに近寄ると、ただの徒手空拳で攻撃をしていく。
だがそれは目にも映りづらい速さの拳打や蹴りというだけであって、少女にバフが掛かっていなければダフドを倒せるだけのワザではない。
少女は朝の会議から抜け出していた時間でセブンティーンの元に行き、そのトランクの中から様々な飾りやお守りを持ち出したのだ。
なので今は龍征波動程ではないが、少女もバフが盛り盛りな状態だった。
『最初から逃げたクリスが正解だったのか……』
『全く、なんたる事だ』
ダフドが完全に少女に対して打ち負け、少女の拳でダフドが吹き飛ばされた事で残りはクリス1人となった。
「後はクリスだけね。デバイスオン、索敵モード」
「さてと、クリスはどこかなー?」
少女はデバイスを使って逃げたクリスを探す事にした。更にはブーツに火を点し空を駆けていく。
これが開始から2分後の事であった。
『クーリースーリーデーーーまーーーてーーーーーッ!』
『ふふふふふ、クリスリーデどーーこーーだーーーッ?』
少女は抑揚を付けずに言の葉を紡ぎながら、笑顔を浮かべたままクリスを追い掛けていた。見ように拠っては正直怖い。否、見ように拠らなくても正直怖い。
2人の距離は徐々に縮まりつつあった。それは翼で飛ぶ速さよりも、ブーツで駆ける方が速いので当然と言えば当然だ。
クリスはこのまま逃げ続けていても早い内に必ず追い付かれ、トレーニングルームで味わったあの「型」が自分に向けて放たれる事を想像し身震いした。
それ故に空を逃げ切る事は難しいと考え、速度を上げる意味も含めて眼下にある森に向かって自由落下していく。
「へぇ、分かってるじゃない」
「完全にクリスの事を見くびってたかもしれないわね」
森の中で息を潜めてクリスは好機を窺っていた。だが一方でクリスは勘違いをしていたのだ。
息を潜めれば見付からないだろうと考えていた事が……である。
クリスは少女が持つ……否、ハンター全員が持っている「デバイス」について深い見識があったワケではない。
だからこそ勘違いをしていたと言えよう。
一方で少女は突如として逃げる事を止めたクリスを怪訝に思い、「何かを狙っている」と考えていた。
それは結果として追い掛けるコトを止めさせ、様子を窺う事に換えさせた。
少女が「手傷を負わせられれば」と後付けしたルールが、少女の行動を制限させたのだった。
だが幾ら様子を窺っていても時間が流れるばかりで……ん?時間?そう!ここで少女は唐突に思い出したのだった。
最初に設定した時間の存在を。
要するに呑気に、「かくれんぼ」をしている時間は無かったのである。
少女は突如として速攻を仕掛けていく。クリスの居場所は分かっている。だから、そこを目掛けて全力で疾走る。
残りの時間は30秒も無い。それ故に焦りからの速攻だった。
クリスは「息を潜めていれば大丈夫だ」という事が、「勘違い」だと気付いてはいなかった。しかし、クリスの行動は少女に様子見をさせる事で時間を無駄に浪費させ、最終的には焦りを掻き立てるという「結果」を持った。
要するに今回はそれが「正解」だったと言えるだろう。
少女の速攻はクリスに届く直前だった。クリスは少女の速攻に気付き、剣を抜き少女を薙ぐ直前だった。
「た〜いむ・いず・あ〜っぷ」
そしてそれは、少女の声がデバイスから響いた瞬間だった。




