Hectic Searcher ν
次の日の朝になって、少女は獣人3人を連れて公安に出向く事にした。その目的は当然の事ながらマムへのお目通りである。
然しながらセブンティーンでは4人は乗れない為に、少女はもう1台の愛車・シソーラスに全員を乗せ目的地に向かっていった。
シソーラスは少女の愛車の1台であり、スポーツタイプのセブンティーンに対してシソーラスはSUVタイプだ。用途としては人数の運搬及びオフロードの走破、そして何よりも魔獣との戦闘用及びその支援に使っている車と言える。
セブンティーン同様の自立型人工知能を保有しており、自動走行は勿論可能である。セブンティーンのようにトランクスペースに虚理で編んだ空間こそ無いが、室内空間の収納スペースには所狭しと銃火器が収まっている。
また最大の特徴として挙げられるのが外装に対して虚理を用いている事である。
それは即ち真理:虚理=物理:魔術のあらゆる攻撃手段を問わず、ある程度までのダメージに対しての絶対防御を有している事を示す。
更に付け加えると虚理による外装は、用途に応じて変更が可能になっていた。
それらの事からシソーラスもセブンティーン同様に特別仕様車である。通常使用時は特に外装を変えないものの、悪路走破用や対戦闘用等の外装を用いる事で、幅広い用途で使う事が出来る1台となっている。
ただし難点があるとすれば人工精霊が積載品の管理をしてくれるセブンティーンに対しシソーラスは、自分達で積載品の管理をしなくてはならない。
拠って積載品の積み込みから撤去に始まり、搭載している砲弾や弾薬の管理や装備の点検・清掃に至るまで全てマンパワーが求められる事になる。
まぁ実際のところは主に爺がたった1人で管理してくれているので、少女はほとんど何もしてはいないと言える。
4人を乗せたシソーラスはセブンティーンとは少し趣きの変わった、地響きのようなエグゾーストを刻みながら目的地である公安に向かって走っていく。
だがその車内では4人が何も話す事なく、各々考え事をしている様子だった。
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『ねぇ2人とも、ここで働かない?』
『『ここ?』』
『えぇ、ここよ。この屋敷でって事よ』
『この屋敷は今、アタシと爺の2人で暮らしているんだけど、こんな大きい屋敷に2人で暮らしているから使われていない部屋が可哀想でしょ?』
『そしてこの屋敷の管理は全て爺に任せてあって、掃除から何から色々と大変だと思うの』
『だからアタシとしては少しは爺にも楽をさせてあげたいから、2人ともこの屋敷に住み込みでメイドとして働いてみない?』
『あっ!モチロンちゃんとお給料も出すし、お休みも取らせてあげるわ。どうかしら?』
『『……』』
『もしも2人が自分達の故郷にどうしても帰りたいって言うなら引き止められないけどね』
少女が2人に提案した内容は爺の事を慮っているように聞こえるが、実のところはそうでもなかった。
突然親元から引き離されこの国に連れてこられた上で……
もしかしたらもう親元へは帰れないと理解した上で……
それでも生きてはいかないといけない上で……
生きていく為には金銭が必要になる上で……
まだあどけなさが残る女の子2人に、本来ならば今は求められる事ではなかった、現実を突きつけるのは残酷過ぎる。
だけども本来ならば現状維持でも屋敷の運営は出来るし、余計なメイドを雇う必要もない。その事は本人達も今は分かっていなくても追々気付くハズだ。
だからそれを、引け目を負わせない様にする為に爺をダシに使った。
それだけの話し。
一方で2人の事を助けたいと切に願っているのは事実だから、「帰る」にしても「残る」にしても最大限のバックアップは行うつもりでいた。
だから尚更、「残る」なら再び同じ目に合わせない為にも屋敷にいた方が安全安心とも言えた。
そんな想いがある事を理解していないであろう、サラとレミの2人は当初困惑した顔をしていたが、暫くすると何やら吹っ切れた顔をして、2人揃って『宜しくお願いします』と言って少女に頭を下げた。
少女はそれを見て2人に屈託の無い笑顔を向けると、『こちらこそッ』と言の葉を紡ぎ2人に手を差し出していく。
2人は差し出された少女の手を取り握りしめていた。
爺はその様子を影から、誰にも気付かれないようにそっと見ていた。
その後で少女は2人に爺を改めて紹介し、爺には2人の仕事の指導を頼んだ。爺はそれに対して快く「かしこまりました」と伝えると、奥からバイザー2つと屋敷には無かったハズのメイド服を、2着持って出て来たのである。
『きゃーーーッ!ナニコレ?!2人ともすっっっっっっごく可愛いんだけどッ!!』
『もうずっっっっっっとこの屋敷にいていいからねッ!!』
『く、苦しい…です』 / 『苦しいわよ、じゃなかった、苦しいです』
「それにしても爺もいいセンスしてるわねッ!」
「それじゃあ爺、後は2人の事をお願いねッ」
少女は着替えてきた2人を抱きしめながら盛大に褒めちぎると、爺には小声で紡ぎウインクをしてその場を後にしていった。
少女の屋敷に今いる全員が顔を初めて合わせたのは、昨夜の夕食の時だ。
クリスはメイド初心者のサラとレミのたどたどしく不慣れな様子を見て首を傾げつつも、「あんなに小さいのに真面目に頑張っているんだな」と心の中で呟いていた。
一方で少女は夕食で全員が集まっている時を見計らって、『明日、全員で公安にいくわよ』と言ったのである。
爺は「当方も一緒にで御座いますか?」ときょとんとした顔をしていたが、少女は驚いた表情で「あッ」と漏らした後で手を急いで横に「ぶんぶんぶん」と振ると、「アタシとクリスとサラとレミの4人で」と言い直していた。
その光景にその場にいた全員の顔が綻び、笑みが溢れていった。
そこにいる全員が誰一人として血こそ繋がっていないが、微笑ましい家族の光景のようだとも言えた。
シソーラスは公安のゲートで1度止まった。そしてゲートが開き切るのを待ち、完全にゲートが開くと再び動き出していく。
シソーラスは4人を公安のエントランス前で降ろすと、抑揚のない声で「行ッテラッシャイマセ、マイ・マスター」と話し、駐車場に向かって自動で走っていった。
公安の受付は2Fにある。受付にはいつも通りにミトラがいた。
「先日はありがと、ミトラ」
「はにゃ?」
少女はミトラに対して話し掛けていく。先日の保護施設の件でお礼が言いたかったからである。
ミトラは猫人族で体毛がオレンジと茶、そして黒の3色に分かれている。本人はそれがトレードマークと話しており、更にはサラサラなショートヘアがボーイッシュさを醸し出している実に可愛らしい女性だ。
然しながらミトラにもサラ同様に、密猟に遭った被害者としての過去がある。ミトラがハンターによって保護された時にミトラは、郷里へ帰る事を強く望み、国はその望みに応えるべくルート上の各国と様々な調整を行い送還ルートの策定をした。
その甲斐あって保護されて暫く経ってから、ミトラは郷里へ向けて送還されていく事になった。
だが送還されていってからその数日後にミトラは、この国に戻って来る事になったのである。何故ならばミトラの住んでいた郷里は既に失くなっていたのだから。
失くなっていたと言っても魔獣に滅ぼされたというワケではなさそうだった。かと言って野盗や盗賊に襲われたという感じでもなかったそうだ。
結論としては、恐らく新たな密猟の手から逃れるべく郷里を捨て、「新天地に引っ越した」のだろうとされたが、ミトラは「自分は捨てられた」と考えた様子で塞ぎ込んでしまい、食事も喉を通らなくなり日に日に窶れていった。
それを見兼ねたマムがミトラを必死に説得し、更には公安で雇う事を決めた為に今に至るのである。
「今日はどうしたの?マムに用かにゃ?」
今ではもうミトラの声はハツラツとしている。ミトラは看板受付嬢(?)としての地位を確立し、神奈川国公安の顔であると自称する程までに元気になっていた。
またその端麗な容姿と分け隔てなく誰とでも接するミトラは、公安のハンターや公安に出入りする人達からとても人気があると少女は小耳に挟んでいる。
少女は自分がミトラを保護したが、無事に送還出来なかった事を当時はとても悔しく思っていた。その一方で一時的に塞ぎ込んではいたが、新しい環境に溶け込んで早々に言語も覚え、仕事にも慣れてくれたミトラを見てると心が穏やかになる思いだった。
然しながら語尾や話す言葉の至るところに「にゃ」が付くのは、猫人族の特徴ではない。バイザーの翻訳機能を使えば、ミトラの猫人族としての言葉の中には「にゃ」は付いていない。
その事からミトラがヒト種の言葉を覚える時に間違って覚えたか、そういうクセが付いたのだろうと考えられる。
だがしかし!!その「にゃ」付きの話し方は結構評判がいいらしい。そしてそこがちょっとだけ少女には悔しい。
「今日はマムへのお目通りと、それが終わって時間がある様なら、後ろの2人の戸籍を作ろうと思って来たの」
「ミトラ、ところでマムの予定は空いてそう?」
「それは平気そうにゃのら」
「でも戸籍課に行くにゃら、あーしからも連絡しとくにゃ」
「えっと、1人はサラちゃんであともう1人は兎人族の女の子であってるかにゃ?」
「えっ?!ちょっとミトラ、それって?」
「後ろのダークエルフ種?ん?耳が長くにゃいからハーフ?のお姉さんの分は作らにゃいのかにゃ?」
「んんっ?ダークエルフ種?あぁ、クリスは亜人種じゃないわ、獣人種よ。でも戸籍はいいの」
「それにゃらいいのにゃ」
『サラちゃん、後で話しをしようね~』
『えっ?』
「ちょっとちょっとミトラ今日はどうしちゃったのよ?」
「ミトラ、あなたもしかして……」
「まぁまぁ、それは置いといて、今は早くマムの所に行くにゃ」
サラは急に名前を言われ驚いた表情を見せていた。だがそんなサラの驚きをミトラは意に介さず、更には少女の質問にも応えずにマムの所に早く行くように急かしたのである。
4人はそのままマムのいる最上階に向かう事にしたが、その背中を見送るミトラの表情は曇っていたと言える。
コンコン
乾いたノックの音が誰もいない廊下に2回響いていく。そんなノックの音に反応するように、中から「入っておいで」といつもの声高なしゃがれ声が返って来ていた。
少女はその声を聞き付けると、部屋の中に獣人達を連れて入っていった。
「その子達が一昨日の依頼でアンタが拾った子達かい?」
「えぇ、そうよ」
「そうかいそうかい」
『ようこそ、神奈川国へ。と言いたい所だけど、密猟の被害者であるアンタ達へそれを言っちゃあいけないね。ふぅ』
『先ずはアンタ達に報告だ。アンタ達を手に入れようとしていたヤツらはこの国の人間だった』
『この国の元首として、本当にアンタ達には申し訳無い事をしたと思う。許して欲しい。後でアンタ達を手に入れようとしてた、ソイツらにはキツーいお灸を据えてやるから、アンタ達も溜飲を下げて貰えるかい?』
マムは言の葉を2人に投げながら頭を下げていた。2人はこの部屋に入る直前から凄く緊張していた様子が少女には伝わってきていたが、部屋に入るとマムの(特に顔面の)迫力は尚一層の事2人に緊張を強いた様子だった。
然しながら国家元首から頭を直接下げられたサラとレミは、どうやら緊張を通り越して恐縮してしまった様子で表情も行動もあたふたとしていた。
そんな2人を見た少女はなんか微笑ましく思っていたが、流石に表情には出せなかった。
『所で、アンタ達はその娘の所で働くって事で良いのかい?望むなら他に職を斡旋してあげても構わないよ?』
『大丈夫です』 / 『大丈夫よ。じゃなかった、大丈夫です』
『この方の所が良いんです』 / 『メイド服も可愛いからお屋敷がいい。…です』
「ふぅモテモテだな。それにアンタの所でそんな服を用意してるとはね」
「もううっさいわね。茶化さないでよ」
「メイド服は爺のお手製よ。2人が着たらすっっっっっっっごく可愛いんだからッ!!」
「へぇ、それじゃあ今度見にいかないとだな」
「マムは忙しいでしょ?だから来なくていいわよッ」
「へっ、言ってくれるね?それじゃ言わせてもらうがアンタが真面目に報告書を上げてくれれば、ちったぁ、あたしゃラクになるんだけどねぇ?」
「うっ……。そ、それは言わないで…」
舌戦はマムの勝利に終わった。マムは終始ほくそ笑んでおり、ニヤニヤしながら少女に対して言の葉を紡いでいた。
ただし、マムはバイザーを外して少女と話していた事から、少女以外にその会話の内容を理解出来た者はおらず、その場にいた3人の獣人は頭に「?」を浮かべていた。
『さてそれじゃあ、決まりだ!アンタ達2人を、この国の住人として受け入れる。2人の戸籍を作るから、戸籍課に行っておいで』
『ありがとうございます』 / 『ありがとう。あっ!』
『っと言ったところで、そっちの2人にはこれから話しがあるからね、来たばっかりの子達じゃ勝手が分からないだろうし、どうしようかね…』
マムは困ったような口振りで皆に聞こえるくらいの独り言を紡ぎながら、徐ろに内線で連絡をしている様子だった。
それから少しの時間が起ちマムの部屋の扉が再びノックされた。
こんこんこん
「マムお呼びですか?」
「あぁ呼び付けてすまないね。今日から新しくこの国の住人になった2人だ。戸籍を作って欲しいから案内を頼むよ」
「先程、ミトラから連絡のあった獣人達ですね?かしこまりました、マム」
「この2人の現住所は貴女の所でいいのかしら?」
「ええ、アタシの屋敷で構わないわ」
「分かったわ」
『2人ともこっちへいらっしゃい』
「それではマム失礼致します」
サラとレミは、マムが呼び付けた女性に付いて部屋を出ていった。サラは部屋を出ていく際に、女性の見様見真似でお辞儀してから出たのに対してレミは普通に部屋を出ていった。
然しながらサラがお辞儀をしていた事に気付くと、引き返してサラと同じ様にお辞儀をしていた。
その光景が部屋に残された者達に何か「ほんわか」とした余韻を残したが、それはまぁ余談である。
『さて、アンタ達は炎龍の件だ。そっちの龍人族のお嬢さんが話しのでどころだね?聞かせて貰えるかい?』
マムの眼光はいつの間にかいつになく鋭くなっていた。
クリスは、龍人族の村で起きた惨状の全てを話していくのだった。
クリスの長い長い話しが終わりマムの口が開いていく。
『うむ、大体の内容は理解出来た。大変だったようだね。さてとここで、こっちも近隣の国と話しをした結果を話すとしようか』
『実際に事が起きているのは、静岡国の様だね。だが、今のところ静岡国は何も手は打っていない様子だ。実際に炎龍は発見されているが、静岡国側に「何も被害が出ていない」のだそうだよ』
『なッ!?』
『あたしゃ思うんだが龍人族の村は獣人種特別保護協定に拠って静岡国には登録されていない。だから今まで静岡国は自国内に龍人族の村がある事を知らなかったんじゃないのかい?』
『恐らくその通りだと思う。村の周囲には認識阻害の結界が張られてあるから、村の者以外は気付く事が出来ないようになっている』
『そうかやっぱりね。それなら静岡国は「被害が無い」と言い張る訳だ。そんな感じだからね、被害は無い以上、国益の為に要請はしないそうだ』
『でもま、静岡国単体で炎龍ディオルギアを討伐出来るたぁ思わないからこのまま自分達の市街地を炎龍が襲わなければ見てみぬフリかもしれんがね』
マムは静岡国との話し合いの結果を伝えた。「要請は無い」と。
それは即ち神奈川国からハンターを送り込めないという結論を齎している。故に静岡国がこのまま対応しなければ、「クリスの同朋は助からない」という結論を導き出しているとも言える。
クリスは膝から崩れ落ち、その場にへたり込んでしまっていた。
マムはその姿に、憐れみの感情を抱かざるを得なかった。
少女はクリスの姿を見て、殊更納得出来なかった。
だからこそ少女は「国が動かないのなら、自分が国を敵に回してでも動く」と、極論とも言える解答に達していた。マムは少女がそんな考えに辿り着きそうな事は熟知していた。
拠って少女の思考の変化を敏感に察知し、少女が今この場を飛び出していかないように制止をかけたのである。
「まぁ、人の話しは最後まで聞きな」
『何も絶対に助けにいけないってワケじゃない。あちらさんは「国益の為」と抜かしやがったからね。どうやら「国益」が欲しいらしい。だからあちらさんが提示した条件がこちらに可能であれば「要請を出す」のだそうだ』
『条件?』
『ああ。条件は、討伐に関わる全ての費用を神奈川国が持つ事。討伐成功時にはハンターの取り分以外の素材の全てを静岡国が接収する事。後、討伐失敗時には賠償金を神奈川国が静岡国に対して支払う事。だそうだ』
『ちょっと何その条件!!マム、それじゃあッ!』
『この国を代表してやれる事はこれが精一杯さ。後はアンタが決めな。どっちみち、生命を掛けるのはハンターだ。あたしゃ闘わんしね』
『それにもし要請がおりて受けた依頼が失敗という結果に終わっても、そん時はそん時だ。何とかなるし何とでもなる。生命を失うワケじゃあない』
『だが、この国は、この国に住む者達は苦しむ事になる。それだけを忘れなければ、後はアンタが決める事さね』
『アタシにこの国の国民の生活を背負えと?』
『この国、最高峰のハンターのアンタが討伐出来るって言うならこんなアホな条件でも笑って飲んでやる!』
『アンタが龍人族を救いたいって言うなら惜しみ無く協力してやる!!』
『マム……』
『だから背負う背負わないじゃなくて、アンタの横で泣き崩れている姿を痛ましく思えるかどうかじゃないか?手を差し伸ばしてあげたいと思えるかどうかじゃないかい?』
恐らく提示された賠償金額は天文学的な数字なのだろう。それこそ目眩がするほどで前後不覚に陥るほどかもしれない。
古龍種1匹分の素材の金額なんて、それ程の価値になって当然なのだ。
拠って確かに背負わされる責任は重い。「背負う背負わないじゃない」と言われても意識せずにはいられない。
然しながらマムの紡いだ言の葉は、少女に深く突き刺さりながらも奮い立たせていた。
だが一方でクリスは迷っていた。
クリスがここで少女に救いを求める事は簡単に出来る。そうすれば少女は無碍に断らず、手を差し伸べてくれるだろう。
だがもし失敗に終われば少女だけでは飽き足らず、この国の全ての人々に苦渋の決断を強いる事になるかもしれない。
それくらい炎龍討伐は簡単なモノとは言えない。
更には先程のサラとレミもこの国の一員になったのだから、もしも仮にそうなった時にあの2人から、あの可愛らしい笑顔を奪う事になるかもしれない。
そう考えた時にクリスはどうしても踏み切れなかった。「助けてくれ」という一言を発する事に、躊躇いを覚えてしまった。
『クリスどうしたの?そんな怖い顔をして?』
『頼む!此の身と闘ってくれないか?』
『えっ?!なんでそうなるの?』
少女はクリスの意見を聞きたかった。もう既に自分の心は決まっている。
だがこれはハンターに対する依頼なのだ。だから依頼がなければハンターは受注が出来ない。
依頼の無い依頼は受ける事が出来ないからだ。
従ってクリスの口から正式に「頼む」と聞きたかったのだが、クリスの口から紡がれた言の葉は少女の予想の斜め上を飛んでいった。
しかしそれはクリスなりの「けじめ」だったと言える。もしも連れて帰るハンターが自分より弱ければ、あの炎龍ディオルギアには到底勝てないだろう。
もしも自分といい勝負になる程度だとしても、あの炎龍ディオルギアには勝てないだろう。
もしもあの炎龍ディオルギアを倒せるのだとしたら、自分なんて余裕で倒せるくらいの実力が必要だ…と。
自分と同朋達の否、龍人族という種族の我儘で、この国の全員の生命を生活を危険に晒す事は許されない。
だからその為にも「自身も生命を掛けて、この少女の力を見極めなければなるまい」とクリスは考え、その考えに則った上で少女に決闘を申し込んだのであった。
マムはクリスの「けじめ」に対し何かを察した様子で、少しばかり口角を上げていた。
『なんでそうなったのか全く分からないんだけど、それが龍人族の何かしらの儀式的なモノなら、いいわ闘ってあげる!!』
『それでクリスが覚悟を決められるなら…ね』
『い、いや、そんな儀式はないが、言うなれば此の身の「けじめ」みたいなモノだ』
『なんだ、根っからの戦闘種族なのかと思ったわ…なんてねッ』
『下らない事を言ってないでいいから闘るなら闘るで、とっと闘っといで!!』
『下のトレーニングルームを手配しといてやるから』
『分かったわ、マム』 / 『忝ない』
『それが終わったら互いの結論を聞かせてもらうよ』
マムは終始口角を上げながら言の葉を紡いでいた。そしてマムに催促される様に2人は部屋を出ていった。
「全く、困った連中だねぇ。人の気も知らないで」
2人はエレベーターでB2Fに降りていった。その間2人の間に一切の会話も無く、それはトレーニングルームに入るまで続いた。
トレーニングルームに入ると少女は、スピーカの先にいるであろうウィルに向かって話し掛けていく。
「ウィル、防壁は真理虚理共に最大で。室内の大きさは50✕50✕50。障害物は無し、背景色は任せた」
「りょーかい」
ウィルの一言を境にトレーニングルームはブラックアウトしていった。そして灯りが点いた時には、少女の注文通りの形となって現れたのである。
ただ壁の色は何故か真っ青だった。
『さてとクリス!ここでなら思いっきり闘れるわ!覚悟はいい?アタシは本気でいくから、アナタも手を抜いたら承知しないからねッ!』
『無論だ。その言葉そっくりそのまま返す!』
『此の身も、生命を掛ける!!』
『なるほどね』
少女はクリスの「けじめ」をここで漸く理解出来た。こうして2人の決闘が始まるのである。
クリスは腰に掛けている長剣を抜くと、少女に対し速攻を仕掛けていった。クリスの剣撃が空を薙ぐ。その剣閃は鋭く速い。
然しながら少女はその剣筋を見極めると、「たったっ」と踊るように最小限の体術で躱していった。
クリスはその少女の動きに負けじと連撃を繰り出し手数を増やしていく。
ひゅんッひゅんッひゅひゅひゅんッ
たったた たたたった たたったた
『くっ!』
クリスが放つ剣撃は速さも威力も申し分の無いものだったが、その悉くは空を切るばかりで少女には当たる事は無かったのである。
クリスは多少なりとも苛立ち始めていた。
「自分とて村の中では剣だけなら誰にも負けない自負がある。なのに何故?1度たりとも掠りもしない!どれだけ速く撃ち込んでも掠りもしない。そして何故、全て躱すだけで、撃ち返して来ない?これでは、貴殿の実力が計れないではないか!」
クリスは声には出さずとも心の中では盛大に叫んでいた。そして「何故?何故?何故?」と。
少女はクリスの表情から察した。だけど敢えて武器を展開せず躱すだけにしていた。
『何故、避けるだけなのだ?何故、躱すだけなのだ?』
『だってクリス、それ本気じゃないでしょ?』
『最初に言ったけど、クリスが手を抜いているならアタシだって本気で闘れないわ』
『それとも遊びのクリスを相手にして、それでアタシがクリスに勝ったところでクリスは納得出来るの?それが「けじめ」になるの?』
少女はクリスから放たれた疑問を受け取った上でクリスの事を誘った。クリスの本気を。
龍人族だけが持つと言われる固有能力を。
少女から投げられた言の葉にクリスは、本当は少女の事を傷付けまいと考えたが為に力を使わずに闘っていた事を恥じた。そしてそれに拠って、踏ん切りが付いたと言える。
『死んでも恨んでくれるなよ』
『本気のクリスをさくっと倒して、炎龍ディオルギアも討伐出来るってコトを証明してあげる!』
『さっ、掛かってらっしゃい!』
クリスは自分が後悔しない為に、龍人族の固有能力を展開していくのだった。
獣人種の持つ固有能力は、その力がある事で魔術特性を持つヒト種と対等の関係が保たれているとも言われている。
また固有能力は必ずしも戦闘系の能力とは限らないが、獣人種のどの種族もその獣の力を最大限引き出せる固有能力を持っている。然しながら爪・牙・脚力・ジャンプ力といったものは、そのほとんどが通常能力である事が多い。
従って龍人族も通常能力を持っているが、今まさにクリスが展開しているのはそれらとは全く異なっている上に、他の獣人種の持つ固有能力とも一線を画す程に強力と言える。
それは即ち龍人族が龍種から派生した獣人種である事にも関係しているのだろう。「龍」と名の付くモノは獣としても魔獣としても強力無比な存在なのだから。
龍人族の固有能力は龍種の血を起源としている。龍種の持つ最大火力である「息吹」と同じモノをその身に宿し力を得るとされる。
『龍征波動アァァァァァァァアァァ!!』
クリスの雄叫びと共にその周りに光が集まっていった。集まったその光はクリスに宿ると、クリスそのものを黄金色に染め上げていく。
クリスのその身体が上から下まで、つま先から髪の毛の1本に至るまでその全てが黄金色に染まった時、クリスの身体が持つ全ての能力値が爆発的に高まっていった。
クリスは剣を構え地面を蹴った。正面の少女に向かって速攻を仕掛けていく。
「速いッ!」
「でもっ!!」
少女はクリスから放たれた左からの横薙ぎを紙一重で躱していた。だが続け様に放たれるクリスの剣撃を躱している余裕は無いと悟った事から、「デバイスオン、ソードモード」とマナの刃を展開していく。
ぎんッ
『へぇ、なかなか優秀な固有能力じゃない!』
クリスの長剣と少女のソードが触れ合い甲高い音を立てていた。
ここで初めて少女はクリスの剣を受けたのである。
『やっと抜いたな。ならば、次だ』
『参るッ!』
更にクリスの剣撃は続く。速さは龍征波動を展開し、発動させる前までの比ではなく剣撃の重さも段違いなのだろう。
だが少女はクリスの高速剣撃を、いなし・躱し・避け・受け・捌き、その悉くをソードに当てる事はあってもその身に貰うことはなかった。
『これで終わりかしら?クリス、アナタの剣はその程度だったの?』
『結局アタシの身体に当てる事は出来なかったわね』
『じゃあ、次はアタシからいくわ…よッ!』
『受けて立とうッ』
『豪炎の……型あぁぁ!』
『うりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃあッ!』
少女はその動きから全ての「虚」を捨て「実」のみで攻撃を繰り出していった。剣撃の全てが本物の斬撃。
その全てが紛う事無き斬撃。
クリスは自身の固有能力を以って、ベースとなる筋力値・体力値・敏捷性・命中率・物理防御力・魔術抵抗力といった全ての能力値に対して大幅にバフを入れて底上げしていたが、少女の放った「型」の全てを受け切る事は叶わなかった。
『うりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁあッ!!!』
ざんざんざんざんざんざんざんッ
ギンギンギンギンギンギンギンッ
『くッ。なんだこの攻撃はッ!』
少女の放つ「実」の斬撃はクリスがいかに防御に徹しようと、弾幕のように迫るその全てを捌き切れるハズもなかった。
クリスは腕に脚に腹に肩に少女の放つ度重なる斬撃を受けた。結果度重なる衝撃は、身体から生命力を奪っていく。
結論としてそれは、いかに龍征波動でモリモリのバフを入れようとクリスは削りダメージの多さに耐えられなかったと言える。
『これで、少しは認めて貰えたかしら?』
『まだ、だ、まだだ、まだだ、まだだ、まだまだまだまぁあぁぁぁ!こんなものでは炎龍ディオルギアは倒せない。炎龍を倒せる力を此の身に見せてくれえぇぇぇぇぇぇ!』
「力の高まり方が異常だわ!龍征波動を暴走させる気なの?でもマズいわね、このままだとクリスが死んじゃう!」
「全く仕方無いわね。それじゃあ、やりますかッ!」
クリスは生命を燃やして更なるバフをその身に宿そうとしている。クリスの身体を包む黄金色のその輝きは更に色味を強めていくが、少女は痛々しいまでのクリスの姿に対して呟くと詠唱を始めていった。
「我が手に集え、紅き炎よ。我が手に集え、蒼き水よ。我が手に集え、翠緑の大樹よ。我が手に集え、鮮黄の大地よ。我が手に集え、金色なる果実よ。我が内なる全ての力よ、1つに混じりて我が敵を討たん」
「ちょ、ちょ、ちょ、待ってくれよ、そんなモンここでぶっ放したら公安の建物ごとふっ飛んじまう。防壁の最大展開って、こういう事だったのかよ!最大で展開させても、ソレには効かないだろうがぁぁあああぁぁ!」
ウィルはモニタールームで2人の決闘を覗き見ていた。そして少女の詠唱に対して全力でツッコミを入れていた。
然しながらマイクはオフになっている為に、トレーニングルーム内の2人に声は届いていない。
要は盛大なノリツッコミであった。
「そうだ、マムッ!マムに連絡を入れなくちゃ。マムに止めてもらわないとッ!!」
「2人の闘いっぷりは既にこっちでも見てる。大丈夫だ、問題ないよ!安心おし」
パニックを起こしかけていたウィルは、マムの言葉で落ち着きを取り戻していった。
然しながらマムがウィルに対して言葉を投げた直後に、公安の建物全域に館内放送のチャイムが鳴り響いていく。
ぴんぽんぱんぽ~ん♪
「館内にいる全職員に通達。これから、緊急に局地的テロを想定した訓練を開始する。実際に爆発、振動、その他諸々の事が起きると思うが、慌てずに速やかに対処行動を採用する事!また、付近への被害を最小限度に抑える為に各防壁及び広域結界の展開を急ぎな!」
「尚、たった今からこの訓練が終わるまで誰一人として公安建物からは出られなくなる。以上だッ!!」
「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待って下さいよぉ!それじゃ、ここはちっとも安全じゃない事になりますよ!」
「ってかマジでここが爆心地じゃないすか!!」
「アンタも公安の人間だろう?ちったぁ、自分で考えな!」
ぷつッ
「えっ?マム?マムさーん?マムさまぁ?」
「み、見捨てやがった!そ、それなら仕方無い。なるよーになれだ!!モニタールーム内の全防壁全結界、急速展開!」
マムとウィルの2人の会話の中に、慈悲は無いように見受けられる。拠ってウィルはマムから見放されたと開き直ると、ガタガタと身を震わせ何かに縋る様に祈りながらモニター越しに様子を覗う事にしたのであった。
クリスは薄れていく意識の中で、少女の中に膨大なマナが集まっていくのを感じ取っていた。
『これだけの力であれば、きっと。きっと、村を……』
そんな希望をクリスは持ち始めていたものの、既に自分の力の暴走は止められる状況ではなくなっていた。
膨れ上がった力はもう既に臨界に達しようとしていたのである。
その一方で少女は粛々と詠唱を続けていった。
「我が手に集いし大いなる力よ、空虚なる微睡みに揺蕩う力よ。我は力を開放せし者。我は全ての力を打ち消す者。我が力と成り、我が意を以って、その力を解き放たん」
「極大五色・時之逆鉾!!」
少女の指先から放たれた虹色の珠は、クリスに向かって一直線に向かっていった。更に虹色の珠はクリスに触れるとクリスの持つ力を、臨界に達し既に爆発寸前まで膨れ上がっていた全ての力を吸収していったのである。
「いっけえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええ!」
「どおおぉぉぉぉぉぉりゃあぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
クリスの抱え込んでいた全ての力を吸い終えた虹色の珠を、少女は自分の意思で操作し可能な限り空へと向かって加速させていく。
時間を操る時之逆鉾は少女の意のままに時間を巻き戻し、破壊と再生を瞬時に繰り返していく事が出来る。
要するにトレーニングルームの天井を突き破り……
その上の階の床を突き破り……
その階の天井を突き破り……
それと同じ事を繰り返しては次々に突き破り……
そして次々に修復しまるで何事もなかったかの様に復旧させた上で……公安の建物からも飛び出して建物の遥か上空まで飛んでいった。
「今だ、やりなッ!」
「ありがと、マム!」
「バーストぉぉぉお!」
少女は空に向かって虹色の珠を飛ばしたが、それがどの辺りにいるのかは天井が復旧している今となっては見えないから知る由もないと言えた。だからこそ見えているマムが、少女に指示を出したのだ。
どッごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん
ビリビリビリビリッ
「珠」は公安の建物の遥か上空で大爆発を起こした。予め展開された防壁と広域結界に拠って、爆発の衝撃波などから建物は守られ周辺の街への被害はなかった。
然しながら大音量での爆発音は、何も知らされていない住民の不安を駆り立て、それから暫く公安への問い合わせが殺到したという。
「終わったぁ。たーまやーなんちゃって。てへっ」
「あぁ、疲れたなぁ」
「何が、「終わったぁ」だ、こっちは殺されるんじゃないかと思ってヒヤヒヤしたぞ!それに、あの時にマムが合図を出さなかったら、どうするつもりだったんだッ?!」
「公安だけじゃなく、アニべ市全域が吹き飛んでたかもしれないじゃないか!」
「あはは、ごめんごめん。でもま、なんとかなったんだから、いいじゃない!」
「男がそんなちっちゃな事を気にしてたらモテないぞッ!」
「あ、そう言えばアンタ、根っからの研究バカだから女に興味無いんだっけ?てへッ」
「な、な、な、これだからガサツな暴力女は、@#$%&*☆¥※〒…」
「あはは、何言ってるか分かんない」
ウィルは恐らくスピーカ越しに顔を真っ赤にして怒っているだろう。そして少女はそんなウィルを煽るだけ煽っておきながら、途中から何を言っているか分からなくなったので放置を決めた。
「そうだ、帰りにドクのところに寄って装備を直してもらわないと」
「あと魔犬種の素材の話しをするのもすっかり忘れてたわ。もう、めぼしいのは持ってかれちゃったかな?」
「@#$%&くぁwせdrftgyふじこlp*☆¥※〒、………」
「まだ、ブツブツ言ってるし。あはは」
ウィルはまだブツブツと何かを言っており、少女は意に介する事なく自分のこれからの予定をざっくりと考えた上で独り言を呟いていた。
今回の極大五色・時之逆鉾の被害は本当に何も無かった。
公安に苦情が殺到したようだが、それは少女にとっては痛くも痒くもない。
まぁ多少は申し訳ないとは思うが仕方がない。
然しながら危惧する所はある。これから恐らく、炎龍ディオルギアの討伐戦の依頼を少女は受注するだろう。
だがそれは、少女の最大火力である極大魔術を無事に当てられなければ倒せない相手だという事と、五大龍の一角が飛んでくる魔術を、タダで喰らってくれると思えるほど楽観視は出来てはいない。
要は死闘の末にトドメの一撃として使う以外に、当てられる自信がないのだ。
それはともかく、少女とクリスの決闘の前にマムは「闘いが終わった後で正式に要請を受けるかどうか確認する」的な事を言っていたのだが、クリスは決闘で無理をして龍征波動を暴走させた事が祟り、「丸々3日間寝込んだ」のであった。




