Penetrate Hunter ν
「さてと、コイツも拘束して…っと」
「見事な自爆」をキメた獣人は、再起不能になった腕の痛みに耐え兼ねた様子で意識を失っていた。結果として拘束時に暴れられる事もなく、作業が捗ったので助けられた。
本人としては災難だろうが、そんなのは知ったこっちゃあない。
然しながら少女は拘束時に、先程までの2人同様に魔術に拠る結界も張っておいた。
何故ならば少女のセブンティーンは「3人乗りだから」だ。その為に捕獲した犯罪者を全て乗せる事は出来無い。
かと言って男達が乗ってきた不審車を拝借する事はもっと出来無い。
それは押収する大事な証拠品なのだ。
公安が雇っている「サポーター」と呼ばれる「何でも屋」に後を任せて連行して貰う手もあるにはあるのだが、とは言っても放置するのは大変宜しくない。
何故ならばもっと厄介な魔獣の存在があるからだ。
拠って少なくともサポーターが来るまでは安全を保っておく必要がある。犯罪者とは言えど、わざわざ魔獣の腹を満たしてあげる必要など微塵もないし、それならば捕縛した意味すらない。
獣人達によって一突きの元に殺害された2人ならどうかとも思うが、そもそも魔獣は人畜有害なのだから餌付けをしてやる義理はないし、当然の事ながらその話し自体が人道的ではない。
自然の摂理よりも人道的か否かが問われるのだから仕方がないだろう。
結果としてわざわざ拘束後に結界まで張り、魔獣の餌食にならないようにしているのだった。
そしてそれは殺害された2人も同じ事であり、更に付け加えるならば、袋に入れられたままでまだ中身の確認も出来ていない「商品」達も同じ事だ。
そんな少女の行動に異を唱える影が近付いていたのを少女は知っていた。
認識阻害の羽織りを纏って様子を窺っていた時に、少女に気付かず真横を通過していった存在。
犯罪者達と闘っていた時に遠巻きにその様子を窺っていた存在。
性悪妖精種や小鬼種、況してや鬼種なんかより、よっぽど強力で凶悪な力を持った存在。
それはそもそもの話し、この辺りに元来棲息していていい魔獣ではない。恐らくだが元々ここら辺には、先に男が「調査済み」と話していた魔獣が棲息していたのかもしれない。
だが、魔獣の縄張りは直ぐに変わる。
縄張りの主は……。
「自分より強い個体が現れたら?」
「自分より個体は弱くても群体で現れ、その群体が自分よりも強かったら?」
その時が来ると縄張りの主は「逃げる」か「殺される」かの2択の内のどちらか一方の選択を、半ば強制的に迫られるのだ。
そうやって魔獣達の縄張りは直ぐに変わっていく。
それこそ龍種のような絶対的強者が主になっていなければ……だ。
少女が先程確認していた魔獣は「魔犬種」だった。
人間界に於ける目撃例は年に1回あるかないかとされ、主に文献の中でのみ知る事が出来る魔獣。本来の棲息域は死者の国とも冥界とも言われ、そこの番犬と称されている魔獣。
知性が高く獰猛な大型の狂犬で、群れを形成して行動する為に、稀に発生した際には国力をあげて討伐対象になるくらい厄介な魔獣。
少女としては今まで魔犬種の狩りに加わった経験が無い事から、今この場で襲われた場合に勝てる相手なのかどうかは分からなかった。
だから出来れば既に依頼は完結しているので、依頼と関係のない戦闘は出来るだけ「避けたい」と言うよりは、「帰って早く寝たい」と考えていた事の方が強い。
だがもしも、実際に戦闘に陥り魔犬種との実力差に拠って勝てないのであれば、依頼の成功条件は既に満たしているので早々に逃げる事もやぶさかではないといった考えは既に持っていた。
そうすればそれこそ早く寝れるからだ。まぁ、その場合は多分、サポーターも逃げるだろうから、依頼は失敗になるかもしれないが……。
しかし、欲を言えば人間界では滅多にお目にかかれない魔獣だから、それの素材が欲しいと言うのはハンターとして当然の性だった。
それでも人間の3大欲求たる「睡眠欲」は満たされてナンボとも言えた。
その時だった。少女の睡眠欲求を満たすまいと、アラームがバイザーから鳴り響いたのである。
「デバイスオン、ソードモード!」
少女は満たされない欲求に対して不満を覚えていたが、そもそも身の危険を知らせてくれるアラームに対しては、呼応するしか身の安全は保障されない。(呼応しても身の安全が保障される保証はどこにもないがそれは余談)
拠ってデバイスに命令を飛ばし、モードを汎用魔力刃に設定する事でマナに拠る刃を展開させていく。
当然の事ながら、もう片方の手には愛銃のグリップがある。
「そこッ!」
ガキっ
少女はタイミングを合わせ、振り向きざまに左手の汎用魔力刃で斬り付けていった。
然しながらその刃は少女に対して噛み付こうとした、魔犬種の牙で止められていた。
デバイスの汎用魔力刃はそこまで斬れ味がいいとは言えない。
時間をかけマナを多量に編めば……なんてことも無い。
要は刃こぼれせず、(マナがなくならない限り)「永久に使える剣」と言うだけのシロモノであって、斬れ味といった性能は鍛造した武器に遠く及ばない。
ただし、ただ鍛造しただけの武器では完全に物理攻撃しか出来ない事から、アストラル体への攻撃は意味を為さないというデメリットは存在する。
その点そこに関してだけは汎用魔力刃はそのデメリットを克服しているが、マテリアル体を持つ魔獣相手では火力不足は否めないのは事実だった。
グルルルッ
「まったくもうッ!仕方無いわねッ!」
「おいたが過ぎるわ…よッ!!」
タラララッ
少女は刃に噛み付いている魔犬種に対し、右手に持っているウージーの銃火をゼロ距離から浴びせていく。
きゃうぅん
「コイツだけとは思えないわね。まだ他にも潜んでいそうよね?」
「デバイスオン、索敵モード」
銃火を浴びた魔犬種は力無くその場に崩れていった。少女は急ぎ体勢を立て直すとアラームの機能は残したまま、索敵モードで周辺にいる魔獣の戦力の状況を確認していく事にした。
「1匹目は斥候ってところかしら?アタシの周りを囲む様にあと14匹。結構な群れのお出ましね?全く厄介だわ」
「まぁ、大規模な群れじゃなかっただけマシね」
少女は索敵の結果を口から小さく漏らしていく。それは出来る事なら深い溜め息すら漏らしたい「結果」だった。
然しながら少女は深い溜め息でネガティブになる事を良しとせず、飽くまでも前向きに心と思考を切り替えて「戦略」を描いていく。
魔犬種は狩りの獲物に飽きていた。この森に棲まう事になった彼らにとっての「餌」は、余りにも貧弱で、余りにも歯応えが無かったのである。
だから彼等の縄張りになったばかりのこの地に、無断で踏み込んできた闖入者に対して期待していた。
少女を取り囲んでいた魔犬種達は、少しの個体で集まりグループを作ると、分かれて3方向から少女を狙う事にした様子だった。
付け加えるならば、少女が銃火器を使う事を理解した魔犬種達は1ヶ所に纏まらず、それぞれの個体同士の距離を広く取った上で、少女の周囲を駆け巡っていた。
要は少女を中心に円を描くように徐々に距離を詰めていたのだ。
少女は正直なところ悩んでいた。これらの魔犬種達の行動は、「戦術」と言うべき物であり「賢過ぎる」からこそ悩ましかった。
通常の魔獣であれば「戦術」は疎か「作戦」すら立てる事はない。拠って「戦略」も立てられない。
それは即ち野生の本能のままに獲物に向かっていくだけと言える。
更に言えば勝てないと分かれば即座に逃げていく。
それが魔獣の否、生物としての生存本能と言えるだろう。
それを踏まえるとこの状況は「非常にマズい」と言う結論に達する。
だからこそ少女は悩んでいた。
何故ならば強化魔術はとっくに切れている。
単調な攻めで数匹倒せば生存本能から逃げていく魔獣のそれとは、闘い方が大いに異なる現状で、新たに強化魔術を掛け直す時間も取らせてはくれないだろう。
そして何よりも、隙を見せれば全方位から襲って来る事が容易に想像出来ていた。
だからこそ少女が採用するべき戦術は、1つしか考え付かなかった。それは「先制攻撃」である。
相手が戦術を使い数で優るのであれば、少しでもその優位性を奪っておく必要がある。
故に少女はその考えに至るや否や迅速に行動した。
目を閉じ体勢を低くし両手の力を抜き汎用魔力刃とウージーを力無く構える。
そして、放った。
「豪炎の型ぁぁぁ!」
「うりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃあッ!」
ざしゅざしゅざしゅざしゅ / タラララララララララッ
少女は紡いだ声と同時に自分の全方位に向け、「実」の剣撃と銃弾の乱舞を巻き起こしていく。
幾重にも及ぶ剣撃と弾幕が、少女を中心として周りにいる魔犬種達に向けて放たれていった。
少女に対し円を描きながら徐々に近付きつつあった魔犬種達の群れは、思いもよらない攻撃に剣撃の間合いの外まで直ぐに距離を取っていく。
然しながら何匹かは剣撃に巻き込まれた様子だった。
更に何匹かは突如として始まった少女からの攻撃に対して錯乱し、統率を失い少女に対して特攻していった。
少女は錯乱し向かって来た魔犬種に対して冷静に対処していく。
拠って少女に単騎で各々向かっていった魔犬種達は、その牙も爪も届ける事は出来ずに膾切りにされウージーと言う名の鈍器で頭を潰されていった。
数の優位性を奪うと考えた少女の作戦は成功した。
更に付け加えるならば、錯乱せずに無事に距離を取っていった魔犬種達は銃弾に晒されていく。
だが、先の「豪炎の型」の影響もありウージーは直ぐに弾切れとなった為に、銃弾で倒せた魔犬種は少なかった。
少女の先制攻撃に拠って魔犬種達がその数を減らした頃、数を減らされた魔犬種が浮足立ち戦線が膠着し始めたちょうどその時……。
少し遠い場所から遠吠えが聞こえた。
その遠吠えは魔犬種達に落ち着きを取り戻させ、少女から距離を取らせていった。
「帰ったらドクに、ウージーを更に改造してもらおうかしら?」
「もうちょっとマガジンに弾を詰め込みたいわよね」
少女は先制攻撃の戦果に多少は満足していた様子だったが、最大で50発しか入らないウージーのマガジンには不服な様子でボヤいていた。
そんな余裕綽々でボヤいている少女と、魔犬種達の前に一際大きな個体が降り立ったのだった。
「あ、あれが、魔犬種達のリーダー…?」
「ここにいる魔犬種達とはどこか違う、何か別の何…か?」
少女は一際大きな個体が放つ威圧感に少したじろいだ様子だったが、それと同時に「ここで引く事は絶対に出来無くなった!」「こんなヤツを野放しにしてられないッ!」と考えさせられていた。
魔犬種達は様子を窺っていた。仲間を半数近く失い、司令塔であるリーダーまでもがこの場に現れたからだ。
一方でこれで魔犬種が採用するであろう戦術の幅は、失われたと少女は考えた。
何故ならば目の前にいるリーダーが、先程までは高みの見物をしながら戦況を把握し、群れの仲間達に指示を出していたと考えられたからだ。
少女はそんな事を考えながらもデバイスにはウージーのリロードを命令し、更には複数の強化魔術と複数の強化魔術を重ね掛けしていった。
魔犬種達はその絶好の好機とも言える状況に対し、何の反応も取らなかった。少女はその様子に多少なりとも訝しんでいたが、自身に対して強化と強化を掛けさせてくれるなら、その方が助かる事から魔犬種達に甘えて魔術を掛けていった。
とは言っても警戒を完全に解いてるワケでは無いので、途中で魔犬種達が向かって来た際にはキャンセルする事を決め込んでいたのは確かだが……。
少女が全ての準備が終わった事を見計らったかのように、魔犬種達のリーダーが単身で少女の前に歩いてくる。
その姿は実に威風堂々としている事から、やはり魔犬種というよりはむしろ別の種類の魔獣のようにも感じ取れていた。
「サシって事ね?」
グルルッ
「分かったわ」
魔犬種達のリーダーは勢い良く少女に向かって特攻すると、鋭い爪撃を繰り出していく。
その速さは先程の獣人を遥かに凌ぐ速さだ。その為に強化魔術を施した少女でも、紙一重で躱すのがやっとだった。
「なるほどそういう事ね。だからわざわざ強化を掛けている時に待っていてくれたのね?」
「お気遣いはありがたいけど、それって舐められてるってコトよねッ!!」
少女は口惜しそうに言の葉を紡いでいく。その表情はとても悔しそうだ。
少女は理解したのである。自身に対して何も魔術を掛けていなければ、今の一撃で確実に葬られていた事を。
この魔犬種達のリーダーは楽しんでいるのだ。獲物を「嬲る」のではなく、獲物と「闘う」事を。
それならばそれで少女も考えを割り切り楽しむ事にしたと言える。
「それじゃあ、目一杯楽しみましょッ!」
グルルラァ
タララララッ
少女はウージーのトリガーを弾き、その弾丸は軽い破裂音を掻き鳴らしながら飛翔していく。然しながら直線的な弾丸の動きで、魔犬種達のリーダーを捉えるのは難しくその全て弾丸は虚空に消えていった。
「これならどぉだッ!」
「流水の型ぁッ!」
しゅいんッ
少女の身体が一瞬「揺れ」る。その少女の「揺れ」に対し魔犬種達のリーダーは、一瞬だけ何かを表情に出した様子だったが、直ぐに少女に合わせる形で爪撃を放ち、何もないハズの空間を斬ったのである。
きいぃいん
「ぐッ」
どぉッ
「痛ッぅぅ。やってくれるわね。虚すら突けないなんて」
軽い音と何かに耐えるような声を吐き出しながら、少女は弾き飛ばされていった。魔犬種のリーダーの爪撃は、正確な少女の位置を把握した上で放たれていたのだ。
そこで少女は急遽ガードするハメになったが、その爪撃は非常に重く、汎用魔力刃でガードしても吹き飛ばされてしまった程だった。
「仕方無いわね、奥の手を出させて貰うわッ!」
「破竜の型ぁぁッ!」
しゃしゃざんッ
ぎんぎんぎぃん
少女はその身にダメージが蓄積していたが起死回生の不可避の一撃を放っていく。少女の汎用魔力刃から放たれた刃は3本。
然しながらその起死回生の刃は、魔犬種達のリーダーの爪と牙を以って全て撃ち落とされたのだった。
「そ、そんなッ?!デタラメ過ぎるわッ!不可避の刃を受けた上で撃ち落とすなんて!!」
「う、嘘でしょ?なんなのこの魔犬種……」
流石に少女は焦っていた。自身の中で絶対の自信を持つ一撃が当たらなかったのだから。
強化に強化を重ねて放った「型」ですら届かないのだから。
背中をつたう冷や汗が止まらなかった。
ウージーを握るその手は徐々に震え始めていた。
「勝てるの?これは本当に勝てる相手なの?」
魔犬種達のリーダーは詰まらなかった。「この相手ならばもしや?」と、多少なりとも歯応えを期待していた感はあった。
「だが、どうやら期待外れだったようである」
魔犬種達のリーダーはそう結論付けており、遊びは終わりにして一撃で葬る事にした。
目の前の殺気が一気に跳ね上がっていく。目の前から放たれている大きな殺気を浴びた少女の焦りは、心臓の鼓動を跳ね上がらせていった。
この殺気は今まで出会ったどの敵よりも凄く凄まじく、そして怖い。得体の知れない恐怖とも言える殺気。
野生の魔獣が放つ事が出来ない、知性を兼ね備えた殺気とでも言うべき何か。
「恐らく次の一撃でアタシは死ぬわね」
「でもどうしよ?アタシは凄っごく死にたくないッ」
少女は自身を捉えて離さない殺気を浴びせられながらも、そんな事を考えていた。それ程までの殺気であり、普通の者であればショック死する程であったかもしれない。
その点今まで行ってきた魔獣との生命のやり取りは、多少なりとも恐怖心を麻痺させてくれていたのかもしれない。
何故ならば、今は余計な事を考えていられるだけの時間的余裕があったからだ。
一方で少女は諦めたくなかった。諦め切れなかった。まだまだやりたい事はたくさんある。まだアタシは何にも追い付けていない。
自分の父様に自分の兄弟子に。
「だからこそ、こんなところで諦める訳にはいかないッ!!」
「アンタなんかに負けてられないのよッ!」
そんな少女に対し魔犬種達のリーダーは、非情にも容赦の無い一撃を繰り出していった。
少女はその一撃に対して躱す事もガードも出来ず、無慈悲な爪撃を、まともに腹で受け取るしか出来なかったのだった。
それ程までに速く目にも映らない一撃に、少女の思考も身体も反射ですら何も反応出来なかった。
更に残酷な事に少女の腹に刺さった爪の先は、そのまま少女の身体を貫通し背中から飛び出していた。
ぼたたたたたたっ
「がふッ」
「う、嘘…?!」
少女の腹から下は真っ赤に染まり、大量の血液が滴っていく。更にその小さな口からは、大量の血が吹き出されていく。
その無慈悲な爪撃は少女の肉を裂き、内臓を穿ち骨を砕いた。それは生物であれば「死」を意味する「致命傷」である事は、見間違えようが無かった。
だが一方で致命傷を負いながらも少女は、生命の炎を消す事を決して「善し」としてはいなかった。
魔犬種達のリーダーは自身の爪を少女から抜いた。
獲物としてこのヒト種が詰まらなかったのは事実だ。然しながらこのヒト種に対して、少なくとも敬意を評したのも事実だ。
故に既に冷たくなってきている少女の身体を、その脚で振り払う事はせず、自身が殺めた者を辱める事無く、ただゆっくりと優しくその身から爪を抜いていった。
ドサッ
少女は自分の腹に刺さっていた爪という支えを失い、お腹から2つに泣き別れかけたその小さな身体は、その場に力無く崩れ落ちていった。
「アタシ、死んだの…かな?」 / 少女は浮かんでいる
「身体の感覚が…無い」 / 少女は真っ黒い世界にいる
「手も、脚も、首も、身体も、アタシの身体の何1つ動かせない」 / 辺り一面の暗闇である
そこには一筋の光も無く、自身の身体も身体のパーツ1つに至るまで何1つとして見えない。
見る事は叶わない。
だからこそ、自分の身体は「もう既に無いのではないか?」と思えた程だった。
そんな自分と世界との境界がない世界。
自分の身体が無いのであれば…。
既に死んでしまったのであれば…。
「この思考は何だ?」
身体は無いのに…。
生命は燃え尽きたのに…。
「思考は出来るのか?」
そんな疑問が降って湧いて来ていた。
魔犬種達のリーダーはやはり「詰まらなかった」以外の感想を持ち得なかった。本来ならば配下の群れだけで事足りる。
故に自分と闘う事が出来たモノへの敬意はあるが、それだけだ。
だから詰まらないモノという評価は変わらない。
そしてそんな評価である以上、呆気無く死んだヒト種に対して一瞥もせず群れの方に向かって歩いていく。
その足取りは重かった。恐らくは落胆したからだろう。
「楽しめる」と思い軽快であったその足取りは、「詰まらなく」なった途端に急に重くなっていた。
だが、話しはここで終わらない。
魔犬種達のリーダーが群れの元に辿り着く直前に、先程屠ったハズのヒト種がいる辺りに気配が疾走ったのを感じ取ったからだ。
その気配は次第に大きくなっていく。そこには生きているモノは既にいないハズだ。
だから本来であれば感じるハズが無い気配を、不審に思った魔犬種達のリーダーは、その気配を確認するべく身体ごと視線を向けていく。
グルッ?!
少しばかり気怠そうに振り向いた魔犬種達のリーダーのその表情には、驚愕の2文字が表れていた。
何故ならば自分が屠ったハズのヒト種が、そこに立っていたからだった。
立ち上がった少女のその小さな身体から溢れる清浄で禍々しく、禍々しく清浄な力の波動を魔犬種達のリーダーは感じ取っていた。
そしてその2つの相反する力は大気を震わせ、周囲のマナを凍らせていく。
大地は悲鳴を上げ森はザワ付いた。
2つの相反する力の波動が臨界に達した時、少女は咆えた。
「う…うあ…うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁあ!!!!」
グルァ?!
声にならない声の叫び。喉が張り裂けんばかりの絶叫。無理やり振動させられる鼓膜を抑えたくなるほどの叫喚。
それは生きとし生けるモノの恐怖を呼び起こすが如くの雄叫びだった。
その声はその場にいる魔犬種達の心と身体を速やかに凍て付かせていった。
それに因って魔犬種達は四肢が震え、立っているのがやっとの状態に陥り恐慌していく。
魔犬種達のリーダーはそこに至り初めて、「このヒト種を相手にしてはいけなかった」と悟り激しく後悔したと言える。
そうなった時、もう既に歯応えに対する「期待」は失くなっており、あるのは後悔に対する「絶望」のみだった
少女は光を見たような気がした。いや、やっぱり気のせいだったかも知れない。
何も見えない世界だから願望や幻想や妄想の類だったのかも知れない。
だけど、少女は光を見た気がしたのだ。
「アタシにしては往生際が悪いなぁ…まったく。思い返してみればあの時、アタシの腹にはアイツの爪がちゃあんと刺さってたじゃないか。…ふぅ」
「あの状態で生きていられる確証なんて無いのよ?あれで生きていられたら、アタシは一体何者なの?自分が自分の事を信じられなくなるよ?」
「それともアタシは殺されても死なないリビングデッドか何かなの?もしそうだったらお天道様に顔向け出来ないわね?ふふふ」
話し相手なんぞ誰もいないただの独り言。この黒い世界に於ける気晴らし程度の独り言。
上には更に上がいる事を知らしめられた自分への自虐。
そして呆気なく殺された自分への皮肉。
グルルルォル!
魔犬種達のリーダーは震える四肢に鞭を打ちながら、群れに向かって声を投げていた。
だが、その声は恐慌状態にある群れの仲間には届いていない様子だった。
「奇声を発した得体の知れないこのヒト種の元に、得体の知れない何かが集まろうとしている」
「どうすれば良い?一体何が出来る?」
「群れを守る為に何をすれば良い?」
魔犬種達のリーダーは必死に考えていた。だが模範的な解答など見付かるハズもなかった。
「こうなってしまってはもはや逃げる事も叶うまい。こんな状況を作り出したのは全て、浅はかだった自分のせいだ」
「だがッ!力のケタが違い過ぎて勝てはしまいが、我が爪で再び!」
それが出した解答だった。解決策は無策で、導いた解答は特攻しかなかった。
少女は左右の手のそれぞれに1本ずつ剣を持っていた。ソレは「剣」と形容するのも憚られる程の、力の波動で編まれた「剣」のようなナニカ。
左手には黒よりも尚黒く禍々しい雰囲気を発している、漆黒の「剣」が在った。
右手には神々しく慈愛に満ちて尚美しい光を放つ、白金色の「剣」が有った。
少女は到底相容れないであろう2つの「剣」とは形容し難い得体の知れないエネルギーの集合体を、左右のその手の中にある禍々しさと、神々しさの力の波動を両手を握り締めるように徐々に引き寄せていく。
2つのエネルギー体は当然の事ながら反発し、その反発したエネルギーは鋭利な刃となって少女の身体を引き裂いていった。
だが、少女の身体からは血の1滴すら流れ出す事はなかった。それ以前に爪に因って引き裂かれた肉も内臓も砕かれた骨すらも、「まるでそんな事が無かった」かの様に完全に元通りになっていた。
然しながら破れた服や壊れた装備はそのままの状態であり、付着した血液もそのままで元に戻っているなんて事はない。
相反する力をその両方の掌に抱えた少女の掌が1つに重なった時、相反する2つの力は虚理の原則を破り1つの力を生成していく。
「ううう、ががががぐうぅぅぅ、ぐうわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!」
2つの力が混じりあったその時に、少女は再び奇声を発していた。
2本の「剣」は1つに混ざり合い、言葉では決して形容出来ない色と形を形成して「そこ」に存在している。
理論では語る事が出来ない存在。言葉では表現出来ない存在。矛盾を許容しながらも正論を否定するような存在。
原理原則全ての法則に反する混沌。
少女は両膝を曲げ体勢を低く取り肩の高さまで「剣」を上げていった。その瞳は閉じられたままで、姿形は少女の姿のままで、混沌をその手に持っている。
少女がその手に持つ混沌の「剣」は大地に対して水平に構え、その切っ先を敵に向けている。
その勝負は一瞬だった。少女はその場にいる全てのモノ達の視界から消えたのだ。
それに対して敵は無駄に足掻こうと必死だった。だが身体はまるで、氷になってしまったかのように微動だにしない。
声を上げる事も出来ず、吼える事も雄叫びを上げる事もままならないまま、ただ目の前で起きている「現象」を見せ付けられていた。
もう既にそこには絶望は無い。かと言って希望も無かった。
そこに在るのはただの本能から来る、死への恐怖と、生への執着のみだった。
「死にたくない。死にたくない。死にたくない」
たったそれだけがその脳裏にこびり付いていた。
少女は光を超えた速度で、切っ先を向けたそのままの体勢で、ただ突進しただけだった。
少女の姿が消えたその刹那に、少女は魔犬種達の群れの前に現れていた。
その群れのリーダーを通り越して。
魔犬種達のリーダーは自分の身に一体何が起きたのか、知る由も無かった。
だからそのまま痛みすら感じる間もなく、その身体は中心から2つに、左右へとただ泣き別れ崩れていった。
残された群れの魔犬種達は、絶対的なリーダーの死と共に更に錯乱し恐慌した。その結果、まるで狂ったように少女に対して次々に襲い掛かっていった。
その後の魔犬種達に待っていたのは、一方的な無慈悲の虐殺でしかなかった。
「誰か呼んだ?」 / アタシを呼ぶ声が聞こえた
「ねぇ、誰なの?」 / アタシはここにいるよ?
意味も分からないままの少女は自身の周囲に漂う3つの光球を見た。
「アナタ達が、アタシを呼んだの?」
その光球は少女の問いに対して何かを語る事はなかった。
そして何も音を発する事なく、少女の身体の内側にふわふわと吸い込まれるように入っていった。




