Midnight Strangers ν
現時刻………22:00
場所………アワキア町郊外、エサガイーム湖周辺
「遅いいぃッ!」
「もうッ!とっくに時間は過ぎてるじゃないッ!とっとと始めてくれないかしら?」
「こんな所で潜んでる身にもなって欲しいものよねッ!」
少女はどうやらご立腹の様子だ。マムから貰った依頼書には「18:00頃に、この地で闇取引がある」といった告発文めいた内容が書かれていた。それ故に、イグスタ市から急ぎセブンティーンを疾走らせ(実際に疾走らせたのは自立型人工知能であり、更に言えば少女は仮眠をしていただけ)、18:00までにはここに到着していた。
しかし更にそれからかれこれ4時間が経過している。
周囲には魔獣の気配もある。気温はそこまで下がっていないがそろそろ肌寒くなる季節でもあった。
そして何よりもお腹が空いていた。
少女は魔獣対策はちゃんとしていた。だが寒さ対策や空腹対策は実施しておらず、それがより一層少女をご立腹にしている。
少女は寝る事と食べる事が満たされないとご立腹になるタイプの人間なのだ。
ちなみに、性欲については触れてはいけない。
「ガセだったのかしら?」
「はぁ、ちょっと寒いな。はぁ」
セブンティーンは魔術的結界を幾重にも張り巡らせて近くに隠しておいた。闇取引の為に来た者が気付かないようにする為の対策と言える。
その結果として少女は肌寒くなるこの季節に単身で外にいるのであった。
「ガセならガセで帰りたい」
「お腹すいたなぁ。それにお布団が恋しい…。ふわぁ」
少女の泣き言である。だがそうは言っても帰る事など出来はしない。
公安のハンターとして受けた依頼なので、ここで帰れば当然の事ながら依頼の「失敗」となるからだ。
「あの時マムに他のクエストの催促をしなきゃ良かった」
「なんで、あの時あんなコト言っちゃったんだろう?もう、アタシのばかばかッ!」
後悔先に立たず…だ。少女は無為な時間経過という遣る瀬無い思いが増すにつれ、だいぶ泣き言が多くなってきていた。
空腹感か寒さのどちらかでも解決出来ていたらここまでではなかったかもしれないが……。
「このまま朝まで貫徹させられたら、アタシにガセネタを掴ませた奴を見つけて、ギッタンギッタンの、けちょんけちょんにしてやるんだからッ!!」
「もう本当にこてんぱんのぼこぼこにしてやるんだからねッ。覚えておきなさいよねッ!」
今日日聞かなくなった言葉を少女は呟いていた。然しながらその言動から察すると相当にご立腹の様子であるとも言える。
少女はぼやくだけぼやくと流石に虚しくなったのか暫く静かになっていった。
状況が変わったのはそれから1時間が過ぎた頃だった。少女が潜んでいる辺りを人工的な光が照らしたのだ。
その光は最初、付近の峠をハイビームにして走っていた。だがそもそもの話しだが国の方針で夕方以降は外出規制がある。
その為に今時分に走っている車があること自体が可怪しい。
更にその不審車は少女が潜んでいる場所に近付いて来ていた。だが残念な事に不審車は停車した後もハイビームにしたままでそこに留まっていた。
拠って車内の様子は覗い知る事が出来なかったのだった。
付近に棲息している魔獣を警戒してなのか、それとも取引相手がこの場にいない事を警戒してなのかは分からない。
しかし誰も不審車から降りて来ない様子だった。
少女は何もアクションが起きない事から車のナンバーを念の為に確認していく。光の加減でナンバーが見辛いが下手に動いて逃げられてしまっては、元も子もない。
もしも仮にこのまま何も起きず車が立ち去ったとしたら、「後日調べる為の情報」としてナンバーを控えるのは至極当然の保険だ。
でもまぁ実際のところこういった取引に来るような不審車は、大抵が盗難車か偽造ナンバーを付けて来ると思っているのであまり意味が無いとは思っているのだが……。
そして動きがあったのは車が停車してから十数分が過ぎた頃だった。
がさがさッ
「よぉう、待たせたなあ?」
ハイビームで照らす不審車の前に誰かが現れ声を投げていた。多少、変な訛のようなモノがあるがヒト種の言葉に聞こえる。
だが念の為にバイザーは翻訳機能をオンにしておく。
現れた影は2つ。光の加減でかなり分かり辛い。
しかしその影の内の1つは大きな袋を左右の肩に1個ずつ担いでいるような様子が少女からは見えていた。
然しながらハイビームに照らし出されているシルエットを見る限りでは、ヒト種には到底思えなかったのだった。
何故ならば頭の天辺には尖っているモノが2個。更に胴体部分には尻尾の様な影が見えていたから、と言うのが模範解答だった。
少女はそのシルエットを見て、取引相手の片方は獣人種であると結論付けた。
何故ならばヒト種や亜人種で尻尾を持つ種族は、ほぼほぼいないからである。
頭の天辺の尖っているモノは恐らく耳だろう。そして尻尾のような影は本当に尻尾だろう。
そう考えると該当するのはやっぱり獣人種のみだ。
逆に不審車の中にいる者達の姿はまだ見えていない。その為に目の前で行われていくであろう取引が、一体何の取引かはまだ分かっていなかった。
「獣人種と取引する種族って一体どんな種族なのかしら?」
「それにあの肩に担いでいるのが取引されるブツだろうけど…一体?」
獣人種が現れた事で不審車から降りて来た影は3つ。その内の1人が手にスーツケースのような物を持っているのが、シルエット越しに見えていた。
然しながらこちらは特徴的なシルエットが何1つ見えない為に、人種までは分からなかった。
「取引の時間を急遽変えて貰えた事、感謝する。最近は矢鱈と国が煩くなってきているからな。公安に目を付けられでもしたら厄介だ」
「それにこんな時間だ、仮に目を付けられていてももう帰ってると思うしな。はっはっはっ」
スーツケースを持っている者の横にいる者が、なにやら話している様子だ。その声を聞く限りでは男性であり、聞こえて来る言語の中に変な訛などがない事から恐らくはヒト種が取引相手と理解出来た。
更には会話の内容から察するに違法な薬物か、人身売買の類だろうと少女は類推していた。
一方で少女は話しの内容に対し「もう公安は目を付けているし、アタシはここでずっと待ってたのよ!」と心の中でツッコミを入れてたが、それは飽くまでも余談である。
「そぉんなコト、こっちはどうぉでもいいさ。貰えぇるモン貰えれば問題は無ぇからな」
「まぁ、それはこっちも同感だな」
「だぁが、平気なのか?こんな時間じゃ、魔獣達の餌食になんぜ?俺達ゃ魔獣如きにヤられる訳きゃ無ぇが、オメェさんらじゃ、手ぇに余るんじゃねぇのか?」
「なぁに、ここら辺を住処にしている魔獣達の調査はとうに終わっている。性悪妖精種や小鬼種、強くてもせいぜい鬼種では、勝てない道理は無いだろう?」
「逆にそんなのが出て来たら返り討ちにしてやるさ」
取引相手同士の会話。確かにその程度の魔獣ならある程度の武装があればどうにでもなる。
若しくは武装がなくても銃火器さえあればなんとでもなる。
だが少女はその会話の内容に、違和感しか覚えなかった。
「性悪妖精種や小鬼種に鬼種ぁ?」
「ちょっと何言ってるんだろ?さっきいたのはそんなのじゃなかったわよ?」
「ま、アタシとしてはそいつらが出て来ないコトを祈るだけだけど……」
少女は聞こえて来る違和感だらけの会話の内容を聞き、本人達にツッコミを入れたくなっていた。何故ならばここにはそんな魔獣はいないのだから。
「コイツ、凄く高い確率で騙されてるわ。でも、闇取引をしようとしてる奴なんて、基本的に犯罪者確定だから、まぁ、自業自得よね?」
「まぁ、実際にそんな魔獣が昔はいたのかもしれないけどね。でも自業自得には変わりないわ」
少女は呟きながらも、この場からいつになったら出ていくかを考え始めていた。だが今すぐに出ていこうにも、確実にどちらか一方には逃げられる可能性が高い。
どうせなら一網打尽にする手段を講じたかったと言える。
男達のやり取りは少しの間、続いていった。だがそのやり取りは「「商品」をちゃんと連れてきているか確認させて貰えるか?」という一言を発した、不審車の男の発言で流れが徐々に変わっていく事になる。
獣人達はその言葉に渋る様な態度を示していた。だが、ガンとして「先に見せろ」の一点張りで言い放つ、不審車の男に根負けした様子だった。
拠って担いでいた袋を2つとも地面に置くと、両方の袋の口紐を解き中身を不審車の男達に見せたのであった。
「約束通りちゃんと2人いるようだな」
「注文通りでボスもお喜びになるハズだ」
そんな言の葉が少女の耳に入って来ていた。更にはその聞こえた言の葉に少女は、激しい怒りを覚えた。
何故ならこの闇取引は人身売買だったからである。
今やこの惑星には様々な種族の者達が住んでいる。2種類(地球人族とテルース人族)いるヒト種を始め、エルフ族やドワーフ族などを始めとする亜人種。
先のクリスが属する龍人族や、公安の受付嬢のミトラが属する猫人族といった獣人種。
然しながらその全ての種族が好戦的であったり、戦闘に於ける術を持っているとは限らない。
とりわけ獣人種はその傾向が顕著であると言える。
それ故に密猟に遭いやすい。
そして更に付け加えるならば、この国に於いては奴隷制を廃止している事から人身売買は違法であり固く禁止されている。
それなのに密猟は起こる。
一般的に密猟の大多数の被害者は、若い獣人種の女性だ。
少女にとってその事は同じ女性として当然の事ながら許せない事だった。
取引された若い女性達がどのよつな事をされているかは実際に見た事があるワケでは無いし、どのような待遇なのかも分からない。否、知りたくも無い。
だからこそ少女はこれ以上放っておく事をせずに、ここで動く事を決めた。
だがここで、話しの流れは妙な方向に向かっていった。
少女は動く事を決めた矢先に出鼻を挫かれる体となり肩透かしを喰らった感じで、再び様子を窺う事になるのだった。
獣人達は多少苛立ち混じりで、「スーツケースの中身を見せろ」と不審車の男達に要求したのだ。
「商品」と引き換えの「金銭」であれば、商品と交換する前に中身を確認するのは当然の事だ。ただしそれに対して、不審車の男達が取った行動は予想外だった。
「中身はちゃんと入ってるぜ。ちゃあんとなッ!」
ばっ
ちゃき
パラララララララララッ
「うぉぉお、いったん退け」
スーツケースを持っている男の左横にいる男。先程から獣人達と話しをしているこの男が、恐らくこの3人の中でのリーダー格だろう。
そのリーダー格の男はスーツケースを開けると、中に入っていたSMGを取り出し獣人達目掛けて乱射していった。
獣人達はその行動に驚き自分達が持って来た「商品」を、地面に置き去りにする形で瞬時に回避行動をとった。獣人達はその驚異的な身体能力で飛来する弾丸を避けていった。
そして2人は左右のそれぞれ後方へと跳んで距離を取っていく。
パラララッ
「急いで商品を回収しろ。ズラかるぞッ!」
「へ、へい!」
「くっ、逃がぁさねえ」
「アオーーーーーーーンッ!」 / 「アオアオーーーーーンッ!」
「ひっ、おい、早くしろ!ヤツらが来る!」
仲間の2人が「商品」を回収しようと袋に手を掛けた時、それぞれの獣人が咆哮した。
獣人種の多くが使用する事が出来る能力の中に、「咆哮」がある。
これは自身の筋力値や敏捷性といったステータスの向上を齎してくれる、能動型能力だ。
魔術特性がほぼ無いと言われる獣人種が、自身にかける能力値強化型のバフと認識されている。
また魔獣も「咆哮」を使う場合があるが、それは能力であったり咆哮が魔術へと変換されたりと様々な場合がある為に、獣人種のそれとは同一のモノではない。
咆哮を上げた獣人達はそれぞれ速攻を仕掛けていく。
速攻のターゲットは袋に手を掛けている2人のようだ。
ダッ
「チッ。死ねぇ!!」
パラララララッ
「なっ?!」
カチッカチッカチッ
「くそッ!弾切れかっ」
「アイツおバカさんね?考えもなしにSMG乱射したらスグにああなるわよね。うん、ド素人確定ね」
リーダー格の男は狼狽えながらも、急いでスーツケースの中から予備のマガジンを探していたが、そんな時間を与えてくれる事は一切無かった。
拠って瞬く間に仲間達は獣人の鋭い爪の餌食となっていった。
「テんメェ、ナメた真似してくれたぁな?無事に帰れるとは思って無ぇだろぉうな?」
シャキん シャっシャッ
「ひ、ひぃッ。や、やめろ、やめてくれぇッ!」
ガシャん
「やめでやめでやめで、ごろざないで」
獣人の1人が腰を抜かしたリーダー格の男の胸ぐらを掴み、強制的に身体を持ち上げ宙に浮かせていく。
更に獣人はリーダー格の男の喉元に尖らせた自身の爪を当て、今にも貫こうとしていた。戦意を失い首が締まり、意識も失いかけているリーダー格の男のSMGを握り締めていた握力は、とうに失われていた様子で弾切れのSMGは地面に転がっていった。
「このままアイツまで殺られちゃうと、犯罪組織を洗えなくなるなぁ」
「まぁ、自業自得って言っちゃえばそれで終わりなんだけど、密猟依頼をしてくれたバカにはお仕置きが必要だから生きてて貰わないと困るわね」
一連の流れを見ていた少女は心の中でボヤきながらも、この状況ならば一網打尽に出来ると考え直して迅速に行動に移していった。
少女は自身に敏捷性激化・敏捷性強化・筋力値強化・体力値強化の魔術をそれぞれ掛けた。そして爺がセブンティーンの中に入れておいてくれたのでセブンティーンから降りた時からその身に纏っていた、認識阻害の羽織りを脱ぎ捨てると一目散に獣人の元に向かった。
その結果が奏して獣人のその鋭利な爪が、リーダーの喉を貫く寸前に獣人の手首を掴み凶行を止める事に成功したのだった。
少女と取引相手達がいる場所までは50m程度離れていた。本来なら全力で走っても6秒は優に掛かる。
だがそれでは間に合わないのは明白だった。
故に少女は激化と強化をかけて疾走ったのである。
強化魔術の系統は現段階で3種類発明されている。
・持続性が高く効果が中程度の強化
・持続性が中程度で効果が高い強化
・持続性が低く効果が著しく高い激化
それぞれ魔術である為に、編む魔力量や使い手の熟練度などで個人差はあるが、どの魔術を使うかは戦闘能力や経験則に委ねられる事も多い。
特にヒト種は他の種族と比べると総じて個体の能力値が低い為に、強化によるバフがなければ戦闘を有利に進められない。
「ぐるるるぅル」
「何ンだ、テメェわ?」
「そいつを殺られちゃうと、アタシが困るから止めたのよッ!」
「だから、痛め付けるのはいいけど、それだけで終わりよッ!」
「でえぇぇりゃッ!」
「ぐっはぁ」
少女は獣人の手首を掴んだまま、獣人の質問とは(多分)違う解答を示した。そしてそのまま流れるように身体を回転させると、アクロバティックなまでの動きで回し蹴りを見舞っていった。
アクロバティックな回し蹴りを側頭部に見舞われたその衝撃に因って、獣人はリーダー格の男を離してしまい、呼吸が出来ずもう半分以上意識を失っていたリーダー格の男は、お尻から地面に落ちていった。
ゴんっ
「うっ。げふぉっげふぉ」
「うわっ、痛ったそ〜」
尾てい骨から地面に落ち、鈍い音と呻き声を上げながら噎せ返っているリーダー格の男を見て少女は冷めた表情で呟いていた。噎せ返っているのがお尻から落ちた衝撃に因るモノか、息が出来なかったからなのかはこの際どうでもいい。
当のリーダー格の男は、お尻から地面に落ちた痛みで意識を取り戻した様子だった。しかしそれ以前に既に腰が抜けていた為に立ち上がる事も出来ず、お尻を引き摺りながら後退るのが精一杯の採用出来る行動だったようだ。
拠って真っ先に少女の魔術で拘束され周囲には結界が展開されていった。逃げられないと思われるが本当に逃げられても困るし、戦闘に巻き込まれて死なれても困るので妥当と言えば妥当な選択と言えよう。
リーダー格の男は何やらもごもごと言っている様子だったが、少女はその一切合切を無視した上で獣人達の方へと向き直っていく。
「さてと、これで1人。後の2人は手応えがあると嬉しいわッ!」
「さっ、いらっしゃい!アタシが相手になったげるッ!ほらほらッ!!」
少女は少しだけ…いや、かなり気分が高揚していた。ずっとボッチで寒さと空腹に耐えながら張り込みをしていたせいで、ご立腹だった事の八つ当たりが出来るから……と言うと聞こえが悪いが、まぁその通りである。
「何モンだテんメェ!オレ達の邪魔をすぅんじゃねぇ!」
「何モン?アタシのコト?アタシはハンターよッ!」
獣人が語気を荒げて吼えていた。だが変な訛がある為に多少マヌケなようにも聞こえるが、そこは気にしてはいけない。
一方で少女はその獣人の怒声に対して真面目に応えてあげながらも、獣人に速攻を仕掛けていった。
複数の強化魔術を掛けていた少女の体術は強力だった。先にアクロバティックな回し蹴りを喰らった獣人は、未だに戦闘態勢に入れていない。その為に少女が速攻を仕掛けた相手は、「最初に袋を担いでいた獣人に対して」だった。
少女は素早く間合いに入ると前宙しながら獣人の頭頂部目掛けて、縦回転の回し蹴りを繰り出していく。
「でやあぁぁぁぁッ!」
どんッ
「グぬッ!」
「せぇのッと!」
どかっ
「ぐアッ!」
獣人は咄嗟に両手を頭上でクロスさせ頭をガードしたが、その強力な踵落としのような回し蹴りの衝撃に因って足が地面にめり込み、膝が保てず体勢を崩していった。
少女はガードしている獣人に対して完全に脚を振り切り、その脚で着地する。そしてそのまま間髪入れずに、足が地面にめり込んで動けなくなっている獣人の後頭部に向けて強烈な回し蹴りを叩き込んでいった。
当の獣人は回避も防御も出来ず、足に続き顔面までをも器用に地面にめり込ませて轟沈した。
少女は倒した獣人に対しても先程のリーダー格の男と同じように、魔術に因る拘束をした上で結界を張っていく。
その間の千載一遇の好機とも言える状況下に於いても、もう1人の獣人は動かないで様子を窺っていた。
いや、動かなかったワケではない。動けなかったと言うのが正解だ。
本来ならば千載一遇の好機だったかもしれない。だが、そんなスキはどこにもなく襲い掛かれば即返り討ちに合う……と、本能が告げていたのだ。
「さ、お待たせ。闘りましょうか?」
「ったく、テんメェ何ぃモンだよ?」
「さっきも言ったんだけど、そんなに聞きたいなら改めて教えてあげるわッ!アタシは公安のハンターよッ!えっへん」
少女は狂気じみた屈託の無い笑顔を向けていた。最後に残された獣人は、そのよく分からない狂気に気圧され後退りしながらも口を開いていった。
少女は獣人の質問に対して胸を張り、声も高らかにハツラツと言の葉を投げ返した。
その表情は先程とは打って変わって屈託の無い笑みから自信に溢れた表情になっていた。
「こんなぁマナイタドチビがッ?!」
「ぶちッ」
「ふふふふふふふふふふふフふッ」
「な・ぁ・ん・で・す・っ・て・ぇ・?」
「そっかそうよね間違いない。死にたいのね?えぇ、そうよね?死にたいんだものね、仕方ないわ。殺してあげるッ!!」
少女はその一言で一瞬にしてスイッチが入った。少女は身長の事と胸のサイズに人並みならぬコンプレックスを持っている。
拠ってそれらは禁句であり、そこを侵されれば後はただの八つ当たりから残忍な殺戮へと変わると言っても過言ではない。
だから少女は先程とは比べ物にならない速さで、獣人との間合いを一気に詰めていった。
然しながら獣人はその速度に反応すると、少女が獣人の胸の辺りを狙い放った回し蹴りに対して蹴りを合わせて来た。
2人の蹴りが錯綜し「ドがしッ」と鈍い音が響いていく。
拠って不発に終わった少女の回し蹴りに続き、脚技の連撃が次々に繰り出されていく。それはまるで百烈脚のような残像すら見える蹴りの連撃であったが、獣人はそれにも呼応して全ての蹴りに対して蹴りを合わせて相殺していった。
幾重にも及ぶ蹴りの応酬が続いた結果として、少女はだいぶ冷めてきていた。
「へぇ、なかなかやるじゃない!じゃあこれなら、どうッ?」
「アタシに対する非礼を詫びるなら半殺しくらいで勘弁してあげるわ…よッ!」
禁句への怒りが冷めた少女は類稀な格闘センスを持っている(と思っている)自分に、比肩する獣人に対して賛辞を贈っていく。
その上で更に難易度が高く威力も高い技を(見せびらかすように)ぶつける事にしたのだ。
少女はその場で勢いを付けて、身体を空中で横に寝るように捻りながらジャンプした。
それは先程の蹴りより更に高い位置であり、獣人の頭を直上から狙った空中回し蹴りだった。
流石にその蹴りに対しては合わせられないとみるや、獣人は膝を曲げ体勢を低くし回避行動を取った。
拠って少女の放った蹴りは対象が咄嗟に回避した事で、「びゅおん」と凶悪な風切音を掻き鳴らしながら空を切り獣人の頭上を掠めていった。
「て、テんメェ強ぇじゃねぇえか!ヒト種がこんなに強ぇなんて侮ってたぁぜ」
シャキんッ
「格闘技で勝てないから、今度は凶器の出番なワケ?」
「なかなか対した小悪党ね。ぷぷッ」
「ヌかせっ」
獣人は荒々しく言の葉を投げ付けながら爪を伸ばすと、少女に爪撃を連続して繰り出していく。
獣人は連撃を放ちながらその手を休める事はなかった。しかしその全ての爪撃を躱していく少女の闘い振りから、「かなり、分が悪りぃ。逃げ切れるなら逃げた方が得策か……」と、心の中で呟いていた。
ひゅひゅひゅッ
ひゅッひゅひゅひゅひゅッひゅッ
鋭利な爪に拠る連撃が、少女を切り裂かんと幾重にも重なって襲い掛かって来る。
然しながら少女はその見事なまでの体捌きで、縦横無尽に襲い掛かってくる爪撃を躱しつつ反撃の機会を窺っていた。
一方で獣人は逃げる機会を窺いつつも、倒せるのであれば倒したいという気持ちが互いに拮抗していた。
要は優柔不断と表現出来るそんな状態だった。そんな中で、少女の強化魔術の効果は徐々に消えつつあった。
幾度目かの攻撃の後で、獣人は感覚で少女の敏捷性が落ちている事に気付きこれを「勝機」だと感じ取った。これはこの時に「逃げる」事を選択しなかった獣人にとって、失策とも言えるだろう。
少女の敏捷性はヒト種の平均値より少しばかり高いくらいしかない為に、獣人種と比べればそれは低いとしか言えない。
要は逃げるのであれば容易に逃げられたという事になる。
然しながら「勝機を得た」と思い込み、それによって獣人は渾身の一撃を自分の出せる限りの最高速度で放っていった。
ががきいぃぃぃぃぃぃぃぃん
「な…ンダ…と?」
ぶしゅああああああ
「残念だったわね。出直して来なさい。まぁ、出直せたらの話しだけどね」
「うぞ…だ……」
ばたッ
甲高い音が周囲に木霊し響き渡っていた。少女は獣人の爪を受け止めたのだ。
だが普通にその身で受け止める事など、ハンターとは言え普通の女の子(?)である少女に出来ようハズもない。
従って獣人の爪を受け止めた物は自分の愛銃で……だ。
少女は獣人の動きから次に繰り出される爪撃を「突き」だと読み、背中に仕込んでいた自身の愛銃のストックで受けていた。
ただの銃であればそんな芸当は出来無いし、強化魔術が完全に切れていたら力負けをして弾き飛ばされていたかもしれない。だが強化魔術はまだ完全には切れておらず、尚且つ少女の手の中にある愛銃はただの銃ではない。
それは公安の鍛冶責任者兼発明家のドクが魔改造した、逸品とも呼べる一品だった。
この魔改造された銃は、希少で硬度の高い金属をふんだんにマシマシで使用しており、硬度だけはそこらへんの鈍器が裸足で逃げるくらいに非常に硬い。
結果として獣人の爪程度では打ち勝てるハズもない。拠って獣人の放った渾身の一撃は、その攻撃力の高さ故の反動に因って、自ら自慢の爪を粉砕していった事になる。
更には粉砕された爪は獣人自身の腕に食い込み、肉を裂いて断裂させ骨をも複雑に破壊していった。
結論として獣人が放った渾身の一撃の衝撃は、自身の腕を再起不能にしてしまったと言う事になる。
これは「見事な自爆」とでも表現するのが、1番手っ取り早い末路と言えるだろう。




