17話 この世界の"戦"
「しかし、驚いたぜぇノエルさんよぉ。まさか宣戦布告までふっかけてくるとはなぁ」
「フン、何を白々しいことを言っておるのじゃ。既にこうなる事まで予測済みのくせにのう」
ジークの言葉に不機嫌さを露わにしながら、ノエルはドカッとイスに座る。両国の代表同士のみでの話し合いということで、大広間から少し離れた小さな執務室に二人はいた。
「カカカ! 俺様は面白いことのためならなんでもする男だからな。まあ、今はんな事より……何故エマ一人にそこまで執着するんだ? お前さんにしちゃあ随分珍しいと思うが」
「……それこそ逆にわらわがお主に問いたいのじゃが?」
「俺様はただアイツの魔法の力に純粋に興味があるだけさ」
不敵な笑みを崩さずにそう答えるジーク。
「そういう気に食わん性格をしとるお主になんぞエマを渡すわけがなかろうが。それにな……」
と、そこでノエルは一旦言葉を切って、鋭い視線で彼を睨みつけた。
「エマはな、一日一日をまるで噛みしめるかのように過ごしている。わらわにはそう思えるのじゃ。自分が魔法の使い手だと分かった時も、その力に目覚めた時もそうじゃった。あの子はその身に起こったことから目を逸らさず真剣に悩み、そして魔法と向き合う決意をした。わらわが言えた事ではないが、まだ一六歳という歳でじゃぞ? ……そんな所がわらわはたいそう気に入ったし、見守ってやりたいとも思った」
彼女がエマについて語る間、ジークもまた彼女の視線から目を逸らすことはなかった。
「あの子にはこれから何が起ころうとも、自由で幸せな人生を歩んでほしい。だからこそ、わらわはランス国の王女として自分が出来る事をするだけじゃ」
「……なるほどねぇ。つまりはなんだ、俺様と一緒ってわけだな!」
「なっ!? お、お主の興味本位な軽々しい理由と一緒にするでないわ!」
「ナーッハッハ! まあ、この話の決着は今度の戦でハッキリ付けようや。久々の国家間でのイベントだ、こっちの期待通り楽しませてくれよなぁ?」
「クク。油断しておると痛い目をみるぞ、とだけ忠告しといてやるかの」
二人のいる執務室では、既に戦いの火ぶたが切られているようだった。
◇
ノエルによる突然の宣戦布告があって、披露宴は当然中止に。それを受けて城内は徐々に騒がしさを増していった。「ランスとヴィルヘルムの戦争」の事実上の開始が告げられたとなっては当然のことだろうが、しかしながら俺にはどうも、皆のその様子が今の状況を楽しんでいるように見えることが不思議でならなかった。
「……というわけなんですけど」
あれからアニスさんとシオンを連れ部屋に戻った俺は、早速その疑問を二人にぶつけてみた。すると二人も不思議そうに互いの顔を見合わせた後、シオンが逆に質問をしてきた。
「まあエマさんにとって、今の状況を楽しめっていうのは無茶な話だとは思うんですけど……もしかして、エマさんって"戦"のことを知らなかったり?」
「戦を……ですか?」
意外な事を聞いてくる、と思った。
「えっと、戦争……のことですよね? その、人と人が殺したり、殺し合ったりっていう……」
前世で見たおぼろげな戦争の映像を思い出しながら答えると、また二人は顔を見合わせて、それから何かに納得したようすで笑い出した。
「え、え? どうして二人とも笑うんですか?」
「アハハッ! いやごめん。道理でエマが、あの宣戦布告の後どこか怯えるような顔してると思ったよ」
「安心してほしいッス。たしかにエマさんの言う戦争っていうのも大昔にはあったらしいですけど、今話題に挙がっている戦はそういうのとは全然違うッスよ」
そう言うとシオンは「また自分の出番ッスね」と得意げに『この世界の戦』について話し始めた。
「まず戦っていうのは、言ってしまえば一種のイベントみたいなもんッス」
「イベントっていうと……お祭りみたいな?」
「その通りッスね。戦となると、大抵みんなワイワイ盛り上がるッスよ。そしてここからが本題なんですけど、じゃあなんで戦なんて名前で呼ばれているかっていうと、戦が行われるようになったきっかけが理由なんです」
シオン曰く、戦が行われるようになったのは今から百年ほど前。つまりは、二百年前の魔物との戦い……この世界が魔法使いの力で平和となった約百年後のことだ。
当時のヴィルヘルムの王、つまりはジークの祖先が、次にいつ起こるか分からない魔物との戦いに備えるために始めた『模擬戦闘』がきっかけらしい。自国の軍でのみ行われる訓練を、他国とも模擬戦闘という形で行えば、どちらの国にとっても有益となる。すべての国が一体となって魔物との戦いを耐え凌いだ、この世界だからこその発想だった。
もちろん模擬なわけだから、この間のルーサとの決闘同様ケガをすることはあっても人が死んだりすることはない。そこに目を付けたのが今度はノエルの祖先だった。
「いっそ国民をも巻き込んで、楽しいイベントみたいにするのはどうじゃろうか」
軍人だけでなく国民も参加し、その参加者全員から集めた参加費を模擬戦闘による勝敗や貢献度によって報酬として分配され、時には勝者が主催する大々的なパレードも行われる……。そうしていつしか、模擬戦闘はその真面目な部分を失うことなく、しかも国の経済にも大きく関わるイベントへと姿を変えていき、今に至る……というわけだ。
ちなみに今では、国同士だけでなく、国の許可を得たうえで国民同士で開催されることもあるらしい。今回のように、いざこざを解決する手段として用いられるのが多いのだとか。話し合いほどではないにしろ、平和に事が済むあたりこの世界らしいなぁなんて思ってしまう。
「だからあの時、皆さん楽しそうにしていたんですね……。えへへ、何も知らないまま話しかけて恥をかくところでした」
「そっか、エマは人里離れた場所に住んでたんだもんね。知らないのも無理はないか」
「それにここ数十年は王様が今のお二人に代わったりと色々忙しかったせいか、国同士で大々的に行われることが無かったッスからね。自分もまだ参加したことは無いッスけど、話を聞く以上とんでもなく盛り上がるらしいので非常に楽しみ……」
シオンはそこまで言った後、俺の視線に気づいて慌てて謝りだした。
「あっ、ご、ごめんなさいッス! エマさんからしたら誘拐された上に突然こんな事になっちゃってそれどころじゃないッスよね……」
「い、いえいえ、そういうつもりでシオンちゃんを見ていたわけじゃないんです。この前色々教えてもらった時もそうですけど、たくさんの事を知ってて凄いなぁって思って」
シオンは俺よりも年下だけど、正直弟子入りまで考えるレベルには尊敬していたり。
「だから、謝る必要はないですよ。それに私も話を聞いてちょっとワクワクしてきました。最初は争いが始まったらどうしようって怖がってましたけど、シオンちゃんのおかげで安心できましたし」
そう言いながら微笑みかけると、彼女も胸を張りながら「自分情報屋ッスからね!」と笑顔を向けてくれた。
「アニスさんも、わざわざここまで来てくださってありがとうございます。二人とこうしてお話しただけでも、だいぶ気分が楽になりました」
「そう言ってもらえるとアタシも来た甲斐があったよ。本当は無理やりにでも連れて帰るつもりだったんだけどね」
いつもながらに頼もしいことを言ってくれる彼女の存在が嬉しくなって、つい泣いてしまいそうになる。だからといって甘えるのもちょっと恥ずかしいので、ここは我慢だ。
「……ふふっ、アニスさんらしいですね」
「姐さんはここに来る途中も自分らを励ましてくれたんですよ、あの姿はエマさんにも見せたかったッス……」
「あー、あの話はやめてよ、アタシ結構恥ずかしいことしちゃったって思ってるんだから」
「なんか面白そうな話ですね。シオンちゃん、是非教えてくださいっ」
「しーちゃん、絶対、ぜぇーったい駄目だかんねっ!」
……そんなこんなで三人ワイワイとしていた所に、ドアをノックする音と同時にノエルが入室してきた。あの後すぐにジークと二人で話をすると言ってどこかへ行ってしまった彼女だったが、その可愛い顔に疲れが見えるあたり彼との話し合いは大変だったのだろう。その気持ちはよく分かる。
「盛り上がってるとこすまんのう」
「いえ、それよりお疲れ様です。話し合いの方は無事終わりましたか?」
「まだまだこれからじゃなぁ、いかんせん久しぶりの戦じゃからのう。開催する場所やら日時やら参加人数やら、一つ一つ綿密に決めていかねばならんから大変だわい」
大きくため息を付きつつ答えるノエル。今回は国同士の争いなので、当然主催者はその代表であるノエルとジークだ。彼女の姿を見て、その大変さは想像していたよりも大きいのかもしれないと改めて思う。
「すみません、私のために色々と……」
「なに、お主とわらわの仲じゃ、遠慮は無用じゃよ。わらわが勝手にやってることじゃし、何より原因は全部ジークの奴にあるからのう。お主が気に病むことはないわい」
「……そうですね、むしろジーク様から逃れるチャンスを与えてくれたんですから、お礼を言うべきでしょうか」
「ハッハッハ! そうじゃな、それくらいの気でおったほうが楽というものじゃ」
彼女の優しさにまた涙腺が緩み始めてしまう。本当に、この世界に来て優しい人たちと出会えて良かったなぁ……。
「おっとそうじゃ、アニスとシオンに話があるんじゃった。わらわはこの後またジークと話し合いをして、明日ここで両国民に正式に戦開催の共同会見をするから今日は泊まっていくつもりじゃが……お主たちは一足先にランスに帰るか? 戦に向けて準備することもあるじゃろうし」
「あ、あのっ」
二人が何かを言いかけるよりも先に、俺は声をあげる。恥ずかしいけど、これ以上は自分の気持ちを抑えることが出来なかった。
「よければ、お二人も泊まっていきませんかっ。こ、この部屋、私一人だとちょっと寂しくって……」
真っ赤な顔を隠すようにうつむきながらそう言った俺が次に目にした光景は、満面の笑みでこっちに飛び込んでくる二人の姿だった。
◇
翌日、例の披露宴が行われる予定だった大広間では、ノエルとジークによる共同会見が行われた。数十年ぶりの国同士の戦の開催と聞いて、両国民は大騒ぎとなったそうだ。
開催のきっかけとなった俺の存在も、隠そうとするノエルを無視したジークがあっさり暴露したどころか、会見にまで同席させられたせいで注目の的になるという辱めを受けた。その姿を見て楽しそうに笑っていたジークにはいつか必ず仕返しをしようと心に誓った。
そして、その会見から三日後。
事前に決められた武器を持った、両陣それぞれ五百人以上の参加者が集まったヴィルヘルム領内の"会場"にて。
「全参加者よ、準備はよいか! ただいまより、ランス対ヴィルヘルムによる戦の開幕じゃ! それぞれの頑張りのもと、この戦が大成功することを期待しておるぞ!!」
「「「おおおーーーーっ!!!!」」」
ノエルの高らかな挨拶と共に、両国の歴史に残ることとなる大盛り上がりを見せた戦が幕を開けた。




