第六十三話 元勇者は、漸く自身の勘違いに気が付く件について(仮)
「ミア、お前が言っていた妖精って言うのは、彼女のことじゃないか?」
俺が身体を少しそらすと、一匹の妖精が姿を現す。
ラピリンスと、ミアの視線が合った。
ミアが、ラピリンスの前まで歩みを進める。
「私のことを、覚えていますか?」
「もちろんですます! 大きくなったですます!」
「はい、あなたのおかげでここまで大きくなることができました。ずっと、お礼が言いたかった……」
ミアが、姿勢をただし、
「あの時は、助けていただいて、ありがとうございます!」
と、頭を下げる。
――本当に律儀な子だよ。
「わたしたちは、人間のことを特別好きというわけではないですます。自然を傷つける人間は嫌いですます。だけど、あなたは自然のことをとても大切にしていたですます! だから、助けたですます! そして、それは間違ってなかったと今、思ったですます!」
妖精とはいえ、長い月日を生きている。
なんというか、年長者の言葉だな、と笑みが出た。
それから、ミアとラピリンスはしばらく会話をした後、ラピリンスが長たちの元へと帰っていった。
「ヒカルさん」
ミアが振り返り言う。彼女がこれからどんな言葉を紡ぐのか、大体予想は付いている。
「本当に、なにからなにまで、ありがとうございました」
「はは、いいって。これらもなにかあれば言ってくれよ」
「はい」
とミアが笑顔で言う。
――お、これは前進だな。
今までのミアならば、素直にそう答えることはできなかったはずだ。これは、今回の出来事で最も価値のある出来事だな。
「さて、今日でこの森での生活も終わりだ。ってことで、帰り支度をしたいわけなんだけど……、ユリスはどこだ?」
「ユリス様なら、おそらくもうすぐ帰ってくるかと」
とミアが言ったとき、遠くのほうから「おりゃあああ!!」という叫び声が聞こえてくる。
――なんだ?
と思っていると平原に、一人の女性が現れる。
身体中を血に染めた人物であり、後ろには、大きな動物を引いている。
――なんだありゃ?
「あれ? ヒカルたち帰って来てたのー?」
と明るい声、その声を聞いて、漸くその人物がユリスであることに確信が持てる。
なんというか、少しみない間に、立派に逞しくなっているなおい。
――おじいちゃんみたいな感想だな。
ユリスが後ろから引いてきているのは、巨大なイノシシだ。
初日にミアが倒したやつに比べると一回りほど小さいが、それでも巨大なイノシシと言える。
ユリスは俺の前まで来る。
「おいおい、まさか殺したのか?」
「殺してないわ」
――よかった。
せっかく妖精を助けて、森の惨状を許してもらえたってのに、ここでユリスが動物を殺していたら元も子もない。
――だけど。
「お前のその血はなんの血だよ?」
「ああ、これは私の血よ。ちょっと頭切っちゃって、頭からの血って派手よね」
「いやいやいや、派手でもその出血量はやばりだろ」
俺は急いで、ユリスに回復魔法を施した。そして、次いでに清掃魔法も施しておく。
それにより、ユリスの身体は綺麗になる。
「お前はいつからそんな野蛮な人間になったんだ?」
「野蛮なんかじゃないわよ。ただちょっと、ヒカルに舐められるのも癪だからね。少しくらいできるようになりたかっただけよ。それに、近接戦闘が苦手なのは克服したかったしね」
「なるほどねー」
イノシシを見て、肩をあげる。
――苦手克服のため、とはなんとも修行熱心なことで。
「まあ、よくがんばったんじゃないか? ユリスにしては、だけどな」
「な、なによ。褒めたかったら素直に褒めればいいじゃない」
ユリスが、なぜかそっぽを向いて言う。
――素直に言ったんだけどな……。
これは言うとまた怒られそうだから辞めておこう。
「ってか、どうして貴族のお前が戦闘訓練なんかする必要があるんだよ? 聖騎士として、って意味なら、別に遠距離支援タイプになればいいだけだろう?」
――まあ、だからって、近距離の訓練をしない理由にはならないことは当たり前だけど。
ユリスにしては珍しいな、と思ったので、つい聞いてしまった。もしかすると、これも怒られるかもしれない。
「ヒカルに付いていくなら、これくらいできないと駄目でしょう?」
「は? 俺に付いてくるってどういう意味だよ?」
「だって、ヒカルはこれから勇者道を歩むって、さっきシャルが戻ってきたときに言ってたけど? なんか、ボス? の正体がわかったからには、こっちのもんだぜ。みたいなこと言ってたけど。ボスってなんなの?」
あんぐりと口が開く。
――あの野郎! ぺらぺらと!
俺はシャルを探すが、いつのまにか、あの野郎は俺の傍から消えていた。
俺のところに来る前に、こっちに一度寄ったんだろうな。そのときにユリスに話したってことか。
おそらく、俺が怒ることを危険察知能力で察知して逃げたんだろうな。
後で、こってりと絞ってやる。
「と、とりあえずだな」
今は、こちらをフォローすることが最優先だ。
「シャルの言葉はある程度無視してもらって構わないから、うん。基本的に無視してくれ」
それが一番良い選択だな。
「わ、わかったわ」
ユリスは怪訝な顔をしながら、頷いてくれる。もしかすると、こいつ、いいやつなのかもしれない。
「それで、あいつは来てるか?」
「ああ、あの子ならテントで着替えてるわよ。もうこんな格好する必要ないから、とか言ってたけど」
「ふーん」
――格好?
よく意味がわからないな。
まあ、今は考えないでもいいか。
「わかった」
とユリスに言って、俺はテントに近づいてく。
そして、テントに対して声を掛けた。
「居るか? ヒカルだ」
「ああ、いるよ。ちょっと待ってくれ、今着替えてるから」
「別に着替えながらでもいいよ」
俺は、テントのジッパーに手を掛ける。そして、それを勢いよくおろした。
その音にびっくりしたのか、中から「ええ??」という声が聞こえてくる。
――そないにびっくりせんでもー。
と思いながら、中を覗いた。
「は?」
――お?
「き、着替え中だって言ったじゃないか……」
「…………………………………………………………………………………………」
細い身体に、綺麗な素肌。透き通る髪は肩まで伸びており、こちらを見ている顔には、恥ずかしさから来る赤みが掛かっていた。
それだけ見ると、まだ、驚きはしない。
少し恥ずかしがりやなのかな? と思う程度だろう。
しかし、手で大事なところを隠している胸には、小さいながら膨らみがあった。
「お前……」
「は、早くしめてくれないか……?」
「あ、ああ。すまん」
俺はテントを閉め、空を仰ぐ。
――え?
まだ理解できないと混乱する頭を整理しながら考える。
テントの中に居たのはユージンだ。俺が一生懸命に死んだことにしたユージン・サラエボである。
俺の認識ではユージンは男だったはずだ。
その彼が俺に着替えを見られるだけで顔を赤くし、胸に膨らみを持っていた。
ということは?
「あ、なるほど」
どうやら、ユージンだった男は、実は女性だったらしい。
――ふむ。
口を命一杯あけてー。
「えええええええええええええええええええええええええええええええ????!!!!」
「な、なによ!?」
ユリスが俺の悲鳴を聞いて顔をしかめて言う。
「あ! もしかしてヒカル、テントの中覗いたんじゃないでしょうね? 乙女の着替えを除くなんて最低よ!」
「乙女……だと?」
「だって、ユージンは女の子じゃない」
「は??」
待て待て、ユリスは知っていたってことか?
「ちょっと待て、ユージンの性別は?」
「女よ」
「ミ、ミア」
「はい」
「ユージンの性別は?」
「女性ですね」
瞬きの回数が急激に増えた気がする。
あれー? ドライアイかな?
「ユージンが女性だって知ってたのは、お前ら二人だけか?」
「いや、シャルも知ってたし、クラスの皆も大抵は知ってたんじゃないかな? というか彼女が女性なのは、別に隠してないしね」
「そうですね。従者でも、周知の事実だったと思います。ヒカルさんもご存知でしたよね?」
「あ、当たり前じゃんかー。なにいってんだよー」
「だったら、どうしてそんなこと聞いて来るのよ?」
「確認だよ確認。俺にはいろいろなことを確認する必要があんだよ」
「なによそれ?」
「それはまだ教えられない。教えられるときになれば、教えてやろう」
「ユリス様。ヒカル様は聡明な方です。おそらく何か意図が合ったに違いありません」
――ミア。君のその純粋な言葉は今の俺の心には痛い言葉だよ。
「そう? 私には、ヒカルが勘違いをしていたとしか思えないんだけど」
「そ、そんなわけないだろ? 俺だって最初から気が付いていたさ」
「まあ、そうよね。私最初にちゃんと女性だって言う感じで伝えたと思うし」
――そうだったっけ?
しかし、ユージンが女性だったということなら、確かに色々と説明が付く感じはする。まずは身体が華奢なこともそうだが、ユリスたちが、ユージンの同居を素直に認めた理由とか、なぜかトイレでユージンと合う確率がないこととか、家でも風呂などのときは、俺に来ないようにと言って来たりとか、着替えを見たことがないとか、今から思えば女性だということを、ものすごく納得できる言動、行動ばかりだ。
――なぜに俺は気が付かなかった??
というか、俺以外の、特にシャルなどが気が付いていることが、とても腹立たしい。
――あいつ、匂いとかで性別分かったりするタイプか?
あいつなら、ありうるな。
とか思っていると、
「す、すまない。少し突然のことで動揺した」
と云って、ユージンがテントから出てくる。
少し現状としては顔を合わせづらいが、まあ、別に気にすることじゃない。ちょっとしたハプニングの一つだ。
――それに大事なところは見えていないし。
俺は自分の都合の良いように解釈する。
それが荒波を生き残る処世術だ。BY元勇者。
「あら、可愛らしい服ね」
ユリスが言う。
「似合うかな? こういう服は、最近はあまり着ていなかったから、なんとも気恥ずかしいものなんだけど」
「お似合いだと思いますよ」
出てきたユージンは、可愛らしいショートパンツに、半そでのTシャツという姿だった。Tシャツには、少しフリルなどが付いていて、オシャレだとは思う。
確かに、これまでのユージンは着ていたキッチリとしたものに比べればカジュアルだった。
「どう、だい?」
と、ユージンが聞いてきた。
――まあ、ここは男らしく。
ごほんと、咳払いをして、
「似合ってるよ!」
――これで覗いたことはチャラにしてくれ……ないか。




