第七話 元勇者は、忙しく働く件について
ウワサというものは、すぐに広がるものだ。それは本人の意思とはまるで違う方向へと向かってしまうのも、よくあることで、誰でも経験をしたことはあると思う。
オリビヤ家長女、ユリス・オリビヤの婚約者が、その従者、ヒカル・ドゥンケンハルトとの決闘により決まるというウワサが広がったのは、すぐのことだった。
だけど、そのウワサはどこかしらで湾曲されて、最終的に、それが五人の婚約者候補との戦いではなく、自由応募による逆玉の輿制度になってしまったのは、一体全体何のいたずらだと思えばいいのか。
――これも試練なんですかね。神様……。
王都の中でも屈指の広さを誇る競技場を持つ、聖錬学園の第三競技場に、出場者はもちろん、戦いを見に来た貴族や、王都の国民、また、話を聞きつけた学園の学生たちで、観客席は満員御礼となっていた。もしも、入場料なんかを取れば、大もうけになっていたに違いない。
――やっておけばよかった……。
「おいおい、ユリス。これは流石に予想してなかったぞ」
「奇遇ね。私もよ」
「俺、ここで模擬戦するの、めっちゃ嫌なので、帰ってもいいですか?」
婚約者連中には事前に、模擬戦のことは伝えている。
「いいわけないでしょ。そんなことされたら、オリビヤ家の名が穢れるじゃない。責任取れるのかしら?」
「いや、ミヤにでもやらせればいいだろ。十分、強いわけだからさ、なんならシャルでもいい」
「ダメよ。それだと相手が負けたとき、女相手だから手を抜いたんだ。とか言い出しかねないじゃない」
「はあ……、そうかい」
出場者は総勢五十二人、よくもまあ、これだけの人数が集まったものだ。
その中に正規の婚約者である五人は入っていない。なんでも、そうやって集まった連中と同じにされたくはないらしい。
五十二人の中にも貴族どもはいる。それに学園の学生さえもいる始末だった。だけど、流石オリビヤ家、家柄的には誰もが下のやつらばかりらしい。
まあ、俺としてはどうでもいいけど。
競技場には、真ん中に大きなリングがあり、その両脇の下に、選手が控えることができるテントが置かれている。
競技場自体は吹き抜けになっていて、外といっても変わりない。
「調子はどうですか?」
ミアが隣に来て、聞いてくる。ほんと、俺の癒しはお前だけだよ。
まあ、元魔王だけど。
「まあ、普通かな。いつも通り」
「そうですか。今回のことお受けしてくださいまして、ありがとうございます」
ミアは仰々しく頭を下げてきた。
「いやいやいや」
俺はそんなミアの頭をすぐに上げさせた。
「ミアがそんなことする必要はないって」
「いえ、ですが、ユリス様がご無理を言ったので」
――まあ、それは否定しないけど。
それでも、本当にユリスが謝る必要はない。
結局オーケーしたのは俺だ。なら責任は取る必要はあるだろう。
「ま、適当にやるよ。ユリスのためにせいぜい負けないようにしないとな」
「ヒカル様が負けるようなことはないと思いますよ」
「わからないぞ。もしかしたら、とんでもないやつがいるかもしれないからな」
「はは、ご冗談を」
いつのまに、民衆の思い込みというやつで、盛大な催しになってしまった今回の婚約者争奪戦。
ここで俺がすることは、もちろん多くなっている。
簡単に言えば、審査が3段階となっているわけだ。
まず最初に、五十二人がそれぞれ四つの島に分かれてトーナメント方式で、その中から四人の猛者を決める。
そして、その四人の猛者が、今度はサドンデス戦を行い、勝ったやつが、俺と勝負をする。
そこでもしも猛者が勝てば、今度は正規の婚約者を入れた六人で、さらにトーナメントが行われる。ということらしい。
つまり、いつのまにか、最後の関門が俺ではなく、婚約者どもに摩り替わっているというわけだ。
まあ、これに関してとやかく言うつもりはない。
貴族どもの性根が腐っていることくらい知っていたし、保身に走るのも、まあ可愛らしくていいじゃないか。
だけど問題は……。
――俺が、最後以外の全試合の審判をしないといけないということだ。
今回の催しで、なんでも外部の人間は一切シャットアウト、ということになっているらしく、審判をオリビヤ家から出すことになった。
オリビヤ家にも優秀な聖騎士なんかはいるわけだから、そいつらがやったらいいと思うんだが、どうやら、なぜかそうなるわけではなく、俺が審判をするという流れになったらしい。
――まあ、本当の理由くらい、わかるけどな。
なんでも、これは今日と明日の二日に分けて行うらしいから、俺の拘束時間たるや、ハンパないものだ。
それが、何よりも俺をいらだたせる原因だった。
――何せ、畑に行く時間がない!!
「君がユリス様の従者かい?」
そのとき、典型的な嫌な声のやつが近づいてくるのがわかった。ここまで典型的なやつっていうのも、またおもしろくはある。
「はあ、まあ、そうですけど」
「なんでも、あのド田舎から来た平民、いや愚民からのし上がってここまで来たらしいじゃないか」
「はあ、みたいですね」
一応丁寧語くらは使ってやる。
――ここには、ユリスの従者ときているから、いきなり問題は起こせないからな。
「ああ! 僕の名前を教えていなかったね。僕は、あの天下の一族、今や知らぬものはいないあの竜殺しの一族、オールランド家が四男、ガルット・オールランドだ。君を倒す男の名前だ。覚えておくといい」
「……」
ガルットとやらは、そういうと、金髪の髪をなびかせて、無駄に暑そうなマントを可憐に? ひらひらとさせながら、颯爽と去っていた。
――嘘だろ……嘘だろおおおおお!!!!!
これは完全にのろわれているとしか思えない。いや、逆にそうであってくれ、そういった類のせいで付きまとわれていることにしてもらわないと、運命だとかだったら、発狂ものだから!!
オールランド家、つまり、先ほどのガルットとか言うやつは、あのパンクロックのオールバック野郎と同じ一族だってわけだ。
そう考えると、あの嫌味な感じも確かに納得ができるものではあった。
――だけどないわー。
まあ、安心した。
あいつは楽勝に倒せるだろうな。
しばくらくすると、挨拶周りとやらにあくせく行っていたユリスとミアが戻ってきた。
「なあ、ユリス」
「何よ?」
「今回の婚約者って、家柄的にどうなんだよ?」
「何? そんなこと気にしてるの? 意外ね」
「いや、さっき1人挨拶に来てさ。まあ俺も言う感じの悪いやつだってけど、あのオールバック……、いや、竜と戦ったとき隊長だったやつと同じ一族らしかったから、どうなのかなってな」
この前のやつは、家柄が完全に向こうが上だったから、ユリスは拒否ができなかったわけだ。
だけど、今回明らかに決定権はオリビア家にあるみたいだし、おそらく立場的には向こうが下のはず。だけど、オールバック野郎の家は、なんとか英雄貴族だった気がする。
つまり、オリビア家よりも上位貴族であるはず、ということだ。
ユリスは、俺の疑問を感じ取ったのか、顔を見てから一息吐いた。
「全部、オリビア家よりも上よ」
「え?」
「でも、お父様が前回のことも踏まえて、私の納得する人と結婚をしてほしいって言ってくれてね。それで今回のこの模擬戦を計画できたの、私の従者に勝てないような人は、嫌だ! とごねたのよ」
「ふーん、そうか」
ユリスの父親というのも、中々に娘思いではあるみたいだ。前回のことについて反省くらうはしているのかもしれない。
――ってことは、いろいろと覚悟したほうがよさそうだな。
地位の高いやつは何をしてくるかわかったものじゃない。
久しぶりの投稿です。よろしくお願いします




