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とうりゃんせ  作者: 秋文


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第1話 いつもの夢

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件等とは一切関係ありません。

※ホラー・ミステリー作品です。苦手な方はご注意ください。



 

 夜。暗く広い建物の中を、私は裸足で走っていた。


 廊下の低い位置にある非常口の緑のライトが、辺りを不気味に照らしている。

 心臓が激しく脈打ち、目から涙が溢れ出していた。


 やだ、来ないで! 


 自分の荒い呼吸と、裸足で床を蹴る音だけが暗闇の中に響く。

 薄暗い建物内を、夢中で駆け抜ける。長い廊下を走り、手すりを頼りに階段を駆け降りる。降りた先の廊下をまた走り、突き当たりの扉を開けて、広間を突っ切り、その先の扉を開けると、長い廊下がある。低い位置にある非常口の緑のライトの前を、走り抜ける。

 追いかけてくるのが何なのかは、わからない。

 けれど——ここで止まったら終わりだ。それだけは、はっきりと感じていた。

 はっ、はっ、はっ……。

 背後に、何かの気配が迫る。全身の毛が逆立ち、息を吸っても吸ってもどんどん苦しくなっていった。


 だめだ、追いつかれる――。


 その瞬間。

 私は、目を覚ました。

 見慣れた自室の天井が、ぼんやりと目に入る。

 息はまだ荒く、心臓が激しく鳴っている。

 はっ……はっ……。

 生唾を飲み込み、ゆっくりと息を吐く。

 小さい頃から、何度も見てきた嫌な夢だった。


 ベッドから起きてカーテンを開けると、眩しい朝日が部屋に差し込んでくる。私は目の端に溜まった涙を拭った。

 そのまま窓を開けると、初夏ならではの澄んだ風が肌を撫でていった。汗ばんだ身体を心地よく冷まし、悪夢の記憶をひとつ残らず連れ去っていく。

 私の心は、すっかりいつもの穏やかさを取り戻していた。


 パジャマのままリビングに向かうと、エプロン姿の母がキッチンで朝食を作っていた。

 この2DKのアパートで、私と母はずっと二人暮らしをしている。

「咲(さき)、おはよう」

「おはよー」

 食卓の椅子に腰掛ける。自室から持ってきたスマホの画面をタップし、昨夜やりとりしたメッセージを開いた。

「ねぇお母さん。夏休み、ともちゃんたちと高校のメンバーで泊まりで旅行行ってもいい? 二泊三日なんだけど」

 そう言うと、母は調理の手を止めずに答えた。

「いいけど、大学生だからって、ハメを外しすぎないでね」

「分かってるよ。一応宿の名前とURL、送っとくね」

 メッセージを送信すると、母のスマホがすぐに鳴った。母はフライ返しを持ったまま、ちらりと画面を見ただけで、「はーい、後で見とくね」とだけ返した。

「あと、田舎だから電波あんまり通じないかもって、ともちゃんが言ってたよ」

「了解。まぁ、メッセージくらい送れるなら、ちょうだいね」

 卵焼きの良い匂いがした。



 夏休みに入り、旅行当日となった。

 バス停前に集合したのは、私とともちゃんを含めた女子六人、男子五人。合わせて十一人のメンバーだった。

 高校三年間、同じ学科で過ごした仲間たちだ。


「咲、おはよう!」

「おはよー、ともちゃん達、早いね」

 ともちゃんの、いつもの明るく優しい笑顔が迎えてくれた。

 側にいたあかりが声をかけてくる。

「咲、久しぶり〜! なんか可愛くなってる〜!」

「あかり、ピアス開けてるじゃん!」

 耳元の大きなシルバーピアスが、朝日を受けてきらりと光った。

「かっこいいでしょ〜? ってか、圭(けい)! なにその髪色!?」

「大学生デビューだよ! いい、何も言うな!」


 ひとしきり騒いだあと、空いたバス停の椅子に荷物を置いた。

「ふー……重かったぁ」

 隣で麦茶を飲んでいたともちゃんが、ペットボトルを差し出す。

「飲む?」

「うん。ありがと」

 受け取ると、そのまま一口飲んだ。乾いた喉を潤していった。


 卒業してからも当時のグループチャットは、そのまま残っていた。

 普段はほとんど動かない。たまに誰かが近況を報告したり、誕生日にメッセージが飛び交ったりするくらいだった。


 ともちゃんと私は、同じ大学に進んだ。学科は違えど、お昼はたまに一緒に食べる。私の大親友だ。



 ――そもそも、この旅行が決まったのは六月のことだった。

 大学内の食堂で、ともちゃんは私にスマホの画面を見せながら話した。

「ねぇ、夏休みに高校のメンバーで、ここ行かない?」

 そこには、小学校の宿泊学習で行ったような施設の写真が映っていた。泊まれる人数は少なく、三十名くらいが最大らしい。

「山の中にあって、バーベキューとか花火できるんだって!しかも結構安いの!二泊三日なんだけど……どうかな?」

 ともちゃんの目はキラキラに輝いている。

 こういうリーダータイプがいてくれると、本当に助かる。私だけじゃ、きっと他の高校時代の友達と会うこともできずに大人になって行くのだろう…。

「いいじゃん!行こうよ」

「よかった。じゃぁ、決まりね!」

 ともちゃんは、笑みをこぼしながらスマホで何かを打っている。

 私はそれを横目に、食堂のカレーを口に入れた。

 少しして、私のスマホが鳴った。

 グループチャットに『夏休み、自然教室参加者募集!』のメッセージと、可愛いキャラクターのイラストが踊っていた。

 私は、クスッと笑った。

 本当、頼りになる親友だ。久しぶりにみんなに会える。楽しみだな。



 宿に向かうバスの中。

 私と、ともちゃんの後ろの席に座る男子たちが言った。

「知ってるか?あの宿、幽霊が出るっていういわく付きらしいぜ。」

「まじかよ!夜、肝試ししちゃう!?」

 ともちゃんが振り返り、背もたれの隙間から後ろの二人を、じっと見た。

「もー、だから安いってわけじゃないんだからね!田舎だからだよ。咲が怖がるから止めてよね」

 ともちゃんに叱られ、二人は「はーい」と声を揃え、一瞬大人しくなる。

 私は、まるで母親と子どものようなやり取りに、少し笑った。

 そこまで自分では怖がりだと思っていないんだけどな。

 けれど、お化け屋敷に行きたいとは思わないし、ホラー映画よりも話題の恋愛やアクションを選んで、ともちゃんと一緒に見に行っているな、と改めて思った。


 窓の外は、もう街中を過ぎ、山中へと向かっていた。

 一軒家がまばらに建ち、田畑が広がっている。

 のどかな田舎の景色。


 初めて見るはずなのに、子どもの頃に見たような…そんな気がした。





お読みいただき、ありがとうございます。


小説を書き始めて間もないので、まだまだ拙い点も多いですが、気軽に楽しんでいただけたら幸いです。

リアクションや評価、ブックマーク、感想などいただけましたら、めちゃくちゃ励みになります!!!!

時折、投稿済みの作品を改稿してます。


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