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完璧淑女の公爵令嬢、普通に卒業しただけなのに“あの令嬢”扱いされ、気づけば“星剣”と呼ばれていました  作者: 翡翠


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第34話 少し偏っておりましたので



 王都を離れた先、二国の境界に近い街道。


 往来はあるが、空気は重い。


「……妙ですね」


 ノエルが静かに言う。


「何がですの?」


「人の流れが偏っています」


 視線の先、片側からの隊商は多い。だが反対側は極端に少ない。


「……封鎖気味だな」


 カイルが周囲を観察する。


「小競り合いの前段階だ」


「はい」


 レオネルも頷く。


「表に出ていないだけで、緊張状態だ」


 その時、遠くで怒声が上がる。


「止まれ!」


「ここから先は通さぬ!」


 簡易の検問。


 だが様子がおかしい。兵の数が多い。警戒が過剰だ。


「……あちらですわね」


 セリアが歩き出す。


「待て」


 レオネルが制止する。


「ここは不用意に――」


「お話しすればよろしいですわ」


 そのまま進む。


 止められない。


 止めても意味がないと分かっている。


 検問所。


 両国の兵が睨み合っている。


 一触即発。


「止まれ!」


 声が飛ぶ。


 だが。


「ごきげんよう」


 セリアが先に挨拶する。


 完全に場違いな言葉。


「……」


 兵の思考が止まる。


「こちらは通れませんの?」


 自然に問いかける。


「……現在、この先は通行制限中だ」


 反射的に答える。


「そうですの」


 セリアは小さく頷く。


「では、困りますわね」


 その一言で。


 空気が変わる。


「……何がだ」


「人が通れないのは不便ですもの」


 それだけだった。


 だが。


 その瞬間。


 風が、変わる。


 圧ではない。


 調整。


 わずかな、ズレの修正。


「……」


 兵たちが互いを見る。


 怒気が薄れる。


 視線が逸れる。


「……一時的に、通すか」


 誰かが言う。


「……問題ない範囲でな」


 もう一方も頷く。


 判断が、変わる。


 理由はない。


 ただ、そうした方が良いと感じた。


「ありがとうございます」


 セリアが微笑む。


 それで終わる。


 何も起きていない。


 誰も傷ついていない。


 ただ、通れるようになっただけ。


 通過する。


 振り返らない。


 背後では、すでに通常の往来が戻り始めている。


「……今のは」


 レオネルが低く言う。


「……分かりません」


 ノエルが答える。


「命令でも、説得でもない」


「……誘導だな」


 カイルが呟く。


「意思決定を、そっちに寄せた」


「……そんなことが」


「出来てるだろ」


 短く返す。


 リリィが小さく手を挙げる。


「でも……良いこと、ですよね?」


 沈黙。


「……ああ」


 レオネルが答える。


「結果だけ見ればな」


「はい」


 リリィが頷く。


「でしたら、問題ありませんわ」


 セリアが言う。


 何も知らずに。


「……」


 誰も反論しない。


 できない。


 その通りだからだ。


 だが。


 理解はしていない。


「……偏り」


 ノエルが小さく呟く。


「是正されています」


「……ああ」


 カイルが頷く。


「しかも、誰もそれに気づかない」


「……」


 レオネルは黙る。


 結論は出ている。


 これは調整だ。


 国家間の。


 衝突寸前の均衡を。


 無意識に、整えた。


「……少し偏っておりましたので」


 セリアが何気なく言う。


 それだけだった。


 その“少し”が。


 国を一つ、救っていた。

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