第13話 計算は、途中で意味を失う
――任務は単純だったはずだ。
接触しろ。
刺激するな。
関係を作れ。
それだけ。
それだけのはずだった。
「……おかしいな」
男は小さく呟いた。
名を持たない影。
王国の裏で動く者。
観察、分析、誘導。
それが役割。
それが自分。
――のはずだった。
◇
「それで、その魔法陣はどのように組まれておりましたの?」
セリアが楽しそうに尋ねる。
木陰に腰を下ろし、まるで雑談のように会話を続けている。
「……まあ、基本は転移系の応用だ」
男は答えていた。
気づけば。
自然に。
「座標を固定して、対象を強制的に引き寄せる」
「まあ。無理がございますわね」
セリアは即座に言う。
「流れが歪みますもの」
「……普通は、そこまで分からない」
「そうかしら?」
首を傾げる。
本気で不思議そうに。
男は、言葉を失う。
分からない。
なぜこの会話が成立しているのか。
本来なら。
こちらが主導権を握り。
情報を引き出し。
関係を構築する。
そのはずだった。
だが。
「では、どうすればよかったと思う?」
気づけば、聞いている。
立場が逆転している。
「そうですわね」
セリアは少し考える。
「そもそも、無理に呼び出す必要がありませんわ」
「……は?」
「来ていただけるようにすればよろしいのですもの」
当然のように言う。
だが、それは。
「そんなことが出来るなら苦労は――」
言いかけて、止まる。
出来る。
この目の前の存在なら。
出来る。
理屈ではなく。
確信として。
「……」
沈黙。
思考が、止まる。
◇
「お仕事は大変ですのね」
セリアが柔らかく言う。
「まあな」
男は肩をすくめる。
「簡単じゃない」
「そうでしょうね」
頷く。
否定しない。
評価もしない。
ただ、受け入れる。
「でも」
セリアは続ける。
「無理をなさらない方がよろしいと思いますわ」
「……無理?」
「はい」
穏やかな声。
「無理をしても、うまくいきませんもの」
その言葉が。
妙に、刺さった。
「……」
男は視線を逸らす。
なぜだ。
なぜ、こんな言葉に。
「……仕事だ」
小さく言う。
「やらなきゃいけない」
「そうですわね」
セリアは頷く。
否定しない。
ただ。
「でしたら」
一拍置く。
「出来る範囲でなさるのが一番ですわ」
それだけだった。
それだけなのに。
思考が、崩れる。
◇
計算。
予測。
最適解。
それらすべてが、意味を失う。
この存在の前では。
「……何なんだ、お前は」
ぽつりと漏れる。
問い。
だが、答えは分かっている。
「セリア・アストレアですわ」
当然のように返る。
それ以上でも、それ以下でもない。
「……そういう意味じゃない」
「?」
本当に分かっていない顔。
それが、何より厄介だった。
◇
「そろそろ参りましょうか」
セリアが立ち上がる。
「はいっ」
リリィが続く。
ノエルは無言で周囲を確認する。
「……行くのか」
男が言う。
「はい」
セリアは頷く。
「西は終わりましたもの」
終わった。
あっさりと。
当然のように。
「……そうか」
男は小さく息を吐く。
ここで終わり。
本来なら。
だが。
「よろしければ」
セリアが振り返る。
「ご一緒にいかがです?」
軽い提案。
何気ない一言。
だが。
それが決定打だった。
「……」
沈黙。
長い沈黙。
選択。
本来なら、ありえない選択。
だが。
「……少しだけだ」
口が、そう答えていた。
理屈ではない。
計算でもない。
ただ。
そうした方がいいと感じた。
「ありがとうございます」
セリアが微笑む。
それだけで。
決定は確定する。
◇
――任務は、逸脱した。
だが。
それを修正しようとは、思わなかった。
それどころか。
「……面白い」
男は小さく呟く。
初めてだった。
計算ではなく。
感覚で動くのは。
そして。
それを否定する気が、まったく起きなかった。




