旅立ち
その村は、世界の果てみたいに静かだった。
朝露に濡れた草を踏みしめながら、俺はいつもの丘に向かっていた。
木剣を振る音だけが、やけに大きく響く。
ミナト「……はぁっ!」
振る。振る。振る。
何百回、何千回。数えるのはとっくにやめた。
それでも、剣を振るしかなかった。
――俺には、魔力がない。剣術と力で強くなるしかない。
魔力が無ければ人並みの攻撃ができない。
火を灯すことも、風を操ることもできない。
冒険者としては、最低ランクにすら届かない。
それでも。
「強くなる……絶対に」
呟いたその言葉は、誰に聞かせるでもなく、ただ空に消えた。
◇
村の外れ、小さな家の前。
彼女は、いつも通りそこにいた。
アイリ「遅いよ」
腕を組んで、少しだけ不機嫌そうに俺を見る。
「悪い、ちょっと鍛錬してて」
「また? 本当に好きだよね、剣」
呆れたように笑うその顔に、胸が少しだけ締め付けられる。
幼なじみ。ずっと一緒に育ってきた、大切な人。
――今日、言わなきゃいけない。
「なあ」
「ん?」
「俺さ」
喉が、やけに渇く。
「……お前のこと、ずっと――」
言いかけて、息を飲む。
逃げるな。ここで言わなきゃ、一生後悔する。
「好きだ」
言った。
風が、少しだけ強く吹いた気がした。
彼女は、驚いたように目を見開いて、しばらく何も言わなかった。
やがて、ゆっくりと視線を逸らす。
「……そっか」
短い返事。
それだけで、全部わかってしまいそうになる。
でも――
「私ね」
彼女は、小さく息を吐いてから言った。
「私のお父さんみたいな人がいいの」
その言葉に、胸がざわつく。
「どんな相手でも守れて、どんな絶望でも諦めない人」
「……ああ」
知ってる。
あの人達は、村の誇りだった。
伝説みたいに語られる、Sランクの冒険者。
「だから――」
彼女は、まっすぐ俺を見た。
「ミナト...強くなって」
「…………」
「私のお父さんと同じ場所に立てるくらいに」
静かな声だった。
でも、その言葉は、剣よりも深く刺さった。
「そしたら、そのとき……」
少しだけ、頬を赤くして。
「ちゃんと、答える」
◇
その日の夜。
俺は、村を出ることを決めた。
荷物なんてほとんどない。
剣と、少しの食料。それだけで十分だった。
家の前で、最後に振り返る。
小さな村。何もない場所。
でも――全部があった場所。
「……行ってくる」
誰に言うでもなく、そう呟く。
足を踏み出す。
その一歩が、やけに重い。
でも、止まるわけにはいかない。
――強くなる。
あの人達に並ぶために。
アイリの言葉に、応えるために。




