第56話 深い森でサンドウィッチを食べながら
バスティアンとの“感動的な”再開を果たした翌日。
俺たちは一緒に討伐依頼をこなすことにした。
パーティー入りを一度断られた身としては、彼を誘うことに気恥ずかしさがなかった訳じゃないが、無事誘えたことにホッとしている。
『なにもじもじしてるんですか? ちょっと気持ち悪いですよ』
アブカリンの一言に俺は深く傷付いたが、その言葉に背中を押されたのも事実だ。
俺のイメージが崩れるのではないかと心配するレベル。
もちろん、その後にアブカリンをシメたのは言うまでもない。
サクラは引き続き宿で引きこもるらしい。
「こんなものもあるんだな」
俺たちはトカゲみたいな魔物がけん引する馬車のようなものに乗っていた。
馬より速度では劣るが、疲れ知らずで力強いらしい。
巨大な爬虫類の姿にアブカリンはビビっていたが、ティンクは平気そうだ。
寧ろ、「かわいい」とか目を輝かせて言っていた。
その感覚はまったく理解できん。
「こいつは良いぞ。文句は言わないし、荷も多く積める。何よりほとんど排泄しない」
バスティアンは変わらず先輩冒険者として有用な情報を与えてくれる。
馬だと休憩が必要だし、排泄の処理もちゃんとしないと魔物が道に湧くからな。
俺たちはトカゲに引かれて目的地を目指した。
昨日の狩場に到着すると、あれだけ大量に狩ったばかりだというのにいくつも群れの気配を感じる。
「なぁ、こんなに魔物って多いもんなのか?」
バスティアンに昨日の討伐数を伝えながら聞いてみると、驚いていた。
「俺もアラティーリャに来たばかりで詳しくはわからねぇが、ちょっと異常だな」
バスティアンの提案もあり、俺たちは更に東へと進んで調査することにした。
進むにつれて群れの数は多くなっていく。
草原を抜けて森に入ると、もはや多種多様な魔物が入り乱れるように群れを成していた。
「おい! この森にはダンジョンでもあるのか!?」
俺は魔物を殴りながら、誰に向けてでもなく叫ぶ。
森の木をむやみに切り倒す訳にもいかず、アブカリン作の魔道具も使えない。
「ダンジョンってなんですか!?」
アブカリンも見たことない魔道具で魔物を倒しながら叫ぶように答える。
肩で息をしている様子から、限界が近いようだ。
ティンクも木に魔法が当たらないよう気を付けながら戦っているため、体力はまだしも精神的な疲労が溜まっているのがわかる。
魔力制御の経験にはなるだろうが、ミスも増えてきた。
そろそろ引き際か?
「ダンジョンを知らない? バスティアン!」
「俺も知らねぇよ! なんだよ、ダンジョンって」
ひとりだけ余裕のあるバスティアン。
水属性の魔法は木を傷つけることなく、魔物だけを正確に仕留めている。
属性の相性もあるだろうが、流石にティンクとは経験値が違うな。
「クソが、ちょっとだけ休憩するぞ! ティンク、風で壁を作れ!」
ティンクは俺の指示通り、分厚い風の壁を作る。
アブカリンは「助かります~」と言いながらすぐその壁の内側へ駆け込む。
バスティアンは更に水の壁をそれに重ね、自らも壁の内側へ身を寄せた。
「いくぞ!!」
俺は普段制御している魔力を解放し、魔物たちに向けて殺気を込めて威圧する。
それだけで絶命した魔物も大量にいた。
生き残った魔物たちも、我先にと森の奥へ逃げていった。
「はぁ……やっちまった」
これで魔物の効率的な狩りはできなくなる。
討伐の量が欲しい俺たちにとっては痛手だ。
振り返ると、座り込んで地面に両手をついて息を荒くするティンクがいた。
なんとか立っているバスティアンも大量の汗を流しながら、苦し気な表情をしている。
強く食いしばったのか、口の端からは血が流れていた。
「あ、わりぃ」
前方へ向けた威圧だったが、後ろにいたこいつらにも影響が出たようだ。
割と近い場所にいたからな。
アブカリンは泡を吹いて仰向けに倒れていた。
***
昼飯を食いながら、先程の異常について俺たちは話し合っていた。
アブカリンは「もうお嫁にいけない」と嘘泣きしている。
しっかり自分の分のサンドウィッチを食べ尽くした後だがな。
「やはり魔物の数が多すぎる。種類もバラバラだ」
討伐証明部位を採取している際、一般的には森奥に住むとされる魔物も多いことがわかった。
バスティアンの疑問はただの勘という域ではない。
「何かから逃げ出してきている、ということか?」
昨日のアブカリンの言葉を思い出す。
ついさっき、俺が魔物に対してしたことと同じでもある。
あれだけ大量に魔物がいた森の真ん中でこれだけゆっくり飯を食えるほどだからな。
バスティアンは静かに頷いた。
「午後は更に森の奥へ行って調査すべきだろうな」
その提案に俺たちは同意した。
冒険者の矜持を持っているバスティアンらしい提案だ。
「ところで“ダンジョン”ってなんなんですか?」
森奥へ向かって歩いていると、ティンクが俺に聞いてきた。
魔物どころか虫の一匹もいないため、手持ち無沙汰なのだろう。
「ダンジョンっていうのは、なんというかな。不思議な場所だ」
改めて説明しろと言われると、言葉がなかなか出てこない。
普通の自然とは異なる人工的な自然だ。
洞窟であったり、深い森であったりする。
塔がまるごとダンジョンであることもあるので、自然とも言い切れないか。
とにかく魔物が大量に徘徊している場所。
奥に行けば行くほど、あるいは、上にあがればあがるほど、魔物も強くなっていく。
ダンジョンか否かを区別するのは比較的簡単だ。
まず、入った瞬間に空気の違いでわかる。
どこか重苦しさを感じるような、息苦しさを感じるような、そんな感じだ。
何より、ダンジョンは異常に頑丈、かつ、自己修復機能がある。
ボロそうに見えるものでも、基本的には破壊することができない。
どれくらい硬いかというと、今の俺が全力で殴ったとしても傷ひとつつかないレベルだと思う。
「なにそれこわい」
俺が思いつくままにつらつらと一通り説明すると、アブカリンが引いていた。
ティンクも眉をひそめている。
「……それは女神が造ったものなのか?」
考えたこともなかったが、そう言われるとそんな気もする。
封印から解放された直後、俺は初手で女神に本気で殴りかかった。
この身体にも慣れておらず、魔力の制御もできなかった時の本気だ。
呪いと死ぬことしか頭になかった当時、世界を壊すつもりで放った一撃。
だが、奴は表情ひとつ変えずに防ぎ切った。
「そうかもな」
あの時のことを思い出し、どうしようもなく気分が落ち込む。
俺の変化に気付いたのか、ティンクたちは俺のことをハッと見たが、何も言わなかった。
アブカリンですら、触れないようにしてくれる。
どうしてお前らはそうなんだよ。
この旅は、俺が死ぬための旅だ。
クソッタレな呪いを解くための旅だぞ?
仲間なんて、気の許せる奴なんていらない。
どうせ俺は死ぬ。
死にたいから、興味もないサクラの尾を集める旅なんかしてるだけだ。
俺を理解するな、俺に優しくするな。
もし目的を失ったら、俺はどうしたらいいのかわからないんだから。
「手が止まってるぞ、いいから食え」
バスティアンに促され、俺はサンドウィッチを食べ進める。
新鮮な野菜が美味しいそれは、昨日より苦く感じた。
次回、第57話「黄昏時に」




