第39話 島主レオンのお願い
「おい、こいつは今ここで捕まえてお前に差し出してもいいのか?」
俺にまとわりつく女――アブカリンを親指で差し、受付嬢に確認する。
「それは、その……」
先程までの事務的な態度とは異なり、受付嬢は何か躊躇している様子をみせる。
なんだ?
こいつは指名手配犯なんだろ?
罪状からすると小悪党くらいだが、それでも間違いなく犯罪者ではある。
周囲の冒険者を見渡すと、何故か皆神妙な面持ちだ。
アブカリンは俺の腹をつつきながら「うおぉ!」とか言っている。
即刻止めていただきたい。
「すまないが、ちょっとだけ待ってくれないか」
ギルドの奥から現れたのは、高級そうなウールで織られたキトンをまとった優男。
深く厳かな貝紫の外套を優雅に巻き付けており、見るからに支配階級だった。
「レオン様!」
冒険者のひとりが声をかけると、レオンは手を上げてそれに応えた。
名を呼んだ冒険者は褒美でももらったかのように感動した顔をしている。
「【レオン・カステル】だ。このヴェルネカルタ島の島主をしている」
港で聞いた統治者の名だ。
レオンはふっと目元を和ませると、ゆっくりと右手を差し出してきた。
「アザールだ、冒険者をしている。こっちは一緒に冒険者をしているティンクだ」
俺はガッチリと握手し、ティンクは軽く頭を下げた。
アブカリンは何故かこそこそと俺の後ろに隠れる。
お前、こいつにも何かやらかしたのか?
「そちらの方は?」
レオンがサクラを見て首を傾げる。
サクラは冒険者ギルド内では常に存在感を完全に消している。
俺やティンクが冒険者に絡まれることはあっても、サクラがそうなることはなかった。
妖術か何かで認識を阻害していると勝手に思っていたが、どうなんだ?
「あぁ、サクラという。見ての通り目が見えなくてな、冒険者はやってない」
サクラは微動だにせず、レオンを監視しているようだった。
「そうなんだね、すまないことを聞いた」
そう言いながらも、レオンは目をすっと細めた。
「ちょっと良いかい? アブカリンも一緒においで」
島の権力者に公然と誘われては、断るのも面倒だ。
宿をとることは後回しにして、俺はレオンの後に続いた。
ティンクとサクラも何も言わずについて来る。
アブカリンは俺の腰に巻き付くように引っ付いたまま、どこかレオンを警戒していた。
お前、やっぱりレオンにも何かしただろ。
***
「聞いてくれよ。ヴァルデスの奴さぁ、またうちの商売に文句をつけてきて――」
何があるのかと思ったら、かれこれ三十分は愚痴を聞かされ続けている。
どこどこ商会があくどい、どこどこ商会が商品を真似してきた、どっかの息子が飛んで大損失が生じた、などなど。
ちらほらとミラリアという国を回る上で重要そうな情報もあったのかも知れないが、俺はすべてを聞き流していた。
印象的だったのは、島主同士の仲は悪いが、対外的には一致団結して相手国と戦うという話だけだ。
世界中の欲望が渦巻く貿易ハブ拠点だ。
他国に対して一律の対応が徹底されていないと、瞬く間に内部崩壊するからだろう。
「それで、本題はなんだ?」
レオンが紅茶を飲んだタイミングで俺は切り出した。
「アブカリンをさ、ちょっと匿ってくれない?」
話の腰を折ったつもりだが、レオンは気にする素振りも見せずに答えた。
「断る。俺たちは面倒事を引き受けない。ただでさえ犯罪者だぞ?」
俺の断言にアブカリンは「なんでぇー」と嘘泣きするが、知ったこっちゃねぇ。
「犯罪といっても軽微なものさ。何なら損失はすべて僕がヴァルデスに支払っても良い」
アブカリンは嘘泣きを瞬時にやめ、キラキラした目でレオンを見つめる。
身を乗り出して「ありがとうございます!」と既に御礼を言い出した。
「どうしてそこまでする? こいつに何かあるのか?」
俺からすればただのウザい小娘だ。
顔は悪くないが、権力者が嫁にするにはガサツすぎる。
「……これを見て、君はどう思う?」
レオンは机の上に透明な水の球体が乗った奇妙な白いからくり箱のような物を置いた。
それが何か想像もできず、レオンが何を言いたいのかもわからず、俺は首を傾げる。
「見ててね」
レオンが箱の右側についた赤い小さなレバーを軽く押し下げると、下のカップに湯気の立ち上がる紅茶が注がれていった。
「!!」
驚く俺たちの顔をみて、レオンは更に得意げに言った。
「まだ驚くのは早いよ」
今度は左側についた青いレバーを押すと、下のコップに水が注がれる。
「なんだ、ただの水か」
いきなり熱そうな紅茶が出てきたのは驚いたが、ただの水なら驚きは少ない。
箱の上にある水の球体からそのまま注がれたと思えば、無理もなさそうだ。
「ふふふ、本当に君は最高の反応をしてくれるね」
レオンは嬉しそうな顔で水の入ったカップを俺に差し出してきた。
飲めということなのだろう。
ここで毒を入れたりするような馬鹿げたことはやらないはずだ。
そうだったとしても、俺には関係ない。
「……!!」
だが、それを飲むと予想外の衝撃が俺を襲った。
レオンは俺の驚き顔を見て、笑っている。
何故かアブカリンも得意げだ。
「冷たい水だ。しかも、かなり冷たい」
俺の言葉にティンクも驚く。
「どうだ? 凄い魔道具だろう?」
レオンの嬉しそうな顔を見ると悔しいが、認めざるを得ない。
卓上に置けるほどに小さな箱から、熱い紅茶と冷たい水が出てきた。
どちらか一方だけではない、両方だ。
俺たちの目の前に置かれた紅茶入りのカップを見る。
この部屋に通された時に用意されたものだ。
レオンの話が長かったこともあり、おかわりもしている。
特に話しっぱなしだったレオンは何度もおかわりをしていた。
おそらく、あの小さな箱の魔道具で用意されたものだろう。
容量としても、見た目以上にあるようだ。
「わかってくれたかな、それを造ったのがそのアブカリンだ」
「へっへーん! アブカリン様、天才過ぎぃ~!!」
アブカリンは急に立ち上がり、謎のポーズをとった。
本人曰く、ダブルピースと言うらしい。
知らん。
レオンと俺が話している間、やけに静かだと思っていたら、このためだったのか。
ウザい、めちゃくちゃウザい。
「他にもたくさんの発明をしている。彼女は天才魔技師なんだ」
レオンは苦笑いをしながらも、俺にそう諭すように言ってくる。
「彼女をヴァルデスに独占されては困る。どうか頼めないか?」
真剣な眼差し。
それはレオンとしてか、島主としてか、あるいはこの世界の民としてか。
「アザールさん、お願いしますよぉ! なんなら結婚してもいいです!」
ピキッとどこかから音がした気もするが、何故か危険な香りがしたので無視する。
「ひとつ聞かせてくれ、なんでヴァルデスの食客だとダメなんだ?」
話を聞く限り、ヴァルデスは良い奴とは言えないのだろう。
だが、商人なんてそんなもんだという気もする。
指名手配の経緯にしろ、アブカリンの自業自得としか思えない。
「彼は異端です。素性のわからない者を召し抱え、海賊とのつながりも噂されています」
海賊、か。
この世界は海ばかりだ。
国と国を繋ぐ道は海路しかない。
ブルサ王国での海賊騒ぎを思い出す。
前の世界でも海賊はいない訳じゃなかったが、賊と言えば山賊だった。
この世界では逆に山賊という話は聞かない。
俺はチラリとアブカリンを見る。
俺の視線に気付いたアブカリンは、必死にぎゃーぎゃーとアピールしてくる。
ため息をひとつ吐いた。
「レオン、期限は……」
俺が仕方なくレオンの頼みを受け入れようとした時だった。
「くだらん。この話は終いだ。その女を匿うことはできん」
サクラの底冷えするような声が、ギルドの一室に響いた。
次回、第40話「ヴェルネカルタ島の夜」




