第二話 信秀と信定
0歳の回を2話もやるとは思わなかったな…
少し短めです。
天文三(1534)年五月十七日 尾張国 勝幡城 吉法師
この世界に来て、五日経った。喋れはしないが皆の話を聞くことができる。それがとても有難いことだと実感している今日この頃だ。
この五日間で得られた情報をまとめてみようと思う。
まず、父親の名前は三郎信秀。三郎というのは通称みたいなものだそうだ。周りからは尾張の虎と呼ばれているみたいだ。自分の身から見て祖父は、父が十六の時に家督を譲った。以後八年間、津島を中心に自領の足固めに力を尽くしてきたとか。領地を広げる前にまずは地盤の足固めをする。父はきっとその大切さを理解しているからいきなり他国を攻めるようなことは控えてきたのだろう。
そして、今いるのは勝幡城と呼ばれている城だ。当然、聞いたことはなかった。津島でさえ、記憶の片隅にあったぐらいだ。きっと史実では織田家勢力拡大の礎ぐらいでしか扱われていないのだろう。生前……転生前の俺は、日本史は教科書の流れでしか覚えていなかったから、織田家の居城は、清洲城、小牧山城、岐阜城、安土城ぐらいしかわからない。そのため、勝幡がどこかもわからない。多分、津島の近くということはわかるが。
五日間でこれだけの情報を聞けたのだ。我ながらよく周りの話を聞き逃さなかったと思う。話せるようになったら、もっと情報を得ることが簡単になるだろう。無理のない程度に、発声のやり方を模索していきたいものだ。
今日は、祖父が俺に会いに来るそうだ。話に耳を傾けつつ、粗相がないように気を付けないとね。
天文三(1534)年五月十七日 尾張国 勝幡城 織田信秀
親父と吉法師の顔合わせは和やかに行われた。その様子を近くで見ていた儂まで癒されるぐらい、我が子というものはやはり可愛いな。
ただ、親父が昔話を語り始めた途端、我が子の顔から急に笑みが消えたのは気になったことだな。そういえば、御前も言っていたが周りの者が世間話をしている時の吉法師は、直前まで寝そうだったとしても急に目を覚まして聞き耳を立てていたと言っていたな。生まれたばかりの赤子がまさかとは思っていたが……もしや、我が子には何かが宿っているのかもしれぬな。
「三郎、如何した?」
親父…信定が話しかけてきた。
「親父……いや、吉法師のことでな」
「ああ、お前には出来すぎた孫か。お前もあれぐらい素直ならな―」
「悪かったな。……え?」
「何じゃ、儂が気づかなかったとでも思ったか。あの目、時々見えた相槌。只者ではないことぐらい儂でもわかるわ」
只者ではない……か。まだ喋れぬ故、何を考えているかはわからぬが、きっと我が子は織田の名を天下に轟かせる。そんな予感が確かにしなくもない。
「そういえば、傅役はどうするつもりじゃ?」
「政秀を付けようかと思っているが……」
「政秀か。……面白いことになりそうじゃの」
「本当に……な」
その後、親父と軽く話をした後、とある男の所へ向かうことにした。
天文三(1534)年五月十七日 尾張国 勝幡城下 平手政秀
「お呼びでございますか、殿」
「うむ、其方を吉法師の傅役に任じようと思ってな」
若様の傅役……?某がか?
「……どうした?」
「本当に某でよろしいのでしょうか。某にはとても―」
「政秀は儂より和歌や茶道に優れておる。それに、其方は誰よりも優しい。故に、其方に任せようと思ったのだ」
確かに我が子にも父上は優しすぎると言われるが……だが、またとない機ではあるな。殿はそれだけ平手を大事に思ってくださっている。ならば断わる理由はないな。
「……畏まりました」
「織田の当主に相応しい者に育ててくれ」
「ははっ!」
このような機会を与えられたのだ。命に代えてもお役目を果たして見せなくては。
天文三(1534)年五月十七日 尾張国 勝幡城 吉法師
祖父は、親父よりも優しい顔をしていた。名前は信定って言っていたかな。まさか、信長が生まれたときにお爺さんも生きていたなんて知らなかったな。普段は何をしているんだろう。うーん、気になる。
あと、俺には腹違いの兄がいるみたいだ。祖父が口を滑らせたのかわからないが、「お前の兄はな」って喋り始めて、父が止めていたのだが……何かあったのだろうか。喋れたら聞けたのだが……こればかりはしょうがない。
そういえば、転生と言えば何か一つぐらいチート要素があるものだと思っていたのだが、この五日間、特に何も……しいて言えば前世の記憶ぐらいしかないような気がする。体が大きくなったら、才能開花みたいなことが起こるのかな。チート武器とか魔法までは言わないけど、せめてこの時代のデータぐらいは脳内にあっても世界秩序の崩壊にはつながらないと思うんだが……いかんな。願っても叶わないものは叶わないのだ。織田家に転生させてくれただけでも感謝するべきだろう。
そろそろ眠くなってきた。今日も無事に生き残ることができた。明日も何事もなく生き残れますように。
ちなみに、主人公のチート(?)能力は聞いた単語を正しい漢字に変換できるというものです。
気づきにくいけど、いざ言われてみたら有難いものランキング第一位に入りそう(流石にそれはないか)