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スペクルム カノン  作者: うさぎサボテン
第七章 水鏡が示す真実 後編
95/200

11.

 時は少し遡り、アルナが華音達を助けに向かった頃。別の場所では雷が魔物の軍勢に完全包囲されていた。

 周りには数名、生命力を奪われて倒れている。この辺りでまだ生命力を保持しているのは雷唯1人だった。

一緒に居た弟妹は騒ぎが起こる前にはぐれてしまったのだ。捜しに行こうとした矢先、こんな事態に陥ってしまった。

 雷はじりっと身構える。

 今心配なのは己の命よりも、弟妹や親友達の事だ。


 皆無事だろうか?


 魔物の形状はメンダコやらチンアナゴやらクラゲやら、子供が喜びそうな生き物ばかりで変に緊張はしない。

 それに、普段他校の不良集団と殴り合っている雷にとってはこんな数は何て事ない。

 早く一掃して皆を捜しに行く事を決意して、一斉に飛びかかって来た魔物達に拳を振るう。


「おりゃあ!」


 気合いの一声と共に、魔物は次々と吹き飛んでいく。素早く力強く隙のない連打に、異形の生物達は手も足も出ない。

 魔物が地面に転がると、雷は額の汗を拭った。

 自慢の拳では魔物を消滅させる事は出来ないし、生命力を解放させる事も出来ない。それを可能とするのは魔術だけだ。

 ヒュッと、巨大なヒトデの形状の魔物が頭上を通り過ぎた。


「あれは……!」


 真っ黒な体から透けて見えたのは光り輝く2つの光の球体――――生命力だ。

 別の場所で任務を完了させたあの魔物が向かう場所は、華音から聞いた話だと魔女のところ。魔女のところへ戻った時点で生命力は魔女のものとなり、永遠に取り戻せない。即ち、この会場に居る誰かの死を意味する。

 弟妹や親友達である事は勿論、誰であっても死んでほしくないと思った雷の足は自然と動いていた。


「くそっ! させるかよ」


 拳だけでなく脚力にも体力にも自信のある雷が全力で走ってもなかなか捕まえる事は出来ず、どんどん屋台が並ぶメイン通りから離れていく。

 木々に囲まれた石段を上り、祭り会場が一望出来る高台へ辿り着くとやっと魔物に追いついた。

 雷が捕まえようと一歩踏み出した時、魔物の近くに人影がある事に気付いた。

 星明かりの下で浮き上がるシルエットは長身で細身だがそれだけでは性別は判断が付かない。風に揺れる菫色の長髪と真夏であるにも関わらず黒いファーの付いたロングコートに、背中から生えた左右合わせて6本の肋骨の様な形の太い骨が印象的だった。


(コスプレか? いや、そんな事よりも!)


 魔物の次なるターゲットはあの人に違いない。


「危ない」


 逃げろ! と言いかけ、雷は振り向いた綺麗な顔に言葉と共に息を呑んだ。

 肌は陶器の様にきめ細やかで白く、長い睫毛に囲まれた瞳は血塗られた様に赤く、透き通る様に美しい菫色の前髪は片目に被っていた。

 現実離れした幻想的な美貌に加え、最も雷を驚愕させたのは2次元でしか見た事のない尖った長い耳だった。

 華音から魔女や別次元の話を聞き実際に魔物を目にするまでは人間の脳にしか存在しないと思っていたが、もう今は違う。


「エルフ……」


 半ば確かめる様に口から滑り出た。

 ミステリアスな雰囲気を漂わす美しいエルフは「ほぉ」と関心を示す様に口角を上げた。


「まさかリアルムに我が種族の名をパッと口に出来る者が居たとはな」


 低い声であるが、女性だと言っても違和感はない。

 雷は性別すら謎に包まれたエルフを精一杯睨み付けた。


「お、お前は一体何者なんだ」

「ふむ。まだ胃袋に空きがあると見える」

「何を……言っているんだ」

「直々に捧げに来てくれた事、感謝する」


 エルフがスッと片手を前に出すと、ヒトデの魔物が空中を旋回して雷の脳天目掛けて落ちて来た。


「うおっと!?」


 雷が(すんで)のところで躱すと、魔物は地面擦れ擦れの位置で方向転換し再び雷のもとへ飛んでいく。

 雷は拳で魔物を迎え撃つ。

 魔物のど真ん中を捉えた強力な一撃は魔物を遠くへ押しやった。


「こんなに粋の良い獲物は初めてだ。しかし、所詮は唯の人間。それが精一杯であろう」


 エルフがパチンと指を鳴らすと、魔物はメキメキと変形を始め5つの先端から細長い触手を生やした。

 ゾッとする様な悍ましい姿となった魔物はその場で空中浮遊したまま、5本の触手だけを獲物へと放つ。しかも、触手には電流が走っていた。

 拳だけでは敵わない。もっと言えば、足を使っても体全体を使っても勝ち目はない。戦い慣れしている雷には己の負けが目に見えていた。

 化け物を前にしたらどんな強者だろうと人間は皆無力なのだ。

 しかし、尻尾を巻いて逃げる事など以ての外。負けるのなら潔く散るのが美しい。男、雷はドンと構える。


「ファイアブレス!」


 少女の声と共に紅蓮の炎が目の前の魔物を覆い隠すと、雷の勇ましい決心は早くも無駄に終わった。

 魔物は炎に抗えずに消滅し、生命力を解放。エルフが目を細めた。


「魔術師……か」


 最初に姿を現したのは別次元(スペクルム)の宮廷魔術師の姿の華音、次に姿を現したのは同じく別次元の王女の姿の桜花だった。


「雷、無事か!?」

「高木くん、大丈夫だった!?」


 2人の姿を認めた雷は安堵する。

 2人は雷を下がらせ、何処か嬉しそうな表情のエルフの前に立ちはだかった。


「お前が魔物に会場を襲わせた魔女だな!」

「ほぉ。お前の名は(いかずち)と言うのか。なるほど、親近感が沸くな。我が司る属性もまた(いかずち)なのだよ」


 杖を向けて敵意剥き出しの華音から視線を逸らし、魔女は雷を見ていた。

 魔女は目を閉じて宙へ浮かび、再び開いた赤い双眸で魔法使い達を見下ろした。周囲には雷属性のマナが集まり、バチバチと音を立てる。


「さて、オズワルドモドキに王女モドキ。もう知っているだろうが改めて名乗らせてもらおう。我はライラ。通り名は冥王星の魔女だ」


 ピシャーンと雷が地面に突き刺さった。

 直撃はしなかったが、電撃が空気を伝ってこの場にいる全員の肌をチクリと刺激した。

 華音は頬に触れる。


「なん……て威力なんだ」

『ライラは8人の魔女(プラネット)の中で最強だ。加えて私は水属性。この戦い、不利だな。……いや、負けるな。絶対』

「ちょ、マジで!? 絶対って断言しちゃうのか!?」


 華音は内側から聞こえてきたオズワルドの声に本日1番の衝撃を受けた。


『私は負けはしないが、戦うのは未熟なお前なんだ。私の魔力や身体能力を最大限に使いこなせない。奴とはもう少し実戦経験を積んでから相見えたかったが仕方ない。残念だが、運が悪かったって事で。うん。アルナが来てくれれば戦況は良くなるとは思うが、アイツが裏切った仲間の目の前に現れると言う可能性は低いだろう。人生諦めも肝心だって事だな』


 オズワルドの淡々とした口調からは事の重大さが伝わって来なかった。


「待って! 諦めたらオレ、死ぬよね!? ねえ、そもそも何で態々ライラのところへ導いたんだよ」

『んー……宮廷魔術師としてのプライドかな。まさか、不利だから逃げるなんて言いたくなかったし。もしかしたら案外イケるかもしれないって思ったが、やっぱり本物目の前にして無謀だったと気付いたってだけだ』

「ホント、無謀だよ! お前」


 端から見たら華音は大きな独り言を言っている風にしか見えず、雷は唖然としており他人の事を言えない桜花でさえも不思議な感覚だった。


「何と……お前も宇宙と交信が出来るのか」


 華音の独り言にしか思えない別次元の魔法使いとの会話を中断させたのは、ライラだった。しかも、何故か強い関心を示していた。


「う、宇宙?」


 華音が聞き返すと、ライラは地上へ降りて来て「うむ」と頷いた。


「我らの扱うマナは宇宙より送られて来ている。つまり、我らは宇宙と密接な繋がりがあるのだよ。ところが、交信出来る者が居なくてな。残念に思っていた。今頃、ロケットとやらに乗った者達は宇宙を旅しているのだろうか……。地球は丸いのか、四角いのか、或いは三角なのか。青いのか、赤いのか、黄色いのか。実に興味深い」

「地球は丸くて青いだろ」と雷がこっそり突っ込む。

「ちなみに、誠に残念な事だが冥王星はいつからか太陽系から除外されていてな……。我は仲間外れなのだよ。それほど、軌道というのは星にとって大事と言う事だな」

「え……わたし、太陽系だと思ってたわ」と桜花。

「冥王星。それは準惑星。メタンの氷に覆われている。248年かけて太陽の周りを一周するのだ。それはそれは辛く長い旅路であろうな」


 一方的に喋るライラはミステリアスな見掛けに反し饒舌で、完全に周りを置いてけぼりにしていた。

 これはいつ戦いが始まるのか分かったものではない。タイミングを誰もが見失っていると、突然とライラが手の平を前に出した。


「時に、水星とは奇妙な惑星である。なあ? オズワルド・リデルよ」


 手の平から紫色の電光が一直線に伸び、ぎりぎりのところで華音は横へ飛んだがローブの端が少し焦げ付いた。

 華音の内側からオズワルドはジッと冥王星の魔女を見据えた。


『アイツ、私が此処に居ると気付いているのか?』


 そう思うと、ライラの視線は華音を通り越して自分を視ている様な気がしてゾッとした。

 元より、ライラと言うエルフはそう言う奴だ。何を考えているのか想像すら出来ない。

 華音はこれ以上相手に悟られないよう、口を噤んで相手の動きを観察する。

 ライラは両手を広げてマナを集めながらゆっくりと歩いて来た。


「水星は太陽に最も近い惑星で昼は灼熱の世界だと言うのに何やら涼しげな名前を付けられている。それは些細な事であるが、我が奇妙だと言うのは1日が1年よりも長いと言う事だ。しかし、結局地球の常識で考えるから奇妙なだけで何も奇妙な事などないのだ。そう、宇宙とはそう言うものなのだよ」

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