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スペクルム カノン  作者: うさぎサボテン
第七章 水鏡が示す真実 後編
94/200

10.

 屋台の1つを通り過ぎた時、水の揺らめきを感じた。

 華音は先を行く桜花を引き留めて引き返す。


「何? ただの金魚すくいじゃない……あれ?」


 金魚が優雅に泳ぐ長方形の水槽の水面には、桜花ではなくドロシーが映っていた。隣に並んだ華音の姿も同じく、水面では別次元の姿となっていた。


「なるほど。水鏡ですね」


 向こうの世界からドロシーが関心を示した。

 2人は向こうの2人とそれぞれ手を合わせ、光に包まれた。

 幻想的な光の中、華音はオズワルドと、桜花はドロシーと対面する。オズワルドは華音の肩をガッと掴み、ドロシーは桜花の身体をそっと両腕で包んだ。

 そうして、魂だけの存在の魔法使い達は別次元の自分の中へと消えていく。

 パッと幻想空間から出、華音と桜花は魔法使いの姿を手に入れた。使い魔達も杖となって、手に収まった。

 魔法使い達の登場を待ち侘びていたかの様に、屋台の脇から魔物が飛び出した。

 ダンゴムシの特大サイズであるダイオウグソクムシや長い触腕が特徴のダイオウホウズキイカの形状をした巨大な魔物だった。

 これまで見て来た魔物は狼や熊など誰が見ても分かるメジャーな形状であったが、目の前に居るのは少々マニアックだった。

 魔物の形状が魔女の意思で自由に変形出来るのかどうかは華音達は知らないが、もしそうなら変わった魔女である。

 赤い双眸を光らせて突進してくるダイオウグソクムシに、同じく赤い双眸を光らせて触腕を伸ばすダイオウホウズキイカはまさに魔物と呼ぶに相応しい威圧感があった。

 華音と桜花は左右に散って2体の攻撃を躱した。

 ダイオウグソクムシは勢い余って屋台に突っ込み、熱々の焼きそばを頭に被った。

 一方のダイオウホウズキイカはまだ対象を追っていた。

 華音の顔すれすれで、触腕が空気を薙ぐ。一瞬視界に入った触腕は吸盤が鉤爪状になっており、捕まってしまったら容易に抜け出せそうもない。


「ダイオウホウズキイカって、あんまり狩りする生態じゃないよね。とか言っても、そんな常識通じないか」


 華音は真上から振り下ろされた触腕を杖で受け止め、力ずくで弾き返す。

 触腕はもう1本ある事も忘れない。視界の端で蠢いたそれを後ろへ飛んで避け、透かさず水属性のマナを放つ。

 触腕から頭部までを丸ごと凍らせた……と思ったら、一瞬で粉砕されてしまった。

 再び2本の触腕が伸びてくる。

 華音は右へ左へと躱すが、一向に攻撃は止まず暫くその状態は続く。

 持久戦では圧倒的に人間側が不利だ。どうにかして接近戦に持ち込もうと、1本目の触腕を杖で薙ぎ払い2本目の触腕が伸びて来ると飛び乗る。そしてあまり幅のないそこを器用に駆け抜けてゆく。

 だが、舞い戻って来たもう1本が華音を襲撃する。

 華音は空中に身を投げて躱し着地するが、頭上を2本の細長い影が覆い息つく暇もなく更にそこから横へ飛び退く。

 すると、華音が最初に着地した場所に2本の触腕が叩き込まれアスファルトを砕いた。

 華音は触腕をアスファルトから抜いている相手を最後まで見届けず、その場を離れた。

 触腕を無事取り戻した魔物は特に大きな動きを見せず、8本の腕と2本の触腕をうねうね揺らしているだけだ。

 華音は遠慮なく詠唱する。

 水属性のマナが周囲に集まり出すと、同時に雷属性のマナが華音の横を通り過ぎていった。先に居るのはダイオウホウズキイカ。

 魔物は諸手を挙げるかの様に触腕を掲げて、雷属性のマナを引き寄せている。触腕の間に集まったマナはバチバチと音を立て、紫色の雷球を形成する。

 華音が魔術を発動させるのと、魔物が雷球を飛ばすのはほぼ同時だった。

 大きく膨れた水球と雷球がぶつかり合う。見た目は同じぐらいの大きさだが、マナの質は魔術師の方が格段に上。当然華音の放った水球が押し始めるが……。

 勢いは最初だけで段々と形を保てなくなり、魔物を呑み込む前に雷球諸共、破裂。

 魔物は爆発に呑まれる寸前で、後ろへにゅるりと何食わぬ顔で躱した。

 後に残ったのは割れたアスファルトの破片だけだった。

 華音の内側で、オズワルドは苦い顔をした。


『相性が悪いな……』

「相性?」


 華音が問う。


『水属性と雷属性は相反する属性同士なんだ。いくら魔力に差があっても、属性は無視出来ない』


 バチバチと音がし、意識を敵へと戻すと魔物はもう一撃仕掛けようとしていた。

 華音は魔物に向かって走る。

 先程よりも小型の雷球が次々と飛び交う中、躱しながら間合いを詰めていく。内、いくつかは掠って微かな電流が身体を流れる。水の加護はここでは役に立たない。

 ある程度距離が近くなると、魔物はマナを集めるのを止めて触腕をスッと華音に向かって伸ばしてくる。鉤爪状の吸盤の付いた先端は雷属性のマナがまだ残っていてバチバチ音を立てている。

 触腕1本目、2本目と躱した時、突然右足が麻痺し全く動かせなくなった。先受けた微かながらも確かな電流によるダメージだった。

 躱せなかった触腕に華音は叩き飛ばされた。

 華音がダイオウホウズキイカと激闘を繰り広げている向こうで、桜花は戦闘復帰したダイオウグソクムシと対峙していた。

 焼きそばを頭に被ったままのダイオウグソクムシは桜花へ突進してくる。

 桜花は少し横へ逸れ、長く伸びた触角を片手で掴んで地面に叩き付ける。

 仰向けにされた魔物は一時機能を停止。

 桜花は火属性のマナを集める。


 ゴトン。


 ダイオウグソクムシの上にダイオウホウズキイカに吹き飛ばされた華音が落ちて来た。無数の足ががっちり華音をホールドする。この時点ではもう火属性のマナは収束していて……


「イラプション!」


 魔術も発動してしまった。

 魔物の真下から岩漿が湧き出た時桜花は血相を変えて叫んだ。


「嘘!? 華音!」


 華音は魔物と一緒に岩漿に呑み込まれた。

 紅蓮の中、華音は暑さではなく寒さを感じていた。耳元でゴォゴォと炎の悪魔(マグマ)の咀嚼音が響く。業火に焼かれ続ける罪人の気分だった。

 魔物(エサ)を胃袋に納めた岩漿は退散し、残された華音はそのまま地面へ背中を打ち付けた。

 華音を心配して桜花が駆け付けようとすると、背後をもう1体の魔物の触腕が絡め取った。


「きゃあ!?」


 ぐいっと持ち上げられ、地面が大分遠くなった。拍子に杖を落としてしまい、杖は空中で動物形態に戻りストッと着地すると、着地した足で地面を蹴り上げて高くジャンプする。


「にゃあぁっ!」


 普段聞かない低い声で鳴いた煉獄は主を掴む触腕に齧り付いた。


「煉獄!? ――――あ! 危ない」

「にゃんっ」


 心配そうに見ている桜花の目の前で、煉獄はもう1本の触腕に叩き飛ばされた。

 地面に転がる煉獄。

 入れ違いに起き上がった華音が触腕に杖を振るう。


「桜花を離せ!」


 杖は当たるもびくともしない。

 こうしている間にも桜花を締め上げる力は増していき、桜花は気道が圧迫されて途切れ途切れの呼吸になる。


『オウカちゃん! ああ、どうしましょう……。このままでは……』


 桜花の内側でドロシーが狼狽し、最も尊敬する宮廷魔術師の魂の宿った少年に勝手ながらも期待する。

 華音も内側のオズワルドも期待に応えようと既に動いている。だが、仲間であり想い人である少女の危機にまだ人生経験の少ない少年が冷静でいられる筈もなく、冷静さを殆ど手放していた。

 その為感情のままに振るう杖は唯の棒でしかなく、相手にダメージを負わせる事も怯ませる事も出来ずに遂に動きを封じられた。暇を持て余していたもう1本の触腕が杖を絡め取ったのだ。

 華音が体勢を崩すと、魔物は赤い双眸を光らせて杖を放って代わりに無防備な少年を掴んだ。

 桜花と同様、華音は自力で触腕を振り解く事が叶わずに持ち上げられて桜花と並んだ。

 地面に転がった青水晶の杖は烏の姿に戻ると、羽ばたいて上昇し魔物と同じ目線で強風を翼で巻き起こす。

 少しばかり風に煽られるも、魔物はずっしりと鎮座していた。

 魔物は散々2人の魔法使いを締め上げた挙げ句、止めに地面に叩き付けようと構える。

 起き上がった煉獄も鳴き声を上げるばかりで何も出来ない。

 ピカッと夜空が不自然に光った。

 次の瞬間、月色の光線が次々と雨の如く降り注いだ。

 光線が突き刺さった触腕はプツッと切れ、華音と桜花は解放された。

 2人は地面に着地する……が、桜花だけは失敗して足を挫いた。

 よろける桜花の傍へ華音が労りの言葉と共に歩み寄ると、背後から幼い声がした。


「アルナちゃん参上! ナイスだったっしょ」


 華音と桜花が振り向いた先には、軟弱な一般人である刃を引き連れた月の魔女が両手を腰に当ててふんぞり返っていた。

 絶体絶命の危機から救ってくれた恩人である筈なのに、何故か2人からは感謝の気持ちがすぐに沸いて来なかった。それは内側の魔法使い達も同じ。

 アルナは感謝の言葉など特に求めておらず、話を進める。


「アルナの魔術じゃくやしーけど倒せない。相手の攻撃を跳ね返せれば別だけど。まあ、それよりかはお前達の魔術の方が確実だろう。止めは任せたぞっ」


 魔物は切られた触腕を再生しているところだった。やるなら今しかない。

 華音が一歩前に出てマナを集め始めた。


「グロスヴァーグ!」


 術名を合図に集ったマナが大津波となって魔物を呑み込む。

 形態のモデルは海の生き物である筈なのに、大津波に抗えずに揉みくしゃにされる魔物の最期は滑稽だった。

 消えた魔物から取り込んでいた生命力が舞い上がり、戻るべき場所へ飛んでいった。

 オズワルドとドロシーは同時に強大な魔力を感知した。


『近くに魔女が居る!』

『魔女が居ますわ!』


 それぞれの魔法使いの言葉に華音と桜花が顔色を変えると、アルナがニヤリと笑った。


「その様子だと、オズワルドと王女様も気付いたようだな。そう。近くに冥王星の魔女ライラが居るぞっ」


 魔女の部分だけやたら強調して笑いも交えていたが、そんな事に気付く余裕は2人にはない。

 急いで魔法使いらの示す方向へ走って行こうとすると、桜花が呻き声を上げて足を止めた。


「そっか。足を……」


 華音が踵を返すと、桜花の足首に月色の光が纏わり付いた。


「それぐらいならアルナが治してやるぞ」


 見た目に反してなかなか頼れる大人のアルナにより、痛みは消えてなくなった。


「アルナ、ありがとう」


 桜花が純粋な笑みを向けると、アルナは少々照れた様にふいっと横を向いた――――と、魔物の軍勢を発見してしまった。


「うっわー……一杯きたぁ。エサがあるもんなー」

「お、俺!? そんなジト目されても俺悪くなくね?」


 刃は男の威厳も尊厳も何処かに置き去りにしてきてしまったようで、性懲りもなく幼女の背中に隠れた。

 加勢しようとする華音と桜花だが、魔法使い達よりも先にアルナに止められた。


「ここはアルナに任せるといい! 2人は早く奴のところへ」


 2人は小さな魔女を信じ、その場を後にした。

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