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スペクルム カノン  作者: うさぎサボテン
第七章 水鏡が示す真実 後編
93/200

9.

 擦れ違う者、特に女性は華やかな浴衣姿の人が多かった。

 華音の視線は無意識に隣の桜花へと向いた。

 彼女の服装はと言えば、白のトップスに水色のロングスカートと言う涼しげな格好で十分可愛かったが内心華音はガッカリしていた。

 そんな彼の心中を読んだのか、桜花はその事について話し始めた。


「本当はね、浴衣着たかったの」

「着ればよかったんじゃない?」


 自分の願望も含めて華音がそう返すと、桜花の表情が曇った。


「でもね、似合わないの。わたしの体型じゃ着こなせない」

「えーっと……」


 フォローする言葉が浮かばず、目の遣り場にも困った。

 和服は洋服とは違い、バストが大きければ大きい程着こなすのが困難になると言う。桜花程になれば、無理矢理にでもバストを潰して収まりのいい状態にしなくてはならない。バストが小さな女性からしたら羨ましい話だが、桜花にとっては悲しい話だった。


「まあ、それはさておき。華音にお土産があるのよ。華音の分しか買って来なかったから、風間くん達と離れて良かったかも」


 桜花はショルダーバッグから紙袋を取り出すと、中身を出して華音の眼前に掲げた。金属部分が屋台の光を受けてキラッと光った。


「どう? コウテイペンギンピンバッヂよ。今日柄もっちゃんと行った水族館で買って来たの」

「またコウテイペンギン。あ、柄本さんとだったのか」


 華音は心の中で安堵の溜め息をついた。


「華音はコウテイペンギンがお似合いだからね。やっぱり色合い的にもピッタリね」

「色合い? って、桜花何を!?」

「動かないでね。ピンが刺さっちゃうから」


 桜花は華音の水色パーカーを掴み、ピンバッヂを取り付け始める。

 息がかかる程距離が近く、時折身体に当たる桜花の手がくすぐったい。

 これだけ間近だと心臓の音が聞こえてしまうのではないか。やけに早く尋常でない音が。


「ほら、出来たわ! うん。良い感じ」


 やっと桜花が離れ、華音は胸元に付けられたピンバッヂに触れた。水色のシンプルなパーカーの良いアクセントとなってオシャレだ。

 この時には顔が真っ赤で、その熱を自覚していた華音は桜花に見られない様に屋台の方へ視線を向けた。


「あ、ありがとう」

「ええ! じゃあ、早速そこの屋台でも見ましょうか」


 幸い、桜花には華音の心臓の音も熱も伝わらなかった。

 どの屋台の前にも客は居て、凄いところは何十人もの人が列を作っていた。

 華音と桜花は比較的並ばなくてもいい場所を攻めていく。

 射的、ダーツなど、何度挑戦しても桜花は下手を通り越してド下手だった。対して華音は何ともない風に景品を獲得していって、店の人に白旗を挙げさせた。

 猫の大きな縫いぐるみやアクセサリー、その他全ての景品を桜花にあげた。と言うより、桜花の為に獲得したのだった。


「華音って本当ゲーム上手ね。わたし、ゲームは好きなんだけど……才能ないみたいで。お礼に何か奢るわ。何がいい?」

「それは別にいいって……言ってもキミは聞かないか。んーじゃあね、桜花が食べたいものでいいよ」


 華音がニコリと笑うと、桜花は頬を膨らませた。


「その答え卑怯よ」

「何で? これも立派な願望だよ」

「物は言いようね。いいわ。その回答で許してあげるわ、今回は」


 語尾を強め吐き捨てる様に言い終えると、桜花は華音をその場に残して屋台の方へ歩いて行った。

 数分待って桜花が持って来たのは、3個入りの小籠包だった。それを2人分。1つを華音に渡すと、2人で落ち着ける場所へ移動する。

 現在シャッターを下ろしている店の脇には人気がなく、2人は此処で落ち着いた。

 桜花は箸で小籠包を持ち上げた。


「意外だな……」


 華音の呟きに、桜花は顔を上げた――と、食い破った小籠包のもちもちの生地からジューシーな肉汁が飛び散って華音の顔面に直撃した。


「熱っ!?」

「きゃあ!? ご、ごめんなさいっ」


 桜花はショルダーバッグから慌ててハンカチを取り出し、華音の顔にゴシゴシ押し付けた。力加減が焦げ付いたフライパンを擦る時と同等で、華音の口からまたしても悲鳴が上がった。

 事態が収束を迎えると、桜花は小籠包もプライドも放り出してコンクリートの上で土下座をした。

 通り過ぎる人達の好奇心剥き出しの視線が容赦なく、若い2人に注がれた。

 華音はまず桜花を立ち上がらせた。


「もう気にしないで。オレもそれ程気にしてないから」


 少しだけ声が震えていた。それは怒りではなく恐怖故。華音が何に怯えているのか、桜花には分かってしまった。

 だからこそ、一層申し訳なさが募った。


「肉汁だったけれど、熱湯と同じよね。嫌な事思い出させてしまって、本当にごめんなさい」


 桜花がもう1度膝を折ろうとし、華音は彼女の両肩を掴んで止めた。


「情けない話、今でも恐いよ。身体が勝手に反応してしまう。でも、聞いて? 桜花」


 桜花が顔を上げると、華音と目が合った。

 互いに面映ゆかったが目を逸らさなかった。


「オレはもう過去に囚われてはいない。今日さ、母さんと一緒に父さんの墓参りに行って来たんだよ」

「お母さんと?」

「うん。以前なら有り得ない光景だ。母さんから誘われて、一緒に行く事にして。ちゃんと向き合った。オレは母さんを許せたんだ」

「そっか。良かったわね」

「それと、自分の名前も嫌いじゃなくなった。初めて逢った時、桜花はオレの名前を褒めてくれたけどオレは嬉しくなかった。その時までは皮肉が込められた名前だと思い込んでいたから」

「……本当の意味は?」

「華やかな祭りの音、そして両親の名前を1文字ずつ取った名前なんだ。母さんが教えてくれた」

「そう」桜花は目をスッと細めて口角を上げた。「素敵な名前ね。綺麗なキミに合ってる」


 桜花の台詞はあの時と同じなのに、違う言葉かと思うぐらいに心への響き方が違って聞こえた。


「自分の容姿に関してはよく分からないけど、素敵な名前だとオレも思うよ。オレの方こそごめん。せっかくの小籠包が台無しになっちゃったね」


 華音が眉を下げると、桜花は笑顔で首を横に振った。


「いいの。ねえ、それよりもさっきの「意外」ってどう言う意味かしら?」

「さっき? あー……。桜花が小籠包なんてまともな物買って来ると思わなかったんだ」


 まともな物でなかった場合、それはそれで対処に困ってはいたが。


「失礼ね。わたしはいつだってまともで真面目なのよ?」

「異常な人は自分の異常さに気付けないものだよ」

「華音って時々笑顔で酷い事言うのね。いいわ。巷で話題のタピオカドリンクを買って来てあげるんだから! 待ってなさい」


 強い口調で去って行った桜花だったが、その横顔は心底楽しそうだった。


「買ったタピオカドリンクを周りの人にぶちまけないようにね」


 華音も心底楽しそうに、彼女が人混みに紛れて行くのを見送った。

 闇に紛れ、影は蠢き出す……。

 突如屋台の光がバチッと消え、赤い光が彼方此方に漂い出した。そして轟く悲鳴。


「まさか……」


 人が次々と倒れていく光景を目の当たりにし、華音は身構えた。そこへ、到着したのは使い魔のゴルゴだ。

 ゴルゴは華音の肩に停まると、澄んだサファイアブルーの瞳で主をジッと見つめた。


「魔物、だな」

「華音!」


 タピオカドリンクの代わりに黒猫を引き連れて桜花が戻って来た。

 2人は顔を見合わすと、すぐに鏡を求めて走った。

 道端に人が倒れ、まだ無事な人達も屋台の陰に隠れて赤い双眸を光らせて徘徊する魔物に怯えていた。

 途中出くわした魔物は使い魔達が処理してくれ、2人はペースを落とす事なく鏡探しに没頭出来た。

 しかし、なかなか見当たらない。

 此処は屋内へ行くしかないかと思ったが、何処もシャッターが下ろされていた。


「風間くんに、高木くん、皆無事なのかしら」


 桜花は彼らの姿も捜していた。


「心配だな。ただ、アルナが一緒なら無事なのかも」


 アルナが協力してくれていれば、だが。





 同時刻。格好悪く身を縮めて震えている刃を護る様にして、アルナが魔物の前に立っていた。


「お前、男のくせに情けないぞっ」


 言いながら、アルナは魔法壁で魔物の攻撃を全て跳ね返して消滅させた。


「だって俺一般人よ!? てゆーか、マジすげー。魔女っ娘やん」

「もっと褒めてくれてもいいんだからな」


 アルナは調子に乗って、魔物のもとへ走っていき蹴りを叩き込む。幼女の脚力は然程強くはなかったが、下級生命体の奴らを吹き飛ばすのには十分だった。

 まんまとアルナの挑発に乗った魔物達は強力な一撃を一斉に仕掛ける。

 慌てふためく刃とは対照的に、アルナは現状を遊戯の様に楽しんでいた。

 放たれた魔物の炎や光線などは全てアルナへ集中し、衝突寸前でアルナは魔法壁を創り出して余す事なく魔物へ返品した。

 魔物達は自らの攻撃を受けてあっけなく消滅。周辺に居た魔物は全滅した。

 解放された生命力は持ち主のもとへ還っていく。

 アルナはほぅっと一息つき、欠けた月を見上げた。


(この魔力、間違いない。アイツが此処に居る)

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