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スペクルム カノン  作者: うさぎサボテン
第六章 水鏡が示す真実 前編
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14.

 屋上広場に辿り着くのはそう時間が掛からなかったが、魔女の姿は何処にもなかった。


『消えた』


 オズワルドがポツリと呟き、スッと華音の中から出ていった。

 華音の姿は元の高校生へ戻った。

 使い魔も烏へ戻って、夜の闇に溶ける様に羽ばたいていった。

 華音は一息つく。


 その時。


 カサッと、草を踏む音が聞こえた。


「鏡崎くん? こんな所で何をしているんですか?」


 月明かりに照らされて歩いて来たのは、昼間見た時と変わらない白衣姿の三田(さんた)先生だった。

 華音は心臓が高鳴っているのを誤魔化す様に、顔に笑顔を貼り付けた。


「三田先生、こんばんは。せっかくなので、ホテル内を散策していました。此処は夜風が心地いいですね。三田先生こそ、こんな所でどうしたんです?」

「私も同じです。確かにいい場所ですね。ですが、あまり夜風に当たりすぎても身体を冷やしてしまいますよ? 他の生徒さん達も部屋に戻られているみたいですし、鏡崎くんもそろそろ戻りましょう?」


 三田先生も負けじと、顔に笑顔を貼り付けていた。


「はい。もう戻ります。それでは先生、おやすみなさい」

「ええ。おやすみなさい」


 華音は三田先生に一礼し、速やかに屋内へ戻った。

 ガラス戸を背に、広場を一瞥する。


(やっぱりあの人は怪しい。それに、こんな所に魔女が現れるなんて……。やっぱり、あの人が?)




 そのままホテルの長い通路を歩いて行く。外から直接屋上へ行ったので、全てが知らない道だ。

 見事に誰とも擦れ違わず、辺りはシンと静まり返っていた。

 それからエレベーターで1つ下の階まで降り、ひたすらに歩いて行くと鏡国高校の生徒達をぽつぽつと見掛ける様になった。

 華音は内心安堵する。

 華音の姿を認めた生徒(大半が女子)が風呂上りで既に赤い頬を更に赤くして、口々に囁き合った。


「鏡崎くんだ!」

「浴衣姿もカッコイイ」

「鏡崎くん、ホントイケメン」


 その声は華音には届かず、華音は擦れ違った彼女達に訝しげな目を向けたが、それもまた彼女達を喜ばせる要因となり。また黄色い歓声が湧き上がった。


「あれ? 華音じゃん」


 次に華音の姿を認めたのは刃だった。隣には雷、後ろには宮本と品川が居た。

 華音は4人に近付いた。


「今戻るところ? オレもそうなんだ」

「てっきり部屋で待ってんのかと思ったけど」

「そのつもりだったんだけど、退屈で。ちょっと散策してた」

「ふぅん」


 刃は納得した様だが、雷は何処か固い表情で華音をじっと見つめていた。心まで見透かしているかの様な黒々とした瞳に、華音はたじろぐ。


「華音」

「……何?」


 内心戸惑う華音の頭上に雷は手を伸ばし、華音は首を竦めた。


「葉っぱ付いてたぜ」


 雷は華音の前に葉っぱを持って来て、ニッと歯を見せた。

 華音は「あ。ああ……」と生返事をしつつ、加速し出した心臓をギュッと片手で押さえつけた。

 それから皆で部屋へ戻る事になり、華音はアニメやゲームトークで盛り上がる4人の話を聞き流して雷の横顔を盗み見た。

 三田先生に感じた不安とは違うモノを感じた。





 2日目。昨夜、華音と桜花が魔物を撃退したおかげで誰1人永遠の眠りにつく事なく、無事に全員揃って朝を迎える事が出来た。

 現在、鏡国高校の生徒達はホテル前の浜辺に集まっていた。

 本日も眩しいばかりの晴天で、正午に近付くにつれてぐんぐんと気温が上昇していく。その熱から逃れようと、多くの生徒達は水着で海へ逃げていった。

 華音は半袖カッターシャツにネクタイ、ズボン、ビーチサンダルという格好でテントの下、肉や野菜や魚介類を網の上で焼いていた。近くには同じく制服姿の柄本も居て、女性教師と世間話で盛り上がっていた。

 華音は肉をトングでひっくり返し、とうもろこしとピーマンを転がす。


 ジュージュー。


 湯気と共に香ばしい匂いが立ち上る。それだけで食欲がそそられるが、皿に盛り付けるのはまだ早い。

 暫く網の上をぼんやり眺めながら、未だに痛む頭部を摩って腰を曲げた。


(頭に杖が降って来た上に、木の上から転落して。オレ、よく無事だったな……)


 昨夜の事を回想する度、寒気がする。

 元々ホテルの屋上から飛び降りるなんて芸当は、普通に考えたら危険行為である。魔法使いの魔術や身体能力が付加されているとは言え、今回の様に妨害が入れば即転落、最悪死だ。だから、外傷のない状態が奇跡なのだ。


(あの後痛くてあんまり眠れなかったし。はぁ……)


 そろそろ、網の上の物には綺麗な焼き目がついて食べ頃だ。


「あ。ピーマンはまだかな」


 華音はピーマンをもう一回転させ、大皿を手に取る。


「もう焼けた?」


 にゅっと横から桜花が顔を覗かせ、驚いた拍子に華音は大皿を落としそうになった。


「ビックリした。あーうん。ピーマン以外はいい感じだよ」

「じゃあ、このお肉もらっていい?」

「いいけど、大皿に取り分けてから……って、桜花!」


 桜花は割り箸で網の上の肉を摘まみ上げると、ペロリと口へ放り込んだ。


「あっつ! でも、美味しい」

「……もう。火傷するから、次はやるなよ」


 華音は呆れ顔で、せっせと網の上の物を大皿へ移動させていった。

 視界に入る桜花は紅色のビキニを着用し、白くてきめ細やかな柔肌が多く露出しており、メリハリのある身体も強調されている。改めて意識してしまうと、ドキドキとして顔が熱くなる。火のすぐ傍と言う事もあり、沸騰しそうな程に暑い。


「大丈夫?」


 熱で軽くのぼせている華音に、桜花は手をぱたぱたと振って微風を送った。


「ごめん。大丈夫……大丈夫だから」


 華音は桜花をなるべく視界に入れない様にし、次の食材を網に並べた。

 桜花は華音の素っ気ない態度につまらなそうにし、彼から離れる。と、そこで柄本と目が合った。柄本はニヤニヤしている。


「桜花ちゃんもやるねー。鏡崎くんが女の子にたじたじなの、凄くレアだよ」

「レアって。わたし、ミディアムの方が好きだわ」


 桜花はしっかり焼けた肉を大皿から摘んで頬張った。


「お肉の話じゃなくてね? ま、いっか」


 まだ、花より団子なのだろう。けれど、柄本の目には華音と桜花はもう友達以上の関係の様に見えた。

 浜辺に充満する香ばしい匂いに誘われて、海から上がった生徒達が次々とテントの下へ訪れる。

 華音の班も勢ぞろいした。

 水着姿の宮本が、華音の首に腕を回す。


「なあ、お前も肉焼いてねーで泳ごうぜ?」

「いや、オレは肉焼いてる方が楽しいし……」


 華音は宮本が邪魔で動かしにくい腕を動かし、網の上の肉を丁寧にひっくり返していく。先程のピーマンは油断をしたら真っ黒焦げになっていた。

 宮本はまだ華音を離さず、更に品川が食い下がって来た。


「沖縄で泳がないなんて損だぞ?」

「つーか、制服暑くね?」


 宮本がくっついているから暑いんだよ、と言ってやりたいが心の中に留めておいた。

 華音が首を縦に振らないのが面白くないのか、2人はまだ、泳ごう泳ごうとしつこく付き纏う。

 さすがに華音が困惑して何も答えられなくなると、親友達は揃って前へ出た。


「あんまり無理強いは……」

「華音がお肉を焼いてくれなかったら誰がお肉を焼くと言うの!?」


 刃の声を遮り、アニメ調の声が響き渡った。

 気付くと、桜花が肉の盛られた小皿を手に、宮本と品川の前で仁王立ちしていた。

 宮本は小さく「すんません……」と零すと華音を離し、品川と揃って頬を紅潮させた。下がった視線は無意識に、桜花の豊満な胸に向いていた。


「桜花ちゃんやるねぇ」


 刃は口笛を吹き、他の男子達と同様に桜花の身体を目に焼き付けた。

 雷はそんな親友の頭を軽く叩き、頬を赤らめてそっと目を伏せた。

 華音は炭と化したピーマンを足元のゴミ箱に放り、上手く焼けた方を桜花の皿にさりげなく盛り付けた。

 気付いた桜花が悲鳴に近い声を上げた。


「何でピーマン盛るのよ! これは食べ物じゃないわ!」

「ピーマンは食べ物だよ。キミ、肉しか食べてないじゃないか。ちゃんと野菜も食べなきゃ駄目だよ?」


 そう言って、華音は次々と焼き立て野菜を桜花の皿に追加していく。


「ひ、酷い……。こんなのってないわ」


 桜花は戦慄いて、遂にはガックリと肩を落とした。

 華音は勝利の笑みを浮かべ、網の空きスペースにどんどん野菜を並べていった。


「楽しそうでいいですね」


 三田先生が華音の傍までやってきて、微笑んだ。

 華音は手を止め、三田先生の方を見て微笑み返す。


「三田先生もどうです? 今、とうもろこしがこんがり焼けたところです」

「まあ。美味しそうですね。では、いただきましょう」

「はい、どうぞ。熱いので気を付けて下さいね」


 小皿に載せたとうもろこしを差し出すと、三田先生は笑顔で礼を言って後方のテーブル席まで歩いて行った。透かさず、刃が追い掛ける。


「さっちゃん、一緒に食べよー!」

「ええ、いいですよ。風間くん」


 2人が去っていった後すぐに、野菜盛りにされた皿を持って桜花も柄本と共に席へ向かい、他の生徒達も続々と焼き立ての食材が盛られた皿を手に席に着き始めた。


「俺達も食おうぜ」


 雷が華音に笑い掛け、華音は頷いて一緒に刃と三田先生の待つテーブル席へ歩いて行った。

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