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スペクルム カノン  作者: うさぎサボテン
第六章 水鏡が示す真実 前編
77/200

8.

「アルナの魔力? いや、そんな事より。お前がクランで間違いないんだな?」


 華音が杖を構えて問うと、クランは口元に手を添えて上品に笑い優雅に頷いた。


「初めまして。私は地属性の魔術の使い手のクラン、通り名は土星の魔女です。貴方は確か、オズワルドさんではないのですよね? 何者なんですか?」

「……お前にそれを教える必要はない」

「ふふ。それはそうですね。私達は敵同士ですものね。では、敵同士と言う事で早速ですが、一戦交えましょう?」


 華音が答える間もなく、クランが舞い降りて来てブーツで瓦を踏み鳴らした。

 華音は瞬時に後ろへ飛び退き、間合いを取る。

 クランは上品な笑みを浮かべているが、纏っている空気は飢えた猛獣の様であった。不用意に近付けば食い千切られてしまいそうだ。見た目に反し、好戦的である。

 華音はじりじりとまた距離を置こうとする。が、その十分にあった間合いはすぐに詰められた。

 眼前に、ルビー色のつぶらな瞳が迫る。


「見た目がオズワルドさんそっくりだから、ついついその気でいたのですが、もしかして貴方はオズワルドさん程お強くない? 戦いは嫌なのですか?」

「嫌に決まっているだろ……!」


 華音は仰け反りながら言い返す。

 その言葉に効果があったのか、クランは程よく膨らんだ胸に手を当てて慈愛に満ちた表情で静止した。

 今のうちに、華音は十分間合いを取っておく。


『……気を付けろ、カノン』


 静かなオズワルドの忠告。

 気を付ける事など何処にも……と思ったのも束の間、目の前から尖った先を天へ向けた岩の大群が物凄い勢いで迫って来た。

 華音は杖を両手で持ち直して前方へ突き出し、水属性のマナを瞬時に収束させる。

 岩の大群は一瞬にして氷漬けとなった。

 華音の額から汗が伝う。


「戦うのが嫌なら、私が一方的に叩き潰せばいいと思ったのですが。貴方、もしかして戦う気になりました?」


 氷漬けの岩山の向こうからしなやかな声がしたかと思うと、いつの間にかクランの姿は岩山の上にあった。

 クランは優雅に袖を靡かせ、氷の上を綺麗な足取りで進んでいく。


「お前がオレを消そうというなら、こっちだって容赦しない!」


 華音が語気に力を込めて言い返すと、クランは片頬を手のひらで包み込んで恍惚とした笑みを浮かべた。

 薄い桜色の唇が微かに開く。


「うふふ。そうこなくては面白くありません。男の子は元気が一番です」


 クランが足場にしていた凍った岩山はマナへと還って空中に幻想的な光を散らして消滅し、その中を軽やかに1度宙返りしたクランはそのまま華音の背後へ着地。

 華音がすぐさま振り返るが彼女の姿はなく、別の方から声がした。


「アースキャノン!」


 それは術名で、直後太い針を象った土の塊が空中より次々と降り注ぐ。

 華音は横へ飛び退き、最後の一撃は杖で弾いた。が、頬やローブの端々に擦り傷が出来ていた。頬から伝う血を白い手袋で拭って、天を仰ぐ。

 空中に留まった土星の魔女は両の振袖を自由に広げ、まるで一羽の鳥、或いは天使の様であった。

 地属性のマナは彼女を慕う様に、どんどん周辺に集っていく。精霊と分離したにも関わらず、莫大な量だった。

 クランがルビー色の瞳を光らせると、収束したマナが一気に魔術となって対象へ放たれる。

 バスケットボールよりやや大きめの土の球体が同時に無数落下してくる。

 先の魔術よりも周りへの被害が大きくなるだろう事を危惧した華音は、放った水属性のマナを自分ではなく周りの民家などの守護へ当てる。

 民家全体を水のベールが包み、土の球体がバウンドして宙で飛散してマナへ還っていく。

 自身へ向かってきたものは杖を盾にして砕いてみせたが、衝撃が両腕に伝わって結構なダメージとなった。

 両腕がビリビリとし、自由が利かない。そこへ、クランは容赦なく魔術を叩き込む。

 ひんやりとした風に乗って煌めいた砂塵が密度を増し、一瞬で砂嵐となる。

 まるごと飲み込まれた華音は顔を両腕で覆う。露出した顔面に砂が当たる度に痛い。呼吸をすれば肺に砂が入る為、口を固く閉ざして息を止めていなければならず苦しい。


『カノン、あと3秒耐えろ』


 脳内から響くオズワルドの声に華音が無言で頷くと、3秒後、砂嵐が何かが横切った事によって分断され、さらさらと砂が散って形を保てなくなって……やがて――――消えた。

 新鮮な空気が流れ込み、呼吸が許されると華音は存分に酸素を肺一杯に取り込んで二酸化炭素を吐き出し、琥珀色の瞳を開いた。

 目の前は先程よりも闇が濃くなっており、その中で優雅に羽ばたく青みがかった茶色の羽毛を持つ鳥が一羽。


「……(わし)?」

「使い魔ですか」と、華音の疑問に答えたのはクランだ。


 鷲は魔女を威嚇している。

 オズワルドは得意げに笑う。


『そう。私の使い魔だ。向こうから呼び寄せた』

「使い魔って1体だけじゃなかったのか。鷲……か」


 華音は今は杖の形状の烏と、空中で羽ばたく鷲を見比べた。


『……変な名前付けるんじゃないぞ』


 華音はギクリとする。


「え。駄目……?」

『あまりこっちに使い魔を送り込むと私の魔力が減る。この戦いが終わったら呼び戻すから、もうお前の前に現れる事はない。従って、その変な名前を呼ぶ事ももうない』

「変な……って最初から決めつけやがって。そもそも名前ぐらい付けておいてやれよ」

『使い魔はペットでも子供でもないんだ。その必要はない』

「冷たいな、お前って」


 こうして、別次元の者同士で言い争っている間に、クランは鷲と対峙していた。


「猛禽類は目つきが鋭くて恐いですね。けれど、私は動物には手を出したくないんです。大人しくあっちへ行ってくれませんか?」


 クランが首を傾けると、更に鷲は威嚇して甲高い声を上げた。

 クランは息を吐き、仕方なく地上へ降り立つ……と、そこは既に相手の術中。

 今度は氷の嵐が吹き荒れる。

 華音とオズワルドは意識を互いにではなく、目の前の敵へと戻していた。一方で、使い魔だけに囚われていたクランは氷の嵐に捕らわれてしまった。

 次々と襲い来る氷の粒がコツコツと身体を打ち付け、全身を覆う冷気に寒さを覚える。

 華音のもとへ鷲が舞い降りて来ると、杖が光って烏へと戻り、反対に鷲が光って華音の手に収まった。それは青い宝石を装飾した銀の槍だった。


『急所を狙え』

「刺すのか!?」


 華音はオズワルドの指示に驚くも返答が返ってこず、駆け出すしかなかった。慣れない槍を引っ提げ、刃先が届く距離で足を止めて構える。


『マナも込めろ。力技じゃ負ける』

「ああ……」


 華音は高鳴る心臓を押さえ、刃先に水属性のマナを纏わせる。そして、青白く輝くそれを囚われの身となった魔女へと突き刺す。

 瞬間、パッと強い光が弾けた。


「え!? な、何――――」


 華音の両足は地面から離れ、ふわりと浮いた身体が宙をたった数秒彷徨うと、一気に重力が押し寄せ瓦屋根の上に背中から叩きつけられた。

 痛みに呻く華音の視界の外側では、岩の壁がボロボロと崩れていきその向こうで土星の魔女が澄ました顔で立って居た。

 直前で岩の壁を形成し、華音の一撃を防いだ上その衝撃で自身を取り巻く魔術を相殺したのだ。

 クランが岩の破片をブーツで踏みつけながら進むと、それがマナへと還って歩いた軌跡を美しくなぞった。

 クランは右手を掲げ、微笑む。


「本当のオズワルドさんなら、先程私を躊躇なく仕留める事が出来た事でしょう。あの僅かな間に、私は防御する事が出来ました。うふふ。貴方にはまだまだ冷酷さが足りませんね」


 そして、言葉の次に放たれる大量の(つぶて)

 華音はその場を転がる様にして躱し、起き上がったついでに後方の電柱に飛び乗った。傍らでゴルゴが羽ばたく。

 華音は鏡の様によく磨かれた槍を構え、また飛んで来た大量の礫を弾いて砕いていく。

 クランは相手に攻撃を浴びせながらも、しなやかな動きで確実に間合いを詰めていき……自身が跳ぶ。と、同時に華音もそこから身を投げ、両者は空中で一瞬間交わる。

 華音は一歩遅れ、クランに脾腹を切りつけられる。クランは岩で形成したナイフを振袖に仕込んでいた。

 クランは華音と入れ代わる様に電柱へ降り立ち、華音は再び屋根へ落下……身体を打ち付ける寸前で体勢を立て直して不格好だが着地に成功する。


『カノン、左へ飛べ』


 オズワルドの指示通りに、やや鈍い動きで左へ飛び退くと真横を岩のナイフが飛んでいった。ひやりとする。

 続けて滝の様に降って来た土砂は、瞬時に形成させた氷の壁で防ぐ。壁は役目を果たすと、すぐに崩壊した。

 華音は傷の痛みに耐えながらも、後方へ飛んで間合いを取り詠唱する。相手も、ほぼ同時に詠唱を開始していた。

 水属性、地属性、それぞれのマナがそれぞれの使い手のもとへ集う。


「グロスヴァーグ!」

「グランドランス!」


 術名を叫ぶのも、発動するのもほぼ同時。

 屋根を這う様に迫り来る先端の尖った岩の大群を、大波が迎え撃つ。強固な岩がどんどん激しく打ち付ける波に削られ、形をなくしていく。

 波が岩の大群を突き抜け、土星の魔女に大口を開ける――――と、波が通った箇所より岩がまた突き出して華音へ牙を剥く。

 クランは空中へ身を投げてパッと消え、華音は後方へ逃れるも間に合わず、突き出した岩に空中へ弾き飛ばされる。

 クランが再び現れたのは空中、華音の背後。華音を優しく受け止めた……かと思うと、まるでボールを扱うかの様に屋根へ向かって投げた。

 華音は片目を開き、ぐんぐん近付いて来る屋根へ手を翳す。すると、その先に水属性のマナが集い、大きな水泡を形成。華音の身体はそれに受け止められた。

 衝撃で水泡は破裂し、激しい水飛沫が華音へ降りかかる。

 全身が濡れ、風が吹くと身震いがした。

 気付けば、僅かだった日の光も消え失せ辺りを照らすのは転々と設置された街灯と民家の明かりだけとなっていた。

 使い魔ではない普通の烏の群れが漆黒の翼をはためかせて巣へと帰っていく。

 地上は少しずつ眠る準備を進めていた。そして、別次元(スペクルム)の魔法使いも。


『カノン、一旦退こう。もう時間だ』

「あ、うん。――――!? ク、クラン!!」


 一歩下がった華音のすぐ目の前に、クランが着地した。素朴だが気品のある顔が間近に迫る。

 クランが手を挙げ、華音もオズワルドも凍り付いた。

 オズワルドの魂が本体を求め、華音から離れ始める。


(このままだとマズイ……!)


 2人の思考が重なった。

 2人にとってこの時間が長く感じられたが、実際には数秒しか経っていなかった。

 クランは挙げた手を自身の顔の横で固定し、上品な笑みを浮かべた。


「もう帰る時間ですね。オズワルドさんは立派な大人ですが、貴方はまだ子供でしょう? 夜道はどうかお気を付けて」

「えっと……あ、はい。ありがとうございます?」

「それでは失礼致します」


 ペコリと頭を下げ、クランはパッと姿を消した。

 華音は土星の魔女の居た場所にまだ視線を向け、何度も瞬きを繰り返す。この時にはもう瞳の色も、夜風にさらさら揺れる髪色も服装も元に戻っていた。手からは槍が光を纏って滑り落ち、鷲に戻ってゴルゴの隣で羽ばたいた。

 華音は鷲に視線を移す。


「さっき魔術を一刀両断して武士みたいだったな。色は鰹節みたいだし……。よし、お前はカツオ武士――――痛っ!」


 2体の使い魔に一斉攻撃を受けた。

 鋭い嘴が頭皮に突き刺さって痛い。

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