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スペクルム カノン  作者: うさぎサボテン
第六章 水鏡が示す真実 前編
75/200

6.

 華音があまりにきっぱりと言うものだから、刃は驚いた。華音の事だから、照れて(うそぶ)くかと思った。


「初めてなんだ。こんなに女の子を好きになったのは。昨夜、寝る時に漸く気付いたんだ」

「お前、しょっちゅう体育館裏に呼び出されて告られてるのにな。これだって言う娘はいなかったんだ?」

「それ……ね。中学2年生の頃からかな。女の子に好きだって言われる様になったのって。好きだって言われて悪い気はしなかったんだけど、同じ気持ちにはなれなかった。オレは人として当たり前の事を人にしているだけで、特別に好かれる様な人間じゃない。だから、オレにとっても同じで、どんなに好意を向けられても特別にはならなかった」

「なるほどなぁ。フツーの男子は羨むと思うぜ? と言うか、妬むかな。俺は別にお前の事理解してるつもりだからいいけど、他の奴にはその話すんなよな」


 刃が苦笑し、華音も苦笑した。


「勿論。刃だから話してるだけ。……でも、桜花は特別だって思えたんだ。あの娘だけは、ちゃんとオレを見てくれてる。優等生の仮面をかぶったオレじゃなくて、本当のオレを」

「んじゃ、俺はお前を応援すんよ!」

「え? 刃も桜花が好きなんじゃ?」

「いや、俺の好きは華音には敵わないわ! それに、桜花ちゃんに対する気持ちはどっちかってーと、アイドルとかアニメキャラに向ける様な憧れみたいなもんだからよ。で、いつ告るんだよ? 今日か? 明日か?」

「んー……今は色々と立て込んでるから、もう少し先かな。高校卒業するまでには気持ちを伝えるよ」

「そ、卒業!? 遠っ! おま……その間に桜花ちゃん、誰かに取られちまうぞ!」


 刃は思わず後ずさる。


「取られたら、取り返せばいい。そう簡単にオレは桜花を手離さないよ」


 華音が綺麗すぎる笑みを浮かべ、刃は更に後ずさった。


「初めて本気でお前が恐いって思ったわ……案外ヤンデレ気質あるんだな」

「失礼だな。オレはこの恋に本気なだけなのに。それでも、桜花が心から好きな相手なら諦めるけど……」

「ま、とにかく応援してるからな」


 そこで会話が自然と終了し、同時に雨音も静かになった。トンネルから覗く景色も、少し明るさを取り戻していた。


「あのさ、華音」と、また刃が同じフレーズで切り出し、華音は不思議そうな顔で刃を見た。何? と訊ねる前に、刃が静かに続けた。

「同情になっちまうけど、俺は華音の事が心配だった。その、まあ……好き、だし……人として」


 内容も最初に戻っていた。

 気恥かしさに俯いた刃に、華音は穏やかな目を向けた。


「ありがとう、刃。オレも刃が好きだし、最高の友達だと思ってる。だけど、何かお前らしくないね?」

「そ、そうか? あ――う~ん……雨のせいかなぁ? 気持ちがしっとりするって言うか。てか、びしょ濡れで華音ちゃんと狭い場所で2人きりなんて何かエロいシチュエーション! 愛人としてヤっちゃう~!?」


 刃が両腕を広げて華音に迫り、華音は立ち上がるついでにスッと避けた。刃はそのまま、地面へ顔面ダイブした。


「雨上がったみたいだし、そろそろ帰ろうか」


 華音が視線を向けた先は、すっかり晴れ間が広がって明るくなっていた。

 刃は赤くなった鼻を摩りながら立ち上がり、態とらしく溜め息をついて頷いた。

 姿勢を低くして出入り口の丸い穴を潜り抜けると、丁度真正面に子供が2人立って居た。色違いの傘をそれぞれ手にぶら下げた、色黒の小さな少女と少年だ。華音と刃の姿を認めた少年の方が「あ!」と大口を開けて指差した。


「華音と刃だー! 中でエロい事してたんだろぉ!!」

「こ、こら。ダメだよ、風牙。オトコとオンナの事情に口を挟んじゃいけないよ」


 男と女って……男と男なんだけど、と華音は心の中で苦笑した。


「あっちゃーバレちまったかぁ。そうさ! ガキのお前らには理解出来ない様なエロい事してたんだぜ」と、刃が余計な事を楽しげに話した事により、一層話が(こじ)れてしまった。


 華音は頭を抱え、風牙は大はしゃぎし、姉の(めぐみ)は赤くなった顔を両手で覆い隠した。

 雨と風牙は2人の知り合いで、雷の弟妹だ。以前刃が吹き込んだ事を真に受けて、華音が男装女子だと思い込んでいる。そして、兄の恋人であり、刃の愛人であると言う複雑な三角関係も完全に信じてしまっていた。

 厄介な事に雨の方が特に純粋過ぎて、何度訂正しても「女の子だってバレない様に嘘をついてる」と言ってなかなか信じてもらえない。刃の事をこれだけ信じて、何故自分は全く信じてもらえないのだろう……と華音は心中複雑だった。

 ここは毎度の如くその話題に触れないようにして、他にするべき話題を振る事にする。


「雨と風牙は何でこんなところに居るんだ? 家、遠いだろ」

「宿題終わったからお散歩してたの」


 愛想よく答えたのは雨。不要になった赤色の傘をぶらぶらさせた。


「傘持ってって正解だったぜ! にーちゃんバカだから、傘持たずに学校行ったんだー。今ごろぬれた制服をせんたくしてるぞ」


 無邪気に笑いながら、風牙も青色の傘をぶらぶらさせた。

 そう言えば、自分達と同じで別れ際の雷の手にも傘は握られていなかったな……と、少し前の記憶を呼び覚ます華音と刃。

 逆に、傘を持っていた生徒をあまり見掛けなかった。

 天気予報をしっかり見ていない高校生らは皆、通り雨にずぶ濡れになった事だろう。それに比べ、この小学生達は随分と立派だった。


「そろそろ帰らなきゃ、バカにーちゃんが心配するからな。おれたちはもう行くぜ! あばよ、カップル」


 キザに片目を瞑ってみせた風牙だが、あまりに下手くそで全然キマっていなかった。それでも、本人はやりきった様子で堂々とした足取りで高校生2人に背を向けて歩き出した。

 華音と刃にはにかんだ笑みを向けた後「ばいばい」と言い残して、雨もその後を追った。


「待って! 雨、風牙」


 更に、その後を華音が小走りで追い掛けた。刃はのんびりとした足取りで歩み寄る。

 弟妹は足を止め、後ろに向き直った。


「あんだ? まだおれたちに用あんのか?」


 どこか喧嘩腰で風牙が言う。まだまだあどけない顔立ちだが、兄そっくりだ。

 思わず吹き出しそうになるのを堪え、華音は答える。


「せっかくだから家まで送るよ」

「おれたち子供じゃねーぞ?」

「子供だろ」と、刃が突っ込む。


 風牙は頬を膨らませ、傘で思いっきり刃の脛を打った。


「いって! 何しやがる!?」

「しつれーなこと言うやつには当然のむくいだ!」

「やけに難しい言葉使いやがって……。次に何かするつもりなら、俺も容赦しないぞ~。正当防衛だかんな」

「じょーとーだぁ。こら」


 2人が同レベルの喧嘩を始め、華音と雨は呆れて先に歩き出した。

 雨水がどっしり染み込んだ地面は少しだけ歩きづらく、時々大きな水溜りが行く手を阻む。

 華音はさりげなく歩きやすい道を雨に譲り、自分は水溜りばかりの険しい道を進んで行った。

 公園から抜ける頃には漸く同レベル男子達の争いに一区切りつき、仲良く並んで華音と雨の後をついていった。


「華音ちゃんってさ、めぐと変わらないね……」


 突然と、(めぐみ)が己のほぼ平らな胸元を押さえ、華音に哀れみの目を向けた。

 華音の服は雨に濡れたせいで、少し肌に貼り付いている。

 華音は(めぐみ)の視線が向けられている箇所に触れ、困惑した。

 男なんだから、膨らみがある訳ないではないか。

 それでも、そんな哀れみの目を向けられると心が痛い。


「あ! 虹が出てるよ」


 華音は無理矢理話題を変え、雨の目を澄み切った夕焼け空に架かった七色の橋へ向けさせた。

 雨は今の話など忘れて満面の笑みを作り、後ろを歩いていた風牙も前へ飛び出てはしゃぎ出した。

 楽しげな子供達の背中を華音が眺めていると、刃が隣に並んだ。そこで、不意に声が聞こえた。


 ――――Gカップだってよ、華音ちゃん。


 それは過去の音声が華音の脳内で再生されただけで、隣に居る親友が現在発したものではない。

 しかし、華音にはどちらでもよく、また熱を帯びた頬を彼のせいにし、鞄を思いっきりぶつけた。


「いって! かがみん、いきなり何? 反抗期!?」


 刃は涙目で、肩を押さえた。

 華音は何事もなかったかの様に子供達に視線を戻し、「あんまり走ると転んで水溜りに落ちるよ」と言ってゆるりとした足取りでついていった。

 刃は首を傾げ、ガシガシと金髪頭を掻き乱して眼前に迫って来た水溜りを飛び越えた。

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