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スペクルム カノン  作者: うさぎサボテン
小話 近くて遠い憧れのヒト
69/200

1.【挿絵あり】

挿絵(By みてみん)

 ミッドガイア王国、ヴィダルシュ城。

 広大な湖上に建てられた美しいこの城は色んな音に溢れていて生命力に満ちていた。騎士の宿舎より聞こえる剣戟の音、調理室で野菜や肉を刻んだり、食材を煮込む音、廊下の片隅に集まってゴシップ話に花を咲かせるメイド達の声、中庭の木々を風が凪いでいく音――――実に様々だ。

 そんな中で珍しく響くのは小さな靴音と、楽しげな幼い声だ。


「ドロシー、待ってよ!」


 仕立ての良いジャケットとハーフパンツを身に付けた少年は、緩やかなくせっ毛の綺麗な金髪を振り乱しながら必死に遠ざかっていく妹を追い掛ける。

 ドロシーはいかにも走りにくそうな赤のドレスを着ていながらも、子猫の様に俊敏で6歳上の兄ヴィルヘルムでも捕まえる事は難しかった。


「おにいさまおっそ~い! うふふっ」


 ドロシーは1度立ち止まって小悪魔の様な笑顔を兄に向け、また走り出した。

 ヴィルヘルムは必死だった。

 更に、その後ろから困った顔の中年メイドが追い掛けて来た。


「ヴィルヘルム王子、ドロシー姫、城内で走らないで下さ~い!」


 城内では、追い掛け合う3名の足音が仲良く響き渡る。

 今年5歳になったドロシーは元々のお転婆に拍車がかかり、城内でも平気で走り回る様になった。ドロシーはそれ自体よりも、こうして兄やメイド達が揃って追い掛けて来るのが楽しくて仕方がなかった。

 持ち前の運動神経の良さで、何とか今日も2人を振り切ったドロシーは満足げ。

 辿り着いたのは、居館(パラス)の真ん中にぽっかりと空いた中庭だった。いつも上の階の廊下から眺めるばかりだったそこは、実際に訪れると綺麗だった。

 一面に咲き誇る白の花、それを穏やかに撫でていく風……花びらが舞って幻想的だ。

 その中央に誰かの後ろ姿があった。花と馴染んでいる白いローブに、湖の様に透き通った水色の髪。一目見た瞬間、精霊かと思った。

 ドロシーがその人物に見とれてポーっとしていると、彼は気付いて振り返った。

 雪の様に綺麗で白い肌、目鼻立ちは整っていて美しく、何より偶然合ってしまった目の色は父と兄姉と同じ琥珀色をしていた。

 ドロシーはドキッとして、逃げる様に立ち去った。


「あ、ドロシー!」


 漸く追いついたヴィルヘルムはドロシーに手を伸ばすが指先が赤い毛先に触れただけで。ふと、ドロシーが先程見ていた方を見た。もう彼は背を向けていたが、ヴィルヘルムはその後ろ姿だけで誰か知っていた。


 ――――ハーフエルフだから、仲良くなどしてはなりませんよ。


 世話係の初老の男性が唇に人差し指を立ててそう言っていた。

 まだ年端もいかないヴィルヘルムにとって、大人の言う事は絶対。だから、簡単に受け入れた。

 ハーフエルフの彼に軽蔑の視線を残し、サッサと妹の後を追っていった。




 あの日、中庭で見た精霊の様に美しい少年の事をドロシーはあとから若いメイドに教えてもらった。

 彼の名はオズワルド・リデル。外見は16歳だが、実年齢は400歳を超えているのだとか。彼は自分達とは違う種族の血が混じったハーフエルフなのだ。

 ハーフエルフはエルフにも人間にも忌避される存在で、当然人間の国の中心である此処でもそうであった。

 まだ幼いドロシーには、大人達の言っている事がイマイチ理解出来なかった。

 あんなに綺麗なのに、どうしてそれがずっと続いちゃいけないんだろう……と。

 そして、オズワルドはハートフィールド王家に仕える宮廷魔術師だと言う。水の使い手で、凡そ100年前の魔女達が引き起こした魔法大戦を集結させた実力者。彼の右に出る者は居ないとさえ言われる程だ。

 大好きな兄までもが「オズワルドに近付くな」と言う。


(なんで? なんでなんだろう?)


 ドロシーの小さな胸には疑問が溢れるばかりだった。



 大人達も兄も姉も、皆が「近付くな」って避けるオズワルド。皆が言うならきっと悪いヒトなのかもしれない……そう思うも、やっぱりあの日見た美しさを忘れられる筈もなく。気付けば、ドロシーの足は中庭に向かっていた。

 よく晴れた白い花畑の中央、あの日と同じ様に彼は居た。


(ちゃんとじぶんの目でたしかめるのよ)


 ドロシーは深呼吸し、花畑の中を歩いて行った。

 オズワルドが振り返った。

 相変わらず綺麗な顔で、何処か寂しそうな琥珀色の瞳……。

 今度はドロシーは踏みとどまった。


「あ、あの……」


 心臓が早鐘を打つ様にうるさくて、思う様に言葉が出て来ない。

 そんな少女に、オズワルドはふわっと微笑んだ。そして、しゃがんでドロシーに視線を合わせた。


「お初にお目にかかります、ドロシー王女。私は宮廷魔術師のオズワルド・リデルと申します」


 無駄の一切ない優雅な動きで一礼。


「えっ……あ、あの…………キレイね」


 そのあまりの美しさに、ドロシーは思わず声が上ずってしまう。

 オズワルドは「あぁ……」と言いながら立ち上がり、辺りを眩しそうに見渡した。


「綺麗ですよね、この庭。庭師のジールが手入れしていて……」

「ちがう!」


 間髪入れずドロシーが声を上げ、オズワルドはドロシーへ視線を戻して琥珀色の瞳を瞬かせた。


「ドロシー王女?」

「ちがう……ちがうの、そうじゃないの。キレイなのはあなた」

「私……ですか? 別に美しくなどありませんよ。400年も老いる事なく、ずっと同じ姿をしているだけ……」


 オズワルドは優しい顔をしてくれたけれど、ドロシーには何処か寂しそうに見えた。

 ドロシーはオズワルドをじっと見つめ、口を一文字に引き結んで拳をグッと握った。そして、大きく息を吸い胸に広がったキラキラした想いを思いっきり吐き出した。


「ずっとキレイでステキね! わたし、カッコイイとおもう! もっとじまんしよーよ」


 オズワルドは1度、目を見張った後、横を向いて黙ってしまった。その僅かな沈黙に、少しずつドロシーは不安になる。


 怒らせてしまったかな? やっぱり、悪いヒト?


 途端に恐くなったドロシーが俯くと、頭に暖かくて柔らかいものが乗った。顔を上げると、オズワルドの顔が近くにあって頭を撫でてくれていた。


「ありがとう」


 声は鈴の音の様に優しくて。頭を撫でる手は見た目よりもずっと大きくて。外見はお兄さんだけど、お父さんの様な安心感があった。


(ほら、やっぱりわるいヒトなんかじゃなかった)


 この瞬間から、ドロシーはオズワルドが大好きになった。






 それから、約11年の月日が流れた。

 オズワルドと初めて逢った頃小さかったドロシーも、もう身体も心も大人の女性に近付きつつあった。否、身体はメリハリがあってその辺の成人女性よりもよっぽど立派なものだ。本人はその自覚があるのか、普段は豊満な胸もとを大きく開けた服装で城内を歩いている。

 お転婆なところは相変わらずであるが、さすがに城内を走り回る様な事はない。

 国王である父からの呼び出しで、昼食後に執務室を訪れた。

 数回のノックの後返事があり、「失礼します」と断って中へ入る。

 陽光の差し込む大きな窓の前、ハートフィールド国王陛下はデスクで山積みになった書類の整理をしていた。


「お父様。お話って何でしょうか?」


 デスクの前でドロシーが足を止めると、父は手を止めて顔を上げた。琥珀色の瞳は何だか楽しげだ。


「ドロシー。お前は魔力が強いな」

「いきなり何ですの?」

「魔法鏡を扱えるかもしれない……つまり、オズワルドの手伝いが出来ると言う事だ」

「オズワルドの……!」


 途端にドロシーのアメジスト色の瞳が輝いた。

 父は微笑む。


「お前は本当にオズワルドが好きだな。ヴィルヘルムもシンシアも、皆彼を忌避していると言うのに」

「ええ、大好きです。逆に、何処に嫌う要素があるのです? オズワルドは強くて綺麗で優しくて……でも、本当は弱くて。オズワルド程素敵な男性は居ないと思……いいえ! お父様もとても素敵ですわ!」

「そうか。だけど、縁談の話がきているからな?」

「問題ありません。全てお断りさせていただきますから」

「おいおい。国王である私の立場も考えてほしいな……」


 父は態と肩を竦めてみせた。

 ドロシーは小悪魔の様な笑みを浮かべ、ペロッと舌を出した。


「お父様の優秀な娘で居たいけれど、それだけは譲れませんから! それでは、失礼します」


 ドロシーは来た時よりも元気一杯に退室していった。



 心が弾み、両足も羽の様に軽い。

 ステップを踏むように階段を下り、すれ違った巡回の騎士に挨拶。何処かで聞いた歌を口ずさみ、向かうのは居館の奥。殆ど誰も立ち入らない魔法鏡の間。

 ドロシーのオズワルドへの想いは憧れから恋心へと変わった。彼の事を思うだけで幸せになれる。

 あの頃は背の高い彼の綺麗な顔が遠くてしゃがんでもらわなくてはならなかったけど、今はもう背伸びをすればとっても近い。

 並んで歩いても、もう兄妹ではなくて恋人の様に見える。

 11年が長くて待ち遠しくて、漸く追い付く事が出来た。きっと、彼にエルフの血が混じっていなければ、もっと離れていただろう。

 だからこそ、ドロシーはオズワルド・リデルがハーフエルフでよかったと心から思うのだ。

 この先、オズワルドは歳を取らず、ドロシーだけが老いていく。それでも、この一時だけでも隣に並ぶ事が出来たのならドロシーは嬉しかった。

 魔法鏡の間へ近付くと、大好きなオズワルドが扉から出て来た。

 今なら隣を歩く事が出来る。

 ドロシーは堂々とした足取りで歩み寄った――――。

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