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スペクルム カノン  作者: うさぎサボテン
第三章 精霊分離
24/200

1.【挿絵あり】

挿絵(By みてみん)

 画面の向こうで、民家が紅蓮の炎に飲まれ、立ち昇る黒煙が青空を濁らせている。近くでは人が慌ただしく行き交い、消防車から大量の水が民家に向かって噴射される。


「最近多いですね」


 横から、家政婦の水戸ちかげがコトンとローテーブルに淹れ立ての紅茶を置いた。

 鏡崎華音はテレビに視線を向けたまま、紅茶を口に運んだ。


「本当にね。ほぼ毎日の様にこのニュースばかりだ」


 5月に入り、まず流れ始めたニュースは季節外れの火災のニュースだった。それから、ポツポツと件数が増え、現在に至る。これだけ短期間でそこそこの規模であるにも関わらず、いずれも原因不明。

 被害があったのが都内のこの地区だけだと言う事で、警察は放火を疑い、捜査を続けている。

 水戸は華音の座っているソファーの端にちょこんと座り、自分の分の紅茶を手に取った。

 ニュースは天気予報へと切り替わる。

 丁度、その時、外からけたたましいサイレンが鳴り響いてきた。救急車とは異なるそれは、消防車だ。大きな窓から、赤い車体が道路を走り抜けて行く光景が見えた。


「……明日もよく晴れるみたいだね」


 サイレンが遠ざかると、華音が静かに呟いた。

 テレビの画面上には、太陽のマークがついている。紫外線は強めだが、洗濯物はよく乾くようだ。


「そうですね。雨が降れば、被害も少しは減るでしょうか……」


 水戸は洗濯物よりも、火災の方が心配だった。

 コマーシャルになると、華音はティーカップをソーサーに置いて立ち上がった。傍らの通学用鞄を肩に掛ける。


「それじゃあ、行って来るよ。今日は友達と学校帰りに遊びに行くから、少し遅くなる」

「はい。さっきのニュースの事もありますし、気を付けて行ってらっしゃいませ」


 玄関先まで水戸に見送られ、華音は家を出た。

 最近は春から夏に切り替わろうと、空や大地が着々と準備を進めており、植物は青々と、風は仄かに初夏の香りを纏い、日差しは眩しくて熱い。

 特に今日は数日前よりも気温が高く、太陽熱を吸収するネイビーのブレザーが少し暑いぐらいだ。そろそろ脱いでもいい季節だが、今日は着てきてしまったので仕方がない。今後も今日の様な日が続くのなら、カッターシャツだけで登校しようと華音は決め、強い日差しの下を歩いて行った。

 途中擦れ違う他校の生徒達は上着を着ていなかったりと、大分初夏の格好に近付いていた。華音の通う鏡国高校も、門を潜る生徒の中にはもうカッターシャツ姿の者も何人かいた。

 下駄箱で、ローファーからスリッパに履き替えている華音のもとへ、カッターシャツ姿の色黒の親友、高木雷が「おっす」と言って現れた。

 華音はいつもの様に挨拶を返し、彼と共に教室へと移動する。


「今朝さ、近所で火災があったんだよな。今話題になってる連続放火事件なのかな」


 雷がのんびり、だが、深刻な声色で言った。

 華音は今朝のサイレンと消防車を思い出した。


「あぁ……。雷の家の方だったのか」

「そうなんだよ。ま、近所つっても少し離れてるから関わりねーんだけどさ。ありゃ、全焼だわ」

「早く犯人が捕まればいいな」

「同感。俺んち、木造平屋だから、よく燃えるしな。火災は勘弁」


 会話が終わる頃には、教室に着いた。

 まだ生徒の数がまばらな教室内は、少しざわついている程度だ。

 華音と雷はそれぞれ席に着いて荷物を下ろすが、あの騒がしい親友の姿はまだない。時々同じぐらいの時間に登校するが、殆どはチャイムと同時に教室へ滑り込んで来るか、チャイムが鳴り終わってから堂々と教室へ入って来るかだ。

 転校生の赤松桜花はもう席に着いていて、長い横髪を耳に掛けてスマートフォンを弄っている。

 華音は桜花を一瞥し、窓の外を見た。

 青空の中、心地良さそうに青みがかった烏が羽ばたいている。

 アレが此方へ近付いて来ない限りは平和は約束されている……筈だったが、突然と方向転換して此方へ近付いて来るではないか。綺麗なサファイアブルーの瞳は、現在の主である華音唯1人を映している。

 今日は少し暑いので窓が開いているが、そのまま入って来られても困る。

 華音は使い魔にアイコンタクトを送り、教室を出て行った。

 その後すぐに、桜花もスマートフォンから目を離し、華音を追う様にして席を立った。



 人通りの全くない廊下で使い魔と合流し、階段の途中にあった手洗い場で、華音と桜花はそれぞれ、スペクルムの魔法使いの映る鏡面に触れた。

 華音は青色の光の中、オズワルド・リデルと、桜花は桜色の光の中、ドロシー・メルツ・ハートフィールドと対面し、2人の魔法使いは2人の高校生に重なる様に消えていった。瞬間、華音と桜花の身体が光り、華音の髪は黒色から水色へ、桜花の髪は赤茶色からくすんだ赤色へ変わり、瞳も華音は琥珀色、桜花はアメジスト色になり、最後に制服が魔法使いのローブへと変わって、手に使い魔が杖となって収まった。

 鏡面に映っていた魔法使いの姿をそのまま抜き取った様な、全く同じ姿を手に入れた2人は手洗い場を出て、脳内で聞こえる魔法使いの声を頼りに現場へと急ぐ。



 校舎と体育館を繋ぐ橋の上に、魔物は居た。

 黒い影の様な身体に、禍々しい赤の双眸。3体居るそれは、皆、狼の様な風貌だ。

 魔物は魔法使いを見るなり、低い唸り声を上げて牙を剥き出しにする。


「桜花。戦う時は注意して」


 華音は半歩後ろの桜花に忠告すると、魔物へ向かっていった。

 桜花は小さく頷き、華音の後へ続いた。

 手前で並列する魔物に華音が杖を薙ぎ払うと、1体は直撃を受けてくれたが、もう1体は器用に躱して華音の横を走り抜けていった。

 その先には、走って来た桜花が居る。

 桜花の方を時折気にしつつ、奥の1体へ向かう華音。

 心配は皆無だった。

 以前同様、桜花は果敢に杖を構えて立ち向かい、可憐な容姿に似つかわしくない力強さで、魔物をいとも簡単に退けた。

 魔物は顔面を強打し、少し吹き飛んだ後に意識を手放した。

 華音はホッと息をつくも、桜花を恐ろしく感じた。魔術を使用しなくても、十分強いのではないかと言う気さえしてくる。

 戦場の魔物は全て突っ伏し、華音と桜花は魔物から間合いを取って挟み撃ちにする様な位置で詠唱を開始する。

 水属性のマナが華音の周囲に、火属性のマナが桜花の周囲に集まり、徐々に形を成していく。


「アイスブレス!」

「ファイアブレス!」


 術名を叫んだのも、発動したのも、ほぼ同時。

 綺麗に揃ってしまい、華音は瞠目する――――と、魔物へ向けた筈の魔術は互いに衝突し、小さな爆発を起こした。

 辺りは蒸気に包まれ、視界が一気に悪くなる。

 やがて、風が蒸気を攫っていくと、開けた視界の中に魔物の姿は何処にもなかった。

 華音の脳内でオズワルドが言う。


『カノン、下だ』


 言われた通り、手摺りから下を覗けば、3体の魔物が地面を駆け抜けていた。

 何故同時に魔術を発動させたのか、桜花を責めたい気持ちで一杯だった華音だが、何も伝えていなかった自分にも非があるし、今はそれどころではないと思い、手摺から身を乗り出した。

 後ろから、狼狽する桜花の声が聞こえた。


「か、華音! まさか、飛び降りるの!?」


 華音は、手摺りに足を掛けたまま、後ろに首を捻る。


「ああ。早く行かないと。桜花は、校舎の中から階段を使って下に降りるといいよ。但し、人に見られないようにね」


 そして、空中に身を投げる。

 遠ざかる空に、近付く地面。通常の身体ならば大怪我をするだろう高さだが、魔法使いを憑依させた身体であれば問題はない。上手く着地出来る。


「ま、待って! 華の――――っ!?」


 突如桜花の声が降って来て、下降しながらも上を見ると、桜花が手摺りから滑っただろう体勢で近付いて来ていた。

 このままではぶつかってしまうと、脳内が警鐘を鳴らし始めたが、それが全身に伝わる前に華音の身体は地面へ到達した。

 カサっと背中で音が鳴り、周囲に葉っぱが散る。

 咄嗟に閉じていた目を開くと、背中を低木に預けて桜花を腹に乗せていた。

 物凄い衝撃が伝わったが、低木がクッションとなって助かった。しかしながら、枝で頬が裂けて、ヒリヒリ痛む。

 華音は、身体に桜花の豊満な胸が押し付けられている事に気付き、サッと頬を紅潮させた。

 脳内で、オズワルドの茶化す声が聞こえる。


『イチャついている暇はないぞ』

「だ、誰が! 桜花、起きて」


 華音が桜花の肩を叩く。

 だが、桜花は反応せず、代わりに彼女の中のドロシーが頬を紅潮させてはしゃいでいた。


『まるで、わたしがオズワルドに抱きついているみたいですわっ』


 それは華音にも、オズワルドにも、気を失っている桜花にも聞こえない。

 憑依している相手にしか声が届かないのだ。

 やがて、桜花が意識を取り戻す。


「う……ん……。今日の朝ごはんは何かしら……」


 視界がハッキリし、間近に華音の顔が映ると、意識もハッキリとした。


「って! いやあぁぁぁっ!?」


 赤面して、飛び退く。

 桜花からの圧迫がなくなると、華音の口から溜め息が漏れた。まだ、頬はほんのりと赤い。


「悲鳴あげたいのはこっちなんだけど」

「ご、ごめんなさい……。わたし、華音を下敷きにしてしまったみたいで。け、怪我は?」


 桜花が手を差し伸べ、華音はそっとその手を取った。


「大した怪我はしてないよ。桜花が無事で良かった」


 立ち上がると、不意に初老の男性の声が聞こえた。


「そこに誰か居るのかね」


 華音と桜花は手を取り合ったまま、真っ青な顔で声のした方を向いた。

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