↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/14

不幸を呼ぶ令嬢

 王宮の庭園には、午後の柔らかな日差しが降り注いでいた。

 白い薔薇が咲き誇る庭には、色とりどりのドレスを纏った令嬢たちが集まり、楽しげな笑い声が響いている。


 今日は王妃主催の茶会だった。

 王家と縁のある高位貴族だけが招かれる、格式ある茶会。

 十七歳の公爵令嬢である私が欠席する理由はない。

 だから私は、いつものように完璧な笑みを浮かべて席についていた。

 姿勢を正し、背筋を伸ばす。

 紅茶を口に運ぶときも、音を立てない。

 相手の話には適切に相槌を打ち、必要以上には踏み込まない。


 ――それだけ。


 それだけを守っていればいい。


「……ねえ」


 少し離れたところから、声が聞こえた。


「やっぱり、あの方って……」


「声が大きいわ」


「でも、本当でしょう? 以前、あの方と仲良くしていた子の家で……」


 そこで声は小さくなった。


 けれど、聞こえないほどではない。


「……不幸が起きたって」


「それだけじゃないわ。昔、屋敷の使用人も事故に遭ったって噂よ」


「殿下も昔……」


「しっ」


 私は紅茶のカップを置いた。

 陶器がソーサーに触れる。

 小さな音だった。

 それだけで、近くにいた令嬢たちがこちらを振り向いた。

 私は何も言わない。

 彼女たちも、すぐに視線を逸らした。

 慣れている。

 こういうことには、もう慣れてしまった。


「リリアーナ」


 そのときだった。

 聞き慣れた声がした。


「殿下」


 顔を上げる。

 そこには、金色の髪を整えた青年が立っていた。


 アレクシス・ヴァレンティア。

 王太子であり、私の婚約者。


「一人か?」


「はい」


「少し、いいだろうか」


「……もちろんです」


 私は立ち上がった。

 周囲の視線が集まる。

 婚約者である王太子に対しても、リリアーナは冷たい。

 きっと、そんなふうに見えているのだろう。

 アレクシスはそんな視線を気にする様子もなく、私の隣に立った。


「今日はずいぶん静かだな」


「いつもと変わりません」


「そうか?」


 彼が少し笑う。

 その表情を見るだけで、胸の奥が温かくなった。


 ――嬉しい。


 そう思った瞬間。

 私は、ほんの少しだけ指先に力を込めた。


「……リリアーナ?」


「なんでもありません」


「顔色が悪い」


「大丈夫です」


「本当に?」


「はい」


 私は笑った。

 できるだけ自然に。

 けれどアレクシスは納得していないようだった。


「最近、君は僕を避けていないか?」


「そのようなことは」


「あるだろう」


「……」


 返事ができなかった。

 図星だったから。

 アレクシスが私に近づくほど、私は嬉しくなる。

 嬉しくなればなるほど――怖くなる。


「リリアーナ」


「はい」


「何か僕に言いたいことがあるなら、言ってくれ」


 優しい声だった。

 昔から変わらない。

 私が困っているとき、いつもそうやって手を差し伸べてくれた。

 だからこそ。

 私は、その手を取ってはいけない。


「……特にございません」


「そうか」


 アレクシスは少しだけ寂しそうに笑った。


「なら、また後で話そう」


「はい」


 彼が離れていく。

 私はその背中を見つめた。

 もっと話したい。

 もっと一緒にいたい。

 そんな気持ちが、胸の奥から溢れそうになる。

 けれど私は、目を伏せた。


 ――近づいてはいけない。


 そうしなければ。

 また、何かが起きてしまう。

 私が誰かを大切に思うほど。

 私が幸せだと思うほど。

 その人の身に、不幸が起こる。

 少なくとも、私にはそうとしか思えない出来事が何度も起きてきた。


 だから私は、嫌われることを選んだ。

 冷たい令嬢だと思われてもいい。

 高慢だと噂されてもいい。

 婚約者を蔑ろにする女だと誤解されても構わない。

 そのほうがいい。

 誰も私に近づかなければ。

 誰も私を好きにならなければ。

 誰も――私のせいで傷つかない。


 私はもう一度、冷たい笑みを作った。

 その笑顔を見た令嬢が、小さく呟いた。


「……やっぱり、怖い方ね」

 聞こえていた。

 けれど私は、何も言わなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。