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夢の中で僕を励まし続けたのは、死にゆく未来の彼女でした。   作者: 金森 亮
第二章 余命宣告。

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第6話 理屈のない告白

 5月2日、華宮の生徒が、正門から最寄り駅の水道橋まで、長蛇の列を成しており、その異質な光景に、僕は目を丸くしていた。


 僕が正門の前で立ち止まっていると、華宮の生徒が物珍しそうな顔で、こちらに目を向けてくる。たしかに、女子高で男付き合いのある身内のほうが、稀有な類いなんだろう。



 16時に集合だったので急ぎ、僕は15時半に現着した。しかし、四方に目を向けるも、白髪の女学生の気配はなく、五分経過してやっと正門から現れるのだった。


 彼女は友達らしき生徒に別れを告げて、僕の元へやってきた。そして彼女は、僕にこう言い放つ。


「私が優斗に先を越されるなんて......、明日は今季一番の大雪ね。」

「こんな時期に雪でも降ったら、いよいよ日本終了ですよ。」


 そんな他愛のない話ができる程度には、僕は再度、平常心を会得できていた。



 僕らは群衆の渦に巻き込まれながら、一路駅へと歩みを進める。彼女は、僕と半強制的に目を合わせて問う。


「一週間も未読無視するんだから、気が気じゃなかったわ。」

「......すみません。長年培った理性を消失してしまったようで。」

「一体、なにがあったの......?」

「最近、急に暑くなりましたし、身体の貧弱な僕には堪えたんでしょう。」

「言い訳が三流すぎるわ。......また夢にうなされたの?」

「そんなところです。内容があまりに衝撃的で、正気がどこかへ行ってしまいました。ただ、唯花が気にする必要はないですよ。単に僕を苦しめる言葉が投げかけられただけなので、もう立ち直りましたし......。」

「それは『ただ』で処理できる問題じゃないわよ......。それを私に黙っていることが、優斗の幸せに繋がるの?」

「予知夢の類いならそうかもですが......、なにも分かりません。だって僕は非力な男ですし。」

「自分を卑下しないの。......でも優斗がそういうのなら、私は優斗の意向に素直に従うわよ。」

「ありがとうございます。あ、あの......、カバン持ちましょうか?」

「今日はもういいわ。次の機会に、自然な流れで持ってちょうだい。」

「......すみません。」



 僕らは東京駅にやってきた。彼女は京葉線に乗り換えると言っている。


 他の鉄道から孤立した京葉線ホームへの道程は、物理的な距離があって、それが一歩一歩と足を踏み出すたびに高揚感を増幅させていった。このときの僕は、一昨日の夢もすっかり上の空という心持だった。



 列車に乗車すると、僕は彼女からこう釘を刺される。


「言っておくけど、別に夢の国じゃないから、勘違いしないでね。」

「......え、そうなんですか?」

「だってあそこはお金さえあれば、一人でも来れるもの。」

「なら、今日は二人でないと、割に合わないところに行くんですね。」

「優斗は、黙って私についてくればいいのよ。」



 やがて僕らは、千葉みなと駅で下車をした。僕は千葉県の観光地に明るくなかったので、未開の地に進入する気分でいた。


 さらっと一キロほど歩き、彼女はある構造物の手前で立ち止まった。眼前には銀ピカのビルがそびえ、反射した太陽の光が燦燦と輝いていた。彼女は僕に口を開く。


「千葉ポートタワーよ。あの最上階まで登るわよ。」

「......神戸のと比較すると、なんか異端児みたいな感じがしますね。」

「でも、海沿いにある高層建築は、みんなポートタワーでしょ?」


 彼女の暴論を他所に、入口の姉さんに入場券を発売してもらって、僕らは展望台までのエレベーターに乗り込んだ。


 次に扉が開いたときには、視界に京葉工業地帯の風景、そして発展し尽くした、幕張副都心の土地が入ってきた。今日は絵に描いたような晴れ模様で、僕はここでも励まされるのかと、陶酔に近い想像を膨らませていた。


 すると彼女は、僕を呼び寄せて、どこかへと誘い出す。


 行きついた先にはハート形の椅子と枠があった。一人でアレに座るのは残酷だ。彼女は、若干の興奮を加味してこう呟く。


「ここ、恋人の聖地になっているのよ!」

「たしかにそうみたいですね。」

「......喜ばないの? 」

「多分まだ正気に戻れていないみたいです。すみません......。」

「せっかく、可愛くて優しい先輩が連れてきてあげたのになぁ。」

「そりゃ、可愛くて優しい先輩なのは事実ですけど......。」

「......分かったわ。優斗、何も言わずに右側に座って。」

「え、あ、はい!」


 そうして彼女がスマホを撮影台に立てかけ、僕の隣に座るとこう呼びかけた。


「ほら、もう撮られちゃうわよ!」

「は、はい!」


 シャッター音が、展望デッキを一周する。僕は今日、初めてのツーショットを撮った。

 一枚の領域には二人だけが属する。特別な空間が形成された事実に、歓喜が身体中をほとばしった。


 僕らは長居する場所でもないと思い、すぐに立ち上がって場所を移す。



 僕はツーショットのときこそは、笑顔でいられたものの、やがてこの幸福が奪い取られてしまう事実に、やるせなさを感じて、完全に笑顔を喪ってしまった。


 ここは彼女に勘づかれないよう、平常心を保つところだが、未熟な僕にはそれができなかった。そんな僕の様子を観た彼女は、その場で少しうつむいて、僕と同じく無表情でこう語る。


「......どんな夢を観たか、私に知る由はないわ。でもね、優斗が苦しんでいるなら、私も同じように苦しんでおきたいの。」

「そんな言葉が産まれた時点で、我が生涯に一片の悔いもないです。」

「ちゃんと私の誠意に向き合いなさいよ......。」


 正式な恋人でもないのに、どうしてこんな大それた言葉を投げかけるのか。到底僕には理解ができなかった。


 彼女の慈悲深さ故かは知らないが、これを僕は、無情にも訪れる彼女への余命宣告と、何度も何度も照らし合わせることをしてしまい、心中は喜怒哀楽の諸感情が皆流入して、混沌と化してしまった。



 そのうち、僕は堪えていた涙の粒が溢れ出した。無論、公衆の面前泣きわめくことはしなかったが、他人が居なかったことを口実に、僕は立ちすくんでしまった。


 彼女の戸惑いは、短文だらけの口調から、容易に察せられた。



 ただ、彼女は男気を放棄した僕を、見切ることはしなかった。背中をさすってくる手は、僕より幾分か小さいはずだが、明らかな真心を伝えており、僕の感傷に強く作用した。彼女は僕にこう投げ掛ける。


「......どうして私に、その苦しさを語ってくれないの?」


「僕は地球上の誰よりも、唯花を愛している自負があります。詳しいことは分からないけど、僕には唯花がなによりも『大事』なんです......。僕には、唯花を幸せにする義務があります。唯花が望まなくても、僕はそう望んでいるんです。......誓います、唯花を幸せにするって誓います。でもいまは、どうにも心の整理が追いつかなくて......、ごめんなさい。」


 必要な言葉をすべて吐露した僕は、以降も運命の不条理に涙で抵抗し続けるしかなかった。すると彼女は、涙声に近い震えを伴った声で呟く。


「......分かった、分かったから、そう泣かないでよ、優斗。あなたはもう、私に心配される立場、私を拠り所にする立場なの。そして今日はデートよ。......だから、もう上を向きなさいよ。私を幸せにしてくれるんじゃなかったの。」


 彼女の一言に、喪っていた我が蘇生された。僕に彼女の幸を不幸に変換する権利は、一切存在しない。だからこそ、僕はいまここで立ち上がるのが筋だと思った。


 そして彼女のほうに目をやると、彼女の顔には涙と、それ由来の白い跡が残っていた。



 なぜ、彼女は僕のために泣けるのか。このときの僕は理解が及ばなかったものの、じきにそのワケを理解させられるのだった。彼女を前にして、僕はこう言う。


「それって、もはや告白じゃないですか。」


 一種のからかいのつもりだった。だがその直後、僕は浅はかな思考を持った男だと再自認するのだった。


 彼女は顔を赤らめて、最終的にこう言い放ったのだった。


「......そうよ。これは告白よ。私が好きなら、次は態度で見せて欲しい。......私は優斗が好き。だから、私と付き合ってください。」


 斜陽が照らす白の宝石は、僕の目を気にすることなく、煌々と輝いていた。


 彼女の十八番は、たしかに唐突な話題展開だが、これはあまりにも急すぎて、僕は言葉を失ってしまった。


 ここで彼女が僕に告白した理由は、まったく分からなかった。いや、僕は別に分かろうともしなかった。一応、僕が彼女に好きだと言い続けた成果であり、彼女がそれにどうにか応えた結果だと、勝手に納得しておいた。


 僕は既知の言葉を思い出して、なんとか相応の返事をする。


「......ふ、不束者ですが、なにとぞ。」

「多分、三十個ぐらい吹っ飛ばしているわよ。」

「だから『不束者』なんですよ......。」



 やがて18時を回って、日の入りが近づいてきた。階段を上って展望デッキに戻る。


 あれ以降、彼女は僕の手を握ったまま、片時も離さないでいる。彼女の瞳の奥には、未来への希望と決意が潜んでおり、余命一年という運命に抗っているようだった。


 水平線に沈む太陽は、最後に橙色の帯を残して別れを告げていった。今日の夕焼けは、暖かさも、冷たさも与えていった。巷は初夏とか謳っている今日が、僕にとっての立春だった。



 僕は今日、金咲唯花と交際した。そして皮肉にも、僕は彼女の存在によって生じた感傷を、彼女に拠ることで低減する日々が開幕したのだった。


 そして今日を以て、天国であり地獄の一年間が開幕した。

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