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夢の中で僕を励まし続けたのは、死にゆく未来の彼女でした。   作者: 金森 亮
第二章 余命宣告。

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第5話 一年後のわたし

 僕は久しぶりに夢を観た。僕の前方には、やはり彼女がいる。一面の菜畑が心地よい風を運んできて、一見するとなんの変哲もない光景だと思っていた。


……でも、彼女の様子が変だった。笑顔は満面の笑みではなく、侘しさを包含した無理矢理な笑みを浮かべているのだ。


 開幕早々、彼女はこう切り出してきた。


「……優斗君。私のこと好き?」


 彼女は唐突に口裂け女のような言い回しをしてきた。僕は一応ここは夢だからとこじつけをしたのち、素直に回答した。


「言うまでもなく好きですけど……その唐突な一言二言って、どうにかならないもんんですか……?」

「……ならなかったよ、結局ね。」

「ど、どういうことですか……?」


 彼女は決意を含んだ深呼吸をしたのち、僕にこう告げた。


「もう優斗君は、なににも驚かないとは思うけどね……私は金咲唯花。それも優斗君の一年先を生きていた、金咲唯花なの。」


 彼女の無秩序な文章から、僕はこの空間が正常でないことを察知した。暗雲はもう上空を満遍なく覆い尽くしていた。僕はすかさずこう返す。


「生きていたって、なんですか......?」

「来年の4月23日、私、金咲唯花は急性大動脈解離で死ぬわ。まぁ、この私からしたら、死んだことになるわね。」

「……誰がそんなでたらめに、肩を貸すんですか。」

「なら、私と現実世界で出会って恋に落ちたのも全部でたらめだったのかしら?」


 僕は黙りこくってしまった。夢の彼女を否定することは、現実の彼女を否定しているに等しいと僕の無意識がそう判断した。そうして僕は彼女にある疑問を問うた。


「……亡くなったのに、どうして僕の夢に現れるんですか?」

「ここから先の私はね、優斗君の空想上に存在する虚構なの。だからこの私は、私が生きている間に優斗君の夢で残した、性格・記憶・態度の結集なのよ……。」

「じゃあ……いままでは妄想じゃなかったと?」

「ご名答ね。2018年を生きる私は、2017年を生きる優斗君の夢に飛び込んだの。理屈は知らないけど、巡り合った理由は知っているわ。教えたら人生が狂っちゃうから言わないけどね。」

「な、何言っているんですか……。」

「……でも、やっぱりおかしいわよね。過去に戻って誰かを諭す術があったら、物理法則なんてことごとく破綻するのに。」


「で、ですが、一年先を生きているのに現世と見た目はおんなじですよ……。」

「……恐らくはね、優斗君の脳は未来の光景が視認できるはずないの。それはね、未来の私を無駄だと認識しているからよ。」

「……無駄?」

「えぇ。だから、たとえ私が一年先を生きている存在でも、優斗君の本能が拒絶している以上は、優斗君に映る私は高校二年生のままなのよ……。」


 彼女はごく普通の現象かのように、僕に淡々と事実を語っていった。夢だからという辻褄があったとしても、僕はこの整然とした展開を気味悪がるしかなかった。


「あなた……唯花は僕に何を望むんですか?」

「じゃあ私も、これからは優斗って呼ぶわね。私が望むことは永却不変……世界一幸せな女子高生にしてもらうことよ。」


 疑問が疑問を呼んでしまい、僕は彼女に更なる質問を投げ掛けた。


「……それで唯花は、いま存在している運命よりも、長く生き永らえるんですか?」

「ううん。やっぱり死ぬわよ……。ここは一次元空間。過去に作用できるのは、パラレルワールドでの話ね。」

「一次元……。」

「そう。そして運命は『因果応報』で構成されているわ。でも、既に『因果応報』は終わってしまったから、後戻りはできないの。だから私は決して運命を変えられないし、優斗だって手を加えられないのよ。」


「……唯花が夢で僕と出会ったなら、因果応報は崩れているじゃないですか!」

「きっと、それも踏まえての運命なのよ。無駄に運命に執着する必要はないわ。ただ、普通に生きてくれればいいのよ。」

「恋している相手の死を知って、どうやって普通に生きろと言うんですか……。」


 彼女は希望と絶望という相容れない感情が混ぜこぜとなっていて、ここまで機会的な声色と表情が続いてきた。夢中ではかつてない不気味さが醸し出されていた。


 しかし、僕はこの異様な空気を排出すべく不適当な言葉を発してしまうのだった。


「……これ、僕が現実の唯花に、その運命を伝えたらいいんじゃ。」

「それじゃ、それじゃダメなのよ!」


 彼女は激昂した。獣に化けて野性味ある顔つきをし僕の心意を跳ね返した。僕の知らない彼女の素顔のようだった。決して彼女と軋轢を生みたくはなかったが、僕は実直に彼女に尋ねた。


「それは、なんでなんですか……?」

「なんでって……本当にダメだから……。」


 僕は発言を遮られた。遂に彼女は、感情をあらわにして僕に抗った。運命を伝達してはいけない理屈を忘却し、強い哀しみと憤りの表情を浮かべるも目が潤む様子はなかった。


……そういえば、僕は彼女が涙を零す姿を知らなかった。よって、この世界でも妄想が働かなかったのだ。僕の境遇は既に崖っぷちを通り越して、奈落の底へと転げ落ちていた。


 彼女は僕の顔色をうかがいながら、一方で僕の両手を掴んで呟いた。


「……私からお願いがあるの、優斗。私が死んだら、他の女性と結婚して子供を作って、順風満帆な生活を築いていいの。私を過去の人だと見限って、記憶から葬り去ってもいいのよ。それでいいから……。金咲唯花を幸せにしてあげて。私はこのまま死にたくなんてなかったのよ。」


 彼女は涙で悲壮を洗い流したいはずだが、一滴も産み出されることはない。言葉の随所にある過去形が、僕の胸を締めつけた。


 彼女は先輩という矜持を幸福を前にして投降させた。悲しみの象徴を封じられる苦痛は僕の想像を絶するものだった。


 彼女はどうにか渾沌とした感情を殺して、僕にこう要望した。


「たとえ運命は変えられなくても、その中の細かい経過なら変えられるかもしれない……。そうすれば、私は幸せの渦中に死ねるのよ。不仕合わせだった私の人生は、変貌を遂げるかもしれないのよ……。だから優斗には、私の死に際を見届けて欲しい。そうして、私の夢をかなえてほしいの……。」



――優斗に私の幸せを築いてほしい……――



 僕の回答は最初から決まっていた。


「ゼッタイにゼッタイに叶えますから……。どうか僕のことを信じてください。」

「……私が夢に残した思いを、必ず受け継いでね。」

「えぇ、必ず。」


 最後の返事をする際、僕の涙腺は既に崩壊していたようで、変な日本語で着飾る必要もないほど、大粒の雫がこぼれ落ちていた。

 そうして次に目を開いた時には、夢から覚めて布団にくるまる自分がいた。



 僕は僕と彼女が出会った経緯によって、奇天烈な事象の存在を容認していたので、いまさら彼女の言葉に批判する気概がなかったし、彼女の余命も簡単に信じ込んだ。


……ただ、彼女が己の矜持を捨てて僕との赤い糸を紡ごうとする新たな姿勢は、妄想の弊害としてもろに現れているようにも感じた。


 きっと、僕は彼女が幸せに死ぬための変数なのだろうと思った。そうでなければ、他に候補など山ほどいるだろうし、僕の夢に現れる意義がない。僕らは運命で結ばれた関係だったのだ。



……だが、こう客観視できていたのも、起床して間もない時間だったためで、次第に彼女がこの世から消え去ることへの、莫大な恐怖心が上書きしていった。


 夢の彼女が伝達した未来によって憔悴し切った僕は、ざっと一週間は外に出なかった。学校の存在なぞ眼中にもなかったし、三食共々喉を通ることがなかった。



 僕は彼女の喪失を極度に恐れていた。実質的には一年を超える付き合いで、これは親族を除いたら圧倒的な期間だった。


 その上、僕の人生を前進させた立役者ときたら、家族以上の特別な存在と化していた。


 僕は彼女に両親の二の足を踏ませたくなかった。筆舌に尽くしがたいほど別格の彼女を軽々しく死界に葬りたくなかった。



……それなのに、僕は一週間もこうして運命に従属してうずくまっていた。己の情けなさに苛まれるも、僕は彼女の幸福のために、身を捧げる覚悟を有していた。


 やがてそれを再確認した僕は、再起の『再起』を図ろうとした。死ぬまでの過程を大切にする決心が、いまここでついたのだった。




 5月1日、ようやっと体調が落ち着いた僕は、スマホの通知を処理していた。


 すると『唯花』からの、一五件にもわたるメッセージを受信していた。後半はすべて僕に対する、気がかりによるものだった。


 僕は彼女に音信不通にしていたことを詫びる文面を送り、いまの調子も添えておいた。ものの数十秒で返信が届き、『明日放課後暇なら、16時に華宮女子の正門で待っていて。』という内容が記されていた。

 僕は回復早々、かなり踏み込んだ世界に突入するのだと知覚した。そして僕は承知した旨の返信をして、明日は平常運行で迎えることを決意するのだった。

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