トントン拍子
「おおぉぉぉっ!!」
僕らの試合場を観戦していた人々から、地鳴りのようなどよめきが沸き起こる。
倒れたガイヤに動く気配はない。
けれど、レオ師匠なら鼻息一つでかき消す程度の魔術だ。もしかしたらガイヤも、油断させてから強襲するつもりなのかもしれない。
僕は警戒を緩めず、追撃のために「本気」の『ファイアボール』を練り始めた。
「そこまで!」
審判から試合終了の合図が告げられ、僕は溜めていた魔力を霧散させた。
審判に肩を揺さぶられ、ガイヤがのっそりと立ち上がる。
「審判……! こいつ、絶対にズルをしてやがる。調べてくれ!」
起き上がるなり、ガイヤが喚き始めた。
作戦負けを認めたくないのか、無様なイチャモンをつけてくる。
僕の放ったのはただの5級魔術だ。不正を疑われるような要素なんて、どこにもないはずなのに。
「――じゃあ、私が見てあげようかな」
声を聞いた途端に呼吸が速くなる。
想定しうる可能性の中で、最悪の状況になった。
ティアラ・ローズ。
この会場の最高責任者が、わざわざこんな雑事に赴くなんて。
やっぱり、目を付けられていたのか……
心臓の音が早まり、鼻息が荒くなるのが自分でも分かった。
僕の身体のあちこちに触れる彼女の手。何を見抜こうとしているのか分からない横顔。
吸い付くように、彼女から目が離せなくなる。
「魔道具なし、ドーピング反応なし。異常はないよ」
チェックに要した時間は、わずか数十秒だっただろうか。
それなのに、何時間も立ちっぱなしだったかのような疲労感が僕を襲う。
「嘘だ! こんな奴が、あんな魔法を使えるはずがない!」
「この私が、君程度に嘘をつくと思っているのかな?」
さっきまでのフワフワとした空気が一変した。
ゾワリと鳥肌が立つような冷徹な気配。ガイヤは冷や汗を流しながら「いや、その」と口籠った。
「それと、ハンスくん。女の子をそんないやらしい目で見ちゃダメだよ? ……えっちなんだから」
額をポン、と優しく押されて、僕は正気に戻った。
心拍数を上げ、鼻息を荒くしながら、至近距離でティアラを凝視していた自分を思い出す。
恥ずかしさのあまり、その場から逃げ出したくなった。
「女の子、ねぇ……」
「シャ・ル・フ!!」
審判がふと漏らした呟きを、ティアラが即座に締め上げる。
げっそりとした審判が、ようやく試合結果を言い渡した。
――僕はロートに来て初めて、「勝利」の感覚を味わった。
その後も僕は、『ファイアボール』一撃でベスト4まで登り詰めた。
流石にここまで来れば、僕だって理解できる。
師匠との修行で、僕は「強くなりすぎてしまった」のだ。
試合前まで僕のことを知っていた連中は、ちょっかいを出したりニヤニヤと笑ったりしていた。
けれど今は違う。周囲の目は明らかに、警戒と畏怖の色に変わっていた。
いい気になってはいけないと分かっていても、鼻が高い。
あれほど僕を虐めていたガイヤだって、あそこで丸くなって……いない?
自分より弱い人間を見て悦に浸るのは、あいつらと同じ最低な所業だ。
けれど、今この瞬間だけは、最低な人間になってでも、彼がどれほど落ち込んでいるのか見てみたい。
そんな醜い思いを胸に周囲をうろついていると、ガイヤの姿を見つけた。
しかし彼は落ち込んでなどおらず、僕を虐めていた別グループの筆頭、ウルグと一緒にいた。
それを見た瞬間、僕は過去の自分を激しく叱咤した。
僕は、弱いものいじめを楽しむために強くなったんじゃない。村のみんなに恩を返すために強くなったんだ。
おそらく、あいつらは僕の対策を練っているのだろう。つまり、まだ勝つつもりなのだ。
実際、ウルグの成績は非常に優秀だったはずだ。今までの相手とは、一味も二味も違うだろう。
あの屈強な肉体と、イメージ通りの『岩』適性を持つウルグ。
彼がどう攻めてくるか、僕も対策を考えなければ。
僕はレオ師匠が残してくれた属性別対策ノートを読み返し、次の対戦を待った。




