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馬車

「遅いぞ君たち。こんな雑務に時間を取らせないでくれ」


兵舎の前で、ヴィクトールが僕らに厳しい言葉を投げつけた。


ウルグはその棘のある物言いにイライラしているようだったが、ヴィクトールの家庭の事情を知って彼の焦る内心を理解している僕はむしろ申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


ウルグにも事情を話して誤解を解きたいけれど、他人のプライベートを勝手に漏らすわけにもいかない。自分からは何も行動できないのが、ひどくもどかしかった。


そんな複雑な思いを抱えたまま、目的地までの馬車に乗り込む。


予定では一週間もあれば着く距離とのことで、僕ら4人は馬車に揺られながら、ひたすら重苦しい沈黙の時間を過ごした。


流石にこの険悪なムードのまま初任務に挑みたくはない。そう思ってチームの顔ぶれを窺うと、同じ気持ちだったのか、セクナさんも僕らの顔をキョロキョロと見回していた。何かを言おうとしてはすぐに口を閉じる、という動作を何度も繰り返している。


自分と同じようにオロオロしている仲間を見つけた安心感から、僕の心は少しだけ軽くなった。セクナさんも僕の視線に気づいたのか、お互いに、ふっと小さな微笑みを交わす。


「おや。内気なセクナさんとすぐに打ち解けるとはね。どこぞの威張ることしか脳がないチンピラとは大違いだ。流石だね、ハンス」


その様子を見ていたヴィクトールが、僕らを褒める形を借りてウルグを貶した。


「……自己紹介でもしてるのか?」


当のウルグは、嫌味を完全にスルーして、心底不思議そうな顔でヴィクトールに聞き返した。


その、まったく悪気のない本心からのキョトン顔を見たヴィクトールは、さらに不機嫌になる。お互いの視線の間でバチバチと火花が散り始め、馬車内は再び剣呑な雰囲気へと様変わりしていった。


「その……任務前に疲れちゃダメだし、お互いにいがみ合うのはやめない、かな……?」


僕が勇気を出して声を絞り出すも、その言葉は虚しく虚空へと消えていった。ウルグとヴィクトールは、無言のまま互いを睨み合い続けている。


そんなこんなで、道中は夜まで一切の会話がなかった。


重い空気を乗せた馬車は、ようやくその役目を終えたように、ゆっくりと停車した。


「魔術団の皆様方、野営の準備を済ませて参りますので、しばしお待ちを」


御者の声に促され、しばらくしてから僕らは用意されたテントに入った。


ウルグとヴィクトールはお互いを避けるように、入るなりすぐどこかへ出ていってしまい、テントの中はセクナさんと僕の二人きりになる。


セクナさんは気まずそうにモジモジしつつも、昼間の会議室の時のように、すぐに出ていこうとする気配はなかった。


これからあと6日間も、この地獄みたいな空気の中を進むのか。想像しただけで頭が痛くなった僕は、この二人きりの機会を逃すまいと、セクナさんに話しかけてみることにした。


「あの、セクナさん。セクナさんとヴィクトールって、どういう関係なんですか……?」


声をかけられて驚いたのか、セクナさんは目を左右に泳がせてから、小さく一息をついた。


「ヴィクトール君とは……その……小さい頃、家が近所だったから……」


いわゆる幼馴染というやつか、と僕は納得した。


見たところ極度の人見知りであるセクナさんが、あれほど心を許して付いていくのだから、相当な関係だとは思っていたが、やはり二人の絆は深いようだ。


「えっと、じゃあ僕らの関係性についても、お聞きしてもいいですか……?」


「知り合い、ただの……知り合いだよ……」


それ以降、僕らの会話が続くことはなく、外から聞こえる虫の音が二人の沈黙を静かに中和していった。


やっぱり、僕自身と話す気はあんまり無いのかも。

流石にこれ以上会話を続けるのは無理だと判断し、これからの6日間、ひたすら地獄に耐え抜く覚悟を決めた僕は、ひとまずテントを出ようと立ち上がった。


しかし、その瞬間にぐいっと腕を掴まれる。


「あの……空気が怖いから……せめて、私たちだけでも……仲良くしよ……?」


見上げると、セクナさんがすがるような目で僕を見ていた。


まさかの提案に、僕はこれからの道中の地獄が少しでも軽くなるかもしれない希望に、沈みかけていた気持ちが一気にパッと明るくなった。

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