再訪
あれから数ヶ月。
血反吐を吐くような努力の末、僕は様々な魔術を習得することができた。
『ファイアエンチャント』は当然として、『フラッシュ』『ファイアボール』『炎柱』。
果ては一級魔術とされる『エクスプロージョン』に至るまで。
自分でも信じられないほど、大満足の成果と言えるだろう。
また、毎日のように魔力切れの限界まで追い込まれ、その都度レオ師匠にストップをかけられたおかげで、感覚的に自分の魔力量も把握できるようになった。
ただ、正直一番難しいのは、黒魔術特有の黒い外見を紅く偽装することだ。
これには相当な集中力を要する。
「風属性は見た目に色がつかない術が多いから楽なんだがなぁ」と、師匠もよくボヤいていた。
「そういえばハンス。お前はあの時、なんであそこまで力を求めていたんだ?」
ふとした休憩中、師匠が尋ねてきた。
「村の人たちの期待に応えて、恩を返したいんです。みんな自分の生活でいっぱいいっぱいのはずなのに、適性があった僕のために、お金も食糧も時間も、村中が結束して捧げてくれたんですから」
「そうか。いい村で育ったんだな」
「はい! だから今度は僕が魔術師としていっぱい稼いで、みんなに恩返しをしたいんです」
僕の言葉に、師匠は不敵に口角を上げた。
「なら、ちょうどいい。今度ロートで開催される『青少年武闘会』に出てみろ。そこで結果を出せば、俺も胸を張ってお前をグレッド魔術団に推薦できる」
「……! わかりました、やってみます!」
「おう、期待してるぞハンス」
「師匠こそ、見ててくださいよ。僕の勇姿を」
ー翌日ー
数ヶ月ぶりに山を降り、街へと向かう。
修行に没頭しすぎていたせいか、山を歩いて初めて季節が変わっていることに気がついた。
木々は痩せ細り、あんなに青々としていた山は白一色に染まっている。
あれほど鬱陶しかった虫の姿はなく、当然、蝉の声もしない。
ひとつ深呼吸をすれば、肺の奥まで洗われるような澄み切った空気に感動すら覚えた。
以前の僕なら、きっと気づかなかっただろう。
研ぎ澄まされた感覚がもたらす事象のひとつひとつに好奇心を刺激され、フラフラと寄り道を繰り返す。
そのせいで、普通なら一週間で着くはずの距離に、二週間もかかってしまった。
ようやく、あの時「死」を覚悟した場所まで戻ってきた。
もしここでレオ師匠に会えていなかったら……と考えるとゾッとする。
だけど、ここが僕の人生のターニングポイントだったのだと思うと、急に何か記念を残したくなった。
とはいえ、持ち合わせに特別なものなんてない。
僕はそのへんに転がっていた石を、そっと道の端に積み上げておいた。
ここから先に進むのは、正直に言って足が重い。
今までの人生で、これほどまでに強い無力感と、焦燥感と、虚無感に襲われた場所はないのだから。
けれど、過去の自分にケリをつけるため。
僕は上がらない足を、気合で無理やり持ち上げて一歩を踏み出す。
重い足を引きずるようにして進んでいくと、入学時に期待に胸を膨らませて見上げた、あの巨大な壁が見えてきた。
視界に入るだけで、心が折れそうになる。
「……やっぱり、帰ろうか」
回れ右をして逃げ出しそうになった瞬間。
母の、隣のおじさんの、いつも笑顔だったおばさんの。
一緒に遊んだ子供たちや、村のみんなの顔が脳裏をよぎった。
(行こう)
レオ師匠は、技術的な強さは申し分ないと言ってくれた。
黒魔術を誤魔化すための訓練も、死ぬほど頑張ってきた。
怖いものなんて、もう何もないはずだ。
僕は門兵に、首都ロートへ来た理由を告げ、戸籍証を渡してあの門をくぐる。
もう、あんな惨めな思いは絶対にしない。
自分にそう言い聞かせ、恐怖に竦もうとする身体に鞭を打ちながら、僕は再び歩き出した。




