追走
「よし、できた!」
日が暮れるまで化粧品店の奥に籠もり、ティアラは男性特有の力強い筆跡を模して、ウィルの「活動報告書」を書き上げた。
彼女が捏造した設定はこうだ。――ウィルはヴァンパイアのスパイとして潜入。手っ取り早く剣術団へ潜り込むべく大会に出場したが、ウィレナに正体を看破されそうになり撤退。そのままロートを離脱した――。
「これだけ書き込めば完璧でしょ。剣術団の機密情報もいくつか混ぜたし、『優秀なスパイ・ウィル』の完成!」
満足げに自作の報告書を懐に収めると、彼女は次の段階へと移る。
「次は、証拠の抹消かなぁ」
ティアラは黒いローブを纏い、フードを深く被って顔を布で隠した。ここ最近、急速に勢力を拡大している犯罪組織『スライド』の構成員を模した格好だ。
ウィルの痕跡作りとはいえ、自身の名で問題を起こせばウィレナに疑われる。それに、ティアラとして動けばレオの監視を撒くという当初の目的が果たせない。
鏡に映る「完璧な悪党」の姿に満足し、彼女はターゲットを整理した。
狙うは、金と泣き落としでトーナメントを改竄させたアブルス家の次男。だが、彼一人を攫えば、レオに「口封じ」だと感づかれる恐れがある。
(彼と共通点があって、スライドが狙いそうな連中もまとめて攫わなきゃ)
アブルス家は右翼派閥として知られている。ならば、同派閥の次男や三男を数名巻き込めばいい。
跡取りの長男と違い、放蕩息子である次男坊たちの失踪なら、捜索の熱が上がるまで時間を稼げる。極左派閥の過激工作に見せかけることも可能だ。
標的を四人に絞ると、ティアラは即座に行動を開始した。
まず水路の守衛を無力化して水門を解放。酒場街の脇には、風の魔道具を積み込んだ小舟を待機させる。
屋根に登り、虫たちと視界を共有してターゲットを捜索する。
案の定、彼らはそれぞれ別の酒場で見つかった。女を連れている者もいたが、構わず「セット」で拐うことに決める。
ティアラは路地裏に魔道具を放って小さな火種を作っておく。その後、太い蔓を生成して喧騒の酒場街へと飛び降りた。
『スライド』の装束を纏った者の出現に、街の華やいだ空気は一変した。誰かが悲鳴をあげる。それに連鎖して人々の絶叫が響き渡る。
注目が集まった瞬間、ティアラは魔術で路地裏に放っておいた火種付近で草木を急成長させ、燃え盛る巨大な炎の壁を作り上げた。
「炎魔術師だ! 焼き殺されるぞ!」
逃げ惑う人々。その混乱に乗じ、酒場街の明かりを次々と消して回る。闇に紛れてターゲット四人とおまけの二人を蔓で拘束すると、そのまま用意していた小舟へと飛び込んだ。
魔道具を起動し、猛烈な風圧を背に受けて小舟を加速させる。
一気にロートを脱出した彼女は、山奥の獣道すら通らぬ険路へと、気絶した六人を運び込んでいった。
「返せよ、俺の財布!」
ガイヤが怒鳴りながら、路地を駆ける黒ローブを追う。
「奴の足が早すぎる、一旦二手に分かれよう! 俺は先回りするから、お前らで学園の方までおびき寄せてくれ」
ウルグが僕に耳打ちして裏道へと消えた。
その指示を了承した僕とガイヤが追い詰めるべく炎壁を展開。
進路を塞がれた黒ローブは軽い身のこなしで僕らを躱そうとするが、ガイヤがローブに水をかける事で服に重さをつける。
「逃すかよばーか」
ガイヤが近づいたその瞬間、目の前のそいつはローブを脱ぎ捨てて短剣を抜いた。
「イカつい顔してやる事は泥棒かよおっさん。ダセェぞおい」
ガイヤが煽りながらも僕の背中に隠れた…
まあここまでされて魔術を使わない時点で魔術師でない可能性が高いので多分勝てるし構わないが…
そう思いながら炎球を構える。刹那、酒場街の方から、悲鳴を上げながら人々が散り散りに逃げてくるのが見えた。
「なんだ……!?」
僕とガイヤが同時に酒場街の方に目をやった瞬間、財布を盗んだおっさんは姿を消していた。
「何が起きてるんだ……?」
呆然とするガイヤとともに酒場街の方へ向かうと、運河に浮かぶ小舟に、先ほどのものと同じ黒ローブの人物が、男女数名を無理やり積み込んでいるのが見えた。
「またあのローブだ!」
逃がすまいと再度炎壁を繰り出すが――。
「……速いっ!?」
凄まじい推進力で発進した小舟は、炎の壁が完成するより早く、その横をすり抜けていった。
「なあ……これ、なにかヤベェ事件に巻き込まれてるんじゃねえか?スライドの構成員が2人以上いるし、さっきのやつなんか酒場で大事件起こしてそうだろ…?」
ガイヤの声が震えている。無理もない、これはもうただのスリの次元ではない。
「……確かにヤバいかもしれない。けど、目の前で人が誘拐されたんだ。助けに行かなきゃ。それに、あのローブは仲間だ。あいつらを追えば、ガイヤの財布も見つかるはずだよ」
「流石に危険だ。金ならまた稼げばいい、やめとけって……」
引き止めるガイヤの言葉を、僕は遮った。
「ウルグが言っていたんだ。『強者は別の強者を守るために存在する』って。武力を持つ僕が、それを持たない誰かを守れなければ、僕はただの弱者だ」
僕の覚悟を真っ直ぐにぶつけると、ガイヤは気圧されたように黙り込んだ。
「……分かった。俺はウルグを呼んでくる!」
ガイヤも腹を括ったのか、自分にできる最善を提案してくれた。
「川沿いを探してみる。後で合流しよう!」
「おうよ!」
僕たちは別の道へと、全速力で走り出した。




