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治療

「あのさぁ……これ、私でも結構治すの難しいんだけど」


目が覚めると、ティアラが僕の腕をゆっくりと再生させていた。


「ていうか、大会ごときでなんでそんなに身体張るわけ!?」


こういうのを治すのはいつも私なんだから、などとぶつぶつ呟きながら、彼女はかなりの怒りを表に出していた。


掴みどころのなかった彼女の姿はキャラだったんだろう。おそらく、この毒づいている姿こそが彼女の素なのだ。


僕は無言で、ティアラが治癒を進める様子を見つめていた。


砕けた骨が少しずつ伸び、肉がつき、次第に皮が形成されていく。


皮膚が出来上がると同時に、チリッとした痛みが走り、僕に感覚が戻ってきたことを知らせた。


一センチずつ、地道な作業が繰り返され、ようやく手首までが繋がる。


「あー……めんどくさいよぉ……」


深いため息をつきながらも、彼女は手の再生に取り掛かった。


今度は今までとは違う光景だった。まず精密な手の骨が出来上がり、それをなぞるようにゆっくりと肉が構築されていく。


「私の治癒は、自然治癒力を極限まで高めて『一瞬』で治すのが強みなの。自然治癒じゃ不可能な欠損なんて、専門外なのに……」


ネチネチと文句を言いながらも、彼女の手によって、一度は吹き飛んだはずの腕が信じられないほど元通りに復元された。


「はい、おしまい。もう二度と自爆なんてしないでね。めんどくさいから」


ツカツカと足音を立てて部屋を出ようとしたティアラが、ふと思い出したように振り返った。


「そういえばさ、ハンス君。なんで予選決勝の時に使った『あの技』を使わなかったの?」


急な探りに、思わず肩が跳ねた。

まずい。黒魔術の暴走だったなんて、言えるわけがない。


「あれを使えば、ヴィクトール君くらいなら勝てたんじゃないかな?」


「えっと……あれは、使うとヴィクトールが死んじゃうかもしれないから……」


「へぇ。じゃあ、ウィル選手は死んでも良かったってこと?」


グイッ、と至近距離まで詰め寄られた。視界の大部分をティアラの整った顔が埋め尽くし、彼女の微かな呼吸音まで聞こえる。


目を見ていると、すべてを見透かされそうで思わず視線を逸らした。


「そ、それは……師匠に教わってから使っていなくて、威力を正確に把握できていなかったというか……」


苦しい言い訳なのは分かっていた。


ならばガイヤの時に使っているべき。そうでないにしてもウルグに追い詰められた時に使っていないとおかしいはずだ。


「まあ、そういうことにしておいてあげるよ」


三秒ほどの沈黙の後、ティアラは僕から離れ、そのまま部屋を出て行った。


安堵から深く息を吐き出す。ドッと襲ってきた疲労感に抗うことなく、僕はベッドに倒れ込んだ。


治療室を出て仮眠室へ向かおうとしたティアラの視界に、レオの姿が映った。


「レオさんもハンス君のお見舞いですか? 綺麗に治したので、体力が回復すれば元気になりますよ」


(うわぁ……)と心の中で毒づきながらも、愛想笑いで挨拶を交わす。


「お前の腕は信用している。あの馬鹿を治してくれて、ありがとな」


レオがすれ違いざまにそう言い残し、視界から外れる。ティアラが、自分が裏で動いていることがバレていなくて良かった、と安堵したその時――。


「むぐっ……!?」


ティアラの口と鼻が、背後から伸びた男の手によって塞がれた。


「残念。俺が尋ねたかったのはハンスじゃなくて、お前だ」


パニックに陥ったティアラは、手足でレオを攻撃しようとするが、開いたもう片方の手で軽々と制圧される。


鼻先に熱気を感じ、殺される――と思った瞬間、彼女の脳は冷静さを取り戻した。


殺すつもりなら、レオはこんな面倒な真似はしない。これは彼が「敵を無傷で制圧する」時のやり口だ。


一酸化炭素中毒。ティアラにそういう知識はないが今までの経験でこれは意識を飛ばす技だという事をなんとか理解した。


意識が遠のく中、ティアラは抵抗を試みた。毒を生成してレオの手に噛みつこうとするが、絶妙な位置取りで口が届かない。爪に毒を纏わせて引っ掻こうとするが、なぜか爪の先端が綺麗に焼き尽くされていた。


ティアラは絶望と共に理解した。

自分がレオの技をある程度の把握してるのと同じように、レオもまた自分の技を把握しているという事に。


もう、打てる手がない。


これから自分がどうなるのかという恐怖に、涙が一滴こぼれ落ち、彼女の意識は深い闇に落ちた。


「おっと……意外と重いな」


脱力したティアラを脇に抱え、レオは会場内のある場所へと歩き出す。


その時、曲がり角で走ってきた人物とぶつかりそうになった。


「申し訳ない、急いでいて……」


頭を下げた人物に、レオは見覚えがあった。少し話をしたい相手ではあったが、抱えている女が目を覚ましたら面倒だと判断すると、レオは軽く謝罪を返し目的地へと向かった。


「……すごい大物二人じゃないか」


レオとぶつかりかけた人物――ヴィクトールは、レオがティアラを担いで去っていく様をしばらく見送ってから、再びハンスの病室へと走り出した。


「……ん」


脳に酸素が回り、ティアラが目を覚ました。


「おはよう。色々と聞きたいことがあってな」


レオの声を聞き、自分の状況を確認しようとするが、手足が動かない。


意識が鮮明になるにつれ、冷や汗が背中を伝う。


ティアラが出した結論は一つ。ここは、会場併設の「尋問室」だ。自分は完璧に拘束されている。


「あの……私、何か悪いことしましたか……?」


できるだけ無知なふりをして、彼女はとぼけて見せた。


「悪いことをしたかどうかの、確認ってところだな」


レオは低く、逃げ場のない声でそう告げた。

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