激励
「師匠!!」
多少の怒気を孕んだ声で、僕は師匠を呼んだ。
結論から言うと、彼はAグループの審判室で昼寝――いや、夕寝をしていた。
「関係者以外立ち入り禁止」の看板を無視するわけにはいかないので、警備員にペコペコと頭を下げて、なんとか中に入れてもらっての発見だった。
「んあ……?」
目を擦り、焦点を合わせようと目を細める。ようやく、声をかけた人物の正体が掴めたらしい。
「おぉ、ハンスか。どうした? 優勝報告でもしに来たか?」
ガハガハと豪快に笑いながら、当然のように軽口を叩いてくる。
「いえ、準優勝です。ウィルという選手に負けました」
さっきまでおちゃらけていた師匠の表情が、一瞬で真剣なものへと変わった。
「……聞いたことがないな。どんな外見だ? 魔術の属性は? 戦い方も詳しく教えろ」
「え、ええっと……」
問い詰める予定だったのは僕の方なのに、完全に形勢が逆転してしまった。真面目なモードになった師匠の威圧感が、それほどまでに凄まじかったのだ。
僕は、ウィルに関する情報をありのままに伝えた。
男性であること。異常に速い水平移動。おそらく風属性。丁寧な敬語、一人称は「私」。そして決勝での戦いぶり。
「(……あいつは、そんなに優しくないはずだしな…別人か?)」
「え、今なんて言いましたか?」
あまりに小さな呟きだったので聞き返したが、「何でもない」と一蹴されてしまった。
「それより師匠。先ほどお話しした通り、黒魔術が暴走したかもしれないんです。何かご存知ですか?」
適当な返答をさせないよう、僕は師匠の目を真っ直ぐに見つめた。
「……俺にも原因は分からんな。暴発なんて、一度も経験したことがない」
これまでの付き合いで断言できる。師匠は、一言の嘘もついていない。
「そんな……」
僕はその場にへたり込んでしまった。
原因不明。それは即ち、対策のしようがないことを意味する。
「なら……もう、魔術は使わない方がいいんでしょうか」
蚊の鳴くような声で尋ねると、師匠が力強く制止した。
「原因は分からなくても、予測はできる。いいか、今日の朝から決勝までの出来事を、すべて俺に話せ」
「……はい!」
解決したわけではない。けれど、その力強い言葉に僕は深い安堵を覚えた。
起床から決勝の結末まで、包み隠さず話していく。
「――そのウルグって奴と話した後に、様子がおかしくなったんだな?」
「はい……」
「お前……もしかして、黒魔術のことを『ズル』だとか『チート』だとか思っていたわけじゃないだろうな?」
ギクッ、と心臓が跳ねた。心の中を見透かされたようで、僕は正直に、あの時抱いた罪悪感を吐露した。
「馬鹿野郎」
師匠の手が、僕の頭を軽く小突いた。
「必死に努力しなきゃ、強くなれるわけないだろ!」
その一喝で、心にかかっていた霧が晴れていくような気がした。
「確かに、才能の上限を増幅させたのはズルかもしれん。だが、これは元は悪魔の力だ。自分の魔力を使うより、性質の違う他人の力を使う方が断然難しく、相応の努力を要する。お前は人の二倍、三倍以上の努力をして、その強さを手に入れたんだ。なら、それは紛れもなく『お前の力』だと思っていい」
熱烈な励まし。師匠の一言一句が、これまでの僕のすべてを救ってくれる。
「推測に過ぎないが、お前が黒魔術を『こんな力、要らない』なんて一瞬でも思えば、悪魔側も自分の力の有用性を見せつけようと躍起になるんじゃないか? だからお前は、自分の積み上げてきた努力に自信を持て」
ドン、と背中を叩かれる。
「今日は自分を褒めるだけ褒めて、ゆっくり休め。明日またここに来い。もし直っていなかったら、その時にまた考えよう」
(そっか……僕だって、必死に努力して、この力を掴み取ったんだ……!)
「ありがとうございます!」
僕は深く一礼し、軽い足取りで宿へと向かった。




