予選決勝
「さて、いよいよ予選の決勝戦が始まります! 余裕の表情でトア選手の剣術を捌き切ったウィル選手と、肉薄した緊張感ある戦いを見せてくれたハンス選手。本選でシードの権利を得るのは果たしてどちらなのか!?」
実況はしないくせに気合だけは入ったアナウンスが鼓膜を震わせるが、脳はその情報を入れる事を拒絶していた。
(この魔力は、僕のものなんかじゃない……)
分かっていたはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。
その思いで頭がいっぱいになり、相手の顔すら確認できない状態で、僕は試合開始位置についた。
「試合開始!」
とにかく、今は目の前の戦いに集中しなければ。
僕はいつも通りの、手のひらサイズの『ファイアボール』を放った。――はずだった。
生成された火球は、僕の身長の二倍を超える大きさまで膨れ上がり、信じられない速度でウィルへと突っ込んでいく。
黒魔術は悪魔の魔力を借りている性質上、残存魔力の把握が極めて困難だ。
許容量を超えれば、その時点で身体の壊死が始まる。
僕はどの術にどれだけの魔力を注げばいいか、その「感覚」を死に物狂いで暗記してきた。けれど、今の僕は全力で魔力を込めたつもりすらない。それなのに、あんな化け物じみた一撃が出てしまった。
自分の残存魔力が、、全く分からない。
「――本気、というわけですか。私のことを高く評価してくださり、ありがとうございます」
ファイアボールの側面から、とてつもない速度で水平移動したウィルが飛び出してきた。
彼は空気を蹴るような挙動で、急激に距離を詰めてくる。
焦った僕は、慌てて『炎柱』を展開した。
だが、その出力もまた異常だった。
せいぜい半径二メートル、高さ二メートルの柱を出現させる程度の魔力しか注いでいないはずなのに、僕の視界は瞬時に巨大な炎の壁で染まった。
熱気がおかしすぎる。
頬を流れていた汗が、一瞬で蒸発した。
(これ、最悪の場合死んでしまっているかもしれない……)
焦りがさらなる混乱を招く。
注いだ魔力量に効果時間が比例するという炎柱の性質すら忘れ、僕は消火する方法を求めて辺りを見回した。
観客席の前列からは人々が姿を消し、審判たちもスーツを脱ぎ捨てながら背を向け試合場から離れている。
この『炎柱』がどれほど異常な事態か、嫌でも理解させられた。
黒魔術に暴発の可能性があるなんて、師匠からは聞いていない。こんな大事なこと、どうして教えてくれなかったんだ……。
おそらく僕は今、人を殺した。
紛い物の力で、身の丈に合わないことをしようとした結果が、これだ。
予選とはいえ決勝戦まで勝ち進んだ本物の実力者を、才能も実力もない「ミソッカス」の僕が殺してしまった。
ウィルが生き続けていれば、これから多くの国民を救う英雄になっていただろう。
それに彼だって、帰りを待つ家族や友人がいたはずだ。
僕のせいで、彼と関わるすべての人を、そして彼が救うはずだった未来を、絶望の淵に突き落とした。
もう、取り返しがつかない。
……いっそ、このまま死んで楽になってしまいたい。
目の前で吹き荒れるこの炎柱なら、僕を殺すことなんて容易いはずだ。
僕は、死を求めて炎へと足を踏み出そうとし――。
……脳裏に、この力の秘密を知る唯一の人物、レオ師匠の顔が浮かんだ。
師匠なら、この力の抑え方を知っているかもしれない。
僕が死んだところで、ウィルが生き返るわけじゃない。
責任から逃げちゃダメだ。
もし捕まるなら、全部の罪を償って、彼の抜けた穴を……僕が埋めるんだ。
決意を固め、僕は炎柱に背を向けて試合場を去ろうとした。その時だ。
「いくら警戒していたとはいえ、これはやりすぎですよ。……おそらく、私でなければ死んでいたでしょうね」
予想外の声が、予想外の場所から響いた。
驚愕して振り返った瞬間、強い風圧に身体を押し流され、僕は観客席の近くまで吹き飛ばされた。
「審判、判決を。勝負はついたでしょう?」
猛然と燃え続ける炎柱を背に、涼しい顔でウィルが立っていた。
呆然とする審判が、震える声で旗を挙げる。
「あ、あぁ……。しょ、勝者、ウィル! これにて予選決勝を終了する!」
僕の放った地獄のような業火に見向きもせず、ウィルは静かに控え室へと戻っていった。




