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昔話

「ねえねえ、おばあちゃん」


「なんだい?」


「お話、聞かせてよ」


 サバナの真ん中、狩猟を生業とする人々の村。土で作られた粗末な家のかまどの前、長老と慕われる老婆と、その孫がいた。


「そうかいそうかい。どんなお話がいいかい?」


「まだ聞いたことがないやつ」


「うーん、ライオンの王様の話はしたかい?」


「したよ」


「そうかいそうかい。……ああそうだ、この話はしていなかったね」


「なになに?」


「何よりも哀しい、友情の物語さ」


 老婆の優しい声。かまどの光が揺らめく。


「なにそれ、面白そう」


「……私たちが住んでいるサバナ、ここから北東に六日間歩いたところに、“ブレムミュアエ”の村がありました。今は沙漠になっていますが、今から何千年も昔の原初の時代、サバナはそこまで広がっていたのです」


「ゲンショって?」


「神さまが世界をお作りになってから、そう、百年と少しくらいの時代さ。


 そのブレムミュアエの村に、ふたりの青年がいました。誰もに好かれ、いつも人々の中心にいたハタティナと、村人のほとんどに疎まれて、いつも村はずれの小さな家に籠っていたガデニヤ。二人は真反対の性格だったにもかかわらず、とても仲が良かった。二人とも思い出せないくらい幼い頃からなぜか気が合って、よく一緒に遊んでいました。大人になってからもその友情は続いていましたが、ガデニヤは自分が人気者のハタティナの一番の親友であることに引け目を感じていたそうです。


 ある日のこと。ハタティナはいつものように、狩りへ出かけようと家を出ました。


『おうハタティナ、狩りか?』


 ハタティナを見つけた村人が、彼に声をかけました。彼は人気者でしたから、みなこぞって彼と話そうとしたのです。


『ああ、一人でウサギを狩るのもいいが、たまには皆のシマウマ狩りでも手伝おうかと』


『本当か⁉君が来てくれると知れば皆、喜ぶよ』


『そうか?足を引っ張らないようにするよ』


 ハタティナは村の仲間と一緒に、サバナへと歩き出しました」


 たくさんの声音を使い分ける老婆の話を、少女は夢中で聞いていた。


「……ああ、もう二十日の月が昇るころだね。さあ、子供はもう寝る時間だよ」


「え~、続きは?」


「明日、また聞かせてあげよう。ほら、寝なさい寝なさい」


 文句を垂れる孫を宥めて寝かしつけ、老婆は炉端の茣蓙の上に座った。


「ブレムミュアエ、ねぇ……」


 老婆はふと、何かを思い出したかのように立ち上がった。


「確かこの辺に……ああ、あった。」


 老婆が網籠から取り出したのは、木の枝から彫りだされた簡素な人形。随分と古いもののようだった。


「……」



翌日、乾季の太陽が沈む頃、少女は祖母に話の続きをせがんだ。


「そうだねぇ、昨日はどこまで話したんだっけ」


「ハタティナが狩りに出たところまでだよ、おばあちゃん」


「ああ、そうだったね。さてさて……


 仲間たちと狩りに出たハタティナは、シマウマの群れを待ち伏せるため、ひとり林に入りました。


『そういえば、この辺りだったかな。例の禁足地は。絶対に入るな、ってよく言われていたっけ。……行ってみるか』


 ハタティナは怖いもの知らずで、我の強い男でした。それが、彼が皆に好かれるわけでもあったのですけれど。人の立ち入りを拒むロープを潜り抜けたハタティナは、静かな林の中を歩いて行きました。


『これは……なんだ?』


 そこにあったのは、なんとも形容しがたい奇妙な物体だったそうです。真っ白い色をして、人の背より少し高いくらいのなにか。すべすべとしているようにも、凹凸だらけのようにも見えました。


 思わず、ハタティナはそれに手を伸ばしました。指先がその物体に触れようとしたまさにその時、彼の世界は暗転したのです。


〚ブレムミュアエ村の人族、名はハタティナ、生誕は紀元暦六十六年の乾極月の六日。紀元暦百四年のシマウマの月十三日、君は世界の源泉に触れた。それは間違いないかな?〛


 自分の指先すら見えない深い暗闇のどこかから聞こえる声に、ハタティナは罪を責められたそうです。


『待ってくれ、一体全体俺が、何をしたというんだ?』


〚君の犯した罪に間違いはないな?〛


『俺は何も知らなかったんだ!』


〚そんなことは解っている。君はこの世界の根本に触れてしまった。元来君たちは警告されていたはずだ。この地に立ち入ってはならないと。そうではないか?〛


『あ、ああ……』


 とつぜん、ハタティナの視界に光が戻りました。辺りを見回せば彼はいつのまにか、村の広場にいました。村人もみな集まっています。


『どうして、俺は確かに林にいたはずなのに……』


〚これから君たちには、罰が下される。君たちの犯した罪に、見合った罰が〛


『いったい、何をするつもりだ?』


〚君たちブレムミュアエは、人間として造られた。人間とは、全ての亜人のはじまりにして、もっともフラットな形。君たちから、人間にとって最も大切な部分を奪う。すなわち、首だ。首を持たない異形、そして君たちは、世界に怖れられ、遠ざけられる。それが、君たちへの罰だ〛


『そ、そんな……』


 恐怖におののくハタティナを、村の仲間たちは罵りました。


『お前のせいで!』


『私たちまでもが!』


『どうして!』


『罰せられるんだ!』


 彼を責める視線を前に、ハタティナは、独りぼっちでした。ハタティナに味方する者はいませんでした。

 いえ、ただ一人を除いて。


『だれか生贄が必要なのなら、俺を罰せ。ハタティナは、この村に、いや、この世界に必要な人間だ。彼のような、誰もに愛される人間はほかにいない。この村のみんなもそうだ。彼らはみんな、素晴らしい人間なんだ。たった一度の過ちで、人間であることを捨てなければならないはずがない』


 ガデニヤが、一人、ハタティナを庇い立ち上がりました。


『ガデニヤ、どうして……』


『今言った通りさ、君は俺にとって、なによりも大切な存在なんだ。君には幸せでいてほしいし、この村から誰か一人でも欠ければ、君はきっと悲しむ。だから……』


 ガデニヤは、満足していました。生まれて初めて、なにかの役に立てたことに。彼はずっと、鈍くさくて悲観的で、それはもう嫌われるようなことしかしてこなくて、そんな自分が何よりも嫌いでしたから。


『だから、俺が罰を受ければ、誰も悲しまないだろう?だから、神さま、罰するのはハタティナでなく、俺にしてくれ』


 ハタティナが、息をのみました。


『待って……』


 次の言葉が発せられるよりも早く、天からの声が響きます。


〚素晴らしい、こんなにも美しい友愛を見たのは、この世界では久しぶりだ。いいだろう。ガデニヤ、君から人間性を剝奪する。君は野蛮な獣となり、この世界中から忌み嫌われる存在となる。ハタティナをはじめとしたブレムミュアエの民は、北方の帝国で奴隷として使役されることとする。双方それでいいか?〛


『俺はもともと嫌われ者だったんだ、今さら嫌われることを怖れたりはしない』


『ハッ、ハァ、勿論でございます、たったそれだけの罰で済ましていただけるとは、なんたるご慈悲、まことにありがたく存じまする』


 ガデニヤが答えるのに続いて、ブレムミュアエの村長も天の声に返事をしました。


『ま、待って……』


〚よかろう。それでは、儀式を始める。ガデニヤ、そうだな、広場の中心に立て。それ以外の者はみなそれから距離を取れ。そして、決して儀式を見てはならない〛


『ま、待つんだガデニヤ!』


 ハタティナが、叫んだ。


『ハタティナ、早く離れろ。君まで、巻き添えになるぞ』


『ガデニヤ、お前はさっき、自分がいなくなっても誰も悲しまないと言ったな』


『ああ……さあ、はやく』


『俺が、俺が悲しむ。だから、だから……』


 ハタティナの瞳から、涙の雫がこぼれ落ちました。


『お前独りでは行かせない。俺も、一緒に行かせてくれ』


 ガデニヤの方へと、ハタティナが駆け寄ります。


『君は、君たちは、幸せに、なってくれ!』


 普段は弱弱しいその腕からは想像もできない力で、ガデニヤは親友を突き飛ばしました。


『ハタティナ、目を閉じろ。……さあ、神さま、お願いします』


 広場に、光が閃きました。


 そして、目を開けば、ハタティナは奴隷市にいました」


 鬼気迫る様相で話を終えた祖母の顔を、少女は恐る恐る覗き込んだ。難しい言葉が多く半分くらいしか理解できなかったが、その話はどこか、彼女を引き付けるものを持っていた。


 老婆の視線はどこか、遠くに向いていた。


「おばあちゃん……」


「あ、ああ。もうこんな時間だね。さあ、もう寝なさい、可愛いジャガイモちゃん」


「はーい」


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